ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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出発!年末進行!!

聖なる夜の過ごし方①

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 年末進行という言葉がある。

 それは読んで字の如く、という訳でもない。
 年末はそれなりに皆が休めるように、のんびりと仕事をしよう、なんていうキャンペーンなら最高だ。

 しかしながら、この場合は意味が違う。
 何か事を進めるには対価というのは付き物だ。 年末を穏やかに過ごすため、という建前は同じかもしれない。そのために通常よりも前倒しに物事を進行して、余裕を持った年越しをしようというのが年末進行だ。今年の分の仕事は巻きで完了させなくてはならない。

 どの業種においても年末は忙しい。
 年末は一年の総決算として、エンターテイメント業界では ショーレースのオンパレードだ。それに先祖代々の奥深くに刻まれた遺伝子が、年末くらいは休みたいと細胞レベルで悲鳴を上げる。もちろんそんな前倒し前倒しの進行に、一人の漫画家が抗えるわけでもない。
 という訳で神宮寺アケミこと神寺朱美も、その波の真っ只中で揉まれに揉まれていた。




「で、朱美? 私は一体、これをどうすればいいの? 」

「あっ、えっと…… ここはオーキッドタワーを見上げる構図だから、うーんと、こんな感じで 」

「何これっッ? さっきよりも複雑じゃん? 何でこんなところで、ヒロインをデートさせるのよっ? 」

「だからっッ、それは私も大変申し訳なく思ってまして…… 」

「あの、神宮寺先生。こっちのページ完了しましたけど、次はどれをやりますか? 」

「あっ、野上さんすみません! 丁寧に塗って頂いて、ありがとうございますっ! じゃあ、次はここのベタをお願いします…… あと、こちらには205番のトーンをコマの全面に貼ってもらう感じで。削るのは、自分でしますので 」

「わかりました! あの、僕に出来ることがあったら何でも言ってくださいね。神宮寺先生は、僕たちの出会いの恩人なんですから 」

「恩人恩人って…… そんな、オーバーな…… 」

 神寺朱美は売れっ子漫画家だ。
 収入はそれなりにある。自宅兼仕事場のマンションは水天宮に位置しているから、家賃だって安くはない。ブランド品を買い集めるとか、宝飾品が好きとか、贔屓のホストがいるとか、そういった贅沢だってない。だからそれなりの蓄えはあるはずだ。
 それにも関わらず、現在 朱美の自宅で原稿を手伝っているのは、何故かその道の素人である公務員の山辺息吹と、音響効果見習いの野上道也の年の差カップルだった。


「あの、野上さん…… 」

「何でしょうか? 」

「ごめんなさい。せっかくのクリスマスイブなのに、二人に原稿のお手伝いをしてもらって 」

「別に気にしないでください。僕も一回神宮寺先生の生原稿を拝見してみたかったんで。まあ、僕はトーン貼るのとベタ塗りしか出来ないんで、あんまり戦力にはなりませんが 」

 野上はそんなふうに謙遜しつつも、躊躇や戸惑いの素振りを一切見せることなく、淡々と原稿の指定された場所を黒く塗りつぶしていた。
 音響効果見習いという 職人気質な特殊な業界は、降ってきた仕事を断ろうものなら二度とチャンスは巡ってこない。そんな体育会系な環境に身を置くものらしい豪快さを、アケミは感じていた。

「僕は息吹のCADコンピュータ支援設計のスキルを堂々と見られるだけで丸儲けです。普段、こんな真剣な息吹の表情なんて見られませんから 」

「ちょっと、みっちゃん。そうやって、茶化すのは止めてよ。集中できないから 」

 息吹は目の前のパソコンから視線を逸らすことなく、そう野上に反論する。
 息吹は未だに朱美の仕事に駆り出されることがたまにあるので、慣れた様子で背景の建築物をパソコンで設計していた。息吹は公務員だから副業は禁止、謝礼も受け取れない立場にあるが、その技術力は直ぐにでも買収したいくらい目を見張るものがあった。

「あっ、でも神宮寺先生。僕らが手伝いに来てるって吉岡さんが知ったら、怒るんじゃないですか? 」

「えっ? 朱美? もしかして吉岡さんに無断で、私たちを家に上げちゃってるの? 」

「無断も何も…… ここは私の家だし。別に誰を招こうと私の自由だもん 」

「あの、本当に大丈夫ですか? 」

 野上は少しだけ慎重に、朱美に確認を取るように声をかけた。

「まあ、確かに形振り構わずに原稿をするなーとは言われるかも。でも吉岡は昨日から出張で地方に行ってるしバレなきゃ平気でしょ 」

「えっと神宮寺先生。僕が言いたいのはですね…… 」

「えっ? 」

「いや、やっぱり…… 何でもないです 」

 朱美のあっけらかんとした言い方に、野上は思わず苦笑いを浮かべる。
 さすがあの難攻不落の鋼鉄男子、吉岡パイセンを攻略した女性だ。これは肝が座り過ぎだろう。こんなにあっさりと恋人への無関心を決め込まれたら、逆に気を引きたいと思ってしまうのが男の性というものかもしれない。吉岡が夢中に追いかけてしまう気持ちもわからなくはない。

