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第十章 誰彼時~たそがれとき~
第九十七話
しおりを挟む翌朝。
和泉と陽は、白斗に呼び出されていた。大事な話があるとかで、二人で来て欲しいとのことだった。不安なら世羅と凛の同行も許可するとのことだったが、わざわざそう言った白斗の意を汲んで、2人だけで出向く。念の為、世羅と凛に今から行ってくることだけは伝えて。
出向く、とは言っても昨夜は陰陽連本部内に止まっただけなので、上の階へ行くだけ。その道中、久米田と丹澤に出くわした。
ついぞ先日、わけも分からず敵対する形で会ってしまった久米田は、思わず表情が強ばる。
対して陽はいつもの仏頂面。本人的にはそんな意図は無いのだが、睨んだように取られてしまう。
「あの……!久米田さん、ありがとう!
昨日、颯稀さんの代わりに色々指示してくれてたんでしょ?おかげで、倒せたの感謝してるから、お礼言わないとなって思ってて。」
「え?あ、ああいや……俺は、言われたとおりにしただけだし、その、色々と、大変だったみたいだね……」
しどろもどろになりながら答える久米田は、陽からの、痛いくらいの視線を必死に気のせいだと思い込もうとした。同じいたたまれなさを察知した丹澤が、勇気をだして声を発する。
「えっと、陰陽頭に用事?なんか昨日のことからまだ忙しそうだったけど……」
「その陰陽頭本人から呼び出されたんだっての。」
陽はそれだけ言うと、2人の間を抜けて上階へ向かう階段へと足を進めてしまう。陽のただならぬ雰囲気に気圧された丹澤へ、和泉がすかさずフォローを入れた。
「白斗さんが一番大変だと思うんだけど、大事な話があるみたいで。だからもう行くね。
2人はこれから任務?大丈夫だと思うけど、気をつけて。」
「あ、ああ……」
陽を追って走っていく和泉を2人は見送った。
「いい子だよなぁ、マジで」
「絶対やめといた方がいいぞ、響弥……」
久米田が、明らかに叶わない恋情を抱きかけた丹澤響弥に釘を刺す。刺された方も苦笑いをしながら、任務へ向かうべく階下へ向かった。
一人でガンガン先に階段を進む陽の後ろ姿に、和泉は声をかけた。
「そんなに噛みつかないでよ。一応、仲間なんでしょ。あの二人も陰陽部なら、知らない仲じゃないだろうし。」
「お前が久米田に襲われかけたの、知ってんだからな。」
「あれは脅されて、仕方なかったと思うけど…。久米田さんも謝ってくれたんだしもういいんだよ。
そんなこと言ったら、陽だって襲ったじゃん。」
「……それを言うなって。」
「あの二人、良くしてくれてたんだよ。その、陽がいない時、結構同じ任務行ったりして。他の人はほら、ちょっと怖い人とかもいたんだけど。」
「んなもん免罪符になるかよ。下心丸出しじゃねえか。」
「下……て、そんなこと……ない、と思うけど。」
言いかけて、気づく。てっきりなにか禍根があるものと思った態度だったが、それは。
和泉の、思わず緩む表情が、言葉になりかけたその時。
「痴話喧嘩は、程々にしてもらっていいかな。」
片手にコーヒーの入った紙コップを持った白斗がいつの間にか背後に立っていた。
*****
「五十嵐君に、後を託したい。」
慎ましやかに葬儀が行われた直後の、白斗からの呼び出し。簡素ではあるものの、通夜も執り行った白斗はおそらく寝ていない。だというに、凛とした冷涼な雰囲気を崩していなかった。
「此度のこと、全て僕の至らなさゆえの結果だ。責任を取る必要が、ある。
ただ、父が亡くなり、親芳が事実上任務に当たれない以上…今、陰陽頭を不在にすると、組織自体が機能しなくなる。
…そこで、君に託したいんだ。
もちろん、サポートはさせてもらう。颯稀にも、協力を仰ぐよ。」
「理由を、聴いていいか。」
「……隠して、消して、遠ざけてわからないから怖くなる。
人間が妖怪を迫害してきた歴史があるから、争いは、多分…無くならない。本当は無い方がいいと分かっていても、この陰陽連は無くしてはならないんだ。
だから、ほんの少し在り方を変えようとは、思う。何も、妖の存在を世間様におおっぴらにはしないけど、こうゆう存在がいるってのは知っておいていいと思う。
守るために、隠すんじゃなくて残す。
そのために、まだ君たちの力を借りたい。」
陰陽連の総意、というよりは白斗なりの考えのようだった。守るために生じた歪み、それを見ないフリをして、少数に全てを押し付けた代償の大きさ。
今まではそれでよかったかもしれなくても、次に同じ轍を踏まないために。第二第三の、犀破を産まないために。
「さんざん利用しておいて、都合がいいことを言っているのは、分かっている。けれど、頼む。
君が陰陽頭になったら、私を極刑で裁いてくれてもいい。私の力自体に利用価値を見出すなら、好きにこき使ってもいい。」
「白斗さん…!」
和泉が何か言いかけるのを、陽が手で静止した。
「オレが、それで納得するとでも?」
素直に納得して貰えるとは、当然、白斗も思っていなかった。組織ぐるみの陰謀で親を失っているのだから当然だと。けれどどこかで落とし所をつけなければならない。
陽は、少し目を伏せた白斗を真っ直ぐ、見すえて言う。
「だったらアンタが、その手綱をとれよ。
オレは、組織の頭領なんてガラじゃない、アンタが…土御門白斗が立て直せよ。
土御門誠梧は死んだんだ、ケジメならそれでいいだろ。」
