ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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フォーエバーフォールインラブ

コトの裏側②

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◆◆◆

 吉岡は息を切らしながら、神楽坂の街を駆け回っていた。この街の坂が、こんなに鬱陶しく感じたことはない。暦の上ではもう秋なのだが、まだまだ日中は暑い。日はとうに沈んでいるが、夜になっても走ればまだ汗が噴き出してきそうだった。
 吉岡はキョロキョロと辺りを見回すと、スマホの中の写真と目の前の風景を照らし合わせた。あの店を斜めからとるなら、どこから隠し撮りをしたのだろうか。そもそもこんな写真を送り付けてアイツの目的は何なんだ?

 吉岡は苛立つ気持ちに蓋をするように、その写真と思われるの向かい側の建物へと近づいた。電柱の陰に身を潜める彼女は、いつもとは違うアース系の服に身を包み涼しい表情をしていた。瞳孔鋭い眼差し以外は、すっかり街に溶け込んでいるようにも見える。

「何のつもりだよ、さっきの写真…… 」

 吉岡は乱れた呼吸を整えながら、天敵であるメールの送り主に刺々しく声をかけた。彼女は不適な笑みを作ると、吉岡と目を会わせることなく小型カメラを構えていた。

「あら、私は親切で教えてあげたのよ。あんなボヤけた写真だけでここまで来るなんて、流石に元記者なだけあるね。腕は鈍ってないみたいで何よりだわ 」

「なにが親切だ。一部の人間しか知らないような漫画家をつけ回して、そんな記事が誰のメリットになる? 」

 この女は本当に性格が悪い。
 人のプライベートを覗き見て、あることないことでっち上げて名声を手にしている。しかも今回はわざわざ自分なんかに写真を送り付けて、彼女の意図することが見えてこない。

「人々は刺激を求めてる。それに写真一枚で、その人の運命を左右することができるのよ。こんなにスリリングで面白いことは 世の中にはないわ。それに名声は奪ってこそ、より価値が生まれるのよ 」

「…… 」

 吉岡は それ以上は言葉が出てこなかった。
 この女の発想はおかしい。どうかしていると言っても過言ではない。自分も記者であったときは、同じ思考をしていたのだろうか……
 吉岡は若干の吐き気を覚えながらも、策を考えていた。
 自分は男だ。
 だから力ずくで彼女を止めることは、簡単かもしれない。でも それが有効でないことは理解できる。おそらく彼女は何重にも保険を掛けて この現場を押さえているし、怪我でもさせたら どんな仕打ちがあるかも計り知れない。しかも彼女はそれを自分に目撃させることも含めて、負のエンターテイメントを楽しもうとしている。こちらに落ち度はないのに、これでは揺すられているようなものではないか。

「……そろそろかしら 」

「…… 」

 小暮はチラリと時計を気にすると、誰かに連絡を取り始めた。
 吉岡は自分の鼓動が早くなっていくのを自覚していた。編集者としても個人的も見たくない光景を、この目でこれから見なくてはならない。精神的ダメージに果たして自分は耐えられるのだろうか……
 吉岡は溜め息をつきながら、横目で小暮の表情を確認した。彼女の瞳は 恐ろしく感じるほどに 輝いているように見えた。そしてそんな彼女の姿が昔の自分とダブって、胸が押し潰されそうな感覚に陥った。

 小暮の読みは見事だった。
 暫くすると店のドアがガラリと開き、中から店員と男女二人が出てきた。店の中にも仲間がいるのかはわからないが、彼女の推察は感心するほどに的確なタイミングだった。

 吉岡は食い入るように、朱美の会食相手を確認した。マスクに帽子の徹底ガードが逆に異質に見える。だけどそのオーラは 上っ面では隠しきれないものに満ちていた。ボヤけた写真ではよくわからなかった朱美のツレは、最近宣材写真でよく目にしている中野葵であるように見えた……
 二人は適度な距離を持って、何やら親しげに話をしている。何だかんだで朱美もキチンとすれば、裏方であるのが勿体無いくらいにはチャーミングだ。そして…… その二人の姿はとてもお似合いにも見えた。

「吉岡くん、そんな顔するんだね。そうよね、ショックよね。大事な先生が他の男と付き合ってたなんて 」

「…… 」

 吉岡は黙っていた。
 今、自分が飛び出していけば、この瞬間の盗撮は阻止できるかもしれない。だけど既に押さえられた写真もあるだろうし、もし彼女が中野に心を寄せているのであればきっと自分は二重に彼女を傷つけることになる。冷静でない自分の精神状態では、完全に八方塞がりだった。

「おまえ、いくら欲しいんだ…… どうせ今この瞬間も、どこかで仲間が撮ってるんだろ? 」

「あら、もしかして買収する気? 」

「当たり前だ。こっちはアニメ化控えてるところなんだぞ。中野葵は人気があるし、今回の主演声優みたいなものだ。そういう写真がでたら困るんだよ 」

 吉岡は拳をぎゅっと握りしめていた。そんな吉岡の様子を嘲笑うかのように、小暮は余裕綽々といった雰囲気を醸し出していた。 

「百万…… 」

「はっっッ……? 」

 吉岡は思わず声をあらげていた。現実的な金額でない辺りが厄介だ。つまり彼女は金以上の物を要求している。想定の範囲内ではあったが、彼女の目的が見えてこなかった。 

「聞こえなかった? 百万よ、一本でいいわ 」

「おまえ、何を言ってるの? だいたい二人が交際してるかだって、わからないだろ? 適当な情報を流すのは…… 」

「付き合ってるか否かは、それは重要なことじゃないわ。吉岡くんも、それは分かってるでしょ? でも二人きりで会っていた事実に勝るものはないわ。偽りなんて、簡単に真実になる 」

「…… 」

 吉岡は声も出なかった。
 こんなやつに書くことを、発表する場所を与えてはいけない…… 
 吉岡は本能的に、そう思った。


「……私は欲しいものは、力ずくでも手にいれるの 」

「はあ? おまえは、何を言って…… 」

「吉岡くんが、うちに来てくれたら写真のデータは消すわ 」

「はあ? 」

 そんなことを言うために、わざわざ俺を呼び出したのか?しかも心理的に追い込むような形で……

「まあ、会社辞めるのも承諾してもらうのに時間が掛かるだろうから期限は二週間。そこまでは待ってあげる 」

「なっ…… 」

「手の届かない女に、この先もパシリみたいにして使われ続けるのか、自分の才能を生かしてこっちの世界に戻ってくるのか、よく考えるといいわ。いい返事を期待してる…… 」

 小暮はそう言い残すと、吉岡の肩にポンと手を置き、嫌な笑顔を浮かべると ゆっくりとその場を去っていった。吉岡は最後まで 小暮と目を合わせようとはしなかった。

 ふと目の前の状況を見ると、朱美と中野はその場で手を振り 反対方向へと別れて行くところだった。
 あの二人の関係は自分にはわからない。
 少なくともいまの時点では、恋人同士であるようには見えない。けれども今後もそうならないとは言い切れないような気もした。それに朱美の悩みを 中野ならば包容して支えてやれるのかもしれない。

 溜め息が止まらなかった。
 吉岡はポケットに手を突っ込むと、ボイスレコーダーの電源をオフにするのだった。


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