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出発!年末進行!!
さあ!布陣は最強だ!
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■■■
物事を新しく始めるとき、ぶっつけ本番というシチュエーションはあまりない。
大抵の場合は打ち合わせをして、参加者の意向を擦り合わせるのが通常だ。
もちろんその通例は、テレビの世界でも変わりはない。但し二十四時間稼働している放送局では、全員が集まれるタイミングというのはデータイムだけとは限らなかったりもする。
「御堂ちゃん、ごめんね。遅くなって…… 」
「いえ、里岡さんこそ、お忙しい中すみません。しかもこんな真夜中に 」
「いやいや、俺はそんなに詰まってないし、どっちにしろ編集で年末は関東放送に住んでるようなものだから 」
「ちょっ、住んでるって…… そんなこと続けてたら、そのうち体を壊しますよ 」
「あはは。別に今さら そんなことは気にしちゃないよ。それにたまに着替えは取りに家には帰ってるし。俺らみたいな人間は、椅子が二個あれば、どこでも熟睡出来る体になってるからな 」
「ちょっ、私は真面目に心配してるんですけどっッ…… 」
茜は鬼気迫る表情を浮かべながら、里岡に少し強めに声をかける。だけど里岡はそんな茜の心配を他所に、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていて全く相手にする様子はなかった。
ここは赤坂に鎮座する関東放送のちょっとしたデットスペースで、通路に椅子とテーブルが置いてあるようなオープンスペースだった。
今回の年越し台湾ロケは急遽決まった企画だ。だから昼間にゆっくり参加スタッフで集まってミーティングを設定するようなスケジュールの余裕はなく、こうして茜の当直の隙間時間に里岡が報道部に出向くことで一件落着となっていた。といっても、里岡は年末年始の特番の準備で殆ど局に泊まり込みのようで、深夜に駆り出されること自体はそれほど苦にはしていない様子だ。
「えっと、これが企画書ね。手書きのところもあって、ちょっと読みづらいかもしれないけど 」
「わかりました 」
茜は企画書というには分厚過ぎる レジュメに目を通しながら、耳は里岡の説明に傾ける。気になるのはタイムスケジュールではあったが、取材をするのは 一日から三日の三が日、大晦日は年越しの生中継だけが出番のようだった。
「今回の年越し中継は、俺と峯岸さんともう一人APが来ることになってるから 」
「わかりました。心強いです。あの、もう一人のAPさんって? 」
「ああ、年末年始の生中継だからね。念のため社員にも来てもらうんだよ。急なことだったから、俺の知り合いの地上波のスタッフに逆オファーしたんだけど、断られなくて助かったよ。っていっても、BSのAPが人手不足ってのが本音だったみたいで、まあタイミングが良かったんだけどな 」
「はあ 」
「そいつも、もうすぐ来るはずなんだけど、ちょっと待っててもらってもいいかな? 」
「それは構いませんけど…… まさかこんな真夜中に呼び出したんですか? 」
「いや、さすがに俺もそんな酷いことはしないわ。そいつは昔俺が面倒見てた局員なんだけど、今は早朝番組を担当してるから、どちらにせよ、いつも入りは二時過ぎらしいし。ちょっと早出勤をさせる形になっちゃうもんで、遅れてるんだろうな。もうすぐ来るとは思うんだけど…… 」
里岡はそう言うと、腕時計に目をやり時間を確認する。長年放送業に従事していると秒単位の生活に嫌気がさして、体内時計と壁時計でタイムマネジメントをする業界人もいるのだが、どうやら里岡はその少数派ではないようだ。
今回帯同してくれるAPがどんな人かは知らないが、苦手な人でなければそれでいい。ただ数日間一緒に仕事をする間柄ともなれば 顔合わせくらいはしておきたいから、それは丁度良かったと言えるだろう。
「俺たちは悪いけど 三十日の昼に現地入りするから。年末はいろいろ入り用があってね。御堂ちゃんは 年末は少しまとまって休みがあるって迫田部長から聞いてるけど。もし台北でバカンスしたかったら、宿代は自腹だけど 先に台湾入りしていいからね 」
「いえ、あの、私は別に…… 」
