空を泳ぐ夢鯨と僕らの夢

佐武ろく

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雨、嵐、雷

雨、嵐、雷27

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 成し遂げる事の出来なかった敗者。いや、俺の場合は自分でも努力をしたとは思わない。それ以前に夢を追うには足りないモノが多すぎたんだ。
 それにやっぱりもしあのまま夢を追い続けられたとしても努力の苦痛を耐え切り、乗り越えられるほど俺は自分を信じられない。あの時まではそれだけの自信があったけど、それはただのテンプラだった。自信と呼ぶには余りにも薄く頼りない。それはまるで皮装備のようなモノで、大したことはないのに初めて手に入れ、身に着けた所為ですっか良い気になっていただけ。そのまま魔王城へ行ってしまいそうな程に浮かれてただけだ。
 そんな薄っぺらい自信が崩れただけでそのまま筆を置いてしまうような俺が、そんな確固たる決意を持って挑んだ者でさえ崖際へ追いやってしまう苦痛に耐えられるはずがない。一体どうやってそんな弱い自分を信じればいいって言うだ。どうやったらそんな俺が幾多の強者を屍に変えるような道を歩めるって言うんだ。
 自分は出来ると信じられない者が足を踏み入れるには夢の道のりはあまりにも過酷で果てしない。確かにその道を運である程度は省略出来る人もいるかもしれない。でもあるかも分からない運に期待して進むのは、有り金をはたいて宝くじを買うようなものだ。
 おじいちゃんは楽しむ事が大事だって言ってたけど――俺は、続けるには自分を信じる事も同じくらい必要だと思う。それは煌々とした夢という道標をハッキリと見る力で何時かのこの道を歩き切った自分を想像する力。何度でも立ち上がり、這ってでも前へ進もうとする力だ。
 そして俺にはそれが無い。俺はその道の過酷さを、自分の弱さを、ほんの少し垣間見ただけで怖気づいてしまったんだ。夢を追うには欠けてるモノが多すぎる。

「はぁー」

 もう何度目かも分からない溜息を吐き出しながら視線を落とすと、そこには星も無く月明りすらない夜のような顔をした俺がいた――気がした。まるで水面の向こう側には未来の世界が広がっていて未来の自分と目を合わせているような感覚だ。疲れ切った双眸から伸びる重く嫌に纏わりつくような視線――。
 だけどやっぱりそれはただの気の所為で、気が付けば水面の向こう側にいた俺は消えていた。
 それから暫くの間、まるで振られた昔の恋人を想うような感情のまま俺は揺れる夜空を眺めていた。
 どれくらい時間が経過したのかは分からないけど、少なくとも体がそれなりに冷えてきた頃。そろそろコテージに戻ろうと歩き出し、桟橋を出た丁度その時だった。
 走ってきた一台のバンがコテージの横に停車した。誰だろうという疑問が頭を過り足が止まる。
 だけどすぐさまそのバンが最初、この場所まで乗ってきたバンであることを思い出すと頭上の疑問符は静かに消失した。それと同時に運転席から降りてきたのは軍服姿のマルクさん。彼は俺の姿を見つけると真っすぐ歩みを進め目の前までやってきた。

「賽月さんは中に?」
「はい。あの――」
「先に行ってるわよ」

 すると俺の言葉を後ろから歩いてきた女性が抑揚の無い声で遮った。後ろで丸くまとめた髪にパンツスーツの上から白衣を着た所謂、狐顔(それに海外っぽい顔立ちをしている)の佳麗なその女性はドクターバッグを片手にそう言いながらマルクさんの横を通り過ぎコテージへと向かった。ヒールの音を心地よく響かせながら階段を上っていく。

「彼女は研究者で、今回の薬の調合をお願いしました」

 俺がその女性の姿を目で追っていたからか、心の中の疑問が聞こえているようにマルクさんは彼女が誰なのか教えてくれた。

「手法は分かっていますし私でも出来なくはないんですが、何せ失敗は許されませんからね。念の為にちゃんとプロにお願いしたわけです」
「なるほど。――ってそれより」

 俺は女性の姿をコテージへ入るまで何となく見ていたが、直ぐに重要な事を思い出した。思い出したというのは、きっとマルクさんの言葉で無事成功したんだなと一足先に安心していた所為だろう。

「ということは蒼空さんは無事にその材料ってやつを取ってこれたってことですよね? 蒼空さんは一緒じゃないんですか?」
「――それは中で話しましょう」

 だがその瞬間、マルクさんの顔に憂愁の影が差したように見えたのは気の所為だろうか? 真偽は定かではないけど共鳴するように胸がざわついた。
 でもここで問い詰めるようなことはせず俺は彼と共にコテージの中へ。
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