ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第九章 火光待宵~かぎろいまつよい~

第八十二話

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 翌日は、一段と冷え込んだ日だった。

すっかり太陽も登りきった昼時だというのに、気温は朝からちっとも上がっていない。数時間もたたぬうちに、雪が降りそうな重たい雲が一層暗くなった時。

「来る。」

 寿子の家で、昼食の片づけをしていた和泉が、ふと動きが止まる。何とは言わないそれに、世羅が目を細めた。急に感じた左腕の、違和感。胸の奥がきし、と痛む感覚。
 昨日の海岸沿いの洞窟で陽に出会った時よりも、克明な痛み。

「…昨日もそうだった、呪詛の痛み。」
白斗あおとさんに知らせよう。」

 陸の言葉で、悠河が式を飛ばした。それが到着して、さして時間のたたないうちに、陰陽連は動く。

 集落の住人たちの避難はすぐに完了した。もともと話は通してあったから、反発も特になく拍子抜けするくらいスムーズに、一気に人がいなくなる。
どこまでの根回しがされているか、和泉たちは詳しいことまでは知らなかったが、そこは大人の事情があるのだろう。
 元々過疎化が進む一方で賑わっている地域ではないものの、人気のない辺り一帯はより寂しく感じる。冷たい風が駆け抜けていた。

 陰陽師たちの一部が出雲へと出立し、大多数がこの集落内で迎え撃つため、一斉待機。戦闘が始まり次第、集落を囲むように配置されている。山と川に囲まれた地の利が、十分に生かされた配置である。

 そんな彼らとは別で動く。

 薄茶の長い髪と、空色の瞳。
 和泉の姿が、そこに3人。一堂に会する。当然、本物は1人だけ。

「こうして見ると、ほんとにそっくり。」

 本物である和泉が、自分と瓜二つの存在を交互に見やって言う。片方がやや嘆息気味に返す言葉は、声音や口調共に、世羅のものだった。

「一応妖狐は、美女に化けて男を誑かす、なんて言われるくらいだからね。ある意味本分じゃない?」
「凛さんは、声もそっくりにできるんだっけ?同じ妖狐でも差があるもんだね。」
変化へんげは、あまり得意じゃないんだ。」

 世羅が見た目は和泉のまま、憂いた表情で言う。和泉は自分の顔を二つも見比べることに、妙な気持ちになりつつも。

 これらは、この数か月、ここにいる皆で、陰陽連の任務に当たりながらも考えた策だった。

 和泉に扮した世羅+白斗あおと玄蕃げんば
 和泉に扮した凛+陸。
 そして、本物の和泉+悠河。

 それぞれが三箇所に別れて、各個撃破を狙う。犀破から何としてでも陽と紅音を引き剥がすための分断作戦。

 最悪の想定は、物量で攻められ押し切られることだとカンドリは言う。一方、陰陽連側が気にしていた出雲の黄泉平坂については、特段意識をしていない返答が返ってくる。

「十中八九、出雲の方には行かぬだろうな。」
「そんな曖昧な感覚で大丈夫なのかな。」

 世羅が苛立つように言うが、カンドリはほくそ笑むだけで何も言わない。その真意は定かではないものの、目の前のすべきことに集中しろと発破をかける。

「早いところ肩をつけて、合流してもらわぬと。神とて万能ではないからの。」

 ドン、と爆発音が響くのはそれから間もなくのことだった。
 カンドリの結界…神域の果ての方からの音。その時が近づいている。


 *****


 鎮守の森はずれ。

 神社本殿から北東方向。

 ここは、境内からは離れており、集落としてもかなり端の方である。これより北は少し崖になっていて下には川が流れている。
 夜闇に飲まれ、その全体像は見えないが、絶えず流れる水の音が川であることを認識させる。

