ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第九章 火光待宵~かぎろいまつよい~

第八十一話

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「……っ!」

 火前坊かぜんぼうのシワだらけの手が空をかく。それがなにか実を結ぶことはなく、そのままぼろぼろと崩れていき、最後に緑の炎がわずかに爆ぜた。それもまた海の波にさらわれて消えた。

 和泉は、対象を完全に祓いきったことを確信して、大きく息を吐く、途中からほとんど呼吸ができていなかったのか、息が上がっている。どっと疲れが押し寄せる身体をまだどうにか動かす。
 自分の力で、ほとんど被害なしで倒しきれた。しかし、人質の情報までは聞き出せなかった。安堵するまもなく、久米田の元へ戻るために走った。

 すっかり崩れた村長の家の横、瓦礫や木の板の傍で身を隠すように久米田がいた。隣には気絶したままの村長もいる。先程の火前坊の叫びを聴いていたのか、久米田はほっとした表情を浮かべたものの、すぐに眉尻が下がる。一応申し訳ないとは思っている様子に、和泉は安堵した。
 和泉が感じた、不安や焦燥や疑念から来てたであろう妙な気配は、もう久米田から感じなかった。

「もう大丈夫。なんか、人質がいるみたいな口ぶりだったのは分かってたんだけど、ごめんなさい…祓ってしまったから。」
「……た、丹澤だ。元々、俺たちの任務だったのにトチった…アイツを人質にされたとはいえ、すまないことをした。」
「それはいいの。大丈夫、何もなかったんだから。」
「ただ、ごめん…俺も、今どこにいるのか、……生きてるのか、分かんなくて……!」

 久米田が知らないことを認識し、気絶したままの村長を見やる。

「手足は拘束してあるんだよね?」

 どこからか引っ張ってきたらしい太いロープは、村長の手足をきちんと縛ってあった。余程縄抜けが得意とかでは無い限り、まず抜け出せないほどに。それを確認して、和泉は崩れた家の中から適当な板材を引っ張りだし、汲んできた海水を村長に思いっきりかける。

 突然顔にかけられた海水で、村長は意識を取り戻す。和泉の起こし方があまりに荒っぽいことに久米田が少し驚いて目を見開いている。
 村長は意味もわからず周囲を見やるが、自身が拘束されていることと、そして眼前の久米田と和泉の姿に抵抗の意志をなくした。

火前坊かぜんぼうは仕留めたから、聞きたいんですが、丹澤って陰陽師がどこかにいるらしくて、あなた知ってますか?」
「は、はぁ?知らん、私だって脅されてたんだ!知るか、そんなの!!」
「………。
 水の行 業物わざもの

 わめく村長の足首あたりをざくりと浅めに斬った。浅くとも痛いし血は出る。火前坊とは違う醜い悲鳴が上がる。

 和泉としては怪我をさせるつもりは無かったものの、致し方ない。人質救出の時間が惜しい。足を封じたので、大それたことは出来なくなったはず。陰陽連に民間人に危害を加えるなとか約定があったら厄介だとか、和泉は少し余計なことを考えた。

 所詮程度の低い人間のようで、大して深くも無い傷の痛みが辛いのか、ぺらぺら話し出した。

 漁村の外れにある洞窟、その中が火前坊かぜんぼうの根城らしく消えた村民や、先に来ていた陰陽師はそこにいるんじゃないかとのことだ。

 潮の満ち干きで洞窟の入口が埋まるらしく、普段から人が寄り付かない洞窟らしい。聞いてもいないことまでペラペラしゃべりだした村長は、今また眠ってもらっている。
 洞窟は、ちょうど潮が引いて、ぽっかりとその暗い口を開けていた。潮が引いているとはいえ足元はしっかり海水が入り込んでいて、歩くたびにばしゃばしゃと水の音が、暗い洞窟内に反響する。

 不意に、何か殴りつけられたような鈍い音が聞こえたかと思うと、そこに男性の体が転がってきた。咳き込み、呻いている。それが誰なのか、いち早く気づいた久米田が慌てて駆け寄った。

