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第四章 金蘭の契~きんらんのちぎり~
第三十五話
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陽と和泉は、世羅と凛のいる場所に戻った。
しかしそこにいたのは世羅と凛だけではなく、深い青をたたえた癖毛の青年…悠河の姿がある。
世羅と凛からはある程度距離をおき、腕を組んで壁にもたれかかっていた彼は、戻ってきた陽たちを視認するとその目を細めた。
「悠河…お前、なんでここに。」
灰色の三白眼は、陽を睨みつけていた。
「何で?お前こそなんで仕事が終わったのにこんなところでコソコソしてる。成果がどうあれ、本部に戻って報告するのが当然だろう。」
「……悪い、しばらく陰陽連には戻らねえ。」
「そんな自分勝手が許されると思ってんのかよ?」
和泉は、悠河から放たれる敵意が痛く感じた。初めて会った時から歓迎されてはいなかったものの、ことと次第によっては今ここでその敵意が殺意と同義になる事を直感する。
「自分勝手はどっちだ。こっちは何も信じられなくなってるってのに。」
「信じるだの信じないだのお前が決めることじゃないだろう。何があったか知らねえけど、早く戻れ。」
「だったら悠河、斎王についてなんか知ってるか。」
「急に何の話だ。」
「知らねえならいい。悪いけど、命令だとしても戻らねえよ。」
陽の拒絶に、悠河はため息をつく。
「白斗さん、こいつらやっぱりなんか吹き込まれてますよ。」
悠河の懐から人形の紙がふわりと舞い上がる。簡易的ではあるが、白斗の式神なのだろう。
『君たちが屋敷に行った直後、陰陽連に襲撃があった。
幸いこちらに死傷者はいないものの、正堂紅音が連れ去られてね。何か知っているだろう。報告も含めて戻ってきてくれないかな。』
「……戻れば教えて貰えんのか、斎王のこと。犀破が人間だった時のこと。」
『何を聞いたか知らないけれど。
あまり目に余る行為が続くようだと、さすがの僕でもさすがに破門を考えざるを得なくなるよ。」
白斗の式神からの声は相変わらず穏やかだ。穏やかなのに、破門という言葉で和泉は一気に恐怖を感じる。記憶を消されることが結びついて、猶更。しかし陽は表情を変えていなかった。
「報告ならここでいいだろ別に。
成松は死んだけどな、屋敷に招待された人間たち何人かはオレらが保護してる。今破門にしたらそいつらどうなるかわかんねえけど。宮内庁から許可は降りてんのか。」
もちろん嘘である。陽のこのセリフで、悠河はなおも眉間にしわを寄せる。
『全く、どこでそんな悪知恵を身につけてきたんだか。
陽、君だって色々見てきたからわかるだろう。かわいそうなどという一時の感情だけで、私たち陰陽連が、連綿と守ってきたものを手放すわけにはいかないんだよ。』
「だから、それがおかしいって言ってんだろ。よく聞く多少の犠牲は仕方ねえってやつか?
笑わせんなよ、オレからすれば、どう見たって700年分のツケが今ここにきて出てきてんだよ。」
陽の怒気を含んだ言葉に、白斗の人形は答えなかった。
『…悠河、一旦戻っておいで。』
「白斗さん、けど…!」
『今ここで僕の式神と悠河だけではどうこうできないよ。戻りなさい。
陽。正堂紅音のことは知っているかな。』
「占いで調べたらいいんじゃねえの、得意なんだろ。陰陽頭。」
『そうか、じゃあそれを君の宣戦布告と、受け取っておくね。』
式神から放たれる言葉はいつもの柔らかな声。その声音に合わない不穏な言葉と共に式神は自らの体を破くようにしてハラハラと消えていった。
「今度はその女か、陽。取っかえ引っ変え忙しいやつだな。」
「は?」
「紅音とよろしくやってたかと思えば、あっさり切り捨てて、よくわからんその女に乗り換えただろう。」
敵意の上に、侮蔑の言葉が乗っている。検討はずれも甚だしいがここで喧嘩しても仕方がないと、精一杯心を殺しながら陽は言葉を返す。
「何の話してんだ、言いたいことがあるならはっきり言え。」
「一応は幼なじみのよしみで同情してたけど、それも今日限りだな。結局化け物に育てられたら人間は化け物だったってことだ。」
化け物と呼ばれた当の本人たち、陽と世羅は何も言わなかった。今ここで戦うのが得策でないのはまだ疲労が抜け切ってない陽たちも分かっている。
