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神は僕に決断させた
神は再び僕に補講を受けさせた
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■■■
一筋縄ではいかない。
それが人生と言うもので、その悩みは生涯尽きることはないのだと、誰かが言っていた。
僕の目先の悩みは、沢山ある。
大人が聞いたら「そんなちっぽけなことで悩むなんて贅沢だ。こちらの世界では、そんなことにイチイチ気を止めてられない。考えるだけ無駄だ 」とか言われそうだけど、僕にとっては大問題で、頭の痛いところでもあった。
「恒星、念のため確認だけどな…… 」
「はい 」
「お前はさ、数学と物理と化学を捨てたよな? 」
「…… 」
「俺はマジで悲しいぞ。もう何も教えてやる気も起きない 」
「村松先生の貴重な時間を、僕なんかのために申し訳ありません 」
「そう思うならさ、せめて一点でいいから、最初から赤点を回避してくれよ。頼むから 」
「はい。最大限、善処します 」
半袖から長袖シャツへの移行が完了した頃、僕は三度目の正直を迎えていた。といっても今回はテスト明けの補講ではなく、テスト前の一対一の事前補習だ。もちろん僕の授業出席率はパーフェクトに等しいわけだけど、理解度が十分かと聞かれたら かなり怪しい。いい加減に赤点を回避しないと、そろそろ進級にも関わってくるので、今回から村松先生が理系科目の事前対策をしてくれることになってしまった。
「つーかさ、お前さん、職員室で最近話題になってるけど、小テストの成績が絶好調なんだってな 」
「えっ……? 」
「漢字の書き取りから、英単語のテストまでほぼ満点らしいじゃないか。謎の大型転校生の御坂よりも、文系科目だけは成績がいいって、みんな感心としきりだぞ? 元々そんなに悪くもなかったけど、急にどうしたんだ? 」
「それは…… 」
僕はその答えに口ごもると、先生から 視線を逸らすしかなかった。
いま僕が一番二人きりになりたくない相手は誰かと聞かれたら、村松先生は間違いなくトップ3に入着だ。僕の担任にして、このまま行けば将来の義兄になる間柄だし、何だかんだでこの人には大量の弱味を握られている。ここは心を入れ替えて勉強をしています、というのが最適解なのだとは思うけど、生憎僕は素直にそう答えられるほど、人間が完成してはいない。
「せめて、比較的得意な部分だけでも、勉強はしておかないと、と思い始めました 」
「ほー それは、まあ御苦労さんなことで。でも進級用件は平均点じゃなくて、個々の科目の成績だからな 」
「それは、わかってます 」
先生は僕の返事にビクともせずに、数学の問題の正誤確認を続けていた。
先生は物理の先生だけど、数学の免許も持っているらしい。可能ならば僕と頭の中身を交換して欲しいくらい、羨ましい才能の持ち主だ。
「おっ、少しはベクトルの正当率が上がってきてるな。これなら途中式でも、加点が付きそうだ 」
「ありがとうございます 」
先生はそう言うと、僕にプリントを返却する。ペケだらけの答案には、一部に下線が引いてあって、途中のプロセスが評価されている。過程を評価してもらえるのは学生時代だけの特権だから、そこは素直に甘えるしかない。
「まあ、恒星の成績はバランスがめちゃくちゃ悪いけどさ…… 」
「はあ 」
「一部の科目だけでも、武器になるようなもんがあって良かったと思ってるよ。将来の選択肢も広がるだろうしな 」
「あの、それは先生は僕のことを生徒として心配してくれてるってことですか? 」
「……当たり前だろ。お前が卒業してニートになったりしたら、俺は監督不行き届きで婚約破棄にされかねないからな 」
「…… 」
いや、この期に及んでそれはないだろと思ったけど、そんな保証はどこにもないので、この場は黙りを決め込むしかない。
先生は僕の補習の建前に、真面目な顔をして不純な理由を並べていた。
僕の人生は僕のものだ。他の誰のものでもない。だけど社会の一員として生きていく以上、僕の人生は僕の周りの人のものでもある。僕はそれが十分にわかる年齢になっているのも、また事実だった。
