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第十章 誰彼時~たそがれとき~
第九十五話
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手を振る瀬莉の姿と、そこに寄り添う道雅の姿は次第に見えなくなる。
カンドリの先導で、何もないところをただひたすらに歩いていく。気を遣っているのか単に急いでいるのか、カンドリの足取りは早く、その間は少し距離が開いている。その距離をあけた後方で、二人、並んでついていく。手をつないだまま。
「ありがとな。
…陸からたまに報告は聞いてたから、大体は動向知ってたんだけどさ。お前が、オレのこと諦めてないのを聞いて…大分救われたっていうか。
オレも最後までちゃんとやれた気がするから。」
「むしろ私1人だけで、空回ってなかった?あの…本当に普通に騙されてたというか、その…陽のこと説得するか、無理やり止めるしかないって思い込んでたから。
だから、その、最後にあの札効いてたらまずかったよね…」
止められないけれど止めるしかない。命を奪わないために消すしかないという思考に至った時、和泉は我ながら薄情だと思った。薄情だとしても、殺せないし殺させたくなかった。
「札は、陸がすり替えてたから、大丈夫。そうゆう諸々のためにわざわざ、あの漁村で明日って指定したようなもんだし。
…皆を、信用してるから、オレが堕ちたかもしれないってリアクションが大きいと思った。利用したんだよ。」
「じゃあ、全部陽の計画通りだったってことだよね。みんなの、ために。」
批難されるのも全て飲み込むつもりで。和泉からしてみれば、恨む道理など全くない。
「やるって決めたけど、大分キツかった。さすがに良心痛むどころじゃなかったし。それに、オレを大事にしてくれるのと、世羅や陸たち大事にしてくれんのとは、イコールだと思ってたからさ。
…だからあれは…ほんとに不意打ちだった。」
視線を逸らした陽の、頬が僅かに染る。和泉はきょとんとしていた。
「あれって、何が?」
「だから…キスとかそのへんの、お前の言ったこととか全部。」
言われて思い出す。キス云々より大分恥ずかしくなるようなことを言った記憶。それもこれも、同じではないから。
「…っ、同じじゃ、ないよ…そりゃ、みんな大事だけど、陽は…!」
「だから、いつからだったのかって思ったんだよ、だってオレ1回振られてんだし。」
「あれは……ごめん、なさい。」
寿子の家に来て、記憶を取り戻してからの状況は目まぐるしいどころじゃない。今でも、あの時、陽の手をそのまま取っていれば、違う未来があったろうかと胸が痛む。
「悪ぃちょっと意地悪く言った。
それはもう嘘だって、お前言ってくれたもんな。いいよ、もう充分。
帰ったら、かき氷食わなきゃな。」
「まだ時期じゃなくない?」
「紅音には言ったくせに。」
「あ、紅音ちゃんにまで妬かないでよ…ほら、現実的に考えて、今はお店とかやってないんじゃないかなって思ったの。」
そう、現実なのだ。陽と生きるのは現実。それが口をついて無意識に出てくるくらいに。
「…でも、それもいいけど、星みたい。
寿子さん家からすごいたくさんの星が見えるの、分かったんだけど、ほら…その、どれが何とか、全然わからなくて。」
冷えきった夜空に浮かぶ星空。それは見事なものだったけれど、あまりに星が多くてどれがどれかは分からなかった。
前にプラネタリウムで話題に上がった冬の大三角くらいは見つけられたものの、そこから他が繋がっていかない。聴きたくても、聴く相手がいなかった。
「そんなん、いつでもいいけど。別にあの家はなくなってねえし。…そいやそんな約束してたな。」
人口の星じゃなくて、本当の夜空を。
約束を、覚えてくれていたことに、和泉の胸はじんわりと暖かくなる。大好きという気持ちが全身に拡がって、伝わりそうなくらいに。
「陽は、いつから、私のこと想ってくれてたの。」
