ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第五章 槁木死灰~こうぼくしかい~

第三十八話

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 和泉は、隣の部屋のドアを躊躇なく開ける。世羅が買ってきてくれた服に着替えて、急いで陽の後を追おうと思ったのがよくなかったのかもしれない。

 勢いよく開け放ったドア。すぐに和泉の視界に入る、肌色。思いっきり着替え途中の陽と目が合い、当然の如く二人は固まる。それが陽の上半身だと分かり、先に言葉を発したのは和泉の方だった。

「ご、ごめんなさい!」

 言葉と同時に勢いよくドアが閉まる。

 何が起きたのかわからないのはどちらかといえば陽の方だった。幸いと言っていいのか、下はジーパンに履き替えた後で、ちょうど上のシャツを脱いだところ、ではあった。見られて困るような部位ではない、が。

 ドアを閉めた後も、和泉は謝罪した。せめてノックでもすればよかったと今更ながら後悔する。初めて会った次の日、陰陽連でがっつり上半身は見てしまっていることなどついぞ忘れている。
 無遠慮にも程がある、これのせいでついてくるなと言われたら元も子もないと焦る。世羅の使ってる目を和泉自身も使って無理やりついていくかなど、無駄に思考がぐるぐる回る。悶々としていると、閉じられた扉の向こうから陽の声がした。

「いいよ、別にオレは。……ただ、見てもあんま気分いいもんでもねえだろ。」
「な、何か、ダメだった?
 ダメって言うか、それ以前の問題だよね、ごめんなさい……。」
「いや、だからオレは別にいいんだけど。怪我の跡があるから。」

 陽は思っていた。怪我の跡など、痛々しいだけで、見て気持ちいいと思えるものではないと。
 完治はしているが、消えない傷跡が無数にある。それこそ、一昨日の犀破との戦闘で負った傷もある。鍛錬している手前、それなりに引き締まった体躯をしてはいるものの、そこかしこの傷跡のせいでお世辞にも羨ましいと思えるような見た目でないのだ。

 突然の出来事のほうにプチパニックに陥っていた和泉は、想定外の言葉にまた思考が止まる。

「それだけ、陽がたくさん誰かを助けたってことなんじゃ、ないの。」
「……………見てて嫌じゃなかったんなら、いい。」

 やや長い間のあとに、和泉の声を受け入れる返事が聞こえる。名誉の勲章、というと仰々しくて逆にチープに聞こえる。でも少なくとも、真新しい傷の跡は、和泉を守ってできたものだ。

「ごめん。」

 怪我をさせたことと、うっかり覗く結果になったこと、どちらともとれるような曖昧な謝罪を口にする。

「いいって、怒ってるわけじゃねえから。次来るときはノックしろよ。」
「本当にすみません……。
 あ、の、待って。私もいっしょに行くから、待っててほしい。」
「なんで?」
「本当に陸なら、謝らないといけないし。陸じゃないなら、許せないから。」

 陽の声が少し硬くなったが、そこだけは、譲れないと強い口調で言い切る。さっきよりも長い静寂が訪れたが、それは陽がドアを開ける音で終わる。

「謝るついでに。オレも。悪かったな、あの時……」
「あの時?」
「初めて会った時。お前が、犀破に捕まりそうなったとき、オレが言ったこと。」


 ―――中途半端な覚悟で、オレに命、背負わせんな!
 自分の命くらい自分で背負え!!


 死に囚われそうになっていた和泉を、救い上げた言葉。和泉にとっては、生へと引き上げた言霊。しかし、それを発した本人の表情は複雑だった。

「自分のせいじゃねえことまで背負うだろ、お前。
 世の中、優しいやつばっかじゃねえからな、そうゆうのに漬け込んで押し付ける奴だっている。だから、全部自分に矢印向けて、自滅してほしくなかった。
 ……けど、ひょっとしたら、ずっと死ねなかったお前が本当に望んでたのは、死ぬことだったのかもなって。
 無理やり生かされてきたお前に対して、命くらい背負えって。最低なこと言った。だから、ごめん。」
「違うよ。」

