あの日のパーカーと彼女

細川ゆうり

文字の大きさ
1 / 1

君の匂いが消えない。

しおりを挟む
電柱の根元に、花と小さなお菓子が添えられている。通りすがるたび、胸が少しだけ痛くなる。
──あの日から、ずっと。

今日は、彼女と過ごすはずだった記念日だ。
初めてできた彼女。
清楚で、人の痛みに気づけるやさしい子だった。

彼女と出会ったのは、半年前の夜。
大学の帰り道、人気のない公園のベンチに、
ひとりで座っていた。

長い髪に隠れた横顔。
白いワンピースの裾が風に揺れていた。

「寒くないの?」
そう声をかけると、彼女は少しだけ顔を上げて
「少しだけ寒い」と肩を震わせていた。

僕は厚着用に持っていた
灰色のパーカーを差し出した。
彼女はそれを胸に抱いて、
「ありがとう。……あなたは優しいのね」と。

その言葉に、心のどこかが温かくなった。
それから、僕たちは何度も会うようになり、
自然に、恋人になった。

彼女はいつも僕のパーカーを着ていた。
袖口がほつれても、染みができても、
決して他の服は着ようとしなかった。

「それ、洗わないの?」と冗談めかして言うと、
彼女は笑って答えた。
「だって、あなたの匂いが消えちゃうから。」

その笑顔が、今も胸に焼きついている。
その匂いはもう彼女に染まっていた。

──それから半年。
何の前触れもなく、彼女はいなくなった。

テレビのニュースが告げた。
「〇〇市内で発生したひき逃げ事件。
 亡くなったのは二十歳の女性。
 発見当時、灰色のパーカーを着ていたとのこと――」

世界が止まった。
画面の中の道路。
そして、あの日、僕が渡した“灰色のパーカー”。

電源を落とした画面に、ぼんやりと自分の顔が映る。
「……なんで、どうして……」
声が喉に詰まった。

それから、半年。
僕は今でもあの道を通る。
電柱の根元には、花とお菓子。
風が吹くと、かすかに甘い香りがする。
あの匂いが微かに鼻先に残っている。
灰色のパーカーの、彼女の匂い。

まるで、今も隣を歩いているように。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

愛のバランス

凛子
恋愛
愛情は注ぎっぱなしだと無くなっちゃうんだよ。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

聖女エーステリアの死

倉真朔
恋愛
聖女エーステリアはなぜ最愛の人に断罪されたのか。切ない物語です。 この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

処理中です...