「…………最初。」
「最初って?」
「最初は最初。」
あの夏休みのことなのか、それともあの夕闇の路地裏のことなのか。
肝心のその先を聞こうとしたその時。和泉の全身を貫く痛みが襲う。呪詛の痛みだとすぐにわかる。
「…ッ!あ、ぐ…!」
あまりに突然で思わず身体が反応してしまった。当然、陽も呪詛由来のその発作に気づく。
「現世が近い。そろそろ離れた方がいい。」
「いやだ。」
「もっと痛くなる。痛いのわかってんだろ。」
「痛くていい。」
「よくねえだろ、離せ。大丈夫だって、もうどこにも行かねえから。」
「…じゃあ小指だけ。どこかは触ってないと許さない。」
「触ってたら、結局痛いままだろうが。」
「じゃあこのまま離さない。」
「わかったよ、…なんで変なとこ強情なんだよ。」
「これくらい我儘じゃないと、なくしそうだから。」
また、気づけば居なくなってしまう。振り向いていなかった、あんな思いはもうしたくない。
「そろそろ戻るぞ。準備はいいか。」
先導していたカンドリが振り向いた。
「準備って、なんか大変なのかよ。」
「いや?
だが油断すればすぐに落ちていくから、気をつけるに越したことはない。」
カンドリの柔和な声が終わらぬうちに、視界が一気に何も見えなくなった。何も見えなくなって、感じなくなった。
呪詛の痛みも、触れていた陽の指の感覚もすべて分からなくなっていく。
声が、聴こえてくる。
『お前たちだけが生き残るのか。』
『あの人間は返す、だがお前は駄目だ、交換だ。』
『死にたがっていただろう、ずっと消えたかっただろう。』
そう。
ずっと、こんな自分なんかいらないと思っていた。たくさんの人が傷ついた、目の前で死んだ。もう見たくなくて、自分が嫌だからという理由で投げ出そうとした。
今は、死のうとしてここに来たんじゃない。
大事な人が命をかけて、私を掬いあげようとしてくれた。同じことをしに来た。だから、帰るだけ。
『人のものを横取りした盗人の分際で。』
『今更、現世に戻って何になる。』
ちがう。
横取りなんてしてない。守りたかった。本当は瀬莉さんも、道雅さんも、助けたかった。でもあの人たちは自分の罪の重さを分かってる、分かっててあの道を選んだ。選んでくれた。私たちのために。横取りしたって、言っていいのはあの人たちだけ。あなたたちじゃない。
『呪詛は消えない』
『死ぬまでずっとその痛みに苦しみのたうち回る。』
『人を呪わば穴二つ。あの人間も近い将来死ぬ。』
そんなの全部わかってる。
だからまたすぐ戻ってくるから。その時が来るまで、待っててよ。今はまだ、帰る場所があるから。帰るの。
屍人の魂かなにかだろうか。何か形がある訳でもないそれらが、常世へと引きずり込もうとするのがわかる。
ほんの少し前だったら、受け入れてしまったかもしれない。
もう、自分を犠牲にするつもりはない。
なんで気づけなかったのか。目の前で大事な人がいなくなって、たくさん人が死んで、つらかった。美徳でもなんでもない、傲慢だった。自分が、つらい思いから目をそむけたいだけ。自分が嫌な思いをしたくなくて、逃げただけ。ちっぽけで貧弱な自分の心。
バラバラに壊れてしまう前に、自分に刃が向いたけど、きっとそうじゃないひともいる。
陽は作戦だったからよかった、でもそうじゃない可能性だって全然あったし、有り得る未来だった。
みんな弱くて強いから、ほんの少しのことで落ちてしまうから。
そうならないために、そうさせないために、大事な人たち誰にも、そんな哀しい選択をさせないために、笑顔で帰る。
私自身を守ることが、みんなを守ることに繋がるのだから。
「そっか、屍人じゃ、ないね。」
死者の怨念なんかじゃなかった。奥の奥に押し込めて、いつも蹲っていた小さな私。
お前のせいだと追い詰めて、いつも泣いていた私。
「大丈夫、誰のせいでもないから。みんな私を待ってるから。戻るよ。」
怨念じみた地を這うような声がふとやんで、別の声が聞こえてきた。
『ありがとう。』
