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第六章 鏡花水月~きょうかすいげつ~
第五十一話
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からりと晴れた夏の朝。夏休み初日。
寿子の家の辺りは少し郊外なので、陽たちのいつもいる街中に比べれば多少は気温は低い。
それでも照り付ける日差しは夏本番。少しでも日の光の下にいれば、じっとりと汗をかいてくる。
寿子は子供たちに、各々水筒を持たせる。
陸、悠河、紅音はそうして寿子が準備している頃にやってきた。黒塗りの車が家の前に止まり、陰陽連の人間が、寿子に一言二言話してすぐに車で去っていく。
当然、寿子の家には先に陽だけがいるものと思っていた他の三人は、見知らぬ女の子がいるのを見て驚く。
淡い空色の大きな瞳に、ほんの少しだけ茶色がかった長い髪。さらさらでふわふわで、消えてしまいそうなくらいに線のかぼそい小さな女の子。
真っ先に寄ってきたのは、その好奇心故か、同じ女の子故か、紅音だった。橙色のお下げ髪が活発な印象の女の子。瞳をまんまるにして、女の子を指さし、隣で携帯ゲーム機をやっている陽に問う。
「その子、だぁれ?」
「さあ。母さんが連れてきた。なんか事故って記憶がないんだってさ。」
「ふぅん……。」
和泉もまた、突然やってきた子供たちに目を丸くする。そういえば結実が、夏のあいだは同じくらいの子供たちがいるから一緒に遊んでいて、と言っていたことを思い出す。
あれはこのことだったのかな、とゆっくり思案していると、薄緑色の髪の男の子が声をかける。
「名前、なんていうの?僕は陸。」
「あたし紅音~!」
紅音は近くにあった木の枝で地面にガリガリとと文字を書き始めた。境内は砂利のところが多いが、いま子供たちのいる辺は植え込みの近くで、狭い範囲ながら土が敷かれている。紅音と書いた後に、下に陸と書いている。
「い……和泉。」
「和泉ちゃんね、よろしくー!ほらあ、悠河も挨拶しなよ。」
「……よろしく。」
陸の後ろにいた、濃紺のくせっ毛の男の子は和泉をちらりと見ただけですぐにそっぽを向いてしまった。三白眼の瞳に睨まれたと思った和泉は思わず萎縮してしまう。紅音はその下にひらがなでゆうが、と書き、さらにその下に陽を書く。
「お前なんで俺だけひらがななんだよ。ちゃんと書けよ。」
「だって難しいんだもーん。河はわかるよ?でもなんか一つだけ漢字なの不格好じゃん。」
「覚えろよ。それくらい。習ってなくても。」
「ふーんだ、あたしはどうせ悠河と違って馬鹿ですよー。
和泉ちゃんは?書ける?ひらがなでもいいよぉ。」
不意に紅音から木の枝を渡され、困惑する和泉。自分の名前は書けると思い、結実に教わったようにゆっくり丁寧に書く。
「わいずみ?これでいずみって読むの?」
「添字とか、置字とかいうんだよ。画数とか合わせるためにつけるんだったかなぁ。」
陸が紅音に解説する。年齢はさほど変わらないのに落ち着いていて利発そうなのが分かる。
「でも僕は、飾り文字って言う方が好きだな。」
「名前に飾りが着いてるの?素敵ね!」
陸と紅音が和泉を見てにっこりと微笑んだ。名を言っただけでそんな笑顔を向けられるとは思わず、和泉は俯いたまま木の枝を紅音に返す。
紅音はご機嫌な顔のまま、木の枝を使って書いた文字をくるっと囲むラインをひく。ひとしきり満足したようで、手で皆の名前を消したあと、遠巻きに見てた陽や悠河にも聞こえるように声を張り上げる。
「じゃあ今日はなにしよっか。」
「秘密基地行こうよー!和泉ちゃんにも教えてあげよ。」
以前みんなで寿子の家に泊まりに来た時に、裏の神社の森に作った秘密基地。もともと大きな木が立ってたのだが、それが台風か何かで倒れてしまい危険だからと撤去されたところで、ぽっかり大きな穴ができていた。どういうわけだか埋められるでも整備されるでもなく放置されたその空間は子供たちにとっては絶好の遊び場だった。
誰が持ってきたか、枝や葉や木材を組み合わせて気づけばちょっとした憩いの空間が完成していたのである。もちろん、寿子をはじめとしたこの地域の大人たちは気づいているのだが、敢えて何もしていない。当の子供たち本人にとっては、【内緒の秘密基地】のままなのである。
「はあ、なんで!?