「あの 」
「んっ? 」
「……決めたんです。大学行こうって 」
「ハイッ? 」
「そんなに驚きます? 」
「いや…… かなり唐突な宣言だったから。そうか、決心したのか。お義父さんとお義母さんには話をしたのか? 」
「まだです。まだ僕の心の中だけで、決めただけなんで 」
「そっか、まあ大学もピンからキリまであるけどな。そう決めたなら、俺は応援するからな。高みを目指して頑張れよ 」
「ちょっ、先生っ! もうちょい、深く質問はしてくれないんですか? 」
「はあ? 」
「いや、その、先生は僕の担任なんだから、学部とか上京するかとか、そういうのを確認したりしないんですか? 」
「そんなことを言われてもなあ…… 」
先生は僕のツッコミを飄々と交わすと、悪い顔をしていた。
「つーか、俺に進路相談をするなって言っただろ? 口を滑らせたら、お前の家族にあることないこと筒抜けになるんだぞ? 」
「別に。今更、そんなことは構いませんよ。どうせ、そのうち両親と姉にも言いますし、それに高校のうちは守秘義務を全うしてくれるんですよね? 」
「お前さん、変わり者だな。 じゃあ一応聞くけど、一体何学部に行きたいんだ? 」
「法学部です 」
「法学部ね…… って、法学部っッ!! 」
「はい。司法試験を目指すって決めました 」
「司法試験? って……あの、司法試験だよな?」
「そうです。弁護士を目指そうと思いまして 」
「オイオイ、ちょっと待て。俺の頭が大混乱だ。急に一体、どんな吹き回しで弁護士に辿り着いたんだ? 」
「深い理由はありません。ただ、僕に薬局を継ぐことは、現実的に困難だと思いました。それに僕を取り巻く環境で、それ相応の立場を得たいと思ったら、僕にはこれしかないと思っただけです。志があるとか、そういう訳ではありません 」
「そうか。まあ、私立の法学部なら英国社で受験は可能ではあるけど 」
「はい。司法予備試験をクリアすれば、親への負担も少しは減らすことが出来るので 」
「マジか…… 」
司法予備試験という単語を聞いて、さすがの先生も一気に顔色を真っ青にしていた。
「いくらなんでも、僕も冗談でそんなことは言いません。一応、色々調べてみました。もし希望が叶わなかったとしても、勉強したことは社会に出てからも役に立つと思いますし、チャレンジはしてみたいと思いました 」
「やっぱ、お前ら兄弟は肝の据わり方が違うな。っていうか、それは愛のパワーってやつか? 」
「えっッ? 」
「だって、それを決意したのは御坂のためだろ? 」
「イヤっ、そんな不純な動機で、そんな目標を立てる訳ないじゃないですかっッ 」
「そうか? 誰だって、最初のきっかけなんてそんなもんだと思うけど? 」
「いや、それはその…… 」
図星だった。
弁護士になりたいと思ったのは、完全に彼女の隣に堂々と立てる肩書きが欲しいから。その一択だった。
「ぶっちゃけ、御坂とはどこまで進展したんだ? 」
「ハアッっっ!? 何で、そんなことを僕が先生に報告しなきゃならないんですかっッ 」
「どうせ、恒星だって、俺と鞠子で変な妄想したりしてんだろ? お相子だろ 」
「はっ、破廉恥ですよっ? そんなことっッ、考えるわけないじゃないですかっッ 」
「アハハ、また意地を張っちゃって。俺が恒星の立場なら、あることないことメチャクチャ想像するけどな 」
先生は笑いながら遠回しに卑猥な発言を連発すると、面白可笑しく僕のことをからかった。
「で、どうなんだ? 本当に、何もないのかよ? 」
「それは…… その…… えっと、キスをされました 」
「キス…… って、ハッ? 」
先生はキスという単語を耳にするなり、前のめりになって、僕の方に身を乗り出した。やっぱりキスはハードルが高い。しかもそれをしたのでなくて、されたとなれば意味合いはだいぶ変わってくるに違いはなかった。
「なんだ。お前ら、思ってたよりも進展しまくりじゃないか? 」
「言っときますけど、されたのは頬にですよ。それもごく一瞬で、軽い感じで 」
「頬? 」
「だから、向こうの本心はよくわかりません 」
「それなら“ 頬・キス・イギリス ”とかで、ネットで意味を調べたらどうだ? 」