 そして、カンドリの神域の限界地点でもある。
 神域の結界を破るために、おそらく陽がいち先に仕掛けてくる。それも、比較的弱い鬼門の方角を。

 その予想は当たりだった。

 爆発によって火が起こり、周囲の木々が燃えている。和泉の姿になっていた世羅と、白斗あおとは周囲に警戒しつつ、これ以上燃え広がらないよう動く。

 世羅は岩や土を神通力で動かし、バリケードのように組み上げ。白斗あおとは水の行で直接火に当てて、火消しを図る。

「いいって、そんな小細工しなくて。
 。」

 火を起こした張本人、陽が姿を見せる。世羅が、陽が来ると分かっていてこちらに来たように、陽もまた世羅が自身を迎撃する分かっていた。

「どう?ちょっとは心理的にブレーキかかるんじゃない?」

 世羅は己の正体が陽にバレていると分かっても、あえて苦手なはずの変化へんげは解かなかった。陽は顔色ひとつ変えていない。

「気色悪いとしか思わねえよ。」
「まったく、遅い反抗期は疲れるね?」

 相変わらず陽は、こちらを見ているはずなのに、見ていない。あれだけ人の感情の機微に敏感な和泉が分からない、と言っていた理由も分かる。

「犀破の言うとおりにしたって、お前もただじゃすまないって、分かってるだろ。
 大方、僕を殺れって指示なんだろうけど、それでも後悔しないって思われてるの、結構薄情だね。」

 舞い上がる火の粉が、さらに木々を焼いていく。温度差で風が起こり、土が舞、熱砂までもが肌を焼く。

「後悔ならしてるよ。
 …あの時、路地裏なんか行かずに真っ直ぐ帰ればよかったなって。
 そうしたら、あいつに会うこともなかった。」
「お前が…それを言うな…!」

 燃え落ちた木が音を立てて崩れていく。嫌な臭いが鼻につく。互いの距離は少し遠いが、それでも世羅からは陽が護身剣を抜いていないことが見える。

「腰に提げたは…飾りかな?」

 燃えていない位置を見極め、陽の背後に回った白斗あおとが、頭上に土砂と水泡を掲げる。

「陰陽連に殴り込みに来た時は、結構使いこなしているように見えたけれど。」
「だから?」

 土と水の雨が猛烈な勢いで降り注ぐ。さながら土石流だが、斬撃の音がそれを一気に薙いだ。
 陽の右手に顕現したそれは、護身剣のものではなく。柄も巾木も意匠も、何もかもが黒く染まっている一振の刀。

「やっぱり破敵剣そっちは、あの土蜘蛛が持ってたってことか。」

 それが護身剣の片割れであることを、白斗あおとも認識する。借りたのか貰ったのかはこの際どうでもいい。気合いを入れるように丹田に力を込め、向き合った。


 *****


 同時刻。

 集落の中心よりやや南側。

 ここは、畑や田んぼが大半で、ぽつりぽつりと民家が点在する。住民の避難は済んでいるので、人はいない。

「来たわね。」

 目を閉じて待っていた和泉…に扮している凛が、頭上に目をやる。その和泉の前には、白い小さなテンの姿をした陸がいる。

 痛いほど冷たい突風が、畑の隅に縮こまるように生えている枯れ草を揺らす。ばさりと羽の羽ばたく大きな音がしたかと思うと、凛たちの頭上に、鳥より大きな影が飛来した。

「あンだよ、1人かと思ったら随分と貧相な護衛だな?
そんなチビ1匹で大丈夫かよ。」

 鳶や鷹よりも遥かに大きい翼を広げ、依織が頭上から言い放つ。

「依織くらい、僕1人で充分でしょ。」
「一度死んだてめェが、どこまでやれるか、見ものだなァ!?」

 依織の手と、足が、鋭い鉤爪をむき出し、皮膚は固く節くれ立つ。文字通り鳥の手足だがその大きさと鋭さは強烈な殺意を宿す。二本の腕と、一本の足の巨大な鳥の姿。

古烏こがらす…!」

 羽ばたくだけで、強烈な穢れが風に乗る。死骸を食らうその妖の穢れは並みのものではない。故に、陸と凛が止める。

「そっかそっか。この大きさだと、カラスに食べられちゃうかな。じゃあ、これでどう?」

 青の炎が、枯れ草を焼き、周囲が明るくなる。降り始めた雪が、熱で溶ける。
 紅の双眸と、銀の毛並み。尾が八つに別れた巨大な銀狐が、土を踏みしめ頭上の依織を睨む。白いテンの陸は、銀狐の首元に乗っている。

「はいはい了解。こっちは外れってことね。」

 陸に守られる形でいた和泉の正体が、銀狐に代わる瞬間を見た依織は、まるで、玩具を見つけた少年のように無邪気な笑顔を浮かべた。

依織の羽ばたきで、また冷たい風が舞う。
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