ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第三章 薄紅模様~うすべにもよう~

第二十一話

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「ふんぬっ!」

 野太い声が響いたかと思うと、その大きな太刀が横薙ぎに一閃。依織いおりのいた空間をめがけて容赦なくかき切った。しかしそこに手応えを感じなかった親芳ちかよしはふと気配を感じ、見上げる。
 小柄な依織いおりをまるで猫のようにつかんで見下ろす凛の姿があった。

「帰るわよ、依織いおり。」
「なんでッ!」
「さすがに分が悪いわよ、わかるでしょ。よりにもよって陰陽助よ。陰陽師の坊や1人仕留められてない貴方が叶うわけない。」

 依織いおりは不満げだったが、渋々従う素振りを見せた。

 依織いおりと凛の姿が消えるのを見て、陽は膝をついた。深追いはしないと判断する。

「陽……!」
「平気だって、これくらいは。」

 腕や足、顔にも傷。息もあがっていて、無事なのはわかっても元気だとはいえないのは容易に想像ができる。

「ごめん、ごめんね、私……!」

 和泉が、傷口に触れる。やんわりとした白い光が少しづつ癒していった。

「いいって。それより、怪我は?」
「私は、大丈夫。なんともない。この子が守ってくれたから。」

 依織いお(からの攻撃は陽が。陽の打ち漏らした攻撃は、式神の白い鳥が守ってくれたおかげで和泉はほとんど無傷である。白い鳥の頭をひと撫ですると、鳥はただの紙1枚に戻った。

「ありがとう。」
「命令通りの行動をしただけだ。その式神に、お前の感謝を受け取る感情はねえよ。」
「それでも。
 あの子にもだけど、陽にも言ったからね。お礼、すぐ言わないと、また怒られるから。」

 陽はそうかよ、と小さく呟いて立ち上がり、親芳ちかよしを見上げて言う。

「すんません、このままいける…と思ったんですけどね、アイツ捕え損ねました。」
「いや、こちらこそ到着が遅れてすまなんだ。ちょうど皆出払っていてね、直に応援も到着するが、ひとまず一般人の救助を優先する。
 五十嵐くんは先に陰陽連に戻りなさい。」

 親芳ちかよしの大太刀も五行なのだろうか、もうその手にはあの大きな獲物は持っていなかった。

「いや、オレまだ動けるんで手伝います。」
「紅音のことは、概要は聞いている。、詳しく聞かせてもらうよ」

 後で、の言葉がいやに力強い。いいから戻れ、と。そう言ってはいないのに、そう聞こえた。
 親芳ちかよしは紅音の父だが、その声に狼狽は見られない。むしろ、つとめて冷静にしていることで却って怒りを感じたのだ。陽はそれ以上何も言わず、親芳ちかよしに一礼する。

「行くぞ。」

 陽に続いて、和泉もショッピングモールを後にした。休日の、穏やかな時間が流れるはずだった空間は、振り返れば余りにも無惨な状態になってしまった。

 陽は全身に裂傷を負っていたものの、いずれも軽度で和泉が浄化したおかげで穢れが侵食することもなかった。和泉も小さな怪我程度、世羅は無傷。案の定陰陽頭に呼び出されることとなったが3人とも五体満足での出席となった。


 *****

「やれやれ、昨日今日ですまないね。」

 一番奥の上座で、白斗あおとがいつもの柔和な笑みを浮かべている。しかしその笑みは直ぐに消え、神妙な面持ちへと変わる。白斗の視線を受けた、陰陽部門長の颯稀さつきは、手に持つバインダーを一瞥し、口を開いた。

「まず、件の妖怪ですが。
 早急に調べただけであるが、世羅の想定通り、髪鬼かみおにだった。先の遠征にて、正堂紅音が任務中に捕らえたものだったらしい。
 あれ単体では大した力はないけれど…、髪鬼かみおには人の感情、嫉妬の心を喰らって増幅する。今回のことは、多少の出来心とはいえ、正堂紅音の過失によるものとみて間違いないだろう。
 本人にも、言質は取ってある。」

 当然ながら今の颯稀さつきは、和泉が初めて挨拶した時のような明るい茶目っ気のある雰囲気ではない。彼女の硬い声色が、会議中の空気をよりピリッとさせる。

「今回の被害について、経過報告ですが。
 髪鬼かみおに自体の力による死傷者はおりません。かなりの人数の生気が吸い取られた模様ですが、いずれも軽度です。被害に遭った人間で、その後の生活に支障がでる者はいない見通しです。
 しかし、髪鬼とは別の妖怪の襲撃による瓦礫の残骸に巻き込まれ民間人2名が死亡。
 世羅の対応がスムーズだったおかげでどうにか公には、いる状態です。」

 世羅は颯稀さつきに対して一礼した。依織いおりの襲撃時に応援を呼ぶために離れた世羅は、その時に根回しもしていたようだ。

「襲撃してきたのはやはり?」

 颯希さつきの報告を受け、白斗あおとが陽へ問いかけた。

「犀破の手の者だ、和泉を狙ってた。
 髪鬼を止めるために、一気に浄化してもらった直後に襲われた。力の気配で場所がわかったって言ってたからな、あんま闇雲に力を使わせない方がいいかもしれない。」
依織いおりといったか、あの少年。
 小柄な体に見合わぬ、大きな2つの獲物を持って戦っていた。それのみならず、瓦礫を使って攻撃していたな。
 五十嵐くんほどの者が、随分と押されていたようだが?」