「それで分かれば苦労はしませんよ。大人の先生の経験談に、引き出しはありませんか? 」
「って、言われてもなあ。ちなみに、どんな状況でそんな感じになったのさ? 」
「それは、えっと…… 」
気付いた時には、開き直りの境地だった。
僕は藁をもすがるような気持ちで、詳細に事の全容を先生に話していた。僕はこのとき、先生が将来の義兄であることは忘れていたし、先生も僕が生徒であるという建前を失念していたのだと思う。
「ふーん。 それは確かに、どうしてそうなったのかは、良くわからないな。でもさ、幾つになっても、相手が考えていることなんて、わかったようでわからないもんだよ 」
「そんなもんなんですか? 」
「そうだよ。つーか、キスの意味を御坂に直接聞いてみればいいんじゃないか? 」
「そ、そんなこと、出来るわけないじゃないですか! 向こうがお礼の代わりみたいな感じでキスをしてきたなら、僕が変に意識をしているだけってことだし。第一、おかしな空気になりたくもないです 」
「恒星、お前さんはさ、関係性の変化を恐れてるんじゃないか? 」
「えっ? 」
「意向の確認って、勇気を出さないと出来ないもんだと思うけどな。御坂はサインをくれてるんじゃないの? 」
「それは…… 」
先生は正論だと思う。
だけど、少なくとも姉貴の気持ちを受諾した先生は、意向の確認はしていない。それまでの先生の恋愛事情がどんなものなのかは、僕にはわかりかねる。だけど難攻不落の未成年との禁断の関係性は、姉貴がアタックして始まっているのだから、勇気を出せと言われても、すんなり納得できるものでもない。
「先生は、いいですよね 」
「んっ? 急に何の話だ? 」
「先生は、アレの何が良かったんですか? やっぱり積極性ですか? 」
「ハア? 積極性? 」
「えっ? 」
聞いていた話と、何かが噛み合わない。
姉貴は自分が先に先生のことを好きになったと言っていたから、てっきり姉貴が告白したのかと思っていたけど、どうやらこの感じはその限りではないってことだろうか?
「鞠子は、メチャクチャ分かりにくかったけどな。思わせ振りを仕掛けといて、何かあると俺のことを突っぱねる。意向の確認もクソもなかったよな。こっちはクビをかけた、一か八かの大勝負だったし 」
「えっ、じゃあ、まさか先生が…… 」
「ああ。俺は残念ながら、倫理観ゼロな不良教師なもんでな。アイツには普通に俺の気持ちを伝えたよ。でもまあ、確認はしてみるもんだよな。向こうは人気者だから、約束はしとかないと若僧たちに取られちゃってただろうし。でもまあ、いま冷静に考えたらヤバイよな。アイツにその気がなかったら、俺は今頃通報されて、失職してただろうし 」
「えっ? ちょっ、姉から聞いてた話と違うんですけどっ 」
僕は思わず噎せ返ると、先生の表情を確認していた。相思相愛ではあったんだろうけど、まさか先生の方が先に動くだなんて、度胸もさることながら、男の中の男過ぎるだろっッ。
「いったいお前さんが、鞠子から何を聞いてたのかは知らないけどさ。お前さんは、弟だろ? 生まれたときから一緒にいるんだから、魅力はお前さんの方がよく知ってんじゃないの? 」
「なっ…… 」
「俺は鞠子のこと、全部好きだよ。こっちは一応立場もあるから、スゲー苦労して俺のものにしたんだ。悪いけど今さら返却はしてやんないよ。じゃあ、今日の補習はこれで終わりな 」
先生はそう言うと、再び悪い表情を浮かべて、逃げるように席を立つ。一応、補習という体ではあったけど、そんなことはどうでもよくて、僕はもっと先生の武勇伝を聞きたくなっていた。
「先生っ、ちょっ、待ってくださいっッ 」
「おっと、いっけね。恒星に一つだけ義兄さんからのアドバイスをやるよ 」
「へっ? アドバイス? 」
「恒星、答えを出すのを躊躇うなよ 」
「えっ? 」
「曖昧なままにしておいた方がいいこともあるけどさ。お前は、御坂と一緒にいたいんだろ? 」
「それは…… 」
「理系のヤツの脳ミソはな、答えは一つしか求めてないんだよ。そういう意味じゃ、俺と鞠子は気があったのかもな。じゃーな 」
先生はそう言い残すと、教室から出ていってしまった。
恋に中途半端は厳禁だ。
