ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

文字の大きさ
38 / 104
第四章 金蘭の契~きんらんのちぎり~

第三十四話

しおりを挟む
「来るなって、言ったろ。」

 雑居ビルだからか、部屋だけは無数にあるものの、今は使われていなさそうだからか、決して綺麗とは言い難い。
 陽は階段の踊り場にある窓枠に腕をかけて外を見ていた。外は雨が降っていて少し寒い。パーティーが始まったのが夕方からでそこからすっかり日が暮れ、今は深夜か明け方くらいだろうか。

「静かにしてるから。ここにいていい?」

 踊り場の後ろの階段。その段差を軽く払って和泉は腰掛けた。

「怪我は、もういいのか。」

 すごく長い時間が経ったような気もするし、ほんの数分な気もする。沈黙を破った陽の声音は、本心で心配してくれてたのだと和泉は察した。本気で拒絶されるようなら戻ろうと思っていたので、その言葉がここにいていい照明のようで少し嬉しくなる。

「うん、もう、何ともないよ。ありがとう、陽がくれた札のおかげで、助かった。」
「そもそも、オレが詰めすぎたのが良くない、けど、頼むからああゆう無茶やめてくれ。」
「ごめん、咄嗟に。私が連れていかれたらそれこそ最悪だったよね、もっと迷惑かけるとこで……」
「そうじゃなくて。
 心臓が止まるかと思ったんだよ、オレは。」

 思わず固まる。和泉自身、あの状況でほとんど考え無しに突っ込んだのはさすがに良くなかったのも分かっている。そういえば犀破相手に泣いてたからどうのとか、怪我したあと痛いからどうのとか言っていたのを思い出す。
 もしかして、ものすごく心配しているのではないかと思い至る。そして急に気恥ずかしくなる。

「つ、次からは気をつける……。」

 そうしてくれ、と陽は小さく呟いた。
 和泉からは背を向けている形になるので、陽の表情は見えなかったがその背中はいつも見ている背中より小さく見えた。
 強くても、陽は人間だ。思わず庇って動いたのは、陽に死んで欲しくなかったから。
 和泉のことを、利用するつもりのまま……不都合あれば切り捨てる程度に思っていたほうが、彼の命が担保されていたであろうことに苦しさを覚える。彼はきっとこれから先も、身を呈して自分を守ろうとするだろうと。

「人間を恨んだりしねえのかよ、お前。」
「うーん…私が、斎王だってこと、まだあまり実感ないし……妙な力を持ってる理由が分かったなぁ、てくらいで。」

 誰かを恨めしい気持ちは正直なかった。それよりも恐怖と不安が渦巻いていたが、怖いという言葉を和泉は飲み込んだ。一人だったらすべてに押しつぶされて動けなくなっていただろうけれど、今は一人じゃない。

「アイツの……犀破のとこに戻ろうとか思わねえの。」
「陽は、その方がいいと思う?」
「……いや、全然。
そもそも、嫌で、逃げてきたんだろ。事情があったにしても、あんなのの近くにいていいこと、なんもねえだろ。」

 たとえ元婚約者だったとしても、今は妖に堕ちた者で、誰かを傷つけて平然としている存在。元がいい人だったと言われても、あまりにも今の事実と乖離している。やさしい人だったと世羅は言ったし、それに偽りはないのだろう。

「でも、それは……私が、斎王さいおうだから。きっと嫌だって思う感情は、私の、意思じゃない。」
「嫌なもんは嫌なんだろ。知るかよ、斎王さいおうだからそう思うとか。お前が嫌だと思って行動したこと、誰にも責める権利ねえよ。」
「いいよ、無理して私のこと、守ろうとしなくて。こんな得体の知れない存在、ほっといてくれていいから。」
「じゃあなんでオレの傍にきたんだよ、お前。」
「それは……陽のこと、心配だから。」

 窓の外を見たまま、陽は目を見開いた。
 自分の身に降り掛かっている事実を知ってなお、和泉は陽の心配をする。それが当然のように。

「お前のこと、陰陽連に引き渡すかもしれねえけど、いいのか。」
「陽はそんなことしない。私、わかる。」

 泣いてた和泉を掴んだあの暖かい手。いつも、陽の手が、和泉を引き寄せてくれていた。けれど陽は小さく首を横に振る。

「弱い、の間違いだろ。
 親も、幼なじみも、手が届く範囲すら守れてねえ。オレは、育った環境も、育ててくれた世羅のことも、何も信じてやれてない。ある程度独りは慣れてるとか思ってたけど。……全然、そうじゃ、なかった。」

