【完結】マーガレット・アン・バルクレーの涙

高城蓉理

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神は彼女に嫉妬した

神は彼女を子どもに戻した

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 飛騨川に架かる いでゆ大橋を越えて左に曲がったところに僕の家はある。この時期はまだまだ日が沈むのは早いので、辺りはすっかりに闇夜になっていた。

「あそこの白い建物が、うちの家だよ 」

「アラマキのお家、大きいね 」

 彼女は少し驚いた様子で、目をパチクリさせている。
僕にとっては、じいちゃんが管理してたときからの見慣れた風景だけど、二十部屋近くあるアパート全部が自分の家と言われたら、確かに驚くかもしれない。

「あはは、うちはあの一階の薬局と裏の部屋だけ。二階から上は学生寮だから 」

「へー 」

 彼女は納得するように返事をすると、寮の建物を見上げた。住人たちは大半が帰宅しているようで、殆どの部屋には明かりが点っている。

 僕は自宅の玄関をスルーすると、荒巻薬局と書かれた古びた木製看板の掛かる入り口を目指した。母さんにはよく注意されるけど昔からの癖もあり、未だに家の出入りは店からしてしまうことが大半だ。 



「ただいま…… 」 

 「まあ、麻愛ちゃん、久しぶりー! 遠かったでしょ!」 

 調剤カウンターの奥から白衣姿の母さんが出てくると、彼女を勢いよく包容した。今回、僕の杞憂を加速させた張本人だ。

「お久しぶりです。リョーコさん。お世話になります 」

 彼女は母さんに頭を下げて深々とお辞儀した。

「いーえ、麻愛ちゃん会えるのとっても楽しみにしてたのよ。さっ、上がって上がって。疲れたでしょ? 」

「はい、ちょっとだけ。移動時間が長かったので…… 」

 彼女は靴のストラップを外すと、勝手口から部屋に上がった。僕は母さんが既に床に敷いていた新聞紙の上まで彼女のスーツケースを運ぶ。段差を越えるために持ち上げると、やはりそれなりの重量があった。


「もうすぐ、薬局お店は閉めるから…… 夕飯の準備はそれからでもいいかな? 」

「はい…… 」

「ちょっと恒星、悪いんだけどレジ締めと戸締まりお願いできる?さっき、田部さんたち帰ってもらったからさぁ…… 」

「わかった…… 」

 僕は適当に返事をすると、彼女の様子を確認した。
 彼女はキョロキョロと落ち着かない様子で部屋の中を見回している。居間には電源こそ入っていないが、まだ堀り炬燵は出したままになっている。おそらく初めて日本家屋を生で目にしたのだろう。彼女は案の定興味を示していたので、腰掛けるように声をかけた。

「あっ、麻愛ちゃん、テレビのリモコンここだから 」

「ありがと…… 」

「まあ、今の時間はニュースしかやってないけどね 」

 僕は彼女に声を掛けると、母さんと入れ替わるように店に戻った。

 薬局という形態上、業務を手伝うことは出来ないけど、暇なときは売り上げの勘定や戸締まり、掃除くらいは頼まれることも多い。

 僕はレジを開けると硬貨をコインストッカーに並べお札を数える。
 今日は何だかんだで三時間近く彼女と一緒にいたから、僕は心身ともにかなり疲弊した気がする。それに往路だって心ここにあらず状態だった。いつもは面倒以外の感情を感じないけど、店じまいがこんなに気楽な作業なのだと感じたのは今日が初めてだった。




~~~~~~





「麻愛ちゃん、恒星とは直ぐ会えた? 」

「はい…… 」

「それなら良かった。ロンドンや東京ほどじゃないけど名古屋も構内は広いから…… 」

 稜子は台所でおかずを調理しながら、麻愛と話していた。
 今日は店の暇を見て仕込んでいたので、簡単に火を通せば夕飯はすぐに完成するラインナップだ。今日のメニューは、飛騨牛の朴葉ほおば味噌焼き。お客が来たときにはよく振る舞う、地元の郷土料理だ。

こっち日本には、いつ来たの? 」

「一昨日の夜に 」

「あら、じゃあ結構すぐに下呂ここに来たのね。都内を楽しんできても良かったのに…… 」

「東京は、昔の友人たちも、年度始まりで忙しいみたいで 」

「そうね…… 四月の頭じゃ、みんな忙しいかもね 」

 稜子は副菜の鍋を豪快に振りながら、麻愛との会話を続けた。相変わらず麻愛はリビングの置物やら、窓からうっすら見える山とか、いろいろなところに視線を散らしている。

「飛行機は成田から? 」

「はい…… 」

「あら、じゃあ成田からだと、新幹線乗るのが大変だったでしょ 」

「パパ…… いいえ、父が迎えに来てくれたので。父の事務所の近くで一泊して、今日も東京駅までは一緒でした 」

「え? 彼、いま日本にいるんだ? 珍しいわね 」

「たまたま、日本にいたみたいで。あの、パパ……ううん、父からお土産も預かってます 」

「あらまぁ、また、よくわからない場所秘境のチョコとかクッキーだったりしてね 」

「父の味覚は、ユニークですからね 」

 麻愛と稜子は顔を見合わせると、二人して吹き出してクスクスと笑い始めた。





~~~~~~



「やっぱ、東京の羊羮はうめっー。緑茶が合うね 」

「そうね、彼にしちゃ、気の利いたものを持たせてくれたわね 」

 僕と母さんは食後のデザートに、彼女の父が持たせてくれたという羊羮を頂いていた。お取り寄せ?とやらをすれば別だろうが、この辺りでは、なかなか買うことが出来ない代物だ。他にもテーブルには彼女がイギリスで買ってきたという、紅茶やジャムが広がっていて暫くは甘いものには困らなそうだ。

 そして彼女はというと、食後にソファーに腰掛けるとそのまま寝てしまった。今は誰も観ていないテレビの前で、静かな寝息を立てている。
 土産を出したスーツケースの中身は、少し散乱していて、下着やハードカバーの洋書が散乱していていた。
彼女が疲れ果てて片付けを断念したのか、それとも性格的に大雑把でこの状態になったのか、ほぼ出会って数時間状態の僕には良くわからなかった。

「恒星…… 」

「何? 」

「わたし明日、あんたの学校に行って、麻愛ちゃんの転入手続きをするから 」

「へっ……? 」

 僕はあまりにビックリして、一瞬羊羮を黒文字から落としそうになった。

 母さん、いま何と言いました……??
 気づくと、僕は思い切り母さんをガン見してした。
 年頃の高校生が、こんなに自分の母を見つめるなんてことは稀なケースだと思う。それくらい、ビックリした。

「だって…… 彼女は暫くで、家に来たんだろ? いまさら高校とか行かなくても…… 」

「麻愛ちゃんのお父さんからも、の十六歳らしいことをさせたいって言われたのよ。麻愛ちゃんなら転入試験も問題ないだろうし。それに恵倫子えりこも、望んでたらしいのよね。麻愛ちゃんにはいつか普通の生活もさせたいって 」

「はあ…… 」

 僕は彼女が一体どんな人なのかまだよく知らない。少なくともその片鱗が垣間見えるのは、スーツケースからはみ出た難しそうな本だけだ。

「母さん、さらっと転校とか言うけど、手続きとか簡単にできるもんなの? つーか、彼女日本の高校は出てないでしょ。しかも新学期まであと三日しかないし 」

「まあ、その辺りは私の交渉次第じゃないかしら 」


 母さんはお茶を飲みながら、むふふと笑ってニコニコとしていた。 

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