周りを巻き込み味方につけて、禁断の恋を成就させた者の言葉は重い。
僕は、そう思った。
一筋縄ではいかない。
それが人生と言うもので、その悩みは生涯尽きることはないのだと、誰かが言っていた。
僕の目先の悩みは、沢山ある。
大人が聞いたら「そんなちっぽけなことで悩むなんて贅沢だ。こちらの世界では、そんなことにイチイチ気を止めてられない。考えるだけ無駄だ 」とか言われそうだけど、僕にとっては大問題で、頭の痛いところでもあった。
「恒星、念のため確認だけどな…… 」
「はい 」
「お前はさ、数学と物理と化学を捨てたよな? 」
「…… 」
「俺はマジで悲しいぞ。もう何も教えてやる気も起きない 」
「村松先生の貴重な時間を、僕なんかのために申し訳ありません 」
「そう思うならさ、せめて一点でいいから、最初から赤点を回避してくれよ。頼むから 」
「はい。最大限、善処します 」
半袖から長袖シャツへの移行が完了した頃、僕は三度目の正直を迎えていた。といっても今回はテスト明けの補講ではなく、テスト前の一対一の事前補習だ。もちろん僕の授業出席率はパーフェクトに等しいわけだけど、理解度が十分かと聞かれたら かなり怪しい。いい加減に赤点を回避しないと、そろそろ進級にも関わってくるので、今回から村松先生が理系科目の事前対策をしてくれることになってしまった。
「つーかさ、お前さん、職員室で最近話題になってるけど、小テストの成績が絶好調なんだってな 」
「えっ……? 」
「漢字の書き取りから、英単語のテストまでほぼ満点らしいじゃないか。謎の大型転校生の御坂よりも、文系科目だけは成績がいいって、みんな感心としきりだぞ? 元々そんなに悪くもなかったけど、急にどうしたんだ? 」
「それは…… 」
僕はその答えに口ごもると、先生から 視線を逸らすしかなかった。
いま僕が一番二人きりになりたくない相手は誰かと聞かれたら、村松先生は間違いなくトップ3に入着だ。僕の担任にして、このまま行けば将来の義兄になる間柄だし、何だかんだでこの人には大量の弱味を握られている。ここは心を入れ替えて勉強をしています、というのが最適解なのだとは思うけど、生憎僕は素直にそう答えられるほど、人間が完成してはいない。
「せめて、比較的得意な部分だけでも、勉強はしておかないと、と思い始めました 」
「ほー それは、まあ御苦労さんなことで。でも進級用件は平均点じゃなくて、個々の科目の成績だからな 」
「それは、わかってます 」
先生は僕の返事にビクともせずに、数学の問題の正誤確認を続けていた。
先生は物理の先生だけど、数学の免許も持っているらしい。可能ならば僕と頭の中身を交換して欲しいくらい、羨ましい才能の持ち主だ。
「おっ、少しはベクトルの正当率が上がってきてるな。これなら途中式でも、加点が付きそうだ 」
「ありがとうございます 」
先生はそう言うと、僕にプリントを返却する。ペケだらけの答案には、一部に下線が引いてあって、途中のプロセスが評価されている。過程を評価してもらえるのは学生時代だけの特権だから、そこは素直に甘えるしかない。
「まあ、恒星の成績はバランスがめちゃくちゃ悪いけどさ…… 」
「はあ 」
「一部の科目だけでも、武器になるようなもんがあって良かったと思ってるよ。将来の選択肢も広がるだろうしな 」
「あの、それは先生は僕のことを生徒として心配してくれてるってことですか? 」
「……当たり前だろ。お前が卒業してニートになったりしたら、俺は監督不行き届きで婚約破棄にされかねないからな 」
「…… 」
いや、この期に及んでそれはないだろと思ったけど、そんな保証はどこにもないので、この場は黙りを決め込むしかない。
先生は僕の補習の建前に、真面目な顔をして不純な理由を並べていた。
僕の人生は僕のものだ。他の誰のものでもない。だけど社会の一員として生きていく以上、僕の人生は僕の周りの人のものでもある。僕はそれが十分にわかる年齢になっているのも、また事実だった。
「あの 」
「んっ? 」
「……決めたんです。大学行こうって 」
「ハイッ? 」
「そんなに驚きます? 」
「いや…… かなり唐突な宣言だったから。そうか、決心したのか。お義父さんとお義母さんには話をしたのか? 」