 というよりも正確に言い表せば、神宮寺アケミ先生は少し天然というか 鈍感な性格の持ち主なのだろう。
 普通に考えたら、いくら友人の交際相手と言えども 自宅に他の男性を招こうものなら、腸が煮えたぎるぐらい怒りが汲み上げるものだ。野上としてはそちらの意向に齟齬がないかを確認をしたかったのに、朱美ときたら無断で助っ人を呼んだことが問題だと思っている。
 可愛い彼女がこんなにガードが甘くて、自分のポテンシャルに気づいていないとくれば……
 これでは吉岡の気苦労は毎日絶えないだろうと、容易に想像できるのだった。

「ちなみに、吉岡さんは どちらまで遠征に? 」

「福岡です。担当してる漫画家さんが福岡在住だから、数ヶ月に一度打ち合わせに行くんです 」

「へー そうなんですか。泊まりですか? 」

「うん、まあ。遠いいから、まとめて打ち合わせをするみたいで。今晩には、帰ってくるはずだけど 」

「漫画家さんって、女性ですか? 」

「はあ? 多分、そうだと思うけど…… 」

「あの、差し出がましいですけど、神宮寺先生は心配になったりしないんですか? 」

「えっ? 」

「自分の知らない土地で、吉岡さんが羽伸ばしちゃったらどうしようとか思いません? まあ、吉岡さんに限っては、そんなことはないかと思いますけど。
福岡は歓楽街も多そうだし、屋台とか楽しい場所も沢山あるじゃないですか 」

「そうね…… 確かに、吉岡がいないと調子は上がらないかもしれないけど 」

「おっ? 」

 野上は朱美の前向きな返答に、思わず声をあげて息吹の方を振り向く。
 息吹は作業に集中しているようで会話には参戦していなかったが、さすがに手を止めて静かに野上と目を合わせた。


「だって…… 」

「だって? 」

「吉岡がいないと、いざってときに原稿手伝ってもらえないし 」

「はあ? 」

 原稿を手伝う?
 吉岡さんって、編集者だったよな?
 野上は朱美の発言の意味がわからず、思わず息吹に視線を送り込む。すると息吹は両手を横に差し出して、お手上げのポーズを取っていた。

「吉岡は トーン削らせたらセミプロ級の腕前だから。うちの現場では大事な戦力なんです 」

「あはは。そうなんですね…… 」

「それに 彼が福岡に行ったときは、明太子買ってきてくれるのが楽しみかな 」

「ああ、明太子…… 本場のは旨そうですね 」

 本当に吉岡さんと神宮寺先生は交際しているのだろうか?
 と、野上の脳裏には一瞬良からぬ疑念が過る。
というか、あんなに些細なことでいちいち気を揉んでいる吉岡が不憫でならない。
 二人は交際をしていると聞いている。まあ、確かに 元々 二人は仕事仲間だから、どうしてもラブラブモードだけでは 話がまとまらないところはあるのだろう。世界には七七億人が暮らしている。それだけの人間がいれば交際のあり方は十人十色だ。

 野上は何となく埒が明かない気がして、話を切り上げようとした。
 しかしその次の瞬間、もう一度口を開いたのは意外にも朱美の方だった。

「まあ…… もしかしたら出張行ったときは宜しく遊んでるのかもしれないけど 」

「えっ? あの、神宮寺先生? 」

「はい? 」

「やっぱり、気にはなるんですか? 」

「えっ? まあ、それは気にはなるけど…… 」

 朱美はペン先にインクを浸けながら、原稿にスッと一本線を描く。そして一息つくと、

「吉岡って中身は口うるさい仕事バカだけど、パッと見は目を引くから 」

と小さく答えた。
 原稿に集中しているから注意が散漫になっているのかもしれない。でも朱美のその特段照れることのない態度が、妙に清々しくも感じられた。


 相思相愛じゃないか……
 野上はこの朱美の発言を録音して恩人吉岡に謝礼代わり進呈したいと思ったが、あまりの不意打ち具合にニヤニヤを堪えるので精一杯だった。



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