発せられた反論の言葉。それは、赦すでも赦さないでもない、陽の中での納得の答え。そんな形での責任のとり方など認めない気持ちだった。
「君のその、不器用なまでの優しさはいっそ清々しいね。
ケジメだから、君に託したいんだよ。」
白斗も白斗で、譲らなかった。経緯はどうあれ、罪は罪だ。それを背負う覚悟を蔑ろにされては、逝った父に怒られてしまうと。なおも、毅然としたその態度に陽が嘆息する。
「なら、二つだけ仕事する。
式占。和泉を、式占でもって正式に斎王から外す。んで、その後に、白斗を陰陽頭に任ずる。それでオレのやることは全部、終わり。
異論は認めねえ。」
「…!」
「言ったろ、ガラじゃねえんだ。引き受けるならこうする。じゃなきゃ、引き続き、白斗の続投だ。」
「………わかったよ。」
「そうと決まれば式典の準備だな。
どうせ、今回のことを知ってるやつらなんてごく一部だ。大して仰々しくもやらねえだろ。外すだけだしよ。
それとも、黄泉比良坂からでてきた妖たちある程度片付けてからの方がいいか?」
「今も戦っている者がいるわけだしね。とはいえ、犀破のような災害クラスがいるわけじゃない。これまで僕の任務をこなしていた者であれば、なんら問題なく対処可能なはずだ。」
「違いねえ。アンタ直々の叩きあげだもんな。
それでもしんどいだの喚くならオレが叩き直す。」
陽のその、つっけんどんな物言いに、白斗が笑った。まるで、旧知の友のような言い合い。和泉もまた、つられて顔を綻ばせた。
「怪我は大丈夫なのかい。骨折には至らずともヒビが入ってたと聞いたけども。」
「ヒビくらい、陰陽連じゃ日常茶飯事だっての。」
「君一人の身体じゃないんだから、少しは大事にした方がいい。それこそ、君が言った通りに近いうち、皆をしごいてもらわないといけないんだから。」
「落ち着いたら、世羅たちにも鍛えさせるよ。
あれだけ人間に傾倒してる妖ってのもなかなかいねえし。」
「妖狐を顎で使おうなんて、君だからなせることだよ全く。…すまないね。」
白斗が謝罪の意を述べたのは、これが最後になった。清濁併せ呑み、終わり。
恨みをぶつけていいくらいのことをされてきた事実。陰陽連の庇護で生きてこれたのも、また事実。ならばなおのこと、あの悲劇をまた起こさないために揺れずに立つしかない。
「誰だって間違いくらい、するだろ。」
「間違いついでに、最後に1つ。
陽の意見のままでは、組織の下に示しがつかない。そこで、演出だけでも整える必要がある。」
再び、白斗の表情が神妙なものへと変わる。
「今回の事件の首謀者は、土御門玄蕃。
かつて反旗を翻し失敗した恨みを再度果たさせようとした、彼の独断である、と。
よって、現陰陽頭の私が、断罪した。」
斎王のこと、土蜘蛛のこと、全てを知る者は陰陽連の中では多くない。いきなり陰陽連が襲撃され、総動員で駆り出され、その事情を説明しろと紛糾している者もいるらしい。
「隠すのはやめていくと言ったけれどね。さすがに全部オープンにはできない。組織とはそういうものだし、難しいものだよ。」
「陽への、疑いの目もあるからですか?」
和泉の不安げな表情に白斗は頷いた。事情を知らない者からすれば、陽は、陰陽連を襲撃した挙句、土蜘蛛側へ組みした存在。
「五十嵐君には、私の密命により土蜘蛛の内部へ潜ってもらったと釈明すれば、今懐疑的な者もある程度は納得するだろう。
時間はかかるだろうが、君くらいの実力なら単独任務でも何とかなるだろうし。
和泉さんも、ある程度は戦えるわけだし。」
「玄蕃さんの、案か。」
「……命の使い所は、自分で決めたいらしい。」
「それでよかったのかアンタは。」
「良くないよ。けど、言われた。」
昨日、陽たちが席を外したその直後。
死期を悟った老獪。どうせ死ぬ命ならば、組織の維持のためにと、白斗に命じた。
「恐ろしいよ、自分の父ながら。死期の近さを感じさせないその声色は、直前もそうだったよ。信じられないくらい強い力で腕を握ってきて。
『今、お前は、そんなことを思っている。ならば、それが罰だ。かつて道を踏み外し、謀略で人を蹴落とし、その命を奪った。十年前、あの時点ではお前が死ぬべきだった。這ってでも生き延びようとしていたからな。
けれど今は、己が命よりも私の心配をする。ならばお前の命尽きたところで罰にはならない。』だって。
だから僕は、一番苦しむ方法をさせるのかと反論した。反論したけど案の定というか、父は、譲る気なんかさらさら無かったよ。
『そうだ、それだけのことをした。それを背負って生きていけ。
……そして私もまた、罰を受けるべきだ。あの時お前を止められなかった罰。お前に親の命を利用させる決断を強いた、それが罰だ。』
そういうことらしい。」
白斗の表情も声色も、そんな父の態度に不満は感じさせなかった。組織を生かし、道を踏み外したものを断罪する。最後まで、玄蕃は陰陽頭としての責務を果たした。それを、受け入れるしかないのだと。
「あの人、らしいんだろうな。アンタもアンタらしいけど。」
結実が、陰陽師として、玄蕃を慕っていた理由……陽は今ならわかる気がした。
「ま、ちっとは休めよ。張り詰めてっとアンタも倒れんぞ。儀式だ任命だなんだって、ただでさえ疲れるんだから。」
カフェイン取れば起きれるってもんじゃないんだから、と陽は釘を指した。
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