茜は里岡の有難い申し出をやんわりと断ると、作り笑いを浮かべた。何より先に台湾入りしたところで、面白いことなど何もない。観光自体は楽しいだろうが、言葉は不安だし 一人ではつまらない。茜も長年の昼夜逆転生活で 大抵のことは御一人様で楽しめる体質にはなってはいるが、海外旅行をアローンで挑むのは少しハードルが高いように感じていた。
「御堂ちゃんも、たまには息抜きも大事だと思うよ。だいたいロケでは食ってばっかりで、全然台北の観光名所とか行ったことないだろ? 」
「ええ、まあ…… そうですけど 」
「少し名所を巡ってみると、番組にも生きると思うけどな 」
「はあ…… 」
確かに里岡の言うことも一理あるかもしれない。もう台湾ロケは半年近くやっているが、あの土地のことを自分がどのくらい理解しているかはまだまだ未知数だ。その土地をもっと詳しく知れば、言葉の深みは確実に増す。これは逆にチャンスかもしれないと、茜は感じていた。
茜がウーンと熟考していると、里岡が急に「おっ! 」っと声をあげる。茜がその声につられ後ろを振り向くと、そこにはよく見知った人間の姿があった。
「失礼します、遅くなりました 」
「えっ…… あっ、綾瀬? 」
茜は少し上ずったような声を出し、その名前を口にした。
そこには先日、年甲斐もなくやりあってしまった、隠れ熱血な綾瀬の姿があった。
「何だ、二人は知り合いなのか? 」
「はい、私たちは一応 同期なんで…… 」
「へー。じゃあ、変な気負いもなくやりやすいだろ。じゃあ、ざっくりと説明するから 」
「えっ、はい、まあ…… 」
やりやすいか、否かと問われたら……
正直返答には困るラインではある。気は使わないけれど、衝突するリスクはある。本音でぶつかれてしまう分、意見が拗れた場合は逆に暴発する危険がある。おそらく世界中の各所で同期という関係性はそんなものだと思うけれど、出来ることならば穏便に話しは済ませたいところだ。
「ところで 綾瀬は台北には行ったことある? 」
「はい、一応 」
「へー。それは観光か何か? 」
「ええ。といってもツレの仕事の関係で二泊三日の弾丸でしたけど 」
「俺らの取材も毎回そんなような日程だけど、意外と巡れるものだよな。まあ、それなら話は早いな 」
里岡は少し安心したような素振りを見せると、レジュメの内容の説明を続ける。
今回の大晦日の出先は淡水だそうで、ここは台北港に程近い海沿いのおしゃれスポットとして若者を中心に人気の街だ。そしてそこで上がるニューイヤー花火をバックにして、茜がそれを紹介するという流れで中継を繋ぐらしい。ちなみに日本と台湾には一時間の時差があるので、日本時間の夜中の一時、現地時間の零時頃に衛星中継を繋ぐことになる。
「まあ、OAは節約を兼ねて簡易中継システムを使うから、画質はそんなにいいもんじゃない。まあ、中身で勝負ってやつだな 」
「はあ 」
「だから今回も低予算は変わらない。メイクとかは付かないから、衣装と化粧は自前で頼む 」
「……了解しました 」
茜は元々ヘアメイクを自分でも手入れしやすいようにボブヘアーにしているので、その辺りは問題ない。髪が長いとアップにするのは時間もかかるし技術も必要だが、ボブならばブローをしっかりすれば自分でもそれなりのところには持っていける。
そして臨時APに就任することになった綾瀬はというと、特に意見をするわけでもなく渡された企画書を黙読していた。
「ってな感じで、俺からは以上だけど質問や意見は? 」
「私は特にありません 」
茜は里岡にそう応答すると、横に座る綾瀬をチラ見する。寝起きに近いのか目は半分くらいしか開いてないような気がしたが、その眼光は鋭い。一瞬、綾瀬は里岡に何か意見をするかもしれないと茜は構えたが、向こうも特に疑問点はなかったようで「私も異議はありません 」という一言に留めた。
「おっ、そうか? じゃあ峯岸さんにも確認したら、この企画書を中心に進行表の叩き台を作るから 」
「わかりました 」
「じゃあ細かいこと決まったら、後はメールするよ。二人ともアドレス変わってない? 」
「はい 」
「じゃあ、当日は宜しく。年明け一発目だし、BSはどれくらい見てもらえるかはわからないけど、頑張ろうな 」
「ええ、頑張りましょう 」
「じゃあ二人とも、当日は宜しく頼むな 」