 斎王さいおうの話を知って。陽にとっては、あの時の言葉はひどく無責任なものだと思えてしまったのだろう。知らなかったで許されるような発言ではないと。残酷なことを言ってしまったと悔いている。不老不死であることがどんな苦悩をもたらすのか、当然なったことなどないから知りもしないくせに。

 けれど、和泉はもちろんひどいことを言われたなどと受け取ってはいなかった、だからきっぱりと言う。

「なんで陽が、謝るの。
死にたいって、思ってたのが、ずっと死ねなかったからかどうかは分かんないけど。こんなこと言うとあれだけど、私……陽が助けてくれたから、生きようって思ったよ。
 あの時、あなたの前で死んじゃいけないって、思った。自分の命が、自分だけのじゃないって思った。助けてくれた人がいる、助けてくれようとした人がいる。
 ……誰かがいないと、成り立たないから、結局変わってない気もするけどね。でもね、自分の荷物、自分でちゃんと持とうって思えたの。」

 少し口角をあげる。あんまり陽は笑ってくれないけど、自分が笑うとほんの少し目の光が穏やかになることを知っているから、笑う。

「最初は、ちょっと怖かったけど、陽のこと最低なんて思ってない。酷いこと言われたとも思ってないよ。
 だから、また私が変なこと言い出したら、強引でいいから引っ張り上げてね。」
「……少しは自分で這い上がれるようにしろ。いつも、オレがいるとは限んねえだろ。」
「頑張る。だから、力、貸してよ。」
「わかったから。とっとと着替えろ。」
「! ……ありがとう。」
 
 着いてきてもいいとは言っていないが、くるなとも言われなかった。和泉は、世羅の用意してくれた服に着替えて再び合流する。
 陽は濃紺のプルオーバーパーカーにジーンズで、前とほぼ変わらない服装だった。和泉は袖が少しふんわりした長袖のトップスにブラウンのキュロットパンツ。動きやすいし着やすい、時間もそんなになかっただろうに、世羅の配慮を感じた。

 和泉が急いで外に出ると、陽はちゃんと待っていた。何も言わずに和泉の肩に、世羅のを載せる。
 人形ひとがたとはいえ、傍目には薄い紙ペラである。ちょっと動けば飛んでいきそうなものなのに不思議と、和泉の肩にしっかりとついている。

「ちなみに陽、札の残数は?」

 和泉の肩に乗った式から世羅の声がする。人形ひとがたのそれが言葉を発する度に動くので、まるで小さなペット……あるいは使い魔のようだ。

「ほとんどねえよ、各1か2だ。特に火は、祓詞で使い切って1枚も残ってねえ。」

 陽は、犀破をあそこで完全に仕留めるつもりでカグツチの祓詞を使った。結果仕留めきれず、札を消費した結果にはなったが、犀破は咄嗟に避ける動きをしていた。依織の介入があって直撃が免れたが、それはつまり陰陽師の祓詞であればこうがさして効いていない犀破にもある程度効果的なのだろうという確信を得た。

「だったらなおさら、和泉ちゃんに援護してもらいなよ。」
「援護ったって、オレが力使えなきゃ意味ねえじゃん。」

 五行は、陰陽師の言霊と使う札により励起される力。譲渡はできない。また、それぞれのこうは互いに相克、相殺しあうため、使うタイミングや行を考えなければ威力は半減どころか消滅してしまうこともある。

「それなんだけど、あの……私の力、たぶん陽のとは、少し違うと思う。」
「は?」
「陽は、霊力を力にするには言霊と札がいるって言ってた。
 私、それどっちも必要としてないし…それに、木火土金水、五行の力を一応は使えていたと思うけど、木は、あんまりうまいことできなくて…金は…陽のやったとおりに武器を出してみたけどあれは、あれは武器というより、浄化のために使うものだったから、何か違うかなって。」

 何が違うと言われると難しい。
 陰陽師が札を使って、こうを使っているのであれば、和泉のはそうではなく。和泉自身が直接出している。

「力の……なんていうんだろ、段階?ステージが違うっていうのかな。
 そもそも浄化をしたとき、無防備な時に、世羅たちが守ってくれるってことは、そうじゃなければ自衛できるってことだと思うの、そのための力があるんじゃないかなって。」