「ねえ。」
立ち去ろうとする悠河の背に、和泉が声を張り上げていた。
「なんで、そんな言い方するの。わざわざこんな所にあなたが来たのだって、迎えにきてくれたんじゃないの?」
「黙れよ化け物が。お前らみたいなのがいるからこんなことになってるんだろうが。」
悠河は和泉に対して怒鳴る。陽が反論する前に、世羅が和泉の後ろから悠河を睨んで言った。
「それ以上言うなら、今ここで始めてもいいんだよ。」
「……っ、化け物が。」
悠河は憎々しげに言うとその場を立ち去った。陽は去っていく悠河の背中を見て、もう後戻り出来ないことを痛感する。
「意外と結論早かったね、陽。もういいの?」
今白斗への回答ではっきりした陽の決意を、世羅が受け止める。
「ああ、凛のことは、和泉がとりあえず大丈夫だっていうなら信じようと思う。
世羅と、和泉が大丈夫ってんなら、まあ充分なんだろうなって。
とりあえず、斎王にとっては悪い存在じゃねえってことだろ。和泉がやった、屋敷の浄化も凛には悪影響じゃなかったようだし。」
何か悪影響があるなら、毘笈の時のように和泉自身が拒絶反応を示すだろうと陽は踏んだ。本人の意思に関係なく、斎王の本能として。しかし、一方の腕を組んだまま凜の表情は険しい。
「斎王の感覚、ね。
間違っているとは言わないけれど、あまり過信しない方がいいわよ。ある程度力のある人間や妖怪なら、隠すこともできるからね。
実際、私は長い間……犀破の手のものとして動いてきた。あなたを守る為だけに散々やって来たわ、それこそ数え切れないくらいの人間を犠牲にしてる。人間の側からすれば私は討伐すべき妖なのよ。陰陽師なら、許せる相手ではないんじゃないの?」
和泉が視線を下に落とす。見てきたからだ、凛が、人を手にかけるところを。だから彼女がまさか自分のために動いているなど思わなかった。忠実な、犀破の僕として動いているのだとばかり思っていた。いくらそれが、斎王を守るためだったとしても、失った人の命があるのもまた事実だ。
「その討伐する側、がもう信用できねえからな。オレだって昨日の屋敷……何人か見殺しにしてる。誰かを断罪できる立場じゃねえよ。」
「あら、意外。もっと正義感で突っ走るタイプかと思ってたわ。」
「嫌味か、それは。」
「褒めてるのよ。」
「お前に褒められても嬉しくねえ。」
「年長者の言うことは素直に受け取りなさい。」
「長生きがみんなえらいのかよ。」
「ちょっと待って二人とも、喧嘩しないでくれる?」
途中からなぜか口げんかに発展しかける二人を世羅が窘める。止められた凜は、組んでいた腕を解いて和泉へ向き直る。
「ごめんなさい、あなたにも本当のこと伏せていたの、ここで謝るわ。……あなたは優しいから。私に下手に情をかけて、ひどい目にあったこともあるの、それはどうしても避けたかった。」
「どうして、世羅と凛は私をそこまで守ろうとするの?さ……道雅さんのため?」
犀破と言いかけて言い直す。和泉は、犀破は知っているけど、道雅は知らない。その意図を汲んでか、世羅が口を開いた。
「それもあるけど。僕らは、瀬莉との約束があるから。」
聞きなれない言葉。しかし、和泉は直感する。犀破が名を変えたのであれば、あるいは。
「君の、元の名前だ。和泉ちゃん。」
「……私の。……道雅さんの、婚約者だった私の、名前。」
「そう。たまたま屋敷に入った、番の僕らを保護してくれた。」
「私は体が白く、瞳が赤い変異体でね。獣にも人にも、それこそ妖怪にも目をつけられがちだったから。
……貴方が助けてくれたのよ。」
初めて見せた、凛の笑顔。紅の双眸が、おだやかに和泉を見る。
「助けてくれただけじゃない。
君が、僕らに名前をくれた。あの日から、僕らはただの獣ではなくなったんだ。」
――金のあなたは、世羅。
――銀のあなたは、凛。
「名前、を。」
「斎王になる前から、君は何かそういった素質があったんだろうね。人の子であったけれど、人知を超えた何かをもった人。」
――道雅様に何かあったら貴方たちが止めてあげてね。
「斎王の任で屋敷を出る時、彼女がそう言ったんだ。僕らは、止めると約束した。」
「道雅ね、昔から思いつめちゃうところは変わらないの。周りが見えなくなるのも、なりふり構わなくなって傷つくのも。変わらないのよ、本当にずっと。」
