【完結】マーガレット・アン・バルクレーの涙

高城蓉理

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神は彼女に新しい日常を与えた

神は彼女に短期就労させた

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■■■



 確かに匡輔は新戦力がうんたらかんたら、とは言っていた。
 あのときは、あまり気にも止めてなかった。
 しかし、あの時点で気づくべきだったのだ。

 で…… 何でこうなったんだ?

 でもって、何故、彼女がを着ているんだっッ?
 しかも腰に手を充てて、エッヘンと凄んでいる。
 控えめに言っても重症だ。

「麻愛も、もしかしてバイト…… すんの? 」

「うん、ツバキに誘われたから。恒星と一緒に掃除しろって。私、生まれてはじめてバイトするんだ。バイト初体験! 」

「ちょっ、そんなデカイ声で初体験とか言わなくていいから 」

「何事も初体験は大事よ。大人になる第一歩なんだからっ 」

「……!? 」

 気づいたときには、僕は思わず彼女をの口を塞いでいた。
 思春期だし未成年だし健全であるためにも、不必要なボディタッチは良くないと思う。が、彼女の尊厳を守るためにはこれは必要な措置だと思うし、将来的に感謝されるような事案にもなる気がした。

「なんで? 初めてだから初体験でしょ? 」

「そーだけどっッ、そこだけ聞いたら別の意味に取る人もいるんだよっ。パブリックスペースで連呼したら、誤解が生じるの 」

「……なにそれッ。変なのっッ 」

 彼女は僕の焦りを悟ろうともせず、あっさり腕のガードから逃れると、ぐるっと一周してピンクの作務衣を見せつけた。

 どうせ、麻愛にこんな痴女みたいな仕込みした犯人はアイツだろう。
 ったく椿のヤロウ…… 覚えとけよ…… 
 それに大体なんで匡輔とちゃっかりグルになって、彼女までリクルートしてるんだっッ……

 まあ、文句を言っても何も生まれない。こうなったら、バイトを全うするのみだ。
 僕はガックリと肩を落としながらも、リネンでパンパンになったカートを引っ提げて、廊下を歩いた。そして彼女はというと、後ろからちょこまかした動きで付いてきている。和服は弓道衣でたいぶ慣れたようだが、まだ草履はそれほど馴染みがないようで、歩調と連動してパタパタと音がした。

「ねぇ、ツバキたちは? 」

「アイツらはフロントと案内係。今は風呂掃除でもしてんだろうけど。跡取り息子たちだから、一番の戦場に送り込まれてるんだよ 」

「ふーん。二人で旅館の跡を継ぐの? 」

「だと思うよ。本人たちがどう思ってるかは知らねーけど 」

「そっか…… 仲いいもんね 」

「麻愛も…… そう思うの? 」

「そのくらい、私でもわかるよ 」

「へー それは意外だわ 」

 僕は匡輔と椿の当て付けに、まだ不確定な要素を彼女に教え込むことに成功した。
 彼女も僕の発言に疑念は持ってないようだし、一般的な視点から見ても、匡輔と椿の距離は近く感じられるのだろう。

「で、私たちはこれからどうするの? 」

「午前中は、ひたすら部屋の掃除。とにかく二時までにはノルマ全部終わらせないといけないから。で夕方は一旦休んで、夜からは布団敷きに回る感じ 」

「ふーん 」

 彼女はわかったんだかわからないんだか微妙な返事をすると、僕の後ろを付いて回る。そもそも彼女は英語が堪能なんだから、フロントとかに回せばいいのに、敢えて僕付きの重労働にアサインするのだから、匡輔の性格の悪さも侮れるものではない。

「よし、じゃあまずこの部屋から掃除するから 」

「はーい 」

「って、部屋…… なかなかの荒れ具合だな…… 」

「ん?コーセー今なんか言った? 」

「いや…… 何も…… 」

 今日一発目の部屋は、まあな散乱具合だった。布団はごちゃごちゃだし、なんと言うか、とにかくメチャクチャなのだ。ここは一般的な温泉旅館だぞ、お盛んなことで、と見えない客に言って聞かせたい。