 親芳ちかよしは笑顔を向ける。挑発に近いような物言いだったが、陽は表情も声音も変えなかった。

「殺していいんならあのままやりきれました。
 生け捕りにしようと思ったんです、逃げられましたけど。」
「生け捕りにするということは当然加減をするということ。一般人もいる中で、その行動は危険すぎないですか?」

 颯希さつきのそばに控えていた男性が、陽を詰問する。その質問は当然だった。未知数の敵相手に中途半端な加減をして、さらに被害が拡大しかねない。そのうえ、庇護対象である和泉が攫われる危険もある場面でかなりリスクのある行動だった。

「犀破がどれだけ仲間を従えてるかわかりませんけど。少なくとも今回の、依織いおりってやつは、犀破、凛と比べて明らかに格下だと判断しました。
 近くに人間がいないのも把握してましたし、一応あのまま捕まえられる計算でしたよ、オレは。」

 陽は、詰問した男性ではなく、笑顔でいるままの親芳へ視線を返す。親芳はにこにこしたまま何も言わなかった。雰囲気を察したのか、白斗がすぐさま口を開いた。

「犀破に関して、まだ不明な点も多い。五十嵐の行動もまあ、納得はできるものといえよう。
 少しリスクの高い行動であったことは否めないが、結果的にその行動で被害は出ていないからね、お咎めはなしで問題はない。一旦この話はおしまいとする。
 それと、紅音の処分については、これから追って沙汰を出すが。最悪、陰陽連から破門の可能性も十分ありえる、正堂の家の者は、覚悟をしておくといい。」

 白斗あおとの声が固く強張り、室内にいる誰もが、より一層神妙な面持ちになる。陰陽師である立場の者が、妖怪を利用し一般人に被害を出した。これは、由々しき事態であり、陰陽連でも大事な部類であるのがわかる。紅音は、許されない過ちを犯してしまったと断じるのは想像に難くない。
 黙って状況を見守っていた和泉が、初めて口を開いた。

「あの。私が言うのも、おかしいかもしれませんが。紅音さんのこと、寛大な措置をお願いしたいです。
 いきなり、私みたいな訳の分からない存在が出てきて、混乱しただけなこともあると思うんです。
 陽から、最近妙な事件が多いって聞きました。有能な人材は少しでも手元に置いておく方がいいんじゃないでしょうか。」
「詭弁であるな。少しの混乱ごときで無辜の民を危険に晒す判断を下す陰陽師など、必要は無い。」

 親芳の隣にいる、屈強そうな男が強面のまま一蹴する。

「まだ、学校に通うような年齢の女の子が、一時の感情に流されるのがそんなに悪いことなんですか?」
「悪意がなくとも、自分の行動した結果には向き合わなければならない。それに大人子供も関係なかろう。ましてや、妖怪を討伐すべき部門の人間が妖怪を遣うなど。部外者が事の重大さもわからずにわめくな。」

 和泉に反論されると思っていなかったのか一瞬たじろいだ屈強な男は、一気にヒートアップした。

 和泉も、彼の言っていることはわかる。たとえ部外者でも、紅音のしたことがどれほど悪いことか。それでも、一方的に彼女が陰陽連を辞めさせられることは納得がいかないのだ。
 自分のせいで激情に駆られてしまったかもしれない。自分さえいなければ、彼女はきっと髪鬼かみおにを遣おうとなんてしなかったし、あのショッピングモールに依織が来て、人が死ぬこともなかった。そう言いたかったが、彼女の恋情まで持ち込んだ話をこの場でしていいのか、戸惑った。

「まあ、髪鬼の力のせいで妙に嫉妬心に駆られた可能性もありますからね、そのへんも含めて。そのための、裁定です。」

 白斗は、そんな和泉の反論を聞いても是非の判断をここではしなかった。するつもりがないように見える。尚も食い下がろうとする和泉を陽が静止した。
 親芳ちかよしもまた、自身の隣にいる激昂した男を大きな手を出して静止を促す。

「何はともあれ、不測の事態でよくぞやってくれた。それに関しては、私から礼を言おう。」

 陰陽頭、白斗あおとが深々と礼をした。少し部屋の中がざわつく。

「聴取は終わりでいいですか?オレらもそろそろ休みたいんで。なんかあったら颯稀さん通してくださいよ。」

 陽が無理やり話を終わらせた。白斗が僅かに頷いたのを肯定と取り、部屋を後にする。こんな所、1秒でも早く立ち去りたかった感情が、逸っていた。


 *****


「なんでお前があんなに噛み付くんだよ。話が拗れるだろうが。」
「私が、いなければ。紅音さんはこんなことにならなかった、から。」
「初めて会った時もそうだったけど、お前その自責思考やめろ。
 別に世の中お前中心で回ってねえよ。」
「また陽はそんな言い方して。」
「髪鬼の件は自分の感情を制御出来ない紅音の過失、依織のことは、オレがもう少し気を回すべきだったんだよ。お前が狙われてることは分かってたことだ。
 だから、それで終わりだ。あんまり幹部の前で喋んな。」
「……。」
「気にしなくていいよってこと。血の気が多いのがたくさんだからね。陽も心配なんだよ。」
「そんなんじゃ……!」
「終わったようであれば、一つ、よろしいですかな?」

 いつの間にいたのだろうか、廊下の中央に、漏刻部、梅宮毘笈うめみやびきゅうがいた。

「和泉さん、今日の午後から調査のお約束しておりましたな。」
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