随分と向こうに、たくさんの人影がある。和装に身を包んだたくさんの女性たち。もちろん和泉の知らない人たちだが、害意は感じない。
《最後の子を助けてくれて、ありがとう。》
そうか、あのひとたちは。
常世と現世の狭間で、わざわざ伝えに来てくれたのかもしれない。お礼を言うのはこちらの方だと声を出そうとしたが、それは音にすらならなかった。
ちゃんと暖かさを感じてる。
大丈夫。戻れる。
穏やかな心地につつまれながら、どこか、浮上していくような感覚に苛まれる。
夢から覚めるような、そんな心地。
何か、誰かが喋っている声が、聞こえる。
「まあ、色々あったけど。とりあえずよかったんじゃねえの。」
「何にもよくない!」
ああ、陽と、世羅がなんか言い合ってるんだとようやく分かる。それと同時に、意識を失っていたことに気づく。
息が白い。白い太陽の朝日が、眩しい。ゆるゆると目を開けた和泉は、何か暖かいものに包まれていて寒くはない。
それが、世羅が抱きしめてくれているのだと気づくのに時間はかからない。両の腕で、和泉と陽をそれぞれ、抱きしめているから、あったかい。
「何にも、いいわけ、あるか。二人して…!」
「本当に悪かったって。それくらいギリだったんだよ、オレも。ほとんど全部が、賭けに近かったし」
「だから!賭けに近いことをするな!」
陽と世羅が喧嘩している。おぼろげだった和泉の意識がだんだんと覚醒してくる。
「陽…?世羅…?」
「!」
「あ、よかった。さっきカンドリから妙な脅し受けてたからちょっと怖かったんだけど。大丈夫?」
世羅が、いつもと変わらない口調と笑みを和泉に振らせてくる。けれどその目尻が少し赤い。そのままぎゅっと抱きすくめられる。
「あれ、いいの?世羅さんハグしてるけど。」
「いや、別に世羅だし。」
オレが触らない方がいいとかもごもご言うのを陸は見逃さない。意地の悪い笑みを浮かべながら、追撃をしかける。
「そんな悠長なこと言ってていい訳?
ああ、陽はあの時いなかったっけ。和泉ちゃんに告ってたよ。世羅さん。」
「はあ!?
ちょっと待て、それは知らねえし、いつから!?なんで!?
つーか世羅は、凛がいるんじゃねえの!?」
「まあそこはいろいろと。そうゆう時代だったってことよ。」
飄々と言ってのける凛の言葉を聞いて、世羅がにそにそと笑っている。陸の思惑を把握したか、乗っかっている。
「何?じゃあ、和泉ちゃん譲ってくれるの?」
「絶対嫌。」
「そう、ならよかった。中途半端に迷いでもしたら、本気で略奪しようかと思ったから。」
世羅が目を細めて、和泉をぱっと離した。ニコニコと笑っている。対して急なカミングアウトをされた陽は心中穏やかではない。
「あの、それより……みんな、無事?」
「それよりってお前な……!」
渦中の和泉がさして気にしていない様子なのを見て、陽が頭を抱える。和泉からしたら、もう済んでいる事象なのだが、伝わっていない。
「無事だよ、和泉ちゃんも、陽も、戻ってきたから誰も死んでない。」
テンの姿をした陸がそう言って和泉の肩に乗る。すっかり血や泥で汚れてはいるが元気そうだ。それは、悠河も凛も同じ。やや憔悴した表情に安堵の色が浮かぶ。
「おかえりなさい。」
凛の声は、少し上ずっている。
「ただいま。ありがとう、待っててくれて。凛の蝶が、たくさん助けてくれたよ。」
カンドリの先導で、何もないところをただひたすらに歩いていく。気を遣っているのか単に急いでいるのか、カンドリの足取りは早く、その間は少し距離が開いている。その距離をあけた後方で、二人、並んでついていく。手をつないだまま。
「ありがとな。
…陸からたまに報告は聞いてたから、大体は動向知ってたんだけどさ。お前が、オレのこと諦めてないのを聞いて…大分救われたっていうか。
オレも最後までちゃんとやれた気がするから。」
「むしろ私1人だけで、空回ってなかった?あの…本当に普通に騙されてたというか、その…陽のこと説得するか、無理やり止めるしかないって思い込んでたから。
だから、その、最後にあの札効いてたらまずかったよね…」
