ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第九章 火光待宵~かぎろいまつよい~

第八十話

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 夜の港町は波と風の音しかしない。凍えるほど寒い強風が、頬に当たって痛い。
 怪火騒ぎに、和泉と陰陽部の者が1人での対応だった。
 陰陽部員の久米田。いつも一緒にいる丹澤は別任務中らしい。

「俺なんかじゃ頼りないかもだけど、よろしく。」

 人好きのする笑みを浮かべて久米田が言う。

 陸は用事があって人を尋ねており不在、悠河と凛は別件の妖騒ぎの対応。世羅も現在進行形で別件対応中。あとから合流する手筈になっている。とにもかくにも全員が動き回っている状況は、寒さがいちだん身体にと答える時期になっても、未だ変わらない。

 何か実害があった訳では無いので、本当は和泉1人でも全然行く気ではあったのだが、必ず1人になるなという世羅の約束はさすがに違えられなかった。なんなら久米田の同行でさえも反対され「緊急性がないなら僕が戻るまで待て」とまで言う始末だった。
 それでも「いつ人手が入り用になるか分からない。緊急性がないなら尚更早めに終わらせて置く方がいい」と、強引に説得させて和泉は出てきた。

 案の定根負けした世羅は、早急に戻るとのことで、一足先にやってきたのだ。

「寒いところを、わざわざすみません。」

 50代前後と思しき、日に焼けた男性が和泉たちを招き入れた。漁村の中心にある大きな家、彼がここの村長らしい。

「夜更けに海の向こうにぽやんと光るんですわ。
 明け方には消えたんだか見えなくなったんだかわかりゃしませんが、なんせこの村のモンほとんどが見ちまったようで。
 何をしてくるでも無いんですが、船乗りだとどうも気味悪がってしまって、漁に出るのがどうも……」

 時刻は17時を回ったところ。火が出る時間はまちまちだが、早い時は日が暮れた直後から出ると言う。

「少し早いですが、夕食などいかがでしょうか。」

 村長が出したのは湯気の立ちのぼる味噌汁だった。漁村らしく、何かの魚の切り身がふんだんに入っている。
 ちらと久米田を見やると美味しそうにがっついている。その様子を見て、和泉もまた暖かい味噌汁を口に含む。

「おいしい。」
「そりゃあ良かった。若い娘さんなんかだと、こんな田舎は嫌でしょうけど、まあゆっくりしてって下さい。」

 夜中起き詰めになることも考えて、交代で仮眠を取る。久米田が先に取っていいよと言うので、和泉はお言葉に甘えて床につく。村長がきちんとした布団を用意すると言ったが、すぐ起きれるようにと断りをいれた。部屋の隅で膝を抱えて顔を伏せる。

 数分経たずに、和泉の体は壁へとその全体重を預け、寝息を立て始めた。様子を見に来た久米田が、村長へと目配せをした。

「命は、取らないんだろう?彼女も……俺のことも。」
「そうゆう約束になってる。それまで時間があるなぁ…どうだ?お前さんも味見でもしてみるか。」

 その発言が何を意味するのか理解した時、久米田は嫌な汗を流した。喉が渇き、何も言葉が出てこない。そんなつもりは毛頭なかったのに、嫌な感情が蠢く。

「いや、いい…そんな、気分じゃないし。」
「そうかい、若いのに。まあいいか。だったら邪魔しないでくれよ。」
「そ、それより先に来ていた丹澤は?無事なんだろうな。早くしないと、こっちも時間が無いんだ。」

 久米田は焦っていた。早くしないと妖狐せらがやってくる。以前から、五十嵐陽に引っ付いている得体の知れない妖狐だったが、最近の彼は前にも増して怖い。五十嵐以上に、和泉に何かあった時の方がシャレにならないであろうことは、本能でわかった。
五十嵐が妖の側について、妖狐が陰陽連に留まっている意味は今の久米田には分からなかったが、陰陽連とはそういうものだ、と細かい事情までは考えないことにしていた。

「まあそう焦るな。増援が来たところで、火前坊かぜんぼう殿の敵ではないて。お仲間がやられたのは、お前だって見ただろう。」
「いや、だが、多分あとから来るのは本当に、強いんだ、なにせ人ではないんだし…その火前坊かぜんぼうだって、やられるかもしれない。」
「宮内庁だかなんだか知らんが、御上も大変だねえ。ただで引き渡すなんざ勿体ない。せっかく村民犠牲してまで呼び出せたってのに。」