コイツに言ったら秘密基地じゃなくなるじゃんかよ。」
「ちょっと、陽、なんでそうゆうこと言うの。そんなことしたら仲間はずれじゃん。」
「だって別にコイツ、オレらの仲間じゃねえじゃん。」
「もぉ、そんなこと言って、じゃあ和泉ちゃんも、今からあたしたちと友達になればいいじゃん。」
「コイツ何も話さねえんだもん。ずーっと黙ってて。オレずっとこいつのお守りとか、やなんだけど。」
「家に寿子ばあちゃんいるんなら、別においてけばいいんじゃねえの。」
「悠河までそうゆうこと言わないでよ。」
陸と紅音がどうにか取りなそうとするが、陽と悠河は渋い顔のままだ。和泉はスカートの裾をきゅっと握る。その手を紅音がさっと握りしめる。
「じゃあ今から一緒に遊んで友達になろうよ。」
「遊ぶ気あんのかよコイツ。」
「鬼ごっこは?……オレらのうち一人でも捕まえられたら認めてやるとかどう?」
悠河の提案に、他の3人が一斉に和泉を見やると、和泉はぽかんとしたまま。悠河の提案がなかば無謀なのでないかと思った陸が文句を言う前に、和泉が口を開いた。
「鬼ごっこって…何?」
「マジか、鬼ごっこも知らねえの?」
「だから、変なんだよ、こいつ。」
「なんか陽が嫌がるのもわかる気がする。大丈夫かよ、こいつ。」
「君らが教えてやるんだよ。ガキ共。」
突如後ろに立っていた世羅に、予想だにしていなかった子供四人は仰天する。唯一無反応なのは和泉だけだった。そんな和泉を見て、世羅はほんの少しだけ表情を穏やかにする。
「お、脅かすなよ世羅!」
「気配は消してないよ。
陽は、これくらい気づけるようになりな。夏休み中の宿題。」
「宿題はいいって、学校ので間に合ってるから。」
「和泉ちゃんのこと、結実さんに頼まれてるだろ。ちゃんとしな。」
「……っ、わかったよ!!」
世羅がちらりと陽の他の子達を見遣れば、皆が皆、視線を逸らす。世羅が人間でないことを知っているのもあるが、どうも陽以外は世羅を怖がっているようで、まだマトモに会話出来たことは無い。
「母さんに、チクんなよ。」
「それは陽の今後次第。」
子供のじゃれあいだ、これくらいで目くじらを立てる気は世羅もない。ただ、さすがに言いすぎたのは陽も分かっているようだったから今はそれでヨシとした。世羅はそれだけ言うと姿を消す。
見えないだけで常に近くにいることは陽は分かっていた。怒らせると母より面倒なことを痛感している陽は、仕方なく鬼ごっこの案を採用する。
「じゃあ今から鬼ごっこ。場所はこの神社の敷地内!社の中とか、階段より下はなしな。」
「はーい。」
陸と紅音が元気に返事する。悠河は返事をしていないが、世羅が怖いのは彼も同じで、とりあえず鬼ごっこをする意思は十分にあるようだった。陸が和泉の方を向いて、言葉足らずすぎる陽の話を補足する。
「あのね、和泉ちゃん。鬼ごっこっていうのは、一人が鬼になって他のみんなを捕まえる遊びなんだ。
あ、ねえ陽!普通にタッチでいいよね。」
「あんだよいきなり、色鬼とか影鬼やったら訳わかんなくなるだろ。」
「そ、そうだよね。ごめん。
でね、鬼は他の人を触ったらそれでその人を捕まえたことになるんだ。全員を触ったら、鬼の勝ちだよ。ほんとは、他にも色々ルールがあるんだけど、和泉ちゃん初めてだし、一番シンプルなのにしよう。」
「みんなを、触ればいいの?」
「そうだよ。みんなはこの神社の中を逃げるから。階段のとこは転ぶと危ないから、なしね。このお社とか、建物の中は神様のいるところだから、なし。どう?分かった?」
陸の話を聞いて、和泉はこくりと頷く。少しずつ太陽が登り、気温も上がってきた。
が、結果としては言わずもがな、ちっとも鬼ごっこにはなっていなかった。そもそも体力が明らかに違いすぎるのか、和泉は、誰かに追いつくどころか少し走れば息が上がってしまった。みかねた陸がわざと和泉の近くに寄るが、それを陽が手を抜くなと叱責。
結局和泉は誰も触ることが出来ないまま、境内の真ん中で座り込んでしまった。
「お前さあ、ちゃんとやれよ!
