実話怪談「鳴いた猫」

赤鈴

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 今から山に登るのは、それこそ自殺行為だった。霊とは別の、もっと現実的な危険が夜の山にはある。猪と遭遇しようものなら、それこそ無事では済まない可能性が高い。猪に襲われて重傷を負った事例や、死亡した事例も現実としてある。そして、猪は夜になると活発になるのだ。無論、危険はそれだけではない。いるかどうかも分からない不確かな霊という存在よりも、Kさんはどちらかといえば現実として確実に在る危険の方を危惧きぐしていた。
「ライトとスマホのバッテリーがほとんど残ってない。家までまだ距離あるし、あまり上には登らない方がいいな。戻れなくなったらヤバいし、そんなに時間もないしな。どっかその辺で雰囲気のあるとこがあれば……」
見落としのないよう、再度慎重に辺りを見渡す。



「にゃあ~」



 静寂を切り裂くその鳴き声はKさんのすぐ後ろから聞こえた。突然の鳴き声に驚き、肩を一瞬ビクッとさせてから慌てて振り返った。
やはり人影はなく、代わりに、少しぽっちゃりとした、一匹の可愛らしい茶白猫が目の前にちょこんとすわっていた。赤い首輪をしている。どうやら飼い猫のようだ。榛色はしばみいろの目で何かを訴えかけるかのように、じっと見ている。

「なんだ、猫か。首輪してるな。ってことは、近所の飼い猫か。こんな可愛い子にビビってるようじゃ、俺もまだまだだな。早く帰らないと飼い主さんが心配しちゃうぞ~」

撫でようとその場で屈むと、猫はくるりと背を向け、ゆっくりと歩を進めた。数歩ほど歩くと立ち止まって振り向く。Kさんの方を一瞥いちべつして「にゃあ~」と、また大きな声で鳴くと、駐車場の向かい側にある墓地に向かって歩き出した。それは「ついてこい」と言っているように、Kさんには聞こえた、という。
Kさんは、猫のその誘いに乗ることにした。それは単純に面白そうだったから、というのもあるが、Kさんは大の犬猫好きだった。先程、撫で損ねたことが心残りで、隙あらば撫でてやろう、と画策していたのだ。多少引っかかれたり、噛まれたりするのは覚悟の上。それで傷を負っても、彼にとってそれは名誉の負傷である。

 時折、猫は立ち止まって、Kさんがついてきているか確認でもしているかのように振り向いた。そして、その姿を一瞥すると、また歩き出すのだ。Kさんは1mほど離れた後ろから、猫の小さくて愛らしい背中を追っていた。ストーカーのような熱視線を送り続ける。相手が人間だったらと思うと、違った意味で背筋が凍る話である。
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