止められないけれど止めるしかない。命を奪わないために消すしかないという思考に至った時、和泉は我ながら薄情だと思った。薄情だとしても、殺せないし殺させたくなかった。
「札は、陸がすり替えてたから、大丈夫。そうゆう諸々のためにわざわざ、あの漁村で明日って指定したようなもんだし。
…皆を、信用してるから、オレが堕ちたかもしれないってリアクションが大きいと思った。利用したんだよ。」
「じゃあ、全部陽の計画通りだったってことだよね。みんなの、ために。」
批難されるのも全て飲み込むつもりで。和泉からしてみれば、恨む道理など全くない。
「やるって決めたけど、大分キツかった。さすがに良心痛むどころじゃなかったし。それに、オレを大事にしてくれるのと、世羅や陸たち大事にしてくれんのとは、イコールだと思ってたからさ。
…だからあれは…ほんとに不意打ちだった。」
視線を逸らした陽の、頬が僅かに染る。和泉はきょとんとしていた。
「あれって、何が?」
「だから…キスとかそのへんの、お前の言ったこととか全部。」
言われて思い出す。キス云々より大分恥ずかしくなるようなことを言った記憶。それもこれも、同じではないから。
「…っ、同じじゃ、ないよ…そりゃ、みんな大事だけど、陽は…!」
「だから、いつからだったのかって思ったんだよ、だってオレ1回振られてんだし。」
「あれは……ごめん、なさい。」
寿子の家に来て、記憶を取り戻してからの状況は目まぐるしいどころじゃない。今でも、あの時、陽の手をそのまま取っていれば、違う未来があったろうかと胸が痛む。
「悪ぃちょっと意地悪く言った。
それはもう嘘だって、お前言ってくれたもんな。いいよ、もう充分。
帰ったら、かき氷食わなきゃな。」
「まだ時期じゃなくない?」
「紅音には言ったくせに。」
「あ、紅音ちゃんにまで妬かないでよ…ほら、現実的に考えて、今はお店とかやってないんじゃないかなって思ったの。」
そう、現実なのだ。陽と生きるのは現実。それが口をついて無意識に出てくるくらいに。
「…でも、それもいいけど、星みたい。
寿子さん家からすごいたくさんの星が見えるの、分かったんだけど、ほら…その、どれが何とか、全然わからなくて。」
冷えきった夜空に浮かぶ星空。それは見事なものだったけれど、あまりに星が多くてどれがどれかは分からなかった。
前にプラネタリウムで話題に上がった冬の大三角くらいは見つけられたものの、そこから他が繋がっていかない。聴きたくても、聴く相手がいなかった。
「そんなん、いつでもいいけど。別にあの家はなくなってねえし。…そいやそんな約束してたな。」
人口の星じゃなくて、本当の夜空を。
約束を、覚えてくれていたことに、和泉の胸はじんわりと暖かくなる。大好きという気持ちが全身に拡がって、伝わりそうなくらいに。
「陽は、いつから、私のこと想ってくれてたの。」
「…………最初。」
「最初って?」
「最初は最初。」
あの夏休みのことなのか、それともあの夕闇の路地裏のことなのか。
肝心のその先を聞こうとしたその時。和泉の全身を貫く痛みが襲う。呪詛の痛みだとすぐにわかる。
「…ッ!あ、ぐ…!」
あまりに突然で思わず身体が反応してしまった。当然、陽も呪詛由来のその発作に気づく。
「現世が近い。そろそろ離れた方がいい。」
「いやだ。」
「もっと痛くなる。痛いのわかってんだろ。」
「痛くていい。」
「よくねえだろ、離せ。大丈夫だって、もうどこにも行かねえから。」
「…じゃあ小指だけ。どこかは触ってないと許さない。」
「触ってたら、結局痛いままだろうが。」
「じゃあこのまま離さない。」
「わかったよ、…なんで変なとこ強情なんだよ。」
「これくらい我儘じゃないと、なくしそうだから。」
また、気づけば居なくなってしまう。振り向いていなかった、あんな思いはもうしたくない。
「そろそろ戻るぞ。準備はいいか。」
先導していたカンドリが振り向いた。
「準備って、なんか大変なのかよ。」
「いや?
