ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第三章 薄紅模様~うすべにもよう~

第十四話

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「勝手に入ってくるな、紅音あかね。」

 嬉しそうな表情の少女とは対照的に、名を呼ばれた陽本人の顔は曇っている。面倒そうなのが来たという反応。
 やや胸の空いたトップスにへそ出し、かつ短いキュロットパンツ。メイクもバッチリでゆるく巻いた髪をまとめているヘアゴムは瞳の色とお揃いにキラキラと光っている。オシャレで明るい女のコ、そんな第一印象。

「だって、しばらく遠征任務だったんだもの、久しぶりに陽に会えると思ったらうれしくって!
 それより、父さんに聞いたけど何かの間違いよね?世羅以外に、陽と一緒の組に入る子がいるって話!」
「間違ってねえし、うるせえから帰れお前。仕事終わったばっかで疲れてんの。お前も戻ってきたばっかだろうが。休めよ。」
「……ひょっとして、アナタ?」

 若草色の瞳が、和泉を値踏みするように動く。先程までのキラキラした瞳とは一気に様相が変わる、その獲物を射抜くような目に、和泉は思わず身がすくんだ。

「なによ、あたしの顔になにか付いてる?。」
「あ、ご、ごめんなさい。」

 悪意、とまでは言わない。それでも、明確に拒絶に近いものを感じる。陰陽連に来てから何度目かの【お前のことは認めない】という空気感が、和泉の身体も心も硬直させてきた。

「いいから。今日は帰れ。」

 紅音と呼ばれた少女はまだ何か言いたそうだったが、陽がむりやり部屋から追い出した。その視線は最後まで和泉に注がれていたものの、決して友好的な目ではなかった。

「悪い、気にすんな。ガキの頃から知ってるやつだけどちょっと強引なんだよ。俺も出てくから、お前ももう休め。」
「わ、かった。」
「……明日、近くにある店いって色々買い物するつもりだから。オレか、世羅が迎えにくる。
 あ、いやちょっと早めに行くわ」
「?何かあるの?」
「漏刻部に呼ばれるだろ、その前にちょっと力のこととか、陰陽連のこととか、話すから。」
「わかった、ありがとう。…おやすみなさい」
「……………おやすみ。」

 少し間があったけれど、陽はちゃんと返事をして出て行った。
 誰もいなくなった室内。どっと疲れが押し寄せてきて、昨日陰陽連に来た時とはうってかわって深い深い眠りへと誘われていった。



 *****

 紅音を追い出し、陽も和泉の部屋から出たあと、世羅の部屋に向かう。

「悪いな疲れてんのに。」
「いいよ、話したいことがあったんでしょ。」
「濡れおなごの中に、札が仕掛けられてた。間違いなく陰陽師かそれに通じる奴が絡んでる。
 さっき正堂のオッサンも言ってたけどよ、この間の野槌のづちや海坊主といい、最近やけに凶悪な事件が立て続けに起きてんなとは思ってたけど、やっぱり明らかにおかしい。」

 現代日本において、妖怪や怪異は減少傾向にある。かつてはもっと多くの凶悪な妖怪が各地におり、それに対処するための人間もまた、強い力を持っていた。時代が下り、それらは今急速に力を失いつつある。
 人々からの恐れ、畏怖、様々な信じる感情により脅威だったそれらは、人々が「見ない」「信じない」ことにより弱体化している。それに伴って陰陽連自体の力が弱まるのも必然の流れ。
 しかしそこに、立て続けに驚異的な力を持った妖怪絡みの事件。このまま増加傾向になれば、いずれ今のままの陰陽連では対処が難しくなることは必然だった。

「うーん、陰陽連による新たな訓練とかだったりして。」
「一般人巻き込んでか?
 現実的じゃねえな、なにか事が起きたら隠せ隠せっていつもはうるせえくせによ。」

 所属する陰陽師の力の底上げとして、秘密裏に行われている線もなくはない。なにせ、犀破さいはという未知の討伐対象の話を聞かされたばかりだ。そこに合わせて密かに陰陽連が動いていたとしても何ら不思議は無い。しかし、かなりの数の民間人を巻き込んでいることを考えると少々乱暴に感じる。まだ、死者は出ていないものの、出てもおかしくない状態が続いている。

「そういえば世羅、お前の昔のこと、和泉にわざと見せたのか」

 世羅は、陽が話したかったのは本当はこっちかなと邪推しつつも、笑みを絶やさずに言う。

「ああ、その方が早いと思って。なーんかちょうどよさそうな妖怪の力だったから利用させてもらっちゃった。」
「頼むから、事前に言えよ。和泉があれだけ動けなかったら、ヤバかったからな。」
「そうだね、ごめん。気をつけるよ」

