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第4章 秘められしもの
37. 訪問者からの報せ (レイ)
しおりを挟むいつものように俺が団長室で書類の整理をしていたところ、その人物はやって来た。
コン、コン。ガチャ。
「入るぞ」
慣れた様子で入ってきた人物は、そのまま部屋の中央にあるソファへと向かう。
「リオネル」
俺は読んでいた書類から目線をあげて、入って来た人物を確認し名を呼ぶ。
もとより、この団長室に俺の応答を待たずにそのまま入って来る者など、余程のことがない限りこの国の王太子以外ありえないのだが。
「珍しいな、お前がこんな時間に来るなんて。いつも日中は時間がない時間がないってブツブツ言っているのに」
「あぁ、今日は少しだけ時間があいてな。まぁたまにはこんな日もないと、さすがの俺も容量オーバーでまた勝手に街に繰り出すんじゃないかと側近たちがヒヤヒヤしているのさ」
ドサッとソファに腰をおろしたリオネルは、ニヤニヤしながらそう話す。
「まったく、何が容量オーバーだ。どうせまた気まぐれに街に行ったのを見つかって、お前が側近たちに何か言ったんだろう?お前の本性は、知ってるもの以外なかなか見抜けはしないからな」
俺は読んでいた書類を机に置き、中央のソファへと歩いて行き、リオネルの対面に腰をおろす。
「おいおい、それじゃぁまるで俺が性悪みたいに聞こえるぞ。だいたい俺が街に行くのは気まぐれや遊びじゃなく、ちゃんとした理由がある。それに関してオロオロしてる奴らは俺を心配してるのではなく、俺の行動によって自分の地位がいつ脅かされるんじゃないかと勝手にヒヤヒヤしてるだけの小者ばかりだ。俺を本当の意味で理解してくれている奴は、俺の顔色を伺ったりなんてしないし、俺を個としてちゃんと見てくれている。もちろんお前を含め、な?」
リオネルはそう言いながら、俺に向かって満面の笑みを浮かべる。まったくもって、人心掌握についてはこの男の右に出るものはいないだろうと思わせるこの笑顔が曲者だ。
ただ、国を治める者にとってはとても必要な能力で、国を背負う重圧の中でいつも民に心を砕くリオネルの姿には国民の一人として、そして一親友として、俺はそんな彼を誇りに思っている。
(まぁ、調子に乗るから面と向かって言ったことはないが)
「わかった、それについてはひとまず褒め言葉として受け取っておこう。それで?ここには何か話があって来たのではないのか?」
毎度リオネルは、時間があると俺を揶揄うのを癖にしているので、いつもは俺も友人として少しバカ話に付き合ったりもするのだが、今日は残念ながら俺の方にあまり時間の余裕がない。というのも、朝一に報告のあったまだ真偽も確かではない噂話のせいなのだが・・・。
リオネルは俺に促されて、そうだそうだと体重を預けていたソファの背もたれから身体を起こし、俺にズイッと顔を向ける。
「あぁ。お前にとって聞きたい話とあまり聞きたくない話があるんだがどちらから聞きたい?」
その言葉に俺は思わず眉間にしわを寄せる。
「何だそれは?」
「まぁどちらもお前にとっては必要な情報だ。あとは気分の問題かな?」
リオネルは軽くそう言うと、静かに俺の反応を待つ。俺はまた厄介ごとが降りかからないように心の中で祈りながら話を聞くことにした。
「じゃぁ、あまり聞きたくない方から」
俺がそう応えると、リオネルは一つ頷き、力を抜いていた先程までの表情を改めて、真剣な眼差しを俺に向ける。
「よし。ではまずお前も耳にしているかも知れんが、今王宮内及び騎士団の中で密かに噂されている魔獣のことは聞いているか?」
リオネルの口から、魔獣という言葉が出たことに若干驚きながら、俺はまさに今朝報告があったばかりの話が脳裏に浮かび、表情を引き締めながら頷いた。
「あぁ、今朝報告を聞いた。だが俺が聞いた話は、真偽のはっきりしないあくまでよくある噂話だ。以前も一度同じような類いの噂があったが、結局作り話だったこともある。だから念の為調査をしてみようと、今ちょうど動き出したところだったんだが・・・。その噂話が?」
「うむ。実は今回に限っては、マズイことに噂が噂ではないということだ。どこからその話が出てきたかはまだわかっていないが、何れにせよ今はまだこの話を王宮の外に出すのは食い止めねばならん。早急に事態の把握をし、王宮に携わる者には理解をさせ、国民を不安にさせるようなことは避けねばならんからな」
リオネルは、厳しい表情で膝の上に置いていた両手をグッと握りしめる。
「それで、その噂の魔獣については何かわかっているのか?」
「いや、俺も今朝父上と共に隣国の使者から話を聞いたのだが、どうも話が曖昧でな。意図的に何かを隠しているのか、はたまた自分たちでも理解の範疇を超えたものであるからして、はっきり話ができないのか・・・。ひとまず我が国としても、いつ我が身に降りかかってくるかわからない問題でもあるので、今極秘に調査の者を隣国に派遣している。おそらく今日の夕刻には報告があがってくるだろう。なので、今晩は緊急の要請が入るだろうからそのつもりでいてほしい」
「・・・わかった。第ニ~第十師団長たちにも通達をしているのか?」
「あぁ、ちょうど今伝令が回っているはずだ。ことがことだからな、今回は騎士団各師団長および魔導士団長も集まって、事態の把握をしておいてもらう」
「そうか」
リオネルから一通りの話を聞き、確かにあまり聞きたい話ではなかったが、朝からモヤモヤしていた内容なだけに俺としても詳細がわかればそれに越したことはなかった。まだ、我が国には影響は何一つ出てはいないとはいえ、今後どう影響してくるかわからない。早急に万全の体制を整えねばならないし、それに・・・。
この話を聞いてから微かな胸騒ぎがする。もちろん仕事上こういうことは時々あるのだが、今は俺個人としてユーリのことが気掛かりな時期でもあるので、出来れば他の事にあまり意識を取られたくはないと言うのが本音なところだ。
(何事もなければよいが・・・・・・)
俺は内心そう思いながら、リオネルに礼を言う。
「わかった、ありがとう。・・・しかし、王太子自ら伝令役になってもらうとは、俺としてはなんとも畏れ多いことではあるな」
少し苦笑しながらそう言うと、リオネルが呆れたような表情をして言い返す。
「どの口が言うか。お前に畏れられる方が後で何かありそうで怖い。まったく、それよりまぁこれも大事な話なんだが、本来の伝令役を押し退けてやってきたのは、もう一つのお前にとって聞きたい話を持ってきたというのが本来の俺の目的だ」
「聞きたい話?」
「そうだ。このあいだ話していたお前の運命の子についての話だ」
「っ!?ユーリの!」
俺の反応を見たリオネルは、この部屋に入ってすぐに見せたニヤニヤ顔で再びソファに深く腰を掛けた。
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