転生先は小説の‥…。

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第十三章

私の忠誠 別視点

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「若様、お嬢様は陰謀に巻き込まれたというのに理不尽さに憤ることもなく不安や恐怖で委縮することもありません。年齢に見合わず成熟した大人の鷹揚さと言えば聞こえは良いでしょうが‥‥お嬢様はまるで他人事と客観視なさっているとしか思えません。あの危機感のなさは護衛として正直困ります」

無表情で主の義妹に対し緊張感と危機感の乏しさが如何に危ういか。護衛の任を受けた以上、職務は全うするがそれでも最低の限危機感を抱いて欲しいと切に願う。
辛口批判も護衛対象を守りたいがため。それは主もご理解下さっている。

「鷹揚ねえ‥‥俺は後先考えない迂闊な面しか見てないので単に鈍いだけだと思うな。まあ、危機感の無さは同意だね。あれじゃ、守るのも苦労するなー」

いつもなお調子さは成りを潜め、批判的な意見を述べる同僚の言を主は黙って聞いている。

「私が公爵家に召し上げられたのは最近ですのでよくはわかりませんが、お嬢様は何事にも一線を引かれていらっしゃる気がします。それに受動的。流されるのに慣れていらっしゃる」

任に就いた私達は皆、お嬢様にとって新顔。若君の専属を譲った‥‥本当は若君の命なのだが‥‥形で仕えている。私達への信用は若君を通して成り立っていた。

「あ、私は王家と縁を切る為に虎視眈々と機会を狙ってたって聞きましたよ? 信じられない話でしたけど、成功させてますからね。当主様がそういう教育をなさっていたと思えばお嬢様の成り様も頷けます」

皆、何とも言えない表情だ。聞けば婚約が結ばれた当初から婚約解消を目指していたという。王子様と結婚できると少女なら大喜びしそうだが違ったのか。私の妹なら歓喜で踊り狂うな。
当時は六歳。しかも王家からの申し込み。
公爵家の血を恐ろしく感じた。

今でこそお嬢様は年相応に見えるが子供の頃はどうだったのか。優秀であっても少女らしからぬ言動を見せたであろうと容易に想像がついた。

奇異に映ったのではないか。

「ちぐはぐ‥‥あ、いえ、冷めきった視線を向けるかと思えば好奇心に駆られて危険なことに手を出されます。…‥危険だと頭ごなしに抑えつけて、我等護衛に距離を取られるのは困りますね。何と言っても護衛対象に避けられるのって、守り難いじゃあないですか。切り捨てられるのは御免です」

同僚の、ちぐはぐ、に同意見だな。
数カ月程度の私達でさえ感じる奇妙さ。幼少時より仕えていた者はさぞかしではないか。

「若君、お嬢様の専属は行動を共にしておりませんが、領地に封じられたままで?」

気軽な感じに問うた同僚。これは皆感じていた。
帝国から若君に同行した部下しかいない現状は、公爵家に突如降った不運の所為かと信じていた。
私達の弁を代表した同僚に、若君は柔らかい笑みを向け、

「義父上はレティに専属を付けるのを厭いました。幼い彼女を言い含めようとお節介な者が後を絶たず辟易なさったのでしょう。ですので専属らしい専属はいません。ああ、乳母だけは違いましたか。その彼女は他の使用人と共に領邸です。手荒な真似はされていないのがせめてもですね」

そこそこと微妙な気配が漂う。

「且つてのお節介共は既に土塊。当時の私は子供でしたから元の土地に還ったと聞いて、彼等は暇を出されたものと思っていました。ですが、ふふ、確かに土に還っていましたね」

ああ、末路!
当主の子供を操ろうと企む愚か者は確かに存在します。幼少の頃から他人の悪意に曝される環境は高位貴族に付き物です。
ですが若君、その者達の後日を確認なさったのですか。確認されてその後どうするおつもりで? そこまで執拗に? 
若君の苛烈さは当主様譲りなのかと認識を深めた私達はお互いに視線を向け合う。同じ気持ちを持つ者だと認めれば騒めいた心が落ち着いた。

お嬢様には隠さねばならない事情が多い。
おまけに王国人の殆どが魔力を扱えないのも帝国人の手が欲しい理由か。
そう言えば公爵夫人は長きに渡り不在であられたな。
その事実が喉の奥に刺さる。

「レティを知る人間は少ない方が良かったのもあります。ですが義母上の馴染みとそれだけでレティに近づけさせたのは当家の落ち度でしたね。多数の出入りもありましたが言い訳にもなりません」

うっ!
グレインだけではなく共に従事したライラやクレアを指した言葉。
若君はじりじりと言葉で攻めるのがお好きなようだ。
これは、堪える!







移動の合間に設けられたこの時間は単なる雑談の場なわけがない。
「本題」と口を開かれた若君の手には書類が。いつの間にかご用意なさっていた。
どことなく愉し気なご様子に既視感が。自然にブルッと身が震え、己が緊張したのを知った。

「皇帝陛下は外戚のレティを王国の王妃に‥‥実情は女王ですが、君臨させる未来を描かれました。これでお前達もレティの価値を理解しましたね。ですが、陛下は内政の乱れた王国にレティを封じることでご自身の治世を守ろうとされてもいます。わかりますか? レティの価値は陛下を恐れさせるものですよ。お前達はそのことをよく理解して仕えなさい。そしてこれは、お義祖父様の許可を頂いています」

ああ、温度を感じさせない若君!

スッと差し出された洋紙は雇用契約書。新たな主はお嬢様とされている。
和んだ雰囲気が一瞬で凍りつき私は冷たい汗を肌に感じた。恐らく同僚も。この状態の若君を嫌と言うほどよく知っている私達はこの後を想像してゾッとした。

専属を付けさせないのではないのか…‥。
正しく公爵家の意向を理解した者は今の若君に違和感を抱くに違いない。

「では、お前達。新たな契約書に署名しなさい。クク、レティエルを主と認める雇用契約書です」

お嬢様と結ぶ契約書は、何かが違うと脳内で警鐘が鳴り響く。
恐らく若君が私達護衛に警戒なさる何かがあったのだ。
事情を知らない私は、誰かが嚥下した音の耳障りに舌打ちしたくなるのを抑え、書類に目を通す。
雇用先の変更に伴う契約書。
一見では普通の雇用契約書。
今、これを?
若君らしからぬ行動に、これは罠と心のどこかで悟った自分がいる。
だが、それがどうした。
何の問題もないではないか。
主と認めたお方の信用を得られるのであれば、この命、差し出すのも厭わない。フッと自然に笑みが漏れ、強張った心と身体を解してくれた。
胸が高まる。
命を懸ける価値がここにあると高まりが胸を打つのが止められない。
これでは馬鹿にしたあの同僚と変わらないではないか。私も大概だなと自虐の笑みが漏れる。ふと、目端に映り込んだあの馬鹿な同僚の、ニマニマと喜色満面を見れば、スッと昂る心が鎮った。身を心を打ち震わした高揚が、馬鹿な同僚に台無しにされた。
こいつ! 許さぬ。
癪に障った、後でこっそり新薬の実験体にしてやろう。一服盛るぞと決めれば溜飲が下がる。私は流行る気持ちを悟らせないようにペンを握った。



私の忠誠をここに―――。

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