やらないんだったら、ばあちゃんちでおとなしくしてろって!」
陽が怒っても、和泉はきょとんとしている。泣くでもなく、責めるでもない、ただ黙って陽の言葉をじっと受け止める和泉の様子に、陽はますます苛立ちが募る。
「そんなんじゃ秘密基地いれてやれねえよ、お前一人だよ。」
わざと意地の悪い聞き方をした悠河は、子供じみた脅しのつもりだった。けれどやっぱり和泉の表情は変わらない。
「いいよ、だって、いつもひとりだったもん。……それに、鬼が嫌だから逃げるんでしょ。じゃあ、私が捕まえなくもいいじゃん。」
こうやって言えば帰ってくる言葉といえば悠河の中では、嫌だとか、ごめんなさい、だと相場は決まっていた。なのに、和泉は悠河の想定にない、「それでいい」と返す。
いっそ不気味なくらい、その綺麗な表情は崩れない。怯まずに言い返す和泉の様子に、思わず悠河が怯む。
「そうゆう、問題じゃ……!」
「もう!本気出さないであげてよ、二人とも!」
「そーゆう紅音だってわざと捕まるのは、嫌だろ。ちゃんと逃げてたじゃん。」
「そうだけど!そうじゃなくて!!
ああ、いいよもう!二人だけ先に行ってれば!?」
「行こうぜ陽。つまんねえよ。」
「ああ。」
思う通りに遊べない苛立ちか、陽と悠河が和泉から距離を置く。先に秘密基地に向かうのだろう。追ってこないかとちらちら後ろを見ながら、その場所を後にしていった。
紅音はあっかんべえをしているが、すぐに陸を見て言った。
「いいよ、陸も行きなって。あたし、今日は和泉ちゃんと遊んでる。」
「……僕も、ここで遊ぶよ。あの二人だけだと激しいんだもん。」
「紅音、と陸も、いいよ、ひみつきち?行って。私、大人しくしてるから。結実さんにも、世羅にも、言わないよ。置いていかれたって、言わないから。」
賽銭箱の前の石段で、膝を抱えて座っている和泉はそれが当然のような表情だった。傷ついた風でも怒っている風でもない。そうゆうものだから、というある種諦めに近いような顔。
それを見た紅音は、和泉の隣に腰掛ける。
「和泉ちゃんは、楽しくない?
……あたしは、女の子と遊べるの嬉しいよ。みんなと遊ぶのも楽しいよ。
陽も、悠河もああ言ってるけど、ちょっぴり緊張してるだけだよ。二人とも、ほんとは優しいの。」
「そうそう。急にどうしたらいいか分かんなくなってるだけだよ。あの2人、照れてるのかもね。」
「でも、私……なんにも、わからないし。陽は、怒ってるみたいだから。」
「陽が怒ってるの?」
「うん、なんか、ずっと怒った顔してる。……私、何か怒らせるようなことしちゃったんだと思う、わかんないけど。」
「そっかぁ。もう、陽ったら素直じゃないんだから。」
「?」
「本当に嫌だったらアイツ、徹底的に無視よ。チラチラ和泉ちゃんのこと見てたり、キッツイこと言った後になんか泣きそうな顔になったり。和泉ちゃんのこと、気になってるのバレバレ。」
そんな感情の細やかな機微が、和泉に分かるはずもないのだ。紅音のボヤきに、陸も苦笑いしながら、同じように石段に腰掛ける。和泉を挟む形で、3人が横並びだ。
「ねえ?鬼ごっこがダメなら、かくれんぼとかどうかな?」
「あ!そうね、体が小さいから、和泉ちゃん得意そう!」
「かくれんぼっていうのはね、鬼が隠れてる人を探すんだ。隠れてる人は一度そこに隠れたら動いちゃダメ。だから和泉ちゃんが鬼でも大丈夫じゃないかな。もちろん隠れる方やってもいいよ。」
ルールを聴いて、和泉は言われた通りにやってみる。さっきの鬼は、うまくできなかったけれど、今度こそはと、30を数えた後の。
「も~いいか~い!」
「ま~だだよ~!」
まだ探してはダメらしい。さらに十、数える。
再度。
「も~いいか~い!!」
