【完結】ニュートンの忘れ物

高城蓉理

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アインシュタインの光の粒

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 初めて物理の観点から光の研究をしたのは、ニュートンと言われていて、光は粒子であるという仮定を発表した。 
 そして現代においては、アインシュタインが提唱した
【光は粒子と波動の両方の性質を持つ】という説が、有力であると考えられているそうだ。
 ニュートンが最初に説を唱えてから、約二百年。その間には、光の波動説など様々な研究がなされ、人々は身近な未知への好奇を諦めなかったのだ。

 物理学とは、物のことわりを追求する学問だ。
 【どうして】【なぜ】の疑問を、そのままにせず、世界にある不思議な事象が【どのようにしてできているか】を究明しようとすることで、その根幹は支えられている。

 でも世の中には、分からないことは敢えて分からないままにしておいた方がいいこともある。
 私は、それに気づいていたはずだった。 
 


◆◆◆◆◆◆




 深い赤紅色はストロンチウム。 
 青緑ならば銅、
 黄はナトリウム化合物で、
 黄緑はバリウム……


 久し振りに結い上げた髪型は、我ながら自信作。紫陽花が描かれた浴衣も、まあまあ似合ってはいると思う。

 だけど……
 私が一番、浴衣姿を見せたいその人は、この場所には来ることは叶わない。
 花火はただの炎色反応に過ぎないのに、それでもやっぱり特別なイベントで、好きな人と一緒に見たいと思ってしまったことくらいは許して欲しかった。



 私が暮らす下呂温泉では、毎年八月の初旬にお祭りが催される。期間中は打ち上げ花火が上がったりして、下呂温泉街の中でも最大級の夏のイベントだ。

 私は例年と同じように、友だち数人と 花火を見に飛騨川の河川敷へと集まっていた。毎年一人二人と相手を見つけては離脱していくけれど、あいにく私には その予定はなかった。
 
「何? 鞠子、珍しいじゃん? 写真を撮ってるの? 」

「あっ、うん…… 親の一眼レフを借りたから。ちゃんと撮れてるかは怪しいけどね 」 

「ああっっー! もしかして、東京に住んでるっていう年上の彼氏に送ってあげるとか? 」

「うん、まあ…… そんなところかな 」

「へー 本当は彼と一緒に、花火が見られたら良かったのにね 」

「……まあ、それが出来たら一番良いんだけどね 」

 
 この夏、私は周囲に嘘をついた。
 遠距離恋愛が叶ったことにして、私は人のモノになったと宣言したのだ。

 「恋人が出来た」までは本当だ。
 だけど私の本当の想い人は、とても近くて、とてもとても遠いいところにいる。
 毎日のように顔は会わせているけど、本当にただそれだけ。下手したら、会話が出来ない日だってある。

 私は未成年で、相手は大人だ。
 しかも彼の立場は聖職者で、子供に感情移入するなんてことは許されない。
 だいたい先生は、何故 私みたいな子供を、手元に置いておこうと思ったのだろう。どう考えても、リスクの方が大き過ぎるはずだ。それに私たちは、二人で出掛けることも、触れ合うことも叶わない。キスも出来ないし、その先なんてもっての他だ。そんな条件がせめぎ合うなか、二十代前半のお盛んな男性が、子供の相手をするメリットなんて果たしてあるのだろうか。

 先日はつい舞い上がってしまったけれど、今ならば冷静に考えることが出来る。
 やっぱり私と先生では、年齢的にも内容的にも釣り合わない。
 今だって この場に来られない先生のために、取り敢えず花火を撮影しているけど、それも何だか子供じみたことのように感じる。
 粒子と波動の集合体は、静止画で捉えることは難しい。形のないものに、形を与えるのは容易ではないのだ。
 決定的なものがない関係を、選んだのは自分なのに、いざ手にしてしまうと不安な気持ちが先行する。

 先生は、大人の男性だ。
 子供の私とは違って、今までにも交際相手はいただろうし、その人たちとの間に素敵な思い出も沢山あったはずだ。
 十代の私と二十代の先生では、一年における重みが違う。やっぱり、こんなのは長続きしないし、何より先生にとって不健康だ。
 盛大な炎色反応の化学実験を眺めながら、私はそんな考えていた。


 ブーブーブーブー 

「えっ? 」

「あっ、鞠子? もしかして、彼氏からの電話? 」

「あっ、いや、そういう訳じゃないけど。ちょっと、ごめん 」

 スマホの振動を感じて、私はディスプレイを確認する。すると、発信者の欄は非通知になっていた。

「あの、もしもし…… 」

「もしもし? 今、電話しても大丈夫? 」

「はい…… 大丈夫です 」

「んっ? 後ろが、やけにザワザワしてるな? 」

「はい。地元の友達と、花火を見に来ているので 」

「その集まりって、男もいるの? 」

「なっ、男の子なんていませんよ。私は元々、異性の友達はいませんし 」

「そう 」

「…… 」

 私は先生からの急な着信に驚いて、慌てて友達の輪から距離を取った。夏休みに入ってからも、たまにメールのやり取りはしていたけど、先生の方から連絡が来たのは初めてのことだった。