里岡は 素早く荷物をまとめて席を立つ。荷物といっても手にしているのはパソコンと仰々しい外付けのハードディスクなので、まだまだ続く里岡の長い一日は編集へと消えるのだろう。里岡はヨロヨロした足取りではあったが、あっという間にその場から立ち去ってしまった。
「じゃあ、私もこれで…… 」
里岡の姿が見えなくなると同時に、綾瀬もまた椅子を引く。だけど茜にはまだ確認したいことがあった。
「ちょっ、綾瀬? 」
茜は思わず綾瀬の服の裾を引っ張ると、今一度座るように促した。綾瀬は、ハア?と言わんばかりにガンを飛ばしてきたが、致し方なく渋々その場に腰かけた。
「なに? ヘアメイクは無理だからね。ないところから絞り出した予算で、もう財布のなかはカツカツだから 」
「いや、それは別にいいんだけど…… その、そんなに、さっぱりとしなくてもいいんじゃないの?臨時とはいえ一緒に中継やるんだし、何かアイデアとか質問とかなかったの? 」
「今回は私の出番はほぼないから 」
「……? 」
「私は今回は万が一用に配置されるだけ。修学旅行の引率の校長みたいなものだもの 」
綾瀬は質問に最低限だけ答えると、また席を外そうとする。綾瀬はこのあとの朝の生放送を控えているなら何回も引き留めるのは気が引けるところではあるけれど、いまの時間帯ならまだ許容範囲な気がしていた。
「綾瀬、ちょっと、待ってっっ 」
「……何? 」
「綾瀬はこの年越しの生中継が私の番組って知ってて、APを引き受けたの? 」
「そうだけど 」
「何で? 」
「何でって言われてもね…… 特に深い理由はない。だけど、この前 うちの番組の不手際で里岡さんや御堂には迷惑を掛けたから。断る理由がなかった。年末年始はモーニングコールもないから、日程的には問題もないし海外ロケの経験は悪くない話だから 」
「……年上の彼氏はいいの? お正月留守にして 」
「別に平気。需要があるときに仕事しなきゃならないのは私たちも一緒 」
綾瀬はそう言いながら椅子にかけたスタッフジャンパーを手に取ると
「じゃあ、今度は台湾でね 」
と言い残し、暗がりの廊下に溶けて行った。
今年の年越しは台北の地。
そして信頼おける先輩と、喧嘩は避けたいちょっと尖った同期……
茜はこれは役者は揃った!と言いたくなる布陣に、少しだけ戦々恐々としていた。
物事を新しく始めるとき、ぶっつけ本番というシチュエーションはあまりない。
大抵の場合は打ち合わせをして、参加者の意向を擦り合わせるのが通常だ。
もちろんその通例は、テレビの世界でも変わりはない。但し二十四時間稼働している放送局では、全員が集まれるタイミングというのはデータイムだけとは限らなかったりもする。
「御堂ちゃん、ごめんね。遅くなって…… 」
「いえ、里岡さんこそ、お忙しい中すみません。しかもこんな真夜中に 」
「いやいや、俺はそんなに詰まってないし、どっちにしろ編集で年末は関東放送に住んでるようなものだから 」
「ちょっ、住んでるって…… そんなこと続けてたら、そのうち体を壊しますよ 」
「あはは。別に今さら そんなことは気にしちゃないよ。それにたまに着替えは取りに家には帰ってるし。俺らみたいな人間は、椅子が二個あれば、どこでも熟睡出来る体になってるからな 」
「ちょっ、私は真面目に心配してるんですけどっッ…… 」
茜は鬼気迫る表情を浮かべながら、里岡に少し強めに声をかける。だけど里岡はそんな茜の心配を他所に、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていて全く相手にする様子はなかった。
ここは赤坂に鎮座する関東放送のちょっとしたデットスペースで、通路に椅子とテーブルが置いてあるようなオープンスペースだった。
今回の年越し台湾ロケは急遽決まった企画だ。だから昼間にゆっくり参加スタッフで集まってミーティングを設定するようなスケジュールの余裕はなく、こうして茜の当直の隙間時間に里岡が報道部に出向くことで一件落着となっていた。といっても、里岡は年末年始の特番の準備で殆ど局に泊まり込みのようで、深夜に駆り出されること自体はそれほど苦にはしていない様子だ。
「えっと、これが企画書ね。手書きのところもあって、ちょっと読みづらいかもしれないけど 」
「わかりました 」