「 僕が…… 先に布団畳むね。 麻愛はマスクとゴム手袋して、使用済みのタオルをまとめてこのボックスに突っ込んで、新しいのをセットして。一部屋四組づつね 」

「オッケー! 」

 彼女の声色は、いつになく弾んでいる。楽しく感じるのは最初だけだと思うけど……
 僕のテンションの低さとは裏腹に、彼女はとてもウキウキしているように見えた。

「コーセー、ゴミは集めなくていいの? 」

「あっ、ゴミは…… 僕がやる…… 」

 ゴミは分別もしなきゃならないし、宿のゴミ箱ともなると、少々刺激的なものがそのままポイと捨てられていることもある。
 彼女のバックボーンを考えれば別に気にしなくてもいいのかも知れないけど、十六歳の女の子がわざわざ見る必要もないものだと思った。

「コーセー、タオル終わったけど…… 次は何をすればいい? 」

「ああ、もう終わったの? じゃあ、次はお茶菓子のセットと湯飲みの交換お願い…… 」

「はーい 」

 彼女は返事をすると、廊下に向かい交換用の備品を取りに行く。いつもバイトのときは一人で部屋を回るから、それと比べたら今日は流石に仕事が早く進む。僕が布団の上げ下ろしとシーツの交換作業している間に、彼女が部屋の備品のケア全般をこなしてくれるから、後は掃除機を掛ければ従来の半分の時間で作業が終わるのだ。

「麻愛、畳は目に沿って掃除機を掛けるんだ。こうやってね。じゃないと畳が痛んじゃうから 」

「そっか…… なるほどね 」

 彼女は何か納得したのか、腰をいれてゴシゴシと畳に掃除機を向けている。
 僕はその間に部屋の備品の最終チェックを行う。すべてのアメニティは四組づつ、と。浴衣と温泉セット…… は問題ない。後は風呂場のバスタオルを確認するだけだ。

 やっぱり彼女はしっかりしている、と思ったときだった。
 バスタオルに厚みが足りない……ような気がした。
 僕はゆっくりとそのタオルに触れてみる。
 よく見ると、そこにはバスタオルが二つしか置かれていなかった。

 僕は極めてフラットな感情で、彼女も人の子なんだな、と思った。
 そして同時に、何故か安堵していた。

 僕は廊下にリネンを取りに行くと、そっとバスタオルを追加した。彼女に隠してフォローするつもりもなかったが、ミスを指摘する気持ちも沸かなかった。

「コーセー、終わった……よ……? 」

 後ろから、突然彼女の声が聞こえた。
 反射で背筋がピンとする。
 僕は何事もない風を装うと、彼女にこう声を掛けた。

「ああ、じゃあ終わりだね…… 次は隣の部屋だから 」

「あの…… それ…… 」

 彼女の視線は、明らかにバスタオルに向いていた。
こうなったら誤魔化すのも変な話だった。

「この宿のバスタオルは四つ折りにしてるから、ぱっと見一つが二つに見えるんだよね 」

「あの、ごめんなさい。気を付けます…… 」

「最終的に足りてれば問題ないから。そのためにのダブルチェックだし 」

 彼女は頭を下げて、複雑な表情を浮かべている。泣きはしないと思ったが、彼女はあまりにもしおらしかった。

 一瞬、目の前にいる彼女が……
 脆く崩れていく音が聞こえた。

 そして気づいたときには、僕は恐れ多くも彼女の頭に手をのせていた。
 それは脊髄で判断した行為ではなく、もはや反射とも呼べる感覚だった。

「そこまで、気にしなくて大丈夫だから。次から気を付ければ…… 」

「……うん 」

 僕はほんの数秒だけの温もりを感じると、ゆっくりと手を離した。

 この感情に名前があるのならば……
 僕はまだ、気づかぬ振りをしたいと思った。


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