返事はない、よし。と小さな意気込みを口にして、陸と紅音を探す。鳥居の影に隠れていた紅音と、木の上に登って枝に跨っていた陸を和泉はあっさりと見つけた。
「すごいや、いっつも僕が最後まで見つからないはずなのに。」
「陽が今日こそみつけてやるーとか言っていっつも降参してるもんね!」
「……気配がするから、わかった。」
「もっかい、もう1回やろ!あ、和泉ちゃん平気?嫌だったり、疲れたりしたらすぐ言ってね?ね?」
「うん。」
*****
その日、陸、紅音、和泉は日暮れよりも早く寿子の家に戻った。いつもは辺りが暗くなるかならないかギリギリまで遊ぶのだが。和泉のことを気遣った陸が早めに帰ろうと提案して、紅音もそれに賛成した形だった。
しかし戻ってみれば、陽と悠河がとっくに帰ってきていた。下手をすれば暗くなってもなかなか帰ってこないやんちゃ2人が、よりによって日暮れ前に戻って寿子の夕食の手伝いをしている。
「あんだよ。」
「べっつにぃ~?珍しいこともあるなぁって。明日は雨だったりして。」
茶化しながら紅音と陸も手伝いを始める。今日はちらし寿司。みんなで手伝ったから早く終わったと、寿子はその顔に刻まれる皺を深くして微笑んだ。夕食後、紅音が隠れんぼなら和泉は得意だと切り出すと、陽と悠河は一応は話を聞く素振りを見せた。
「陽も悠河も、いつもかくれんぼで陸を見つけられてないでしょ?
和泉ちゃんは見つけられたのよ!鬼ごっこは苦手かもしれないけど、陸を見つけられるくらいかくれんぼ得意なら文句ないんじゃない?」
「なにそれ。お前らが口裏あわせてんじゃねーの。」
「そんなに言うなら、明日みんなでやってみようよ。和泉ちゃん隠れるのも上手だったよ。」
「ふん。どーだかな!」
「あの、陸……ありがとう。」
「いいよ。明日、楽しみだね。」
まだ小学生、お風呂に入って布団に入れば、皆すぐに寝息を立てる。
夏休み初日の夜はこうして更けていく。
寿子の家の辺りは少し郊外なので、陽たちのいつもいる街中に比べれば多少は気温は低い。
それでも照り付ける日差しは夏本番。少しでも日の光の下にいれば、じっとりと汗をかいてくる。
寿子は子供たちに、各々水筒を持たせる。
陸、悠河、紅音はそうして寿子が準備している頃にやってきた。黒塗りの車が家の前に止まり、陰陽連の人間が、寿子に一言二言話してすぐに車で去っていく。
当然、寿子の家には先に陽だけがいるものと思っていた他の三人は、見知らぬ女の子がいるのを見て驚く。
淡い空色の大きな瞳に、ほんの少しだけ茶色がかった長い髪。さらさらでふわふわで、消えてしまいそうなくらいに線のかぼそい小さな女の子。
真っ先に寄ってきたのは、その好奇心故か、同じ女の子故か、紅音だった。橙色のお下げ髪が活発な印象の女の子。瞳をまんまるにして、女の子を指さし、隣で携帯ゲーム機をやっている陽に問う。
「その子、だぁれ?」
「さあ。母さんが連れてきた。なんか事故って記憶がないんだってさ。」
「ふぅん……。」
和泉もまた、突然やってきた子供たちに目を丸くする。そういえば結実が、夏のあいだは同じくらいの子供たちがいるから一緒に遊んでいて、と言っていたことを思い出す。
あれはこのことだったのかな、とゆっくり思案していると、薄緑色の髪の男の子が声をかける。
「名前、なんていうの?僕は陸。」
「あたし紅音~!」
紅音は近くにあった木の枝で地面にガリガリとと文字を書き始めた。境内は砂利のところが多いが、いま子供たちのいる辺は植え込みの近くで、狭い範囲ながら土が敷かれている。紅音と書いた後に、下に陸と書いている。
「い……和泉。」
「和泉ちゃんね、よろしくー!ほらあ、悠河も挨拶しなよ。」