茜は企画書というには分厚過ぎる レジュメに目を通しながら、耳は里岡の説明に傾ける。気になるのはタイムスケジュールではあったが、取材をするのは 一日から三日の三が日、大晦日は年越しの生中継だけが出番のようだった。
「今回の年越し中継は、俺と峯岸さんともう一人APが来ることになってるから 」
「わかりました。心強いです。あの、もう一人のAPさんって? 」
「ああ、年末年始の生中継だからね。念のため社員にも来てもらうんだよ。急なことだったから、俺の知り合いの地上波のスタッフに逆オファーしたんだけど、断られなくて助かったよ。っていっても、BSのAPが人手不足ってのが本音だったみたいで、まあタイミングが良かったんだけどな 」
「はあ 」
「そいつも、もうすぐ来るはずなんだけど、ちょっと待っててもらってもいいかな? 」
「それは構いませんけど…… まさかこんな真夜中に呼び出したんですか? 」
「いや、さすがに俺もそんな酷いことはしないわ。そいつは昔俺が面倒見てた局員なんだけど、今は早朝番組を担当してるから、どちらにせよ、いつも入りは二時過ぎらしいし。ちょっと早出勤をさせる形になっちゃうもんで、遅れてるんだろうな。もうすぐ来るとは思うんだけど…… 」
里岡はそう言うと、腕時計に目をやり時間を確認する。長年放送業に従事していると秒単位の生活に嫌気がさして、体内時計と壁時計でタイムマネジメントをする業界人もいるのだが、どうやら里岡はその少数派ではないようだ。
今回帯同してくれるAPがどんな人かは知らないが、苦手な人でなければそれでいい。ただ数日間一緒に仕事をする間柄ともなれば 顔合わせくらいはしておきたいから、それは丁度良かったと言えるだろう。
「俺たちは悪いけど 三十日の昼に現地入りするから。年末はいろいろ入り用があってね。御堂ちゃんは 年末は少しまとまって休みがあるって迫田部長から聞いてるけど。もし台北でバカンスしたかったら、宿代は自腹だけど 先に台湾入りしていいからね 」
「いえ、あの、私は別に…… 」
茜は里岡の有難い申し出をやんわりと断ると、作り笑いを浮かべた。何より先に台湾入りしたところで、面白いことなど何もない。観光自体は楽しいだろうが、言葉は不安だし 一人ではつまらない。茜も長年の昼夜逆転生活で 大抵のことは御一人様で楽しめる体質にはなってはいるが、海外旅行をアローンで挑むのは少しハードルが高いように感じていた。
「御堂ちゃんも、たまには息抜きも大事だと思うよ。だいたいロケでは食ってばっかりで、全然台北の観光名所とか行ったことないだろ? 」
「ええ、まあ…… そうですけど 」
「少し名所を巡ってみると、番組にも生きると思うけどな 」
「はあ…… 」
確かに里岡の言うことも一理あるかもしれない。もう台湾ロケは半年近くやっているが、あの土地のことを自分がどのくらい理解しているかはまだまだ未知数だ。その土地をもっと詳しく知れば、言葉の深みは確実に増す。これは逆にチャンスかもしれないと、茜は感じていた。
茜がウーンと熟考していると、里岡が急に「おっ! 」っと声をあげる。茜がその声につられ後ろを振り向くと、そこにはよく見知った人間の姿があった。
「失礼します、遅くなりました 」
「えっ…… あっ、綾瀬? 」
茜は少し上ずったような声を出し、その名前を口にした。
そこには先日、年甲斐もなくやりあってしまった、隠れ熱血な綾瀬の姿があった。
「何だ、二人は知り合いなのか? 」
「はい、私たちは一応 同期なんで…… 」
「へー。じゃあ、変な気負いもなくやりやすいだろ。じゃあ、ざっくりと説明するから 」
「えっ、はい、まあ…… 」
やりやすいか、否かと問われたら……
正直返答には困るラインではある。気は使わないけれど、衝突するリスクはある。本音でぶつかれてしまう分、意見が拗れた場合は逆に暴発する危険がある。おそらく世界中の各所で同期という関係性はそんなものだと思うけれど、出来ることならば穏便に話しは済ませたいところだ。
「ところで 綾瀬は台北には行ったことある? 」
「はい、一応 」
「へー。それは観光か何か? 」
「ええ。といってもツレの仕事の関係で二泊三日の弾丸でしたけど 」
「俺らの取材も毎回そんなような日程だけど、意外と巡れるものだよな。まあ、それなら話は早いな 」