「た、丹澤……!!」
「ってえ……、く、めた……?」
「誰にやられた?まだ妖がいるのか!?」
「妖じゃ、ないんだけど、け、ど……」

 誰かが砂利を踏みしめる音が、反響する。丹澤を吹っ飛ばした主の、足音だった。
 突如、和泉の左腕が痛む。この痛みは、あの時よりも鈍いけれど、知っている。呪詛の痛み。和泉が痛みを知覚したのと、久米田がその名を呟くのはほとんど同時だった。

「五十嵐……」

 栗色の髪、鳶色の瞳。

 数ヶ月ぶりに見たその姿は、変わらなかった。和泉の中で、思いが込み上げる。どう思われていても、自身の気持ちに変化がないのが却って辛かった。
 心拍が上がるのが、緊張なのか呪詛の痛みなのかは分からない。

 防寒か、何かを忍ばせているのか、黒いマントが洞窟の暗がりに溶け込みそうだった。
 一瞬、和泉だけを見たが、何も言わないまま、背を向ける。

「待って!…私を、連れていくんじゃないの?」

 この数ヶ月、和泉は数多の妖騒ぎの鎮圧に対応してきた。

 火を使う妖を中心に。そう簡単に遭遇できるはずもないと思いながらも、どうしても探し求めてしまう。犀破の元にいるのなら、いずれ来ると思っていたから。けれどこれまで、その痕跡はまったくつかめなかった。

 その中で、また火の妖怪。交戦中にまた外れかと少し落胆していたが、当たりだった。

 冷ややかな表情で見下ろされ、和泉は胸が押しつぶされそうになる。

 (落ち着いて。)

 まだ、何もされてない。怯む必要は無い。必死で言い聞かせた。今、変に引き留めたせいで、事態が悪化する危険性を今になって懸念する。汗が伝って握りしめた拳に落ちた。

「今、連れてったって意味ねえだろ。陰陽連の奴らがみんな全国散らばってんだから。」
「そうだよ、皆大変なの。」
「妖の口車に乗せられて、騙そうとするのにか?」

 陽の声色、表情をじっと見つめるが変わらない。今更、説得でどうにかなるとは思っていない。和泉は、怯むなと自分を叱咤するが、つとめて冷静を装って言葉を返す。

「陽も同じじゃないの?」
「…そうだな。
 明日、全部終わらせる。」

 来ると思っていた攻撃はやって来なかった。それでも緊張の糸は切らさない。

「……終わらないよ。終わらせないから。」
「所詮付け焼き刃だろ、あんま調子に乗んな。」

 吐き捨てるように言った陽の姿は夜闇に紛れて消えた。
 和泉の中の、決意は変わらない。それをぶつけるのが、今ではなく明日であること。

「本当に、五十嵐、か…?あれ」
「戻ろう。多分、もうすぐ世羅が来てくれる」

 狼狽する久米田と、へたりこんだままの丹澤にそれだけ言って和泉は洞窟を出る。頬を拭えば、乾いた血が手の甲についていた。

 飛びついていかないように、泣き出してしまわないように握りしめていた掌に、爪がくい込んで血が滲んでいた。



 *****


 洞窟の奥にいた村民は全員が命に別状はなかった。生気を食うつもりだったのか、その肉体を食らうつもりだったのか今となってはわからないが、全員意識を失っているだけで五体満足だった。結果だけ言えば、負傷者は足を穢した村長のみである。
 直後に合流した世羅の助けもあってか、丹澤も目立つ怪我はなく、村民を解放した上で、和泉と共に陰陽連へ帰還する。被害は少なかったものの、和泉は白斗を呼び出して陽に遭遇したことを告げると、緊急で会議が開かれる運びになった。