「……よろしく。」
陸の後ろにいた、濃紺のくせっ毛の男の子は和泉をちらりと見ただけですぐにそっぽを向いてしまった。三白眼の瞳に睨まれたと思った和泉は思わず萎縮してしまう。紅音はその下にひらがなでゆうが、と書き、さらにその下に陽を書く。
「お前なんで俺だけひらがななんだよ。ちゃんと書けよ。」
「だって難しいんだもーん。河はわかるよ?でもなんか一つだけ漢字なの不格好じゃん。」
「覚えろよ。それくらい。習ってなくても。」
「ふーんだ、あたしはどうせ悠河と違って馬鹿ですよー。
和泉ちゃんは?書ける?ひらがなでもいいよぉ。」
不意に紅音から木の枝を渡され、困惑する和泉。自分の名前は書けると思い、結実に教わったようにゆっくり丁寧に書く。
「わいずみ?これでいずみって読むの?」
「添字とか、置字とかいうんだよ。画数とか合わせるためにつけるんだったかなぁ。」
陸が紅音に解説する。年齢はさほど変わらないのに落ち着いていて利発そうなのが分かる。
「でも僕は、飾り文字って言う方が好きだな。」
「名前に飾りが着いてるの?素敵ね!」
陸と紅音が和泉を見てにっこりと微笑んだ。名を言っただけでそんな笑顔を向けられるとは思わず、和泉は俯いたまま木の枝を紅音に返す。
紅音はご機嫌な顔のまま、木の枝を使って書いた文字をくるっと囲むラインをひく。ひとしきり満足したようで、手で皆の名前を消したあと、遠巻きに見てた陽や悠河にも聞こえるように声を張り上げる。
「じゃあ今日はなにしよっか。」
「秘密基地行こうよー!和泉ちゃんにも教えてあげよ。」
以前みんなで寿子の家に泊まりに来た時に、裏の神社の森に作った秘密基地。もともと大きな木が立ってたのだが、それが台風か何かで倒れてしまい危険だからと撤去されたところで、ぽっかり大きな穴ができていた。どういうわけだか埋められるでも整備されるでもなく放置されたその空間は子供たちにとっては絶好の遊び場だった。
誰が持ってきたか、枝や葉や木材を組み合わせて気づけばちょっとした憩いの空間が完成していたのである。もちろん、寿子をはじめとしたこの地域の大人たちは気づいているのだが、敢えて何もしていない。当の子供たち本人にとっては、【内緒の秘密基地】のままなのである。
「はあ、なんで!?
コイツに言ったら秘密基地じゃなくなるじゃんかよ。」
「ちょっと、陽、なんでそうゆうこと言うの。そんなことしたら仲間はずれじゃん。」
「だって別にコイツ、オレらの仲間じゃねえじゃん。」
「もぉ、そんなこと言って、じゃあ和泉ちゃんも、今からあたしたちと友達になればいいじゃん。」
「コイツ何も話さねえんだもん。ずーっと黙ってて。オレずっとこいつのお守りとか、やなんだけど。」
「家に寿子ばあちゃんいるんなら、別においてけばいいんじゃねえの。」
「悠河までそうゆうこと言わないでよ。」
陸と紅音がどうにか取りなそうとするが、陽と悠河は渋い顔のままだ。和泉はスカートの裾をきゅっと握る。その手を紅音がさっと握りしめる。
「じゃあ今から一緒に遊んで友達になろうよ。」
「遊ぶ気あんのかよコイツ。」
「鬼ごっこは?……オレらのうち一人でも捕まえられたら認めてやるとかどう?」
悠河の提案に、他の3人が一斉に和泉を見やると、和泉はぽかんとしたまま。悠河の提案がなかば無謀なのでないかと思った陸が文句を言う前に、和泉が口を開いた。
「鬼ごっこって…何?」
「マジか、鬼ごっこも知らねえの?」
「だから、変なんだよ、こいつ。」
「なんか陽が嫌がるのもわかる気がする。大丈夫かよ、こいつ。」
「君らが教えてやるんだよ。ガキ共。」
突如後ろに立っていた世羅に、予想だにしていなかった子供四人は仰天する。唯一無反応なのは和泉だけだった。そんな和泉を見て、世羅はほんの少しだけ表情を穏やかにする。