だが油断すればすぐに落ちていくから、気をつけるに越したことはない。」
カンドリの柔和な声が終わらぬうちに、視界が一気に何も見えなくなった。何も見えなくなって、感じなくなった。
呪詛の痛みも、触れていた陽の指の感覚もすべて分からなくなっていく。
声が、聴こえてくる。
『お前たちだけが生き残るのか。』
『あの人間は返す、だがお前は駄目だ、交換だ。』
『死にたがっていただろう、ずっと消えたかっただろう。』
そう。
ずっと、こんな自分なんかいらないと思っていた。たくさんの人が傷ついた、目の前で死んだ。もう見たくなくて、自分が嫌だからという理由で投げ出そうとした。
今は、死のうとしてここに来たんじゃない。
大事な人が命をかけて、私を掬いあげようとしてくれた。同じことをしに来た。だから、帰るだけ。
『人のものを横取りした盗人の分際で。』
『今更、現世に戻って何になる。』
ちがう。
横取りなんてしてない。守りたかった。本当は瀬莉さんも、道雅さんも、助けたかった。でもあの人たちは自分の罪の重さを分かってる、分かっててあの道を選んだ。選んでくれた。私たちのために。横取りしたって、言っていいのはあの人たちだけ。あなたたちじゃない。
『呪詛は消えない』
『死ぬまでずっとその痛みに苦しみのたうち回る。』
『人を呪わば穴二つ。あの人間も近い将来死ぬ。』
そんなの全部わかってる。
だからまたすぐ戻ってくるから。その時が来るまで、待っててよ。今はまだ、帰る場所があるから。帰るの。
屍人の魂かなにかだろうか。何か形がある訳でもないそれらが、常世へと引きずり込もうとするのがわかる。
ほんの少し前だったら、受け入れてしまったかもしれない。
もう、自分を犠牲にするつもりはない。
なんで気づけなかったのか。目の前で大事な人がいなくなって、たくさん人が死んで、つらかった。美徳でもなんでもない、傲慢だった。自分が、つらい思いから目をそむけたいだけ。自分が嫌な思いをしたくなくて、逃げただけ。ちっぽけで貧弱な自分の心。
バラバラに壊れてしまう前に、自分に刃が向いたけど、きっとそうじゃないひともいる。
陽は作戦だったからよかった、でもそうじゃない可能性だって全然あったし、有り得る未来だった。
みんな弱くて強いから、ほんの少しのことで落ちてしまうから。
そうならないために、そうさせないために、大事な人たち誰にも、そんな哀しい選択をさせないために、笑顔で帰る。
私自身を守ることが、みんなを守ることに繋がるのだから。
「そっか、屍人じゃ、ないね。」
死者の怨念なんかじゃなかった。奥の奥に押し込めて、いつも蹲っていた小さな私。
お前のせいだと追い詰めて、いつも泣いていた私。
「大丈夫、誰のせいでもないから。みんな私を待ってるから。戻るよ。」
怨念じみた地を這うような声がふとやんで、別の声が聞こえてきた。
『ありがとう。』
随分と向こうに、たくさんの人影がある。和装に身を包んだたくさんの女性たち。もちろん和泉の知らない人たちだが、害意は感じない。
《最後の子を助けてくれて、ありがとう。》
そうか、あのひとたちは。