 村長が、寝ている和泉に対して背を向けたその、刹那。

「……!」

 そもそも寝かされてなどいなかった和泉が、背後から村長の足、低い位置…脛の当たりを思いっきり蹴り払う。

 不意を疲れた村長は、いかに男性とはいえ踏ん張ることは出来ずにあっという間に倒れ込む。あまりに突然の出来事と倒れた際に頭を打ち、少しの間焦点が合っていなかった。

 件の発端は、火前坊かぜんぼう。そしてそれの手足でこの村長が動いていた。村民に犠牲も出ている。仕入れる情報としては充分だった。

「貴様、薬が効かんのか……!?」

 狼狽える村長に対して、和泉は口から何かを吐き出す。固形でも液体でもない妙な音を立ててそれは転がった。水状の球体に包まれたそれは、茶色く濁っている。先程出された味噌汁は、和泉の喉の奥を通すことなく口の中、水の行で固めていた。

「お行儀悪くてごめんなさい、だって飲んでないから効くも効かないもないし。」

 和泉の発言と、そこに転がった茶色い小さな球体を前に、久米田は茫然としている。

「私を連れていきたいなら今すぐ先導して。その火前坊かぜんぼうとやらの所に。」

 村長は、和泉が寝かされていなかったことに動揺をしたものの、所詮丸腰の小娘1人と判断した村長は、体格差でもって押さえ込もうとする。
 けれどその前に、その村長の目にぶつけられた液体。少量故に、ただの水ならよかったのだが、和泉が放ったそれは。

「いっ!いだ……いだだただだ!!!……な、何だこれは貴様!」
「別にそれ海水だから、大丈夫。」

 先程の味噌汁同様、水の行で固めておいた、漁村の前に広がる海の水。人間相手に連発して霊力が切れないよう、使えるものは全て使う、最低限の武器だった。

「案内する気がないなら、寝ててもらうけど。」

 村長は目が見えない恐怖に取り乱し、話にならない。
 たいして大きくもない漁村だ。案内がなくとも見つけられると和泉は踏んでいたので、近くにあった燭台で首筋を殴りつける。
 地上に打ち上げられた魚のように無様に暴れ回っていた老いた村長はあもすもなく、意識を奪われた。

「久米田さんも、縛るの手伝って。あとで起きた時に、後ろから襲われたら嫌だから。」
「あ……あの、俺は……」
「丹澤さんも、助けないと。」
「い、いつ、から……気づいて。」

 戻ってこない丹澤の救援に向かい、あの村長に脅された。空色の瞳の女を連れてこい、それと交換だと。命は取らない。だが、連れてこなければ先に来た丹澤の命は保証しない。そういう話だった。いや、脅しであった。

 命を、奪われるわけでないのならと判断した久米田はそれが如何に愚かなことか今になって愕然とする。とんでもないことをした、いや、その自覚はとうにあったのに、見ないふりをしていた。汗がだらだらと零れる。
そんな久米田を見て、和泉は怒るでも悲しむでもなく、当たり前のような顔をしていた。

「うーん、割と最初の方かな。
ずっと久米田さん変な感じがしたんだよね、落ち着かないというか。
 村長も最近漁出れてないとか言う割に、船を動かした形跡はあるし。でも、村人の気配が一切ない。ここに入ってから、久米田さん一層落ち着きがないから何かあるなって。
 元々出されたものは食べる気はなかったよ、村長が原因じゃなくても何が起きるか、分からないし。」
「え……あ、……」

 久米田は何も言えなくなってしまう。
 和泉のことは、当然久米田もよくは知らない。只者では無いことは分かっていた。颯希のスパルタ訓練に根を上げずについていくし、男たちが下世話な話をしても気にする素振りがない。
自分達とは違う何かを見つめていると思っていた。

「貴様が、の分か?」

 突然聞こえてきた、村長とは違う、低くしわがれた声。
 さして広くはない室内と、外を隔てる貧相な扉の近くに、僧侶姿の男が現れる。その周囲に、怪しげな緑色の炎がちらちらと浮遊していた。

