ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第三章 薄紅模様~うすべにもよう~

第十五話

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 目の前に広がる炎。陽の眼に、悪意や殺意はない。多分、本当に危なくなれば消してくれるんだろうと確信できた。
 和泉は、一つ深呼吸をして、手を伸ばし、その火を消す水を思い浮かべる。広がった火を、消せるほどの水を。陽と同じ炎波を水でイメージする。

 頭上に浮かぶ大きな水の膜。平らに広がったそれはバケツをひっくり返したように一気に落ちる。ばしゃっと音がして、火は消え、リノリウムの床は水浸しの状態だったが、何か術が施されているのか焼け跡も濡れ跡も消えていき元通りの白い床が光を反射する。

 間髪いれず、今度は陽の方から水流が押し寄せる。うねり荒れ狂う水はさながら龍のようだった。
 濡れおなごに対して、陽は蔓を使ってた。同じように、もくの行で防ぐことを思案する。
 しかし、そう思い描いたはずなのに和泉が出せた蔓は細く、押し寄せる水流を跳ね返すほどの力はない。あっという間に和泉が全身ずぶぬれになってしまう。

「悪くはねえけど。オレと同じような戦い方してもたぶん限界来るよ。体格差だってあるしな。
 あの蔓は、拘束とかピンポイントの接近戦向きだ。範囲攻撃するなら、もっとでかいのを出すか、木じゃなくて。」

 ズン、と大きな音がして土壁がそびえる。水ははじけて霧散していった。

「木は水を吸い尽くす、土は水を堰き止める。じゃあ、この土、どうする?」
「土…土を穿てるもの。蔓じゃなくて…。」

 そびえる土の壁に触れ、イメージする。固い土壁をやぶり、大きくそびえる巨木。
 ミシミシと音が鳴り、根がうねり植物が生える。土壁を壊すほどの大きさではないが、さっきの蔓よりは大きな力だった。
 だがそんな木もまた、いつの間にか陽が手にした鋭い刃で一刀両断されて、土壁もろとも消えていった。
 槍のようにまっすぐな棒、切っ先が両刃なのだろう。白く淡い光を放つ銀の武器。
 力の使い方、練度、速度すべてが違うのがよくわかる。そして、陽は今詠唱をしていなかった。

「昨日今日でできねえよ、そんなにいきなり。」
「はじめてあったときも使ってた、その、武器も、行…なの?」
「そう。ごんの行。
 木を切るのは金属だ。火だと燃やし尽くすからな。勝手がいいのはオレはこっちだと思ってる。」

 金属。切る。

 そのイメージで手にのった物質はすらりと伸びた、刀の形状に近い。陽の持っているまっすぐな槍状のものとはあきらかに異なる形だ。
 柄のような部分と、鍔の部分もある、見紛うことなき日本刀だった。

「やっぱお前、行を全部使えるんだな。それぞれ差はあるみてえだけどよ。
 なら、得意なのを見つけて、それなりにすれば自衛くらいできる。浄化や治癒だけじゃ、戦えねえからな。
 使ってて、なんかしっくりくるとか、他とは感覚違うとか、あったか?」
「う、ん…水と、金、かな…」
「んじゃ、たまに相手してやるよ。世羅もやってくれると思うし。
 ただ、行を全部使えるやつはそうはいない。それだけでも十分アドバンテージだな。
 今日は買い出しと漏刻の呼び出しがあるからこの辺にしとく。」

 床や壁が綺麗でも、陽も和泉も、びしょぬれなので、一旦着替えに部屋へ戻ることにした。

 自室に戻り、服を着替えながら、陽は思案する。
 金属と言われて出てきたものが日本刀。
 イメージしたものを具現化するときに、出てきたのがああもはっきりと日本刀の形状なのは、やはりどう考えても普通の少女の思考ではないと言える。
 なによりそしてその持ち方。佇まい。あきらかに、手にしたことがある所作だった。
 行を全て扱い、治癒を行う。陰陽師よりも、明らかに高位の存在を疑わざるを得なかったが、それでも確証は無いのだ。
 陽は、少し手を止めたのみで分からないことをこれ以上悩むのを早々に諦め、着替えを終えた。

 *****

 昨日や一昨日は、夜中だったこともあってほとんど人を見かけなかった陰陽連だが、今日は色んな人間が忙しなく廊下を行き来していた。
 何人かは陽や和泉をちらちら見ているし、ひそひそと話す声も聞こえる。

「あれが噂の?」
「陰陽頭の命令らしいけど。」
「また五十嵐?」
「仕方ねえだろ、お気に入りなんだから。」

 聞こえるように言っているのだろうか。和泉の耳に下世話な声まで聞こえてくる。

「あんま気にすんな。ほとんどオレへのやっかみだから」

 庇うように陽の距離が近づいた。和泉はなるべく陽の影に隠れるように縮こまる。

「陽!」

 そんな好奇心と猜疑心を向けてくる集団ををかき分け、昨日の少女がやってきた。大勢人間がいても彼女は見た目も声も一際目立つ存在だった。
 紅音の存在を認識した人々は、徐々に陰口をやめていった。