ただの獣でしか無かった二匹に、名前という尊厳を与え、約束という生きる目的を与えた瀬莉。二人が、世羅と凜が、どれほど瀬莉姫に尽くしたか。
瀬莉のために、二人がどんな思いで犀破と袂を分かったのか。
そんなに大事な約束を数百年守る二人と、全く覚えていない和泉。瀬莉という言葉すら少しも引っかかってこない事実にまた胸が痛くなる。それでも、世羅と凜を信じて大丈夫だと思えたその心があることが、幾分か和泉の気持ちを軽くする。
「何でさっき、それを言わなかったんだよ。」
「私がとめたのよ。貴方が、私たちを信用してくれるか、まだ微妙だったから。」
「悪かったな、疑り深くて。ついさっき、帰る家を失ったとこなんでな。」
「大切な約束よ。おいそれと他人に話したくなかった、それだけ。生まれた瞬間に名前を与えられる、あなたたたち人間にはわからないでしょうけど。
私たちにとって、大切なことなのよ。」
名は体を現す。己が己であるための証明。
「一つ言っておくわ、逆にホイホイ私を信用してたら私が貴方を信用しなかった。妖を相手にしてるんだもの、それくらいの警戒心で充分よ。」
「そいつはどーも。」
「さて、話もとりあえずまとまったところで、これからどうしようか。とりあえず陰陽連と犀破、両方を相手取ることになったわけだけども。」
「札がねえからな、正直今はあんまり戦いたくはねえ。」
札の大概は陰陽連に置きっぱなしである。さすがに取りには戻れない。
「え……じゃあ、どうするの。陽、戦えないんじゃ。」
以前陽が教えてくれた。霊力を変換する札を使って戦うこと。無くても戦えはするが、当然行の力は乗らないし、消耗も激しくなる。不安に思った和泉が陽を見やったが、陽は何か意図のある表情を浮かべていた。
「まあ、アテはある。オレの、ばあちゃん家。」
しかしそこにいたのは世羅と凛だけではなく、深い青をたたえた癖毛の青年…悠河の姿がある。
世羅と凛からはある程度距離をおき、腕を組んで壁にもたれかかっていた彼は、戻ってきた陽たちを視認するとその目を細めた。
「悠河…お前、なんでここに。」
灰色の三白眼は、陽を睨みつけていた。
「何で?お前こそなんで仕事が終わったのにこんなところでコソコソしてる。成果がどうあれ、本部に戻って報告するのが当然だろう。」
「……悪い、しばらく陰陽連には戻らねえ。」
「そんな自分勝手が許されると思ってんのかよ?」
和泉は、悠河から放たれる敵意が痛く感じた。初めて会った時から歓迎されてはいなかったものの、ことと次第によっては今ここでその敵意が殺意と同義になる事を直感する。
「自分勝手はどっちだ。こっちは何も信じられなくなってるってのに。」
「信じるだの信じないだのお前が決めることじゃないだろう。何があったか知らねえけど、早く戻れ。」
「だったら悠河、斎王についてなんか知ってるか。」
「急に何の話だ。」
「知らねえならいい。悪いけど、命令だとしても戻らねえよ。」
陽の拒絶に、悠河はため息をつく。
「白斗さん、こいつらやっぱりなんか吹き込まれてますよ。」
悠河の懐から人形の紙がふわりと舞い上がる。簡易的ではあるが、白斗の式神なのだろう。
『君たちが屋敷に行った直後、陰陽連に襲撃があった。
幸いこちらに死傷者はいないものの、正堂紅音が連れ去られてね。何か知っているだろう。報告も含めて戻ってきてくれないかな。』
「……戻れば教えて貰えんのか、斎王のこと。犀破が人間だった時のこと。」
『何を聞いたか知らないけれど。
あまり目に余る行為が続くようだと、さすがの僕でもさすがに破門を考えざるを得なくなるよ。」
白斗の式神からの声は相変わらず穏やかだ。穏やかなのに、破門という言葉で和泉は一気に恐怖を感じる。記憶を消されることが結びついて、猶更。しかし陽は表情を変えていなかった。
「報告ならここでいいだろ別に。
成松は死んだけどな、屋敷に招待された人間たち何人かはオレらが保護してる。今破門にしたらそいつらどうなるかわかんねえけど。宮内庁から許可は降りてんのか。」
もちろん嘘である。陽のこのセリフで、悠河はなおも眉間にしわを寄せる。
『全く、どこでそんな悪知恵を身につけてきたんだか。
陽、君だって色々見てきたからわかるだろう。かわいそうなどという一時の感情だけで、私たち陰陽連が、連綿と守ってきたものを手放すわけにはいかないんだよ。』
「だから、それがおかしいって言ってんだろ。よく聞く多少の犠牲は仕方ねえってやつか?