 確かに、言われてみれば数百年も神に仕えた斎王が、浄化や治癒だけなわけがないと思えた。詠唱も、札も必要としない、和泉だけの……斎王だけに備えられた力。

「陰陽道に似た力で別のもの……で思い当たるのは四元素、か。」
「四……?」
「五行は、陰陽道…東洋の力だ。
 地水火風の四元素はどっちかってーと西洋の力。力の概念が違うって話な。
 日本の神に仕えて、使用できる力が西洋ベースってのがよくわかんねえけど。まあその辺の理屈はいいや。」

 陽の言う通り、四元素であるならばと、和泉は今まで使った力を思い出しながら当てはめる。水と火はそのまま、土だと思っていたのは地。そして、残るは……風。

「風、使える気がする。
 あの、科学館で見た竜巻……あれを見た時になんか、引っかかってて。」
「で?お前が使えてもオレが使えるかどうかは別問題だけど。」
「うん、だから……結界を作った時みたいに、この力も貸せないかなって。
 概念は違っても、私と、陽の火の認識は変わらないなら、陽の霊力を火に変える札の代わりを作れないかなって。
 結界と、同じ要領なら、できる気がする。」

 和泉は手を何度か握りしめ、結界を貸したのと同じ感覚を思い起こす。陽が得意な火を、思いえがく。
 和泉を包み込むように沸き起こった火はゆっくりと収束していき、手のひらにころんと小さく収まる。開いてみればそれは、石のように見えた。
 無骨な形状の石、というよりは赤い水晶のようで、キラキラと透けて見える。
 それを陽に手渡すと、赤い結晶は陽の手首をくるっと囲むような形態変化を見せる。腕にピッタリ張り付きはせず、手首周りから数センチ浮いた状態。

 鉱石を纏った腕で火を使えることを認識した陽が軽く放った力は、想定よりも大きな火炎である。言霊なしで、この威力。
 さすがに市街地なので何発か虚空に放つのみに留めていた。

「ま、ぶっつけ本番でやるか。どうせ札がねえんだし。」
「使えそう……?」
「札より消耗キツそうだから、使いようだな。慣れかもしんねえけど。急ぐぞ。」


 *****


 廃ビルから学校はさほど遠くはなかった。
 本当だったら校舎が見える場所なのに、見えるのはおよそ校舎とは呼べない形状の何か。丸いドーム状のそれはよく見ると動いている。速さはないものの、それが植物の成長だと考えると明らかに異常な速さである。

「やべえな……」

 あまりに巨大すぎて、もはやなんの植物なのかわからない。本来は広いグラウンドに面してL時型に校舎があり、その裏に中庭のある高校。敷地内はほとんど、植物に取り囲まれていて異様な空気である。

 学校の手前にある住宅のブロック塀から、様子を窺うがやはりびっしりと植物が生い茂っており中は見えない。さながらジャングルだ。

炎波えんぱ。」

 陽の手から放たれる炎。威力は十分、否、札を使うより明らかに高火力だった。陰陽師の使う御札の上位互換であるのことはまさに文字通り、火を見るよりも明らかである。その熱はすぐ後ろにいる和泉にも伝播してくる。

 一瞬にして目の前に壁のようにそびえていたはずの巨大な植物が焼き払われ、焦げた匂いが立ち込める。焼け落ちた植物の隙間からどうにか中に入っていけそうである。しかし、陽の顔は険しいままだった。

「この調子で使ってたら霊力が一瞬で枯渇するな。」

 札を使って術を使いまくっていた時とは勝手が違うらしい。陽は赤い石が纏う右手を握ったり開いたりして感触を確かめている。

「なんか、よく分からないもの渡して、まずかったかな……。」
「いや、いい。どっちにしろ札が切れるかオレがガス欠になるかの二択だ。充分助かる。それよりお前も気をつけろ。」

 せっかく炎で開けた穴は、二人が校内に入ると植物がすぐ覆い隠してしまった。焼け焦げていない部分がまるで生き物のように動いて塞いでいく。しかし今は出口よりも中の状況を認識することが先である。
 入った先のグラウンドは、想定よりも地獄絵図だった。
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