 白斗あおと毘笈びきゅう加茂田亘かもだわたる蒔原颯希まきはらさつきの4名に加え、和泉と世羅がまたあの何も無い殺風景な会議室に集まる。

「明日、ね。
 そろそろ出雲の警備も対応している者たちの飽きが来ていた頃だ。…やるというのなら、迎え撃つ他ないだろうね。例の氏神は知っているのかな?」

 一方的に陽から告げられた事実を白斗に報告すると、さして驚いた様子もなかった。問に答えるのは世羅の方。

「先刻、式は飛ばしました。犀破に気取られる可能性も考えましたが、まあ五十嵐あっちが明日と言ってきた以上共有しておけという意味だとも思いますし。」
「では、予定通り、あの集落と出雲の二箇所で体制を整える形でよろしいでしょうか。
 丹澤、久米田両名も怪我が深刻でないのであれば、配置したいですが。」

 世羅の回答を受け、白斗あおとに伺いを立てるのは颯稀さつきだった。これらの様子を見るに、そろそろなにか仕掛けてくるというのは陰陽連幹部内では想定内だったようだ。
 しかし白斗あおとが答える前に、わたるが異を唱える。

「妖に拐かされる陰陽師など、前線に出すべきではないでしょう。然るべき処分の後、拘留もしくは、記憶処置をするのが懸命かと。」

 和泉は息を呑んだ。火前坊かぜんぼうに脅されていた久米田のことまで報告してしまったことを後悔する。馬鹿正直に全てを伝える必要はなかった。このあたりの駆け引きが、まだ和泉には上手くやれない。

「そもそも、人質にとられた丹澤も怪しいところです。2人まとめて厳正な処分を、陰陽頭。」
「待ってください。今、恐怖政治をしても意味がないです、時間も、人も満足にないんです。」

 白斗あおとが何か言う前に、和泉が声を上げたが、わたるは胡乱な表情を和泉に向けて吐き捨てる。

「襲われたあなたが庇うのは、情けのつもりですか?
 あなたはそれでいいかもしれませんが、結果論です。
 無能な味方のせいで全員の命の危機があるかもしれない。そんな者、近くに置いておけるわけがない。本来であれば、陰陽博士である蒔原まきはらさんの責任も問いたいところですよ。」

 亘はそう言って、隣にいる颯稀を睨んだが、颯稀本人は目を伏せたまま何も反論しない。反論したのはやはり和泉だった。

「加茂田さんの懸念も、分かります。
 …人は弱いから、命の危険や大事な人が危ないときに思考が止まってしまう。だから私は、明日、安全な場所から協力してもらいたいんです。」

 身の安全が保証されていれば。
 大事なものが脅かされなければ。人は間違えることは減るはずだし、もし間違えても、失敗しても、周りが助けてくれる。

「君は、五十嵐がまだ人間の味方だと思っているのかな。その明日とかいう話も信用できるか怪しいものですし。」
「正直言って、陽のことは、分かりません。
 …ただ、今のところ、ここ数ヶ月で陰陽連の皆さんが襲われた話は聞いてません。
 妖騒ぎを、知っているならその対応に追われてる陰陽師たちを、後ろから奇襲したっていいのに。今回の丹澤さんも、捉えたのは火前坊かぜんぼうで、陽が関与したかどうかは、正直不明のままです。
 私には、あのタイミングで、あえて解放したように見えました。」
「それがイコール安全という証明にはならないでしょう。
 明日、一斉に陰陽連の壊滅を狙っている可能性もある。五十嵐には、それだけの動機があるのだから。」

 ここまで苛立っていたわたるの表情に、ついに初めて殺意が宿る。そもそもその動機を生み出したのが陰陽連であると言うのに。

「身から出た錆だろう、被害者ぶらないでもらいたいね。」

 世羅が、伏せていた目を開け、その金の瞳でわたるを睨みつける。わたるは首を竦めるだけで視線を逸らした。

「だから、もしそうならさせない為に戦う。
 そうじゃなかったら、陽は帰ってくる。」
「そんな希望的観測で話をされても」

 平行線をたどる二人をようやく制したのは白斗あおとだった。

「……明日と指定した以上、対策を取らない訳にはいかない。どっちにしたって、五十嵐の対策のみならず、本丸も重要だ。徹夜にならない程度に、作戦を練ろうか。」
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