グレーゾーンGray Zone

佐武ろく

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「一色 神速・T・スカリ』

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「吉川さん! 危ない!」

 それを目にするや否や真っ先にスカリは叫んだ。
 だが吉川は真壁を抱きかかえながら顔すら上げない。深い悲しみの沼の奥深くまで沈んだ今の彼女にスカリの言葉は届いていなかった。

「よし。やれ」

 原山の言葉の後、無言のカウントダウンが始まり――同時にスカリ走り出した。徐々に指には力が入り、それに連動し引き金がカウントダウンを進めていく。
 そして雨声と銃声の群れが交差し、跳ねた薬莢が雨粒とぶつかり合う。飛び込むように吉川の前へ飛び出したスカリは両手を広げ身を挺して盾となった。直後、スカリの全身至る所から飛び出す鮮血。無数の弾丸に押され揺れる体は血に塗れ、真壁の血すら呑み込む程の血液が足元に流れ出していた。更に降り頻る雨に紛れ吉川へ飛び散る血。
 短くも長い数秒の間、スカリは銃弾の雨をその身で受け続け――原山が片手を上げると二人は手を止めた。一足先に銃弾の雨が止むとスカリはそのまま後ろへと受け身すら取らずに倒れていく。同時に響く水を弾く軽快な音と生々しく重い落下音。そして瞬く間に雨水混じり血溜まりがスカリから広がり辺りを染めていく。
 銃声が止んでも尚、雨で騒がしいそこには凄惨な光景が広がっていた。

「ったく。面倒な女だな。弾も金が掛かんだよ」

 だが原山は頭を掻きながら唾を吐き捨てるように言葉を口にすると手に持っていた銃を吉川へと突き付けた。

「おい。あれの首ちょん切る準備しとけ」

 引き金を引く前に振り向きそう指示を出す原山。
 だが頷く弟分達の顔は返事をした後、一瞬にして恐怖に染まり出した。まるで化物でも見るように怯えた双眸は原山を通り過ぎ向こう側へ釘付け。その異常に遅れて気が付いた原山は若干の苛立ちに眉を顰めながら顔を戻していく。

「なっ……」

 開いた口は半開きのままで、瞠目したその視線はじっと銃口と並走していた。それは弟分達も同じで、その顔は恐怖と驚愕に満ちている。
 そんな視線の中心にいたのはスカリ。だが未だ血に塗れたその体は、逆再生でもするようにゆっくりと起き上がり始めていた。天から吊られるように胸が浮き上がりそれに頭と両手が続く。更に両足は地に着けたまま起き上がっていくスカリは、ついに立ち上がった。
 だが前屈みのように大きく上半身を俯かせた彼女は立っているのがやっとといった様子。ドロッとした血液を体中から地面へ零しながら彼女は片手を口元へ。
 するとスカリは開いた口からゴロゴロと血に浸かった銃弾を吐き出した。そしてニヤり不気味な笑みを浮かべると、手を傾けてはそれを地面へと落として見せた。

「こ、コントラクターか? いや、そんな力聞いたこと……。不死身だと?」

 混乱し怯えた表情で見つめる原山は一人目の前で起きた奇怪な状況への説明を呟いていた。
 そんな彼を他所にすっかり血に染まり穴だらけの服を正しながら平然と普段通りの立ち姿になるスカリ。その体すらも元通りとなり幾つもあった銃弾の痕は全て消えていた。そして先程を証明するように付着した血が雨に流されていくと、何食わぬ顔の肌が顔を見せる。

「ば、バケモンだ!」

 一方で弟分の一人が恐怖に震えた声で叫んだ。

「うっせぇ! 構えろ! ブッ殺すぞ!」

 だが原山のその声で二人は短機関銃を、他の者も手に持った武器や取り出した銃を構えた。その先頭で下がった銃口を構え直す原山。
 その先でスカリは彼らへ不敵な笑みを浮かべる。
 すると次の瞬間――スカリは原山の眼前まで間合いを詰め銃口に潜り込んでいた。そして構えた片手を振り上げると――。原山の銃を握った腕は雨に逆らい宙を舞っていた。辺りへ血を撒き散らしながら大きくスカリの頭上を越えていく。

「――あ”あ”あ”ぁぁぁ!」

 余りにも突然の出来事に感覚が追い付かなったのか、遅れて叫声が雷鳴のように辺りを駆け抜けた。振り上げたスカリの手にはいつの間にか刀が握られ、気が付けばアニキの腕が飛んでいる状況に弟分は唖然とし動きを止めたまま。
 だが遅れながらも二人の弟分は短機関銃を構えた。
 しかしスカリは先の無くなった腕を押さえる原山を掴み引き寄せると、彼を背後に背負い刀を一人の弟分へ投げ飛ばす。背後では肉壁となった原山が先程のスカリを再現するように銃弾を受け、正面では喉元を刀が貫いていた。
 そして自分のアニキを撃っている事に気が付き銃声が止むと、スカリは原山と入れ替わり構えた手に現れた銃の引き金を引く。脳天一発。銃弾はたった一発でもう一人を仕留めた。
 その瞬く間に三人の仲間がやられた光景を目の当たりにしていた他の弟分達は一瞬怯むも、各々が武器を構え戦う姿勢を見せた。そんな裏打組へ睨み合うように視線をやったスカリは、片手に銃を握りながら横へ足を進ませ刀へ手を伸ばす。

「まさかこんなか弱い小娘も殺せない程、ヘタレな組じゃないでしょ? 裏打組ってのは」

 子どもの嘘のように分かりやすい煽りを口にしたスカリだったが、弟分達は武器を軋ませ退路を絶ったような表情を浮かべていた。
 そしてスカリは刀を抜くのと同時に走り出し、裏打組の一人がいち早く銃声を響かせる。刀を振い金属同士のぶつかり合う音の中、別方向へ銃口を向けるスカリ。だがそれとほぼ同時に銃口と向き合うもう一人は先に引き金を引き、その僅か遅れでスカリも銃を撃った。完璧にぶつかり合った弾丸は互いを相殺し、その間にスカリは最初の男へ一気に接近。
 刀の間合いに捉えると、至近距離での銃弾を悠然と躱した。そのまま流れる太刀筋で腕を斬り捨て、胴体へ血のタスキを掛けた。
 そしてその間に落下してきていた銃を握ったままの腕をスカリは蹴り上げ上空へ。銃を持ったもう一人の視線は奇妙なその行動に釣られスカリから逸れた。その僅かな一瞬の間に、スカリは銃を上空へ向け一発。銃弾は寸分の狂いも無く、上空を舞う腕付きの銃へ命中し、未だ掛かったままの指ごと引き金を押し込んだ。
 銃弾から引き金へ、連鎖的に上空の銃は弾を撃ち見上げた男の眉間に風穴を開けた。

「ラッキー」

 倒れる男を眺めながら呟いたスカリは視線を最後の二人へ。一人は肩幅も広く少し大柄な男で、もう一人は隣より背は少しばかり小さく細身の男。
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