「お、脅かすなよ世羅!」
「気配は消してないよ。
陽は、これくらい気づけるようになりな。夏休み中の宿題。」
「宿題はいいって、学校ので間に合ってるから。」
「和泉ちゃんのこと、結実さんに頼まれてるだろ。ちゃんとしな。」
「……っ、わかったよ!!」
世羅がちらりと陽の他の子達を見遣れば、皆が皆、視線を逸らす。世羅が人間でないことを知っているのもあるが、どうも陽以外は世羅を怖がっているようで、まだマトモに会話出来たことは無い。
「母さんに、チクんなよ。」
「それは陽の今後次第。」
子供のじゃれあいだ、これくらいで目くじらを立てる気は世羅もない。ただ、さすがに言いすぎたのは陽も分かっているようだったから今はそれでヨシとした。世羅はそれだけ言うと姿を消す。
見えないだけで常に近くにいることは陽は分かっていた。怒らせると母より面倒なことを痛感している陽は、仕方なく鬼ごっこの案を採用する。
「じゃあ今から鬼ごっこ。場所はこの神社の敷地内!社の中とか、階段より下はなしな。」
「はーい。」
陸と紅音が元気に返事する。悠河は返事をしていないが、世羅が怖いのは彼も同じで、とりあえず鬼ごっこをする意思は十分にあるようだった。陸が和泉の方を向いて、言葉足らずすぎる陽の話を補足する。
「あのね、和泉ちゃん。鬼ごっこっていうのは、一人が鬼になって他のみんなを捕まえる遊びなんだ。
あ、ねえ陽!普通にタッチでいいよね。」
「あんだよいきなり、色鬼とか影鬼やったら訳わかんなくなるだろ。」
「そ、そうだよね。ごめん。
でね、鬼は他の人を触ったらそれでその人を捕まえたことになるんだ。全員を触ったら、鬼の勝ちだよ。ほんとは、他にも色々ルールがあるんだけど、和泉ちゃん初めてだし、一番シンプルなのにしよう。」
「みんなを、触ればいいの?」
「そうだよ。みんなはこの神社の中を逃げるから。階段のとこは転ぶと危ないから、なしね。このお社とか、建物の中は神様のいるところだから、なし。どう?分かった?」
陸の話を聞いて、和泉はこくりと頷く。少しずつ太陽が登り、気温も上がってきた。
が、結果としては言わずもがな、ちっとも鬼ごっこにはなっていなかった。そもそも体力が明らかに違いすぎるのか、和泉は、誰かに追いつくどころか少し走れば息が上がってしまった。みかねた陸がわざと和泉の近くに寄るが、それを陽が手を抜くなと叱責。
結局和泉は誰も触ることが出来ないまま、境内の真ん中で座り込んでしまった。
「お前さあ、ちゃんとやれよ!
やらないんだったら、ばあちゃんちでおとなしくしてろって!」
陽が怒っても、和泉はきょとんとしている。泣くでもなく、責めるでもない、ただ黙って陽の言葉をじっと受け止める和泉の様子に、陽はますます苛立ちが募る。
「そんなんじゃ秘密基地いれてやれねえよ、お前一人だよ。」
わざと意地の悪い聞き方をした悠河は、子供じみた脅しのつもりだった。けれどやっぱり和泉の表情は変わらない。
「いいよ、だって、いつもひとりだったもん。……それに、鬼が嫌だから逃げるんでしょ。じゃあ、私が捕まえなくもいいじゃん。」
こうやって言えば帰ってくる言葉といえば悠河の中では、嫌だとか、ごめんなさい、だと相場は決まっていた。なのに、和泉は悠河の想定にない、「それでいい」と返す。
いっそ不気味なくらい、その綺麗な表情は崩れない。怯まずに言い返す和泉の様子に、思わず悠河が怯む。
「そうゆう、問題じゃ……!」
「もう!本気出さないであげてよ、二人とも!」
「そーゆう紅音だってわざと捕まるのは、嫌だろ。ちゃんと逃げてたじゃん。」
「そうだけど!そうじゃなくて!!
