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第7章 通じる想い
63. 溢れる想い (ユーリ)
しおりを挟む俺が数日眠っていた間に、魔獣α《アルファ》についての騒動はほぼ収まりつつあるようで、俺は大きく胸を撫で下ろす。
レイ様から、俺が出会ってアランに保護を頼んだ少年についても、問題なく両親のもとに戻れたと聞いて一安心した。
国境近くの村などで魔獣による家屋への被害は少なからずある為、まだ全てが元通りとはいかないけれど既に専門部隊が動いているので心配はないだろう。
ひと通りレイ様が今の状況も含めて説明してくれて、どうやら今回魔獣殲滅作戦に参加した中で俺が一番長く医務室に世話になっていたようで、話を聞く中でレイ様がほぼ毎日俺の様子を見に来てくれていたという事実に心配をかけて申し訳ない気持ちと、来てくれて嬉しい想いで、俺はベッドの上にちょこんと座り込みながらソワソワする気持ちをなかなか落ち着かせられずにいた。
そんな中、レイ様はいったん話が終わると、逆に俺に対してあの時何が起きたのか、何故魔獣α《アルファ》のいるあの場所に現れたのかを尋ねてきた。
けれど、いったい何が起きたのかはっきりした事は俺自身もよく分かっていなかったので、起きた事実をそのままレイ様に伝える事しか出来なかった。
「そうか、霧の中から突然現れた、か・・・」
「はい。あの状況の中で、森に少年がいるのはおかしいし何かの罠かとも思ったのですが・・・自分でも気付いたらその少年の後を追っていて。体感的には、もともといた後方からそんなに移動した覚えがなかったんですが、ようやく少年に追いついたのがちょうどレイ様に声をかけられたあの時だったんです。目の前に魔獣α《アルファ》が見えた時は本当に驚きました・・・」
あの時は自分でも必死な状況だったので、それほどパニックにならずにいれたと思うが、今改めて思い返すとかなり危ない状況だったと身震いした。
(あの場にレイ様と先輩がいなかったら、俺と少年は無事だったかはわからない・・・それだけあの時は危機的状況だった・・・)
「ユーリ」
「!?」
魔獣α《アルファ》を見た瞬間のことを思い出して俯き拳を握りしめていた俺は、名前を呼ばれてハッとした。すぐにレイ様の方を見ると、レイ様は俺に手を差し出していた。
「レイ様・・・?」
「ユーリ、手をこの上に重ねて」
「え?・・・はい・・・」
何だろう?と思いながらも、そっとレイ様の手に俺の手を重ねる。すると、その手をギュッとレイ様が握りしめてきて俺はビックリした。
「レイ様!?」
俺は恥ずかしさから、その手を咄嗟に抜き取ろうとするがレイ様ががっちり握っているため抜くことが出来ない。突然のことで、俺が焦っているとレイ様が優しく声を掛けてきた。
「驚かせてすまない、ユーリ。だが、少しこのままで聞いてほしい」
「は、はい!」
「ユーリ」
「はい」
「無事で良かった」
「!?」
そう言ったレイ様の顔を見てドキッとした。いつもキリッとしているレイ様が痛みを耐えるようなそんな険しい表情をしたからだ。
「俺たちが魔獣α《アルファ》と闘っている時にいるはずのないユーリの姿を見て心臓が止まりそうなくらい驚いた。状況がわからず、だがとにかく早くユーリをその場から遠ざけたかった。なのに君ときたら、少年を逃して再びこちらに戻ってきて・・・今度は寿命が縮まる思いをした。あの場じゃなければ、俺は君を抱えて遠くまで逃げていただろう。いや、本当ならそうしようとあの時本気でそう思った」
「・・・レイ様」
「だがそうしなかったのは、ユーリの心が俺たちと共に闘うと固く定まっているのが見てわかったから。ヤツの急所を見つけて、俺に告げたユーリの声が俺に前を向かせた。・・・だが、最後にユーリが倒れたのを見て自分自身に怒りが湧いた。あの状況でも、俺がもっと上手く立ち回ればユーリに負担をかけることも無かったはずだ」
「レイ様!それはっ」
「ユーリ。君は優しい。俺が逃げろと言っても、例えあの状況を何度繰り返しても、君は同じ行動をとるんだろう。俺は、ユーリが決めたことならどんなことでも否定はしない。けれど、どうかこれだけは覚えていてくれ。ユーリに何かあれば・・・正気ではいれない男がここにいるということを」
「っ・・・!レイ様・・・」
レイ様の真剣な想いを聞いて、さっき感じた恐怖からの震えはもうすっかり止まっていた。今度は、心が震え出す。ここまで俺を想ってくれる人がいる。その事実に改めて心が震えた。
手を握る力は相変わらずだが、一呼吸置いてフッとレイ様の表情が和らぐ。
「それから、気持ちが揺らいだり、不安な時は独りで全てを握り込まないでくれ。俺の手なら、いくらでも握ってくれて構わないから」