 初めて聞いた陽の震える声に、和泉は顔を上げた。

「紅音さん、死んでないよ。犀破に連れていかれちゃったけど。
 世羅、あんなこと言ってたけど殺してなかった。紅音さんが、望むかはわからないけど、まだ、生きてるなら、まだなんとかなると思う。」
「お前、まだ紅音のことなんとかしようと思ってんのか、あいつは……」
「妖堕ちしたけどそれでも、世羅や凛が今、大丈夫なら何か方法があるんじゃない?まだ、私は間に合うと思う。」

 まだ間に合う。まだ、失ってないし負けてない。

「お前は、平気か。」
「え?うん、だから、怪我はもう大丈夫だよ。」
「身体じゃなくて。お前の方が色々ありすぎただろ。」

 不老不死の体にされてるとか、記憶を消されているとか、その小さな細い体に背負わされているとは思えないほどの大きな枷。色々ありすぎたではすまないくらいの重み。そんな陽の問いかけに対して、和泉は思わず視線を逸らしてしまう。心配してきたはずが、心配されてしまったことへ反射的に。

「私は、なんか、もう初めからなにもおぼえてないから、いまいち実感ないんだよね、だから。」
「いいよ、嘘つかなくて。
 オレも愚痴ったんだから。お前も、なにか思ってんなら今、言えよ。」

 陽が窓辺りから離れ、和泉の前に立つ。

「……私、本当に何も無かったんだなって。
 誰かに傷ついて欲しくないとか、死んで欲しくないとか言ったけど。それも、私が、斎王さいおうが穢れを拒否するせいで…。結局、自分の都合でしかなかった。
 私、自分の気持ちすら、何か、得体の知れないものにコントロールされてるんだなって思ったら、なんか、私、なんでここにいるんだろう、て。」

 堰を切ったように、溜まった涙がぽろぽろ零れてくる。泣けば、陽を困らせてしまうと思うから堪えていたものが、とめどなく溢れてくる。そんなあふれる気持ちに呼応するように、外の雨足が強まるのが音でわかる。

 犀破の元にいるのが嫌なのも、毘笈びきゅうの術が恐ろしかったのも、人間を守ろうとして一緒に戦ったのも。世羅のことを信じようとするのも。紅音を助けようとするのも。


 全部。



 自分じゃない。



 自分の感情じゃないのに。

 私はずっと使われ続けた。それを嫌がれば周りが不幸になった。

 こんな自分いらないと。死にたいと和泉が願うのは必然だったのだ。
 たとえ記憶があってもなくても、700年という歳月は人の身に降りかかるにはあまりに重すぎた。

 涙を落とす和泉の横に、陽が腰掛けて言う。

「じゃあ、プラネタリウムが楽しかったのも、お前が斎王さいおうだからなのか。」

 初めて行った、プラネタリウム。すごく綺麗で、すごく楽しかったことを和泉は思い出す。最初は急にどうしたことかと思ったけれど、落ち込む和泉の気晴らしに陽が連れてきてくれたのだと言うのはもう分かっていた。

「人間の作ったただ光ってるだけの人工物に、綺麗も穢れもねえだろ。あれが楽しかったんなら、それはお前の気持ちなんじゃねえの。」
「そ、れは。」
「オレを心配したのだって、お前の意思なんだろ。」

 何も言わずにただ寄り添ってくれるのがどれほど救いになるのか陽は知っている。

 その存在も、身体も、感情すらもまるで作り物のように扱われていて平気なわけはなかった。それでも心配かけまいと気丈に振る舞う姿は、陽の目には痛々しく映る。いいとは言ったものの、やはりいざ目の前で泣かれると堪えるものがあった。

 何故、全部彼女に押し付けられているのだろうかと、ふつと怒りが湧く。

「オレの手でいいなら、貸すから。」

 和泉の頭にぽんと乗せられた手。さっきまで窓の外に出していたせいか、少し冷たい。

「ありがとう、この手が好きなのも、私の気持ちって、思ってていいよね。」
「手だけかよ。」
「え……」
「いや、いい。
 両親が死んだ後、たまに、世羅がこうしてくれた。」
「じゃあやっぱり、世羅は、だいじょぶだね。」
「ああ、悪いな。オレがぐらついてて。
 怖かったんだろうな。信じて裏切られるのが。
 …世羅と、一緒に行動する。どっちにしたって、今のまま陰陽連には戻れねえしな。」

 立ち上がって振り向いた陽の表情は穏やかだった。和泉も、目元に残った涙を拭い、立ち上がる。雨はまだ降り続いている。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら、たったふたつの

あんど もあ
ファンタジー
王子に愛されてる伯爵令嬢のアリアと、その姉のミレイユ。姉妹には秘密があった……。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います

あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。 化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。 所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。 親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。 そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。 実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。 おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。 そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。

処理中です...