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第十四章 王が住まう場所
アドルフー④
しおりを挟む———上書きの贄にされた。
『血の盟約』は絶対ではない。変更可能な契約魔法だと言ったのだ。
秘密を知る者は自分を除いて陛下のみと追いの一言も忘れず。律儀なことである。
唐突な告白に虚を突かれ麻痺した思考が見せた一瞬の動揺を、シュヴァイニッツは見逃さなかったのだろう。付込む好機と捉えたようだ。ギラついた瞳の中に垣間見せた仄暗い優越性。してやったりと高揚を隠そうともしない。曰く、手法の詳細を知りたければ従えと。どこまでも厚顔の男であった。
家族への仕打ちを煽り私の反骨心を揺さぶる気であったか? その程度、まんまと乗る私ではないわ。
ここまで舐められるとは、心外だ。すっかり興が覚めた。
ならば、縁者だという少女を見殺しにしても問題なかろう。どうせ少女の助命云々も同情を買うための口実であろう。
シュヴァイニッツよ、よく回る呂律も無駄に終わったな。
おめでとう。交渉は決裂だ。
少し斜に構える立ち位置でお互い優越と蔑視の視線が交差する中、私は鷹揚に口を開く。
「はは、何とも面白い冗談ですなシュヴァイニッツ公。さて、お茶の用意も済んだことでしょう。そろそろ我らも参りましょうか」
「なっ?! 何故だ? 縛りが書き換えられるのだぞ! 貴殿も家族と共にいたいであろう? ・・・はぁ、これではまだ足りぬと? ・・・相分かった。では、貴殿の望みを教えてくれ。可能な限り希望に沿おうぞ」
まだ交渉できると高を括るシュヴァイニッツに、引導を渡すのは、はは、これまた愉快。
「公よ、何か思い違いをなさっておいでのようですな。不満などありませぬぞ。ですが、そこまで仰るのであれば、考えなくも・・・行動次第ですな。その上書きとやらを公が施されては如何かな? その結果で助力を考えても良いでしょう。ああ、それがよい。そうしましょうか」
「な! 公爵!」
両目をカッと見開きわなわなと震えるシュヴァイニッツを見て、多少は溜飲が下がった。家族をダシにされた不快さは、まだ解消されてはいない。が、こやつとの会話で見えたものがあったのだ。それはまあ、僥倖としよう。そう思わぬと無駄な徒労と遣る瀬無い気分に陥るのだ。
だがしかし、悔し紛れか、負け惜しみか。両の手で拳を握り歯を食いしばるシュヴァイニッツ。今にもギリギリと不快な歯の音が聞こえそうなほど、奥歯を噛み締めていた。
普段の紳士然の面構えはどうした。感情を剥きだしとは、らしくないではないか。
執拗に食い下がるシュヴァイニッツは、きっとよい暇潰しになる。その予感が、傍観を決め込んだ己の慰めに丁度良いとほくそ笑む。思わぬ気分転換が転がり込んだと、気を良くした。
そうして静かに次の一手を待つ。
「貴殿はーーー」
シュヴァイニッツの言葉を遮るように、建物の中から神官見習いの青年が姿を現した。私達に席の用意が整ったと誘う。頃合いを見計らっていたのかと思えるほど、私にとってはだが。丁度良い声掛けに感嘆の吐息を吐いた。
そして違和感を覚える。
この青年、妙に貴族慣れをしておるな。
幾ら神官の躾が行き届いたとしても、王族や貴族を前に、こうも平然と振る舞えるものだろうか。王都や領都の神殿ならいざ知らず、このような辺鄙な場所の見習いが?
慣れ・・・そうだ、あしらい慣れておる。
つい、悪戯心が芽生え、手にしていた杖を左右持ち変える振りで、わざとらしく手から離した。
私と青年の間は、少々離れていたが見事に杖を倒すことなく受け止めたのだ。
「おお、これはすまぬな」
「何をやっておるのだ公爵よ。気を付け召され。・・・後でまた続きを話そうではないか」
シュヴァイニッツよ、邪魔だぞ。
この青年、武の心得でもあるのだろうか。
「ザックバイヤーグラヤス公にシュヴァイニッツ公よ。二人は会話が弾んでいたようだな」
「ええ、不遇の身である私めにシュヴァイニッツ公より慰めの言葉を頂いたのですよ」
「はは、ライムフォード殿下のご厚意に甘えてしまいましたな。なに、年長の老婆心ですぞ」
「ほほう、そうであったか。ご苦労であったなシュヴァイニッツ公よ」
「ありがたきお言葉」
案内された先では、ライムフォード殿下と両殿下が同じテーブルに着き、談笑に華を咲かせたご様子。
ちと、皇子殿下が喧しいのが目障りであるが。お待たせしてはいないと分かりホッと安堵した。
ライラの隣が空席であったので私がそこに。シュヴァイニッツは対面に着座した。と同時に声を掛けられたのだ。流石は目敏いライムフォード殿下である。煩い両殿下を抑え、絶妙な声掛けだ。
王国の言語は帝国と同じ起源を持つので両国間の会話に支障はない。偶に古めかしい言い回しが鼻につく程度で、野暮ったいと馬鹿にされるのが王国だ。田舎者とも。
だが、ライムフォード殿下も私も帝都流の話し方だ。田舎者ではない。
殿下の接待姿も中々堂に入るではないか。
然程、間を置くこともなく茶器が配られ、辺りに甘ったるい香りが広まった。
思わず正面のシュヴァイニッツに顔を向けると、目配せで『問題のお茶』を知らしめた。
何やら皇女が茶を語っていたようだが気も漫ろでそれどころではない。周辺に目を配らせ皆の動向を警戒したものの、振る舞い茶を止めることはできぬ。
そうこうしてる間に騎士が毒見役と、茶を飲んだ。
一瞬の静寂。
そして、毒見役の頷き。
表情には出さぬが安堵したことだろう。皆、愉し気にお茶を含み始めた。
周辺を伺っていた私と、何故か皇女と視線が重なった。
私を見ていたのか?
好意的、とはお世辞にも言えぬ眼差しを向けられ、難癖をつける気かと笑顔が深まった。
やれやれ、評判の悪い皇女のお相手はライムフォード殿下であろうに。
あまり騒いでくれるなよ。
「悪役令嬢の出番ですのに。未だ姿を見せないとはどういうことですの?」
・・・?
誰にでもない、皇女の呟くような小声が、私の耳に届いた。
・・・悪役令嬢とは何だ?
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