「まだです。まだ僕の心の中だけで、決めただけなんで 」
「そっか、まあ大学もピンからキリまであるけどな。そう決めたなら、俺は応援するからな。高みを目指して頑張れよ 」
「ちょっ、先生っ! もうちょい、深く質問はしてくれないんですか? 」
「はあ? 」
「いや、その、先生は僕の担任なんだから、学部とか上京するかとか、そういうのを確認したりしないんですか? 」
「そんなことを言われてもなあ…… 」
先生は僕のツッコミを飄々と交わすと、悪い顔をしていた。
「つーか、俺に進路相談をするなって言っただろ? 口を滑らせたら、お前の家族にあることないこと筒抜けになるんだぞ? 」
「別に。今更、そんなことは構いませんよ。どうせ、そのうち両親と姉にも言いますし、それに高校のうちは守秘義務を全うしてくれるんですよね? 」
「お前さん、変わり者だな。 じゃあ一応聞くけど、一体何学部に行きたいんだ? 」
「法学部です 」
「法学部ね…… って、法学部っッ!! 」
「はい。司法試験を目指すって決めました 」
「司法試験? って……あの、司法試験だよな?」
「そうです。弁護士を目指そうと思いまして 」
「オイオイ、ちょっと待て。俺の頭が大混乱だ。急に一体、どんな吹き回しで弁護士に辿り着いたんだ? 」
「深い理由はありません。ただ、僕に薬局を継ぐことは、現実的に困難だと思いました。それに僕を取り巻く環境で、それ相応の立場を得たいと思ったら、僕にはこれしかないと思っただけです。志があるとか、そういう訳ではありません 」
「そうか。まあ、私立の法学部なら英国社で受験は可能ではあるけど 」
「はい。司法予備試験をクリアすれば、親への負担も少しは減らすことが出来るので 」
「マジか…… 」
司法予備試験という単語を聞いて、さすがの先生も一気に顔色を真っ青にしていた。
「いくらなんでも、僕も冗談でそんなことは言いません。一応、色々調べてみました。もし希望が叶わなかったとしても、勉強したことは社会に出てからも役に立つと思いますし、チャレンジはしてみたいと思いました 」
「やっぱ、お前ら兄弟は肝の据わり方が違うな。っていうか、それは愛のパワーってやつか? 」
「えっッ? 」
「だって、それを決意したのは御坂のためだろ? 」
「イヤっ、そんな不純な動機で、そんな目標を立てる訳ないじゃないですかっッ 」
「そうか? 誰だって、最初のきっかけなんてそんなもんだと思うけど? 」
「いや、それはその…… 」
図星だった。
弁護士になりたいと思ったのは、完全に彼女の隣に堂々と立てる肩書きが欲しいから。その一択だった。
「ぶっちゃけ、御坂とはどこまで進展したんだ? 」
「ハアッっっ!? 何で、そんなことを僕が先生に報告しなきゃならないんですかっッ 」
「どうせ、恒星だって、俺と鞠子で変な妄想したりしてんだろ? お相子だろ 」
「はっ、破廉恥ですよっ? そんなことっッ、考えるわけないじゃないですかっッ 」
「アハハ、また意地を張っちゃって。俺が恒星の立場なら、あることないことメチャクチャ想像するけどな 」
先生は笑いながら遠回しに卑猥な発言を連発すると、面白可笑しく僕のことをからかった。
「で、どうなんだ? 本当に、何もないのかよ? 」
「それは…… その…… えっと、キスをされました 」
「キス…… って、ハッ? 」
先生はキスという単語を耳にするなり、前のめりになって、僕の方に身を乗り出した。やっぱりキスはハードルが高い。しかもそれをしたのでなくて、されたとなれば意味合いはだいぶ変わってくるに違いはなかった。
「なんだ。お前ら、思ってたよりも進展しまくりじゃないか? 」
「言っときますけど、されたのは頬にですよ。それもごく一瞬で、軽い感じで 」
「頬? 」
「だから、向こうの本心はよくわかりません 」
「それなら“ 頬・キス・イギリス ”とかで、ネットで意味を調べたらどうだ? 」
「それで分かれば苦労はしませんよ。大人の先生の経験談に、引き出しはありませんか? 」
「って、言われてもなあ。ちなみに、どんな状況でそんな感じになったのさ? 」
「それは、えっと…… 」
