23 / 55
第三章:夕日が沈む
10
しおりを挟む
「あたしはそんなのイヤ。最期は一人苦しんでなんて」
「わっちもそないな最期はかなんし、そやけどわっちたちは大丈夫やって」
「そんなの分かんない。常夏だって。私たちは結局、遊女になった時点で……」
「そやけど年季明けた後に結婚して幸せな人生を送ってる人もいんで」
「その逆の方がもっと多い」
「年季が明けるまでわっちたちは遊女であり続けるしかない。辛くても耐え続けるしかない。そやさかい希望だけは絶対に無くしたらいけんせんよ」
「――朝顔姐さんが言ってた言葉」
「自分だけでも幸せになる、その強い気持ちも忘れたらあかん。ってよういってくれとったね」
「姐さんは強い人だったから。あんたも」
「蛍かてそうやろう」
「どうだろうね。あたしがいつもそう振る舞ってるのは自分を騙す為かも。無理矢理、気分を高めて笑って平気な振りをしてるだけなのかも」
「そうちゃう。蛍は強い。昔から見てきたわっちがそらよう知ってる」
蛍はすぐに消えそうな笑みを浮かべた。その際、目から零れ落ちた雫を私は指でそっと拭ってあげた。口元は笑っているが私を見つめるその双眸は未だ愁嘆が拭い切れてない。
「常夏はあたしたちより人と接するのが苦手だったから苦労してた。あたし以上にこの仕事を嫌って苦痛に感じてた」
言葉の後、蛍は視線を少し落とした。さっきの笑みはもう消え今何を考えてるんだろうか。
そしてそこには無い何かを見ていた彼女の顔が私の方へ戻ってきた。
「常夏は幸せだったかな?」
「――こうやって心から泣いてくれるぐらい想うてくれてる人がおるさかいそうやった思うで」
ゆっくりと表情に現れたその笑みは先程より安堵しているよだった。そして同時に零れ落ちた一滴が頬を通過する前に私は撫でるように拭ってあげた。
「――夕顔はもしあたしが同じようになっちゃったら悲しい?」
「今の蛍かそれ以上に悲しい思うで。だって蛍はわっちにとって大切な存在やさかい。さっき家族はもういーひんって言うとったけど、わっちにとって蛍は十分家族やで」
何度拭っても再び溢れてきたその泪は同じ泪でもさっきよりは温かいものに私は思えた。そんな蛍の両手を私は握り締めた。
「ありがとう」
「大好きやで」
「あたしはそれ以上。愛してる」
「もちろん。わっちも」
「一番?」
「そや」
「なら夕顔の勝ち。あたしは間夫がいるし」
「そうなん? わっちよりもそっちを選ぶん?」
「ごめんだけど。でも吉原屋のあの夕顔花魁が一番愛してる人っていうのは気分が良いかも」
「そのうち二番目になるかもしれへんけどなぁ。あんたみたいに」
「えー! そうなったら嫉妬ちゃうよ」
「自分は二番やのにわっちはあかんの? 欲張りやな」
「当然」
すっかり顔全体に笑顔が戻った蛍を見て私は胸を撫で下ろしていた。
すると蛍は目を拭ってから両手を広げ私の方へ。そして私たちは互いの体を抱き締め合った。
「ありがとう。夕顔」
「ええで」
「今までもね。あたしがここまで頑張れたのも夕顔のおかげ。全部って言ったら嘘になっちゃうけど」
「そこは嘘でも全部ゆーて欲しかったけどなぁ」
「ほぼ全部ね」
「わっちこそ蛍のおかげやで」
「どういたしまして」
微かな笑い声が耳元で聞こえ私もそれに釣られた。その後も少しの間だけ私たちは互いの――初めて出会った時より随分と大きくなった体を抱き締め合った。
「わっちもそないな最期はかなんし、そやけどわっちたちは大丈夫やって」
「そんなの分かんない。常夏だって。私たちは結局、遊女になった時点で……」
「そやけど年季明けた後に結婚して幸せな人生を送ってる人もいんで」
「その逆の方がもっと多い」
「年季が明けるまでわっちたちは遊女であり続けるしかない。辛くても耐え続けるしかない。そやさかい希望だけは絶対に無くしたらいけんせんよ」
「――朝顔姐さんが言ってた言葉」
「自分だけでも幸せになる、その強い気持ちも忘れたらあかん。ってよういってくれとったね」
「姐さんは強い人だったから。あんたも」
「蛍かてそうやろう」
「どうだろうね。あたしがいつもそう振る舞ってるのは自分を騙す為かも。無理矢理、気分を高めて笑って平気な振りをしてるだけなのかも」
「そうちゃう。蛍は強い。昔から見てきたわっちがそらよう知ってる」
蛍はすぐに消えそうな笑みを浮かべた。その際、目から零れ落ちた雫を私は指でそっと拭ってあげた。口元は笑っているが私を見つめるその双眸は未だ愁嘆が拭い切れてない。
「常夏はあたしたちより人と接するのが苦手だったから苦労してた。あたし以上にこの仕事を嫌って苦痛に感じてた」
言葉の後、蛍は視線を少し落とした。さっきの笑みはもう消え今何を考えてるんだろうか。
そしてそこには無い何かを見ていた彼女の顔が私の方へ戻ってきた。
「常夏は幸せだったかな?」
「――こうやって心から泣いてくれるぐらい想うてくれてる人がおるさかいそうやった思うで」
ゆっくりと表情に現れたその笑みは先程より安堵しているよだった。そして同時に零れ落ちた一滴が頬を通過する前に私は撫でるように拭ってあげた。
「――夕顔はもしあたしが同じようになっちゃったら悲しい?」
「今の蛍かそれ以上に悲しい思うで。だって蛍はわっちにとって大切な存在やさかい。さっき家族はもういーひんって言うとったけど、わっちにとって蛍は十分家族やで」
何度拭っても再び溢れてきたその泪は同じ泪でもさっきよりは温かいものに私は思えた。そんな蛍の両手を私は握り締めた。
「ありがとう」
「大好きやで」
「あたしはそれ以上。愛してる」
「もちろん。わっちも」
「一番?」
「そや」
「なら夕顔の勝ち。あたしは間夫がいるし」
「そうなん? わっちよりもそっちを選ぶん?」
「ごめんだけど。でも吉原屋のあの夕顔花魁が一番愛してる人っていうのは気分が良いかも」
「そのうち二番目になるかもしれへんけどなぁ。あんたみたいに」
「えー! そうなったら嫉妬ちゃうよ」
「自分は二番やのにわっちはあかんの? 欲張りやな」
「当然」
すっかり顔全体に笑顔が戻った蛍を見て私は胸を撫で下ろしていた。
すると蛍は目を拭ってから両手を広げ私の方へ。そして私たちは互いの体を抱き締め合った。
「ありがとう。夕顔」
「ええで」
「今までもね。あたしがここまで頑張れたのも夕顔のおかげ。全部って言ったら嘘になっちゃうけど」
「そこは嘘でも全部ゆーて欲しかったけどなぁ」
「ほぼ全部ね」
「わっちこそ蛍のおかげやで」
「どういたしまして」
微かな笑い声が耳元で聞こえ私もそれに釣られた。その後も少しの間だけ私たちは互いの――初めて出会った時より随分と大きくなった体を抱き締め合った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる