【完結】マーガレット・アン・バルクレーの涙

高城蓉理

文字の大きさ
20 / 80
神は彼女に新しい日常を与えた

神は僕に彼女の本来の姿を見せた

しおりを挟む
■■■


「あっ、恒星…… シャワー上がった? 」

「……母さん、麻愛の具合はどう? 」

「さっき目を覚ましてね。少しは熱下がったみたい。経口補水液と栄養剤を飲ませたところ 」

「そう…… それなら良かった 」

 僕は髪をタオルで拭いながら、横目で姉貴の部屋に眠る彼女を確認した。家に着く頃には、僕と彼女の全身は、雨と汗でびしょ濡れになっていた。 
 彼女は細身ではあるが、背負っての移動は流石に疲れた。そして今は少し腰と背中が痛い。
 だけど、幸い我が家には薬のプロが二人いる。彼女のケアに関しては、自宅に連れて帰った方が安心できるのは唯一の救いだった。


「あっ、恒星…… 悪いんだけど、一個お願いしていい? 」

「えっ? っっと、ちょっ……何これ? 」

 僕の返事を待つことなく、母さんは見覚えのある物を投げてきた。

 それは、一本の鍵だった。  

「麻愛ちゃんが、部屋からスマホの充電器を取ってきて欲しいって 」

「……なっ、いいのかよ? 年頃の男子高生を女子の部屋に入れて 」

「麻愛ちゃんの許可は一応取ったわよ。私はスッピンだから、もう外には出られないもん。今日は例外 」

「はあ…… 」

 少し酒が入っているせいもあるかもしれないけど、母さんは何時にも増してやることが大雑把だった。ゴールデンウィークも輪番で店は殆んど開けていたし、急に体調を崩した観光客が、駆け込み寺のようにやってきて忙しくもあった。だから、母さんも少しは疲れているのかもしれない。

 僕はコップ一杯分だけ水分を補給すると、すぐに彼女の部屋へと向かった。
 寮自体は我が家の所有物ではあるけれど、他人の部屋の鍵を開けるのは、何だかスリルというか変な緊張感がある。
 僕は静かに鍵を差し込むと、ゆっくりとドアを開いた。部屋の中は少しだけヒヤリとして、微かに僕が今まで嗅いだことのない、花のような甘い匂いがした。

 彼女の部屋には、スーツケースを運んで以来の入室だった。あまり部屋をジロジロ見るのはどうかと思うが、目に入ってしまうのだからどうしようもない。

 彼女の部屋は、生活感がなかった。

 そこには無機質な白い壁の空間が広がっていて、家具は備え付けの机とベッドに本棚、それにテレビがあるだけ。ただそれだけだった。

 唯一生活の痕跡がある机の上には、英語の本が数冊並んでいて、中には日本語で書かれた本も転がっている。
いけないと思いつつ中身をちらりと覗くと、僕には理解できないような専門書のようなもので溢れていて、何故か弓道の指南書や自然遺産の写真集、それに下呂温泉のパンフレットも混在している。さらに半開きになったノートパソコンは、プリンターに接続したままになっていて、その回りには文献が散乱していた。所々マーカーが引かれているその紙を一枚手に取ってみると、冠動脈ステント治療と書かれた論文と、心臓の術野の写真が何枚も載っている生々しい写真が広がっていた。
僕はあまりの内容に、すぐにそれらの資料から目を逸らす。
 血を見るのは苦手ではない方だとは思っていたが、これは僕のような一般人では直視できないような衝撃的な映像だった。

 僕は机の資料を元の形に戻すと、ふと無造作に放置されている二つの物に目が止まった。
 一つは、おそらく実物大の心臓の模型……
 そして、もう一つは写真立てだった。
 他人の部屋を物色するのは、泥棒と同義語なのはわかっている。だけど、僕はこの好奇心を押さえることができなかった。

 僕はゆっくりと、その写真立てを手に取った。
 
 額の中には、今よりも少し幼い彼女と、彼女のお母さんの恵倫子さんのツーショットが納められていた。
写真のなかで二人は頬を寄せ合い、無邪気な笑顔を見せている。何だか雑誌を切り抜いたような素敵な一枚だった。
 彼女の紺碧色の瞳、艶やかな亜麻色の髪はきっとお母さん譲りなんだろう。恵倫子さんのお父さんはイギリスの人だと聞いている。二人は親子だけど、不思議と見ようによっては仲良し姉妹のようにも思えた。

 僕は恵倫子さんには、小さい頃に一度あったことがある。僕がやんちゃして怪我をして心配してくれたし、無茶をするなと叱られた記憶もある。
 ずっと会ってないならば、その人は自分のなかで死んだも同じなのに、まだ恵倫子さんが天国に旅だったと言われてもピンとこなかった。

 見なかったことにしよう……

 写真立てを元の位置に戻そうとしたとき、縁のところに何か文字が書いていることに気づいた。

 これは、アルファベット?か、何かだろうか……

 写真立ての縁にはマジックで、
 Dear Ellie&Mai Marguerite
 from K 
 と書かれていた。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...