気付いた時には、開き直りの境地だった。
僕は藁をもすがるような気持ちで、詳細に事の全容を先生に話していた。僕はこのとき、先生が将来の義兄であることは忘れていたし、先生も僕が生徒であるという建前を失念していたのだと思う。
「ふーん。 それは確かに、どうしてそうなったのかは、良くわからないな。でもさ、幾つになっても、相手が考えていることなんて、わかったようでわからないもんだよ 」
「そんなもんなんですか? 」
「そうだよ。つーか、キスの意味を御坂に直接聞いてみればいいんじゃないか? 」
「そ、そんなこと、出来るわけないじゃないですか! 向こうがお礼の代わりみたいな感じでキスをしてきたなら、僕が変に意識をしているだけってことだし。第一、おかしな空気になりたくもないです 」
「恒星、お前さんはさ、関係性の変化を恐れてるんじゃないか? 」
「えっ? 」
「意向の確認って、勇気を出さないと出来ないもんだと思うけどな。御坂はサインをくれてるんじゃないの? 」
「それは…… 」
先生は正論だと思う。
だけど、少なくとも姉貴の気持ちを受諾した先生は、意向の確認はしていない。それまでの先生の恋愛事情がどんなものなのかは、僕にはわかりかねる。だけど難攻不落の未成年との禁断の関係性は、姉貴がアタックして始まっているのだから、勇気を出せと言われても、すんなり納得できるものでもない。
「先生は、いいですよね 」
「んっ? 急に何の話だ? 」
「先生は、アレの何が良かったんですか? やっぱり積極性ですか? 」
「ハア? 積極性? 」
「えっ? 」
聞いていた話と、何かが噛み合わない。
姉貴は自分が先に先生のことを好きになったと言っていたから、てっきり姉貴が告白したのかと思っていたけど、どうやらこの感じはその限りではないってことだろうか?
「鞠子は、メチャクチャ分かりにくかったけどな。思わせ振りを仕掛けといて、何かあると俺のことを突っぱねる。意向の確認もクソもなかったよな。こっちはクビをかけた、一か八かの大勝負だったし 」
「えっ、じゃあ、まさか先生が…… 」
「ああ。俺は残念ながら、倫理観ゼロな不良教師なもんでな。アイツには普通に俺の気持ちを伝えたよ。でもまあ、確認はしてみるもんだよな。向こうは人気者だから、約束はしとかないと若僧たちに取られちゃってただろうし。でもまあ、いま冷静に考えたらヤバイよな。アイツにその気がなかったら、俺は今頃通報されて、失職してただろうし 」
「えっ? ちょっ、姉から聞いてた話と違うんですけどっ 」
僕は思わず噎せ返ると、先生の表情を確認していた。相思相愛ではあったんだろうけど、まさか先生の方が先に動くだなんて、度胸もさることながら、男の中の男過ぎるだろっッ。
「いったいお前さんが、鞠子から何を聞いてたのかは知らないけどさ。お前さんは、弟だろ? 生まれたときから一緒にいるんだから、魅力はお前さんの方がよく知ってんじゃないの? 」
「なっ…… 」
「俺は鞠子のこと、全部好きだよ。こっちは一応立場もあるから、スゲー苦労して俺のものにしたんだ。悪いけど今さら返却はしてやんないよ。じゃあ、今日の補習はこれで終わりな 」
先生はそう言うと、再び悪い表情を浮かべて、逃げるように席を立つ。一応、補習という体ではあったけど、そんなことはどうでもよくて、僕はもっと先生の武勇伝を聞きたくなっていた。
「先生っ、ちょっ、待ってくださいっッ 」
「おっと、いっけね。恒星に一つだけ義兄さんからのアドバイスをやるよ 」
「へっ? アドバイス? 」
「恒星、答えを出すのを躊躇うなよ 」
「えっ? 」
「曖昧なままにしておいた方がいいこともあるけどさ。お前は、御坂と一緒にいたいんだろ? 」
「それは…… 」
「理系のヤツの脳ミソはな、答えは一つしか求めてないんだよ。そういう意味じゃ、俺と鞠子は気があったのかもな。じゃーな 」
先生はそう言い残すと、教室から出ていってしまった。
恋に中途半端は厳禁だ。
周りを巻き込み味方につけて、禁断の恋を成就させた者の言葉は重い。
僕は、そう思った。
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