あの日のパーカーと彼女

細川ゆうり

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君の匂いが消えない。

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電柱の根元に、花と小さなお菓子が添えられている。通りすがるたび、胸が少しだけ痛くなる。
──あの日から、ずっと。

今日は、彼女と過ごすはずだった記念日だ。
初めてできた彼女。
清楚で、人の痛みに気づけるやさしい子だった。

彼女と出会ったのは、半年前の夜。
大学の帰り道、人気のない公園のベンチに、
ひとりで座っていた。

長い髪に隠れた横顔。
白いワンピースの裾が風に揺れていた。

「寒くないの?」
そう声をかけると、彼女は少しだけ顔を上げて
「少しだけ寒い」と肩を震わせていた。

僕は厚着用に持っていた
灰色のパーカーを差し出した。
彼女はそれを胸に抱いて、
「ありがとう。……あなたは優しいのね」と。

その言葉に、心のどこかが温かくなった。
それから、僕たちは何度も会うようになり、
自然に、恋人になった。

彼女はいつも僕のパーカーを着ていた。
袖口がほつれても、染みができても、
決して他の服は着ようとしなかった。

「それ、洗わないの?」と冗談めかして言うと、
彼女は笑って答えた。
「だって、あなたの匂いが消えちゃうから。」

その笑顔が、今も胸に焼きついている。
その匂いはもう彼女に染まっていた。

──それから半年。
何の前触れもなく、彼女はいなくなった。

テレビのニュースが告げた。
「〇〇市内で発生したひき逃げ事件。
 亡くなったのは二十歳の女性。
 発見当時、灰色のパーカーを着ていたとのこと――」

世界が止まった。
画面の中の道路。
そして、あの日、僕が渡した“灰色のパーカー”。

電源を落とした画面に、ぼんやりと自分の顔が映る。
「……なんで、どうして……」
声が喉に詰まった。

それから、半年。
僕は今でもあの道を通る。
電柱の根元には、花とお菓子。
風が吹くと、かすかに甘い香りがする。
あの匂いが微かに鼻先に残っている。
灰色のパーカーの、彼女の匂い。

まるで、今も隣を歩いているように。

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