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第五章 槁木死灰~こうぼくしかい~
第三十七話
しおりを挟む早朝。
夜明け前でまだ暗い。
空は分厚い雲で覆われていて、雨がしとしと降っている。
住宅街のマンションから、制服を着た女子高校生がこっそりと家を出る。扉を閉める音がうるさいから、家族が起きてしまわないようにそっと締める。一階はオートロックだからそのまま出て、いつもの通学路に出る。肩まで伸びた黒い髪が、少し雨に濡れる。いつもは長い髪を一つに括っているが、そんな余裕は無い。
校舎の門は空いている。うっかり朝練に来た生徒たちと鉢合わせないように、周囲を伺いながら、女子高生は校舎へ入っていく。
行き先は、屋上。たまに用務員が戸締りをしてしまって入れないことがある。もし空いてなかったらどうしよう、でも、待ち合わせはここだから空いてないわけないよね、とかそんなことをつらつら考えながら階段を登る。
登った先の少し錆びたドアの取っ手に手をかけると、ギィと音をたてて空いた。屋上には誰もいない……と思ったが、いた。待ち合わせ相手。同じ学校の制服を着た男の子。
緑がかった薄い色素の髪は女子でも羨ましいくらいにまっすぐ。その髪の合間からのぞく緑青色の瞳がぱっと彼女をとらえる。
「お待たせ。」
待ってないと、少女は首を横に振る。
「一応、最後に確認なんだけどさ。やっぱりやめたい、とか、ない?大丈夫?」
ただの高校生だった彼女が、そんな決断をしたのはついこの間。母の葬儀の後だった。
たまたま買い物に出かけた母は、二度と戻らなかった。原因はショッピングモールでの、崩落事故だった。
ショッピングモールで?崩落事故?
最初は意味が解らなかったけれど、何をどういっても母は帰ってこなかった。父が警察とかいろんなところに出かけてる。裁判だとかなんだとか言っていたが、どうでもよかった。生きているのに死んでるみたい。ふわふわして、よく分からない。
もういっそここから飛び降りてお母さんのところへ行こうか、なんて考えていたら。彼に出会った。
―――どうせ死ぬんならさ、その命有効活用させてくれないかな。
誰もいなかったはずの屋上で、屈託なく笑う彼。
聞けば、彼は友人を救うために力が欲しいのだという。なんだか夢物語のような、漫画やアニメの見すぎなんじゃないかと言いたくなるような。でも、おだやかな口調で話す彼のことを、そんなの信じられないと跳ねのけられなかった。
母が死んだ理由を知っているというから。母は、ヒトならざる者の仕業で命を落としたという。その存在が、彼の友人にも危害を加えようとしているから止めたいのだと。誰かの命を使ってでも止めたいと、切々と話す彼の言葉は少女には充分信じるに値した。
きっと、普通なら怖いんだろう。けれど、死を覚悟して逃げてきた少女には、まるで救いの手が差し伸べられたようだった。
自分の命で、母の復讐ができる。母にも、会える。これ以上被害者もでない。いいことづくめではないか、と。
そして今日が、その約束の日。
彼は友達を助ける為に、少女は先に逝った母に会うために。
「ねえ、そういえば名前なんて言うの?」
「?」
「今日死ぬのにアレだけど。ほら、一応、恩人になるわけだし。名前くらい、教えてよ。」
「……陸。朝倉陸。」
雨がいっそう強まって、体はびしょぬれになる。しかしそんなこと、少女にも、陸にもどうだってよかった。
突然母を失って正常な判断ができない精神状態の彼女に、陸の思惑などわかるはずもなかった。
*****
「元気そうでよかったわ。」
室内に入ってきた颯希は、陽と和泉の姿を視界に捉えるや否や、安堵の表情を浮かべる。
ちなみに世羅と凜は念のため姿を消している。万が一戦闘になった際のための保険だった。
颯希は特に凶器は手にしていないが、彼女のメインの武器は拳銃である。いつも通りジャケットの内ポケットに忍ばせているだろうから、ほんの一瞬でやられる可能性もある。
そして、敵意や殺意もそう簡単に見せてくる相手でもない。陽からして見たら、いくら笑顔を振りまいていても、1ミリも安心できる相手ではないのだ。
「案外早かったな、話す気になったのかよ?斎王のこと。」
陽はある程度距離を放したまま、あえて敵意をむき出しにする。颯希もそれをわかってか、両手をあげて笑顔のまま答える。今、颯希に交戦する意思はないらしい。
「斎王は、私だけではなんとも。そりゃあ、陰陽連に連れ戻してこいとは言われているし、戻ってきてほしいのもあるんだけど。
今日はね、仕事じゃなくてお願いに来たのよ。」
「お願い?」
「陽と、悠河、あと紅音ちゃんの通ってる高校。
今、立てこもり事件が起きてるの。」
寝耳に水な話で思わず和泉は顔をあげた。目が合った颯希は一瞬にっこりと微笑み返し、話を続ける。
「その立てこもりの犯人から、式が飛んできてね。悠河と、陽……2人を呼んで来いって指示なのよ。
校内の様子はわからないわ、校舎ごと、巨大な植物に包まれてるから見えなくって。