笑わせんなよ、オレからすれば、どう見たって700年分のツケが今ここにきて出てきてんだよ。」
陽の怒気を含んだ言葉に、白斗の人形は答えなかった。
『…悠河、一旦戻っておいで。』
「白斗さん、けど…!」
『今ここで僕の式神と悠河だけではどうこうできないよ。戻りなさい。
陽。正堂紅音のことは知っているかな。』
「占いで調べたらいいんじゃねえの、得意なんだろ。陰陽頭。」
『そうか、じゃあそれを君の宣戦布告と、受け取っておくね。』
式神から放たれる言葉はいつもの柔らかな声。その声音に合わない不穏な言葉と共に式神は自らの体を破くようにしてハラハラと消えていった。
「今度はその女か、陽。取っかえ引っ変え忙しいやつだな。」
「は?」
「紅音とよろしくやってたかと思えば、あっさり切り捨てて、よくわからんその女に乗り換えただろう。」
敵意の上に、侮蔑の言葉が乗っている。検討はずれも甚だしいがここで喧嘩しても仕方がないと、精一杯心を殺しながら陽は言葉を返す。
「何の話してんだ、言いたいことがあるならはっきり言え。」
「一応は幼なじみのよしみで同情してたけど、それも今日限りだな。結局化け物に育てられたら人間は化け物だったってことだ。」
化け物と呼ばれた当の本人たち、陽と世羅は何も言わなかった。今ここで戦うのが得策でないのはまだ疲労が抜け切ってない陽たちも分かっている。
「ねえ。」
立ち去ろうとする悠河の背に、和泉が声を張り上げていた。
「なんで、そんな言い方するの。わざわざこんな所にあなたが来たのだって、迎えにきてくれたんじゃないの?」
「黙れよ化け物が。お前らみたいなのがいるからこんなことになってるんだろうが。」
悠河は和泉に対して怒鳴る。陽が反論する前に、世羅が和泉の後ろから悠河を睨んで言った。
「それ以上言うなら、今ここで始めてもいいんだよ。」
「……っ、化け物が。」
悠河は憎々しげに言うとその場を立ち去った。陽は去っていく悠河の背中を見て、もう後戻り出来ないことを痛感する。
「意外と結論早かったね、陽。もういいの?」
今白斗への回答ではっきりした陽の決意を、世羅が受け止める。
「ああ、凛のことは、和泉がとりあえず大丈夫だっていうなら信じようと思う。
世羅と、和泉が大丈夫ってんなら、まあ充分なんだろうなって。
とりあえず、斎王にとっては悪い存在じゃねえってことだろ。和泉がやった、屋敷の浄化も凛には悪影響じゃなかったようだし。」
何か悪影響があるなら、毘笈の時のように和泉自身が拒絶反応を示すだろうと陽は踏んだ。本人の意思に関係なく、斎王の本能として。しかし、一方の腕を組んだまま凜の表情は険しい。
「斎王の感覚、ね。
間違っているとは言わないけれど、あまり過信しない方がいいわよ。ある程度力のある人間や妖怪なら、隠すこともできるからね。
実際、私は長い間……犀破の手のものとして動いてきた。あなたを守る為だけに散々やって来たわ、それこそ数え切れないくらいの人間を犠牲にしてる。人間の側からすれば私は討伐すべき妖なのよ。陰陽師なら、許せる相手ではないんじゃないの?」
和泉が視線を下に落とす。見てきたからだ、凛が、人を手にかけるところを。だから彼女がまさか自分のために動いているなど思わなかった。忠実な、犀破の僕として動いているのだとばかり思っていた。いくらそれが、斎王を守るためだったとしても、失った人の命があるのもまた事実だ。
「その討伐する側、がもう信用できねえからな。オレだって昨日の屋敷……何人か見殺しにしてる。誰かを断罪できる立場じゃねえよ。」
「あら、意外。もっと正義感で突っ走るタイプかと思ってたわ。」
「嫌味か、それは。」
「褒めてるのよ。」
「お前に褒められても嬉しくねえ。」
「年長者の言うことは素直に受け取りなさい。」
「長生きがみんなえらいのかよ。」