ああ、いいよもう!二人だけ先に行ってれば!?」
「行こうぜ陽。つまんねえよ。」
「ああ。」
思う通りに遊べない苛立ちか、陽と悠河が和泉から距離を置く。先に秘密基地に向かうのだろう。追ってこないかとちらちら後ろを見ながら、その場所を後にしていった。
紅音はあっかんべえをしているが、すぐに陸を見て言った。
「いいよ、陸も行きなって。あたし、今日は和泉ちゃんと遊んでる。」
「……僕も、ここで遊ぶよ。あの二人だけだと激しいんだもん。」
「紅音、と陸も、いいよ、ひみつきち?行って。私、大人しくしてるから。結実さんにも、世羅にも、言わないよ。置いていかれたって、言わないから。」
賽銭箱の前の石段で、膝を抱えて座っている和泉はそれが当然のような表情だった。傷ついた風でも怒っている風でもない。そうゆうものだから、というある種諦めに近いような顔。
それを見た紅音は、和泉の隣に腰掛ける。
「和泉ちゃんは、楽しくない?
……あたしは、女の子と遊べるの嬉しいよ。みんなと遊ぶのも楽しいよ。
陽も、悠河もああ言ってるけど、ちょっぴり緊張してるだけだよ。二人とも、ほんとは優しいの。」
「そうそう。急にどうしたらいいか分かんなくなってるだけだよ。あの2人、照れてるのかもね。」
「でも、私……なんにも、わからないし。陽は、怒ってるみたいだから。」
「陽が怒ってるの?」
「うん、なんか、ずっと怒った顔してる。……私、何か怒らせるようなことしちゃったんだと思う、わかんないけど。」
「そっかぁ。もう、陽ったら素直じゃないんだから。」
「?」
「本当に嫌だったらアイツ、徹底的に無視よ。チラチラ和泉ちゃんのこと見てたり、キッツイこと言った後になんか泣きそうな顔になったり。和泉ちゃんのこと、気になってるのバレバレ。」
そんな感情の細やかな機微が、和泉に分かるはずもないのだ。紅音のボヤきに、陸も苦笑いしながら、同じように石段に腰掛ける。和泉を挟む形で、3人が横並びだ。
「ねえ?鬼ごっこがダメなら、かくれんぼとかどうかな?」
「あ!そうね、体が小さいから、和泉ちゃん得意そう!」
「かくれんぼっていうのはね、鬼が隠れてる人を探すんだ。隠れてる人は一度そこに隠れたら動いちゃダメ。だから和泉ちゃんが鬼でも大丈夫じゃないかな。もちろん隠れる方やってもいいよ。」
ルールを聴いて、和泉は言われた通りにやってみる。さっきの鬼は、うまくできなかったけれど、今度こそはと、30を数えた後の。
「も~いいか~い!」
「ま~だだよ~!」
まだ探してはダメらしい。さらに十、数える。
再度。
「も~いいか~い!!」
返事はない、よし。と小さな意気込みを口にして、陸と紅音を探す。鳥居の影に隠れていた紅音と、木の上に登って枝に跨っていた陸を和泉はあっさりと見つけた。
「すごいや、いっつも僕が最後まで見つからないはずなのに。」
「陽が今日こそみつけてやるーとか言っていっつも降参してるもんね!」
「……気配がするから、わかった。」
「もっかい、もう1回やろ!あ、和泉ちゃん平気?嫌だったり、疲れたりしたらすぐ言ってね?ね?」
「うん。」
*****
その日、陸、紅音、和泉は日暮れよりも早く寿子の家に戻った。いつもは辺りが暗くなるかならないかギリギリまで遊ぶのだが。和泉のことを気遣った陸が早めに帰ろうと提案して、紅音もそれに賛成した形だった。
しかし戻ってみれば、陽と悠河がとっくに帰ってきていた。下手をすれば暗くなってもなかなか帰ってこないやんちゃ2人が、よりによって日暮れ前に戻って寿子の夕食の手伝いをしている。
「あんだよ。」
「べっつにぃ~?珍しいこともあるなぁって。明日は雨だったりして。」
茶化しながら紅音と陸も手伝いを始める。今日はちらし寿司。みんなで手伝ったから早く終わったと、寿子はその顔に刻まれる皺を深くして微笑んだ。夕食後、紅音が隠れんぼなら和泉は得意だと切り出すと、陽と悠河は一応は話を聞く素振りを見せた。
「陽も悠河も、いつもかくれんぼで陸を見つけられてないでしょ?
和泉ちゃんは見つけられたのよ!鬼ごっこは苦手かもしれないけど、陸を見つけられるくらいかくれんぼ得意なら文句ないんじゃない?」
「なにそれ。お前らが口裏あわせてんじゃねーの。」
「そんなに言うなら、明日みんなでやってみようよ。和泉ちゃん隠れるのも上手だったよ。」
「ふん。どーだかな!」
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