「朝からなんだよ、紅音あかね。」
「おはよ!今日も仕事?」
「今日は休み。」
「私も遠征明けのオフなの、ねえちょっと出かけない?天気もいいし。」
「予定あるから駄目。」

 誘いに乗らなかった陽の返事を受けて、紅音あかねは和泉が後ろにいるのに気づいた。和泉は紅音からの視線が、一番に痛いと感じる。

「その子の用事?」
「これから陰陽連に住むから色々と入用だろ。買い物に行くんだよ。」
「なら私も行く。」
「なんでだよ」
「陽、女の子の必要なものわかるの?」

 紅音あかねのその問いに、答えられずにいた陽に和泉は近づいて言う。

「いいよ、私は。ほかの人とも話してみたいと思ってたし。色々聞かせて欲しい。」

 ほぼ初対面にも関わらず、紅音の視線と態度はあきらかにヒリついている。他の人間は興味や好奇心なのに。
 なぜ紅音はそんな目を向けてくるのか、和泉は気になっていた。

「ほら、この子がこう言ってるんだし、いいじゃん。決まりね。あ、あとは世羅待ちでしょ?私も準備してくるから待っててね!」

 結局、勢いにほぼ飲まれる形で紅音あかねが買い物についてくることになる。
 和泉は、紅音あかねが嵐のような女の子だなと感じる。でも、表情がくるくると変わってこうゆうのがかわいらしいんだろうなとも思う。

 本心から自分のためを思ってではないことは和泉にも分かっていた。もちろんその態度からして、紅音あかねは陽と一緒にいたいのだとも気づいている。

「あの子、陽のこと好きなんじゃないの?」
「知ってるよ、さすがに気づいてる。
 別に嫌いなわけじゃねえよ、小さい頃からずっと一緒だったわけだし。
 陰陽連の中でも実力はあるほうだ。ああ、昨日の、正堂さんの娘だしな。」

 正堂さん、あの笑い声の大きい闊達な壮年の男性。言われてみれば雰囲気が良く似ている。明るいところも、敵だと認識したら容赦ないであろう感情をぶつけかねないと思えるところも。笑顔の中に、牙を持っている。

「ただ、好意を向けられたところで、正直オレはになれねえの。」

 人間ではない世羅はともかくとして。陽も、紅音も、若い妙齢の男女である。そういった仲になるのは何ら不思議ではない。あえて明確に言わないあたり、陽からは色恋沙汰に対する嫌悪感すら感じられる。

「いらねえだろ、復讐するのに恋愛感情とか。
 どっちにとっても枷にしかならねえよ。いつ死ぬかもわかんねえことしてるしよ。
 オレは、そんなことやってる場合じゃない。」
「好きって、私もよく知ってるわけじゃないけど。
 誰かと一緒にいたい気持ちなんじゃないかなって思う。多分紅音あかねさんは、陽と一緒にいたいんだよ。」

 陽に向ける声の弾み方、きらきらしたまなざし。その感情は和泉にはまぶしく映ったのだ。
 そして気づく。紅音あかねは、嫉妬のまなざしを向けていたのだと。
 小さい頃から一緒だった相手に、いきなりぽっと出の異性がいればどう思うか。嫌な、気持ちになるんだろう。

「別に、アイツがどう思うかって気持ちまでは否定しねえよ。それを振りかざして周りに迷惑かけんなって話だ。
 たぶんお前のこと、邪魔扱いすると思うぜ。」
「じゃあ、せめて言ったほうがいい?
 陰陽頭の命令だから、別にそうゆう関係じゃないよって。」
「いいって、そんなことしなくて。
 それよかアイツとあんまり絡まない方がいい。」

 陽の声色が少し、低くなった。陰陽頭のワードを持ち出して、さも自分のせいじゃないとするのは良くなかったのかもと、和泉少し反省する。

「いいよ、大丈夫。慣れておかないと、そうゆうのにも。
 それに、ここにはいろんな人がいて、いろんな人と関われる。なるべくいろいろ見聞きしていきたいから、紅音あかねさんのことも知りたいんだ。
 いろんな人と会ってみることで、何か…思い出すかもしれないし。」

 陽は、ならいいけどと言ってそっぽを向いてしまった。少し、怒らせてしまったかもしれないと思うと、気持ちが重くなった。
 さほど時間もかからず世羅が合流する。紅音も一緒に行くと伝えると苦笑いをしているので、世羅も紅音が陽のことをどう思っているかは知っているようだ。

 一方の陽は。
 何故自分がこんなに苛立つのか、分からないことにもまた苛立っていたのだった。
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