「こんばんは。あなたが火前坊かぜんぼう?」

 挨拶と同時に姿勢を低くする。明確な殺意を察し、和泉が声を張り上げる。

「久米田さんは、村長をお願い!」
「はっ……え!?」

 緑の炎が一気に光る。来る、爆発する。そう直感して、眩しさで視界が封じられる前に咄嗟に手を前に出す。

 炎の熱さと痛みが全身を襲う。火だけでない固形の鋭利な何かが威力を上げているのだとわかる。
 熱い。痛い。けれど。

「全然、大したことない。」

 和泉の知ってる、あの熱い炎に比べれば、こんなものはお遊びでしかない。負ってきた痛みに比べたら、大したものではない。これぐらいなら通用する確信を得る。

「水の行 水煙みずけむり
 霧で以て火難を抑えよ。」

 水が、霧状に広がり火の勢いを消していく。

 慣れない力で安定しない出力を、言霊でもって強化する。それが、颯希と特訓していく上で、すぐに使える力としてのあり方だった。
 家が焼き切れることはなかったが、火前坊のいた入口辺りは崩壊してしまっている。

「ほぉ、随分と骨のある者を連れてきたな。」

 火前坊の枝のように細い腕が伸びると、今度は煙が充満する。室内にいるとまずい。

「外出て、早く!!」

 和泉に急かされる形で、気絶したままの村長を背負った久米田が土の行で家の壁を壊す。

 すっかり日が暮れた砂浜に出る。足場が悪く、踏ん張りづらい。
 火前坊の出す緑の炎が球体に凝縮され、間髪入れず追尾してくる。村長と久米田の位置を確認しながらなるべく距離を離すように駆けていく。火前坊は愉快そうに笑いながら、和泉を追い詰めていく。

本来なら暗くて視界が悪い夜の砂浜。幸か不幸か、火前坊が攻撃すればするほど周囲の状況が良く見えてくる。砂浜ではなく、岩場が入り組んだ複雑な海岸まで来た。

「鬼ごっこは終わりかな?」

 不規則な岩場、藻や苔で滑る岩の表面、深かったり浅かったりする水面。火の光があっても影になり、暗部が多くて人が走るには明らかに不利だった。

「どっちが、終わりだと思う?」

 追い詰めたと思いほくそ笑む、火前坊。刻まれた皺の深さが見にくく歪んでいる。しかし、追い詰めたのではなく、誘導した和泉は淡々と。

「水の行 冴業物さえわざもの
 穢れを打ち払う利剣となれ。」

 水が鋭い勢いを持って、低い位置を一閃する。火前坊が舌打ちをしながら避けた先にも、水の刃が頭上から降り注ぐ。時間差で、的確に、狙って。

「貴様……!
まだ抵抗するか、先に来た陰陽師が、どうなっても知らんぞ!!」

 火花が、散る。和泉にまっしぐらの、高温の緑の炎。殺意。熱せられた空気の中にある固形が和泉の頬を斬った。全て避けたつもりだったが、ほんの少しの鮮血が舞う。迷いが行動に出ている。

 (ガラスだ、細かなガラスが混ざって、爆発の威力が上がってる。
 やることは炎と同じ、当たらなければいい。すべて水で押し流す……!)

 海辺には水がある。地の利は明らかに和泉にあるのだ。そして、久米田が嘘をついて和泉を騙した理由にも、察しはついた。得体の知れない自分という存在に久米田は恐れこそすれ、悪意は持っていなかった。そんな久米田が、震えながら村長に従った理由。火前坊の言葉で合点が行く。やはり脅されていた。

 (人は、弱いから。)

 弱みにつけ込んで、取り入って、利用する。あいつと、犀破と同じ。怒りを押さえ込み、再度大きく息を吸う。

「水の行 滝簾たきすだれ
 異形の穢れを推し留めよ。」

 浅瀬に溜まった水が集約し、まるでカーテンのように広範囲に降り注ぐ。火前坊も、火前坊の出した炎をも打ち消す。勢いのある波状攻撃に、火前坊は為す術なく醜い声で叫ぶ。
 しかし和泉は攻撃を緩めない。

「……っ、水の行 かさね 冴業物さえわざもの
穢れを打ち払う利剣となれ。」

降り注ぐ水の勢いに、鋭さを重ねる。言霊を重ねて、威力を上げる。これも、颯希に教えてもらった。より具体的に、より強力に、形を持たない行を、言霊で以て練り上げて強くする方法。

水は、幾重にも重なり合い遂には、身動きの取れない火前坊を身体ごと貫いた。
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