里岡は少し安心したような素振りを見せると、レジュメの内容の説明を続ける。
今回の大晦日の出先は淡水だそうで、ここは台北港に程近い海沿いのおしゃれスポットとして若者を中心に人気の街だ。そしてそこで上がるニューイヤー花火をバックにして、茜がそれを紹介するという流れで中継を繋ぐらしい。ちなみに日本と台湾には一時間の時差があるので、日本時間の夜中の一時、現地時間の零時頃に衛星中継を繋ぐことになる。
「まあ、OAは節約を兼ねて簡易中継システムを使うから、画質はそんなにいいもんじゃない。まあ、中身で勝負ってやつだな 」
「はあ 」
「だから今回も低予算は変わらない。メイクとかは付かないから、衣装と化粧は自前で頼む 」
「……了解しました 」
茜は元々ヘアメイクを自分でも手入れしやすいようにボブヘアーにしているので、その辺りは問題ない。髪が長いとアップにするのは時間もかかるし技術も必要だが、ボブならばブローをしっかりすれば自分でもそれなりのところには持っていける。
そして臨時APに就任することになった綾瀬はというと、特に意見をするわけでもなく渡された企画書を黙読していた。
「ってな感じで、俺からは以上だけど質問や意見は? 」
「私は特にありません 」
茜は里岡にそう応答すると、横に座る綾瀬をチラ見する。寝起きに近いのか目は半分くらいしか開いてないような気がしたが、その眼光は鋭い。一瞬、綾瀬は里岡に何か意見をするかもしれないと茜は構えたが、向こうも特に疑問点はなかったようで「私も異議はありません 」という一言に留めた。
「おっ、そうか? じゃあ峯岸さんにも確認したら、この企画書を中心に進行表の叩き台を作るから 」
「わかりました 」
「じゃあ細かいこと決まったら、後はメールするよ。二人ともアドレス変わってない? 」
「はい 」
「じゃあ、当日は宜しく。年明け一発目だし、BSはどれくらい見てもらえるかはわからないけど、頑張ろうな 」
「ええ、頑張りましょう 」
「じゃあ二人とも、当日は宜しく頼むな 」
里岡は 素早く荷物をまとめて席を立つ。荷物といっても手にしているのはパソコンと仰々しい外付けのハードディスクなので、まだまだ続く里岡の長い一日は編集へと消えるのだろう。里岡はヨロヨロした足取りではあったが、あっという間にその場から立ち去ってしまった。
「じゃあ、私もこれで…… 」
里岡の姿が見えなくなると同時に、綾瀬もまた椅子を引く。だけど茜にはまだ確認したいことがあった。
「ちょっ、綾瀬? 」
茜は思わず綾瀬の服の裾を引っ張ると、今一度座るように促した。綾瀬は、ハア?と言わんばかりにガンを飛ばしてきたが、致し方なく渋々その場に腰かけた。
「なに? ヘアメイクは無理だからね。ないところから絞り出した予算で、もう財布のなかはカツカツだから 」
「いや、それは別にいいんだけど…… その、そんなに、さっぱりとしなくてもいいんじゃないの?臨時とはいえ一緒に中継やるんだし、何かアイデアとか質問とかなかったの? 」
「今回は私の出番はほぼないから 」
「……? 」
「私は今回は万が一用に配置されるだけ。修学旅行の引率の校長みたいなものだもの 」
綾瀬は質問に最低限だけ答えると、また席を外そうとする。綾瀬はこのあとの朝の生放送を控えているなら何回も引き留めるのは気が引けるところではあるけれど、いまの時間帯ならまだ許容範囲な気がしていた。
「綾瀬、ちょっと、待ってっっ 」
「……何? 」
「綾瀬はこの年越しの生中継が私の番組って知ってて、APを引き受けたの? 」
「そうだけど 」
「何で? 」
「何でって言われてもね…… 特に深い理由はない。だけど、この前 うちの番組の不手際で里岡さんや御堂には迷惑を掛けたから。断る理由がなかった。年末年始はモーニングコールもないから、日程的には問題もないし海外ロケの経験は悪くない話だから 」
「……年上の彼氏はいいの? お正月留守にして 」
「別に平気。需要があるときに仕事しなきゃならないのは私たちも一緒 」
綾瀬はそう言いながら椅子にかけたスタッフジャンパーを手に取ると
「じゃあ、今度は台湾でね 」
と言い残し、暗がりの廊下に溶けて行った。
今年の年越しは台北の地。
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