そう言ったレイ様の手からは温かく、さっき目が覚めた時に感じたような安心感が流れ込んできていた。
突然頬が濡れる。
「・・・・き・・・です」
そうして全てが自然と溢れていた。
「ユーリ?」
「好き、です。レイ様・・・」
涙と共に溢れた言葉は今の俺の嘘偽りない気持ちだった。
「待たせてごめんなさい。俺、本当に鈍くて、レイ様のこと恋愛対象として好きなのかずっとわかんなくて。だけど一度気付いたらどんどんレイ様が好きなんだって気持ちが増していって、いざ伝えようとした途端に今回の魔獣騒ぎ」
なかなかタイミングが合わなくて、鬱々としたりもした。
「レイ様には落ち着いて気持ちを打ち明けようと思って、伝令があった時、任務が終わったら話したいことがあるって言ったのは俺の今の気持ちを伝えたかったからです。レイ様が俺を大切にしてくれるように、俺もレイ様を大切にしたい。けど、今の俺じゃレイ様の力になれないことはわかってます。こうして、結局レイ様に負担をかけて・・・でもっ、それでも俺はっ!・・・っ!!」
「ユーリ。・・・・・・ユーリっ」
「・・・レイ様・・・・・・」
いつのまにか握った手を引かれて、俺はレイ様の腕の中に収まっていた。俺を抱き締めるレイ様の腕の力が言葉にならない気持ちを伝えてくれている。
しばらくお互い言葉を発しなかったが、最初に口を開いたのはレイ様だった。
「ありがとう。俺を好きになってくれて。悪いが、もう撤回はさせない。覚悟してくれ」
「フフッ、それは俺のセリフですよ。もう今からやっぱり間違いだったなんて言わせませんから」
「当たり前だ」
「・・・・・・レイ様」
告白で止まっていた涙がまた俺の頬を伝っていく。嬉し泣きで、ここまで涙が出るなんて思わなかった。でも止まらない。まるで誰かが流す涙も一緒に溢れていくようだった。
やがてフッと抱き締める腕の力がなくなり、レイ様が俺の顔を覗き込む。そっと指で優しく俺の涙を拭ってくれながらレイ様が言った。
「俺はユーリを負担に思ったこともないし、負担をかけられているとも思わない。ただ、大切なんだ。だからどうやっても俺はユーリの心配をしてしまう」
「俺だってそうです!俺、レイ様が気にするような負担なんてかかってません。俺もレイ様が大切だから、俺で出来ることがあるならそれをしたいと思うんです!」
レイ様は俺に対してとても過保護だ。でも俺だってレイ様を甘やかしてあげたい・・・。なんて思っているとレイ様が今度は俺の頭を優しく撫でてくれた。
「わかった。じゃぁ、二人で分けて行こう」
「え?」
「どちらも負担にはなっていないけれど、それでも積もるものはあるかもしれない。どうしても積もるものは二人で分けてしまおう。大切に想うからこそ心配や不安などあって当たり前。でもだからこそ、一人で抱え込まないで相手にわかるように話し合うことは重要だ。何事も二人で。もちろん、二人で難しい場合は周りを頼ればいい。だが、覚えておいてほしい。俺の心は、常にユーリのそばにあるから。例えば俺とユーリ、どちらかに重い運命が伸し掛かかってきたとしても、二人で分け合えば必ず共に前に進んでいけるはずだ」
レイ様はそう言って俺に笑いかける。
「とは言いつつ、今現在俺自身一人で抱えているものも少なからずある。時が来ればユーリには全て話そうと思ってる。だが・・・もう少しだけ待ってくれないか?今の話をしておいて不誠実な男と思うだろうが」
「レイ様、そういうのは不誠実とは言いません。レイ様は嘘をついてるんじゃないですから」
「ユーリ・・・」
「俺、待ちますよ。どんなことでも。俺だけ待たせておいて、待てない訳ないですよ。何事も二人で分ける、でしょ?」
「あぁ、ありがとうユーリ」
レイ様が安心したようにホッとした表情をして、俺も同時に心が落ち着いた。お互いに目線を交わし、同時にクスッと笑い合う。涙は止まり、さらに幸せな気持ちで満たされた。今まで、レイ様を好きになることに不安だった気持ちが嘘のようだ。
俺は恥ずかしながらも、えいっ!と思い切ってレイ様の胸に今度は自分から飛び込んだ。
「!?ユーリ?!」
レイ様の驚く声が頭の上で聞こえるが、自分の顔が真っ赤に染まっている自覚があるので顔は俯いたまま、レイ様にぎゅっとしがみつく。我ながら子供っぽいかな?と思いながらも、クスクスと笑い声を降らせながら優しく抱き返してくれる愛しい人に今はこのまま甘えることにした。
何を話すでもなくただ、こうしてそばにいるだけで心が安らぐ。愛しいという気持ちが溢れ出す。
どうか、この幸せな時が永遠に続きますように。
ようやく気持ちが通じ合い、先のことはまだ全然考えれてないけれど、今はただ、この幸せを一秒でも長く感じていたいと。
強く、何よりも強く、そう願っていた。
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