「ちょっと待って二人とも、喧嘩しないでくれる?」
途中からなぜか口げんかに発展しかける二人を世羅が窘める。止められた凜は、組んでいた腕を解いて和泉へ向き直る。
「ごめんなさい、あなたにも本当のこと伏せていたの、ここで謝るわ。……あなたは優しいから。私に下手に情をかけて、ひどい目にあったこともあるの、それはどうしても避けたかった。」
「どうして、世羅と凛は私をそこまで守ろうとするの?さ……道雅さんのため?」
犀破と言いかけて言い直す。和泉は、犀破は知っているけど、道雅は知らない。その意図を汲んでか、世羅が口を開いた。
「それもあるけど。僕らは、瀬莉との約束があるから。」
聞きなれない言葉。しかし、和泉は直感する。犀破が名を変えたのであれば、あるいは。
「君の、元の名前だ。和泉ちゃん。」
「……私の。……道雅さんの、婚約者だった私の、名前。」
「そう。たまたま屋敷に入った、番の僕らを保護してくれた。」
「私は体が白く、瞳が赤い変異体でね。獣にも人にも、それこそ妖怪にも目をつけられがちだったから。
……貴方が助けてくれたのよ。」
初めて見せた、凛の笑顔。紅の双眸が、おだやかに和泉を見る。
「助けてくれただけじゃない。
君が、僕らに名前をくれた。あの日から、僕らはただの獣ではなくなったんだ。」
――金のあなたは、世羅。
――銀のあなたは、凛。
「名前、を。」
「斎王になる前から、君は何かそういった素質があったんだろうね。人の子であったけれど、人知を超えた何かをもった人。」
――道雅様に何かあったら貴方たちが止めてあげてね。
「斎王の任で屋敷を出る時、彼女がそう言ったんだ。僕らは、止めると約束した。」
「道雅ね、昔から思いつめちゃうところは変わらないの。周りが見えなくなるのも、なりふり構わなくなって傷つくのも。変わらないのよ、本当にずっと。」
ただの獣でしか無かった二匹に、名前という尊厳を与え、約束という生きる目的を与えた瀬莉。二人が、世羅と凜が、どれほど瀬莉姫に尽くしたか。
瀬莉のために、二人がどんな思いで犀破と袂を分かったのか。
そんなに大事な約束を数百年守る二人と、全く覚えていない和泉。瀬莉という言葉すら少しも引っかかってこない事実にまた胸が痛くなる。それでも、世羅と凜を信じて大丈夫だと思えたその心があることが、幾分か和泉の気持ちを軽くする。
「何でさっき、それを言わなかったんだよ。」
「私がとめたのよ。貴方が、私たちを信用してくれるか、まだ微妙だったから。」
「悪かったな、疑り深くて。ついさっき、帰る家を失ったとこなんでな。」
「大切な約束よ。おいそれと他人に話したくなかった、それだけ。生まれた瞬間に名前を与えられる、あなたたたち人間にはわからないでしょうけど。
私たちにとって、大切なことなのよ。」
名は体を現す。己が己であるための証明。
「一つ言っておくわ、逆にホイホイ私を信用してたら私が貴方を信用しなかった。妖を相手にしてるんだもの、それくらいの警戒心で充分よ。」
「そいつはどーも。」
「さて、話もとりあえずまとまったところで、これからどうしようか。とりあえず陰陽連と犀破、両方を相手取ることになったわけだけども。」
「札がねえからな、正直今はあんまり戦いたくはねえ。」
札の大概は陰陽連に置きっぱなしである。さすがに取りには戻れない。
「え……じゃあ、どうするの。陽、戦えないんじゃ。」
以前陽が教えてくれた。霊力を変換する札を使って戦うこと。無くても戦えはするが、当然行の力は乗らないし、消耗も激しくなる。不安に思った和泉が陽を見やったが、陽は何か意図のある表情を浮かべていた。
「まあ、アテはある。オレの、ばあちゃん家。」
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