土曜日だから、中にいた生徒たちはそう多くはないんだけど……少なくとも、朝練をしている部活動の生徒たちとその顧問がいることはわかってる。他にも数人いるかもしれない。」
「言ったろ、仕事はしねえって。高校っていったって、オレはほとんど行ってねえし。」
陰陽連の計らいで、一応通えることにはなっている。悠河や紅音はそれなりに行ってるようだが、元々学校自体を避けている陽が『行ってもいかなくてもどちらでもいい』学校に行かなくなるのは必然だった。
「紅音ちゃんが攫われた時の襲撃のせいで、今陰陽連の中もごたついてるの。人手が足りないのよ、お願い。
それに……
二人を呼んでる立てこもり犯の式に、最後にこうあったのよ。
朝倉陸、って。」
颯希が口にしたその名前は、その場に衝撃を与えるには充分だった。
「ん、な……わけあるか、陸は……死んだだろ……!」
颯希は目を伏せる。
陸もまた、陰陽部所属の陰陽師で、颯希の部下にあたる。陸の死は上司である颯希だって知っている。
陽は拳を握りしめた。
「バカにしてる訳じゃ、ねえんだな。」
死んだはずの幼馴染の名を騙る不届き者がいるということだ。そして今そこに、悠河が向かってる。正体不明の術者相手に、さすがにひとりではまずいのではないのかと思い至る。
「颯希さん、先に行ってください。
オレが後から追います。あんまり時間はとれねえけど、陸って名乗ってる糞ったれを1回殴るくらいは、やります。」
陽の言葉を受け、颯希はそのまま部屋を出ていった。言葉はそれ以上発せず、ハイヒールをカツカツと鳴らしながら出ていく。
颯希がいなくなったのを見計らって、世羅も凛も姿を現した。
「オレだけで行ってくる。すぐに戻るから、和泉、お前は世羅と……」
「行く。」
振り向いた和泉の顔は青かった。声も、震えている。決意に満ちたものではなく、不安に震える表情。
「いいって、そもそも陰陽連側の罠かもしれねえから……!」
「違う、聞いて。
私、陸のこと、知ってるの。さっき、話そうとした、私を助けてくれた人……それ、陸なんだよ。」
「は……?」
颯希の発言から上がっていた陽の心拍数は、和泉のその一言でさらに一層跳ねる。
一方の和泉。心のどこかで、なんとなくそんな予感はしていた。唯一覚えている記憶、あの人間はひょっとしたら陽の知ってる人なんじゃないかと。知っているどころか、親しい間柄なのではないかと。当たってほしくなかった予感であったと、陽の顔を見て思う。
「お前を助けて、犀破に殺されたってのか、陸は。」
「………っ!」
和泉は、誰が陸を殺したか知っていた。否、目の前で見ていた。
「止めをさしたのは私よ。」
凛の発言が言い終わらぬうちに、陽が睨む。なりを潜めていたはずの、陽から凛への敵意がまた剥き出しになる空気。
「言い訳に聞こえるかもしれないけれど、一応言及しておくわ。
中途半端に生かしておけば、それこそ利用される。妖堕なり、私たちの養分なりに。せめてもの情けよ、利用されないくらい燃やし尽くしたはずだった。」
凛にもまた、陸を手にかけた手応えがあった。
心の臓を穿ち、鼓動が止まった感覚。そして、遺体を利用されないように、蝶で燃やした。それこそ、骨すら残らぬ業火で消し炭にしたのだ。つい昨日のことのように思い出せ、少し嫌になるがそんな表情は出さないし、どう殺したかなどさすがに口にはしなかった。
「陸だろうが、なかろうが、オレは行く。」
「反対よ、そんなことしてる時間も体力もあるの?」
「お前には聞いてねえよ。」
少しは緩んだはずの空気が一気に、一昨日までのヒリついた緊張感に逆戻りしてしまった。それこそ今すぐここでやり合いそうな雰囲気なのを察してか、世羅が口を開いた。
「午前中でけりをつけなよ。目は、まだある?」
陽は何も言わずに世羅に目の式を放り投げる。前に濡れ女と戦った時に偵察で使った式だ。これで世羅は二人の様子を見守る。何かあればすぐに救出できるように。
「ありがとう。着替え、あっちの部屋に置いてあるから。」
陽は背中で世羅の言葉を受け、そのまま振り向かずに出ていく。その態度に小さくため息をついた世羅は、まだ青ざめた顔で震える和泉の背中を優しくさすった。
「和泉ちゃん、君も行って。陽、多分怪我無理してるから治してやってよ。」
「でも、私、力を使えばまた、犀破に居場所がバレるんじゃ……。」
白斗から禁じられた力の使用。犀破にかなりダメージを与えたとはいえ、昨日の今日で和泉の居場所がわかって来ないという保証は無かった。しかし、凛は目を丸くしながら答える。
「あなたが力使うたびに居場所がわかるんだったら、逆に苦労しないわよ。
こないだの依織は……あなた、浄化の力思いっきり使ったんでしょ。私たちはまがりなりにもあなたを守るための妖なのよ、あんな力無防備に使えば、本能的に伝わる、斎王を守れって警鐘のように。」
「じゃあ……!」
「無防備になるくらい、浄化に集中するのはやめなさい。ちょっとした怪我を治すとかその程度なら感知はできないわよ。」
「僕が目でついていくよ、何かあれば助けに入るつもりだから。安心して。」
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