【完結】マーガレット・アン・バルクレーの涙

高城蓉理

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神は僕に決断させた

神は彼女の秘密を公にした②

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■■■■■


 今までの人生のなかで、僕は沢山の後悔をしてきた。

 そして、目下の未練はただ一つ。
 彼女と少しの間だけ、口を利かなかったことだ。
 僕はこの時、少しだけ油断をしていた。
 彼女に赦された最初で最後の自由時間を、過信していたのだ。

 彼女は医者だ。
 年齢は若いけど、その手と頭脳は沢山の命を救う可能性を秘めている。
 その特別は万人のものであって、僕が個人で独占するようなことは許されない。

 彼女はいずれ、彼女がいるべき場所に戻る。
 彼女は求められている。
 彼女の力は必要とされているのだ。

 僕はその大事な事実を、十分に理解していた。
 だからこそ、僕は本能的に自分の気持ちを伝えるのを躊躇っていたのかもしれない。
 きっとそれが、僕が潜在的に選んだ答えだったのだ。


◆◆◆




 僕は匡輔にシャツの袖を摘ままれながら、弓道場へ向かって歩いていた。
 まさか 匡輔&椿夫妻に、ここまで僕らのいざこざに介入される日が来るとは思ってはいなかった。まあ、匡輔にバレバレな時点で、椿と繋がってしまうのは仕方がないことなので、半ば諦めるしかない。

「失礼します 」

「来たね。座ったら? 」

「ああ 」

 射場に向かうと、弓道場では椿が床に正座をして僕らの到着を待ち構えていた。
 最初から匡輔と椿で僕を説得するつもりなら、あんな段取りを組んだ小芝居なんてしなければいいのに、おそらく彼女に気を使ってくれたのだろう。

「もしかして、匡輔と図ったの? 」

「まあね。じゃないと、恒星は私のことからも逃げそうだったし 」

「…… 」

 椿の指摘は、完全に図星だった。
 弓道場は片付けなんて必要がないくらい、いつも通りに整理整頓がされていた。
 彼女がどんなふうに椿に相談したのかは、まるでわからない。だけど匡輔から説得工作をされるのだから、椿は粗方の事情を把握しているのだろうと思った。


「匡輔は、恒星に何て言ったの? 」

「素直になれ、ちゃんと伝えろって言ったけど? 」

「そう、コホコホ。でも、私からすれば同じことを、匡輔には言ってやりたいけどねぇ 」

「ちなみにそれは、僕も代弁しておいた 」

「そう、それはありがと。コホコホ 」

 椿も僕と同じ感想でチクリと匡輔を突つくと、時折咳払いをしていた。
 匡輔は僕と椿の視線が痛かったのか、急に顔を赤らめて不貞腐れている。だけど今日に限っては、僕はこれ以上匡輔に強く出られる分際ではない。

「ちなみに、麻愛が恒星のことをどう思っているか聞くのはナシね 」

「流石にそれは…… 怖くて聞けない 」

「まあ、それもそっか。そもそもそんな度胸があればこんなに拗れないだろうし、ぶっちゃけ恒星だって、薄々は気付いているとは思うけど 」

「それは…… 」

 僕は椿の指摘を思わず黙認した。
 そうなのだ。悔しいくらいに椿や匡輔の言う通りで、僕には弁明の余地など微塵もなかった。

「あのさ、椿。ひとつ聞きたいことがあるんだけどさ 」

「何? 」

「かんざしってあるじゃん? 」

「かんざし? 」

「あれってさ、女子にとって何か特別なものなの? 」

「なるほどね…… オホン 」

 椿は何かに納得したのか喉の調子を整えると、大きく息をついていた。 文化祭近辺は立て込んでいたのもあるのか、椿は体調不良から回復はしていないらしい。

「謎は全部解けたような気がする。かんざしの話は、麻愛からは聞いてはなかったけど。もしかして麻愛が夏祭りで髪に挿してたやつって、恒星がプレゼントしたの? 」

「ああ。麻愛が欲しがってて、誕生日近かったから…… 」

「そっか。それで麻愛は、何て言ってた? 」

「えっ? 普通に、ありがとうって言ってくれたけど。でも、何かそれから変なんだよね 」

「そうだろうねぇ。コホコホ 」

「かんざしくれたのに、って枕詞でやたら責められるんだよ。僕、何か変なことしちゃったのかな? 」

「……恒星は国語便覧を読み直して、日本の風習から勉強をし直さないとね 」

「ハア? 」

「麻愛は現代におけるかんざしの意味をちょっと勘違いをしてるかもしれないけど。恒星の気持ちが嬉しかったんだと思うよ 」

「……? 」

 かんざしって、そんなに意味を持つ贈り物だったのだろうか? ヤバいかもしれない。何も知らないで、普通にプレゼントをしてしまった…… 
 でもまあ、今はそれは些細な問題だ。後でゆっくりグーグル先生に訊ねてみる他ない。

「大丈夫だよ。恒星、自信を持ちなよ。恒星の気持ちは、一方通行じゃないから 」

「何で、そんなことが断言できるんだよ? 」

「麻愛のこと…… 何か事情かあるのは、私も匡輔も何となくはわかってる 」

「えっ? 」

「流石に、麻愛が少しだけ特別な存在なのは、私たちにもわかるよ。だって麻愛は最初は漢字とか殆ど書けなかったのに、あっという間に古文も漢文さらさら読めるようになっちゃったし、私たちとは次元が違うくらい頭良いじゃん。きっと母国であるイギリスでは、もっとその頭脳は発揮されてたんじゃないかって思うよ。それに、恒星は麻愛が来てから、常に麻愛を優先してる。恋愛感情とかそれ以前に、まるで保護者のように麻愛のことを大切にして見守ってる 」

「それは…… 」

「恒星は優しいから、踏み出せないこともあると思う。でもさ、私が麻愛の立場なら、きっと恒星のこと好きになってると思うよ 」

「へっ? 」

「好きにならない理由を探す方が難しい。恒星の好きは、たぶん麻愛には十分に伝わってるから。恒星のハッキリしない態度に、麻愛にはショックだったんじゃない…… のかな? 」

「そうかな?  」

 椿は、彼女の答えを教えてくれたも同然だった。
 そして僕もそれは十分にわかっているのに、確信の欠片を広い集めるようなことをして、申し訳ないと思っていた。
 僕は臆病者だから、自分から踏み出すことなんて出来ないと思っていた。
 でも…… 腹を括る。
 そうしなければ状況は打破できない。
 僕は、そう思った。

「ありがとう椿。僕もちゃんと麻愛と話をする。きちんと気持ちを明確にしようと思う 」

「うん…… 頑張って…… ね…… 」

「ありがとう。って、椿……? 」



 ガタンガタンっッ

 大きな音が鳴り響き、急に鉛の球が床に打ち付けれたのかと思うような衝撃波を感じていた。 
 僕が次に椿の姿を確認したときには、床に倒れた状態になっていた。僕と匡輔は慌てて椿に駆け寄って名前を呼んでみるも、反応はまるでない。

「椿…… 椿、大丈夫か? 」

「……うっっ 」

 椿は微かにうめき声を上げながらその場で踞っていて、胸の辺りを押さえている。髪の毛が顔を覆っていて表情を確認することは出来ないけれど、その身体は明らかに痙攣していて、尋常ではない様子で唸っていた。


 ……非常に危険な状態が、椿の身体に襲いかかっている。
 僕は本能的に、そのアクシデントを確信していたのだ。








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