「……お前さんも花火に興味があるんだな。意外だよ。ただのスケールがデカイ化学実験くらいにしか、思ってなさそうなイメージだったから 」

「ちょっ…… 何ですか? その、夢のない話は? 」

「どうせ お前さんは、バリウムやら銅が上空で燃えてるんだなー、くらいにしか、思ってないだろ? 」

「なっ…… 私だって、花火に興味はありますよ。上空に色々な閃光を走らせるなんて、人間以外には作り出すことは出来ませんし。その言葉は、そっくりそのまま先生にお返しします 」

「……なんだ。思ってたより、元気じゃないか 」

「えっ? 」

「まあ、ゆっくり過ごせる夏休みなんて、学生時代だけだからな。せっかくだから、有意義に過ごせよ 」

「ちょっ、あのっ…… 」

先生の声が小さくなった気がして、私は慌てて引き留めていた。

「何だ? 」

「あの…… 貰った電話で恐縮ですけど、私は先生に教えて欲しいことがあるんです 」

「んっ? お前さんは、理系の成績は学年でもトップクラスじゃないか? 」

「…… 」

「もしもし、荒巻? 」

「……あの、先生には、好きな人はいますか? 」

「ハイ? 」

「花火を見ながら…… ずっと、考えていたことがあるんです。
私には、最近お付き合いを始めた人がいるんです。でも、その方は、本当は目の前にいるはずなのに、私には手が届かないところにいるんです。だから、デートをしたことはないし、手も繋いだことはないんですけどね 」

「急に、何を言い出すかと思ったら…… へー それは奇遇だな。最近、俺も少し年下の彼女が出来たんだよな。まあ、こっちも色々事情があって、なかなか会えないんだけど 」

「そうですか…… 」

 私は、先生に何を言わせたいのだろう……
 我ながら、茶番を演じている自覚はある。
 叶わなくて良かったはずの恋なのに、手が届いてしまった。だから、欲が出ているのだ。

「あの…… 先生は、その彼女のどこに惹かれたんですか? 」

「ハアっッ? 何で、そんなことを俺に聞くんだよ? 」

「私の…… 今後の参考にしたくて 」

「不安なのか? 」

「ちがっ、そういうつもりじゃなくて…… 」

 幻滅させたかもしれない……
 言葉を求めてはいけない。先生を守るために、絶対に言わせてはいけないと分かっていたはずなのに、まだどこかで現状が現実として受け止められない自分もいる。
 子供染みたことなのは、十分わかっている。
 でも私は…… 
 完全に、自制が利かなくなっていた。

「ったく……、このバカ 」

「なっ 」

「バカなもんは、バカなんだよ。ったく、覚えとけよ? 」

「えっ? 」

「……理由なんてないよ 」

「へっ? 」

「気づいたら、好きになってたんだよ。理由なんかない。恋愛なんて、そんなもんだろ 」

「……それ、本当ですか? 」

「俺が嘘を付いて、どうするんだよ 」

「でも、その年下の彼女とは二人きりで夏祭りにも行けないし、花火も一緒に観ることは出来ませんよね? 触れることも出来ないし、あんなこともこんなことも、何も出来ないんですよ? それでもいいんですか? 」

「それが、何だよ 」

「えっ? 」

「そんなこと…… 最初から嫌ってくらい、こっちは分かってるんだよ 」

「…… 」

「仕方ないだろ。俺の全部を天秤に掛けても、好きな気持ちが振り切れたんだよ。多分、お前の彼氏も同じことを思ってるから、肝に命じとけ 」

「…… 」

「じゃあ、電話は切るからな。お前さんも、せっかく綺麗な浴衣を着てるんだ。転んだりして、浴衣を汚さないように、足元には気を付けろよ 」

「えっ? 」

私はその言葉を聞いて、咄嗟に左右を見渡した。
まるで私のことなんて、全部お見通しみたいな言い草だ。そして、ハッとして河川敷を見上げようとしたとき、受話器から再び怒号のような声がした。

「バッ、バカッ! 絶対に振り向くなよ 」

「えっ…… 」

「精神年齢は、こっちも十代の思春期なんだよ。大人をナメんな 」

「…… 」

ちらっとだけど、私が想いを寄せる後ろ姿が、視界を掠めたような気がした。
私は花火は一人で見ていたのだと思っていたけど、どうやらその限りではなかったようだった。






 人の感情を考えるときは、
 【どうして私を選んだんだろう】とか【なぜ私は好きになったんだろう】とか、確かめたいことは沢山あるのに、それを解決する方法には簡単に踏み出せない。
 男女の間では、知らなくて良いことも、触れない方が良いこともあるのだと思っていた。

 だけど……
 やっぱり解が分かると、私は嬉しい。
 だから、人は探求することをやめられない。
 私は、そう思った。







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