常世と現世の狭間で、わざわざ伝えに来てくれたのかもしれない。お礼を言うのはこちらの方だと声を出そうとしたが、それは音にすらならなかった。
ちゃんと暖かさを感じてる。
大丈夫。戻れる。
穏やかな心地につつまれながら、どこか、浮上していくような感覚に苛まれる。
夢から覚めるような、そんな心地。
何か、誰かが喋っている声が、聞こえる。
「まあ、色々あったけど。とりあえずよかったんじゃねえの。」
「何にもよくない!」
ああ、陽と、世羅がなんか言い合ってるんだとようやく分かる。それと同時に、意識を失っていたことに気づく。
息が白い。白い太陽の朝日が、眩しい。ゆるゆると目を開けた和泉は、何か暖かいものに包まれていて寒くはない。
それが、世羅が抱きしめてくれているのだと気づくのに時間はかからない。両の腕で、和泉と陽をそれぞれ、抱きしめているから、あったかい。
「何にも、いいわけ、あるか。二人して…!」
「本当に悪かったって。それくらいギリだったんだよ、オレも。ほとんど全部が、賭けに近かったし」
「だから!賭けに近いことをするな!」
陽と世羅が喧嘩している。おぼろげだった和泉の意識がだんだんと覚醒してくる。
「陽…?世羅…?」
「!」
「あ、よかった。さっきカンドリから妙な脅し受けてたからちょっと怖かったんだけど。大丈夫?」
世羅が、いつもと変わらない口調と笑みを和泉に振らせてくる。けれどその目尻が少し赤い。そのままぎゅっと抱きすくめられる。
「あれ、いいの?世羅さんハグしてるけど。」
「いや、別に世羅だし。」
オレが触らない方がいいとかもごもご言うのを陸は見逃さない。意地の悪い笑みを浮かべながら、追撃をしかける。
「そんな悠長なこと言ってていい訳?
ああ、陽はあの時いなかったっけ。和泉ちゃんに告ってたよ。世羅さん。」
「はあ!?
ちょっと待て、それは知らねえし、いつから!?なんで!?
つーか世羅は、凛がいるんじゃねえの!?」
「まあそこはいろいろと。そうゆう時代だったってことよ。」
飄々と言ってのける凛の言葉を聞いて、世羅がにそにそと笑っている。陸の思惑を把握したか、乗っかっている。
「何?じゃあ、和泉ちゃん譲ってくれるの?」
「絶対嫌。」
「そう、ならよかった。中途半端に迷いでもしたら、本気で略奪しようかと思ったから。」
世羅が目を細めて、和泉をぱっと離した。ニコニコと笑っている。対して急なカミングアウトをされた陽は心中穏やかではない。
「あの、それより……みんな、無事?」
「それよりってお前な……!」
渦中の和泉がさして気にしていない様子なのを見て、陽が頭を抱える。和泉からしたら、もう済んでいる事象なのだが、伝わっていない。
「無事だよ、和泉ちゃんも、陽も、戻ってきたから誰も死んでない。」
テンの姿をした陸がそう言って和泉の肩に乗る。すっかり血や泥で汚れてはいるが元気そうだ。それは、悠河も凛も同じ。やや憔悴した表情に安堵の色が浮かぶ。
「おかえりなさい。」
凛の声は、少し上ずっている。
「ただいま。ありがとう、待っててくれて。凛の蝶が、たくさん助けてくれたよ。」
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