 世羅の表情は、最後まで変わらなかった。前に、世羅は陽に対して、和泉を気にかけるなど珍しいと言ったが、陽から見れば世羅の方こそやけに和泉を気にしているように見えるのだ。
 長い付き合いだ、表情こそ変わらなくとも、その雰囲気に何らかの含みを感じるものの、追求はしなかった。

「あの濡れおなご…なんでわざわざ過去なんて覗き見てきたと思う?」
「さあ。その方が人間を捕まえやすかったとか?誰だって知られたくない過去の一つや二つあるでしょ。」
「別に人間相手にそんなの不要だろ。
 妖怪なんか、信じてないのが大半なんだから、姿見せるだけで大概はビビッて動けなくなるし。」
「じゃあ、火の札をしかけた術者が、あの濡れおなごに"千里眼"の類を付与させたってことかな。」

 千里眼。

 陽が式神に付与し、世羅の後ろをついていかせていた力の上位互換である。あれは単なる視覚共有だが、極めれば本質を見通す力を得られる。対象が何かに化けていたら、その本性を見抜いたり、正体を見破ったり。果ては対象が経験した出来事、つまり過去の事象すらも見通すことができる。そこらの一介の妖が持っていていい力でないことは、言うまでもなかった。

「ま、ここで憶測言っても仕方ねえか。なんにせよ、どうもきな臭いのは変わらねえから気をつけてくれ。」
「了解、ありがとね。」
「明日、和泉に必要なもん買い出しに行く。付き合えよ。」
「ああ、わかってる。」

 こうして、長い夜が更けていった。


 *****


 翌日は良い天気だった、が。
 迎えに来た陽が和泉を連れて行ったのは、少し広い部屋だった。陰陽連の地下にある広い空間。
 なにもなく、リノリウムの床と、白い壁だけの、ただがらんとした空間だった。

「ここは修練所。ウチにいる連中が、訓練したり試験したりする部屋。
 まあ好きに使っていいんだけどよ、お前が一人で使っててもあんまよくねえ気がするから。使いたかったら言え。
 陰陽連のこと説明してなかったから言っとくよ。」
「あ、ありがとう。教えて、くれるんだ?」」
「一応、保護とはいえ、陰陽連所属になったからな。またジジイたちに変に呼び出されてちくちく言われんのもめんどいから。」

「陰陽連の中での一番上は陰陽頭おんみょうのかみ。本当は、土御門玄蕃げんばっつう爺さんなんだけど、今危篤状態だから実質権力は孫の白斗あおとが持ってる。
 その下に、陰陽助おんみょうのすけ陰陽允おんみょうのじょう陰陽属おんみょうのさかんが続く。まあ古い官僚制の名残だな。
 んで、その下に、四つの部門がつく。陰陽部おんみょうぶ天文部てんもんぶ暦部れきぶ漏刻部ろうこくぶ

 陰陽部がオレらのいる部門で、そこの統括が颯希さつきさんな。基本的には人智を超えた力への対応、人間への敵意があるものの排除。治安維持のための実働部隊。
 天文部はかつては占星術や天体の動きから吉凶を判断した部門だ。今は、結界の補強や、陰陽部の連中が任務で怪我した時の治癒を担当することが多い。宮内庁の要請で、各種例祭なんかをやるのもこの部署。

 暦部は暦の編纂、作成をした部門。今はそんなのわざわざ作る必要はねえから実際は形骸化してて、ほとんど対外折衝、総務関係を行ってる。一応は陰陽連も国家機関だからな、予算はついてるし外部の人間と接する機会がある。そのへんを対応してくれてる、らしい。

 漏刻部はもともと時間を司った期間で、時報の担当なんかをしてたらしいけど、これも今は不要だからな。今は記憶関連を扱う。前に話した一般人への対処はここの部門が請け負ってる。統括は、昨日会議にいたあの爺さんな。
 人間も妖怪も、実験道具みたいにしか思ってねえ爺さんだから気をつけろ。

 簡単だけどそんなところ。討伐する部門、結界・治癒等のバックアップする部門、総務部門、事後処理部門って感じかな。」

 きっと本当に簡単な部分だけを教えてくれたのだろう。和泉からしたらそれはわかるのだが、情報が多く、聞きなじみのある人がどこの部署であるかを認識するので精いっぱいだった。

「無理に覚えなくていい、あくまでお前は保護対象だ。よくわかんなくなったらオレか世羅に聞けばいい。
 で。目下一番問題な、お前の力のことだ。

 炎波えんぱ

 陽の周りに一気に炎が広がった。初めて会った時に見た炎のうねりだ。
 範囲こそさほど広くないが熱量はすごく、人も妖怪も不用意に触れていいものでないことはよくわかる。ぐるっと陽を取り囲むように燃えるその火の中で、陽は和泉に命令した。

「お前、この火、消してみろ。」
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