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第一章 マゼンタ王国~皇女の守護魔獣に転生編~
姫降臨
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「大きな荷物だね、何だい? それは? 」
「内緒、内緒。あとで、店に来てくれよ」
「勿体ぶっちゃって。相変わらず商売上手だねぇ」
「飛びっきりの上玉だから、後悔はさせないぜ、ガハハハハ! 」
大きな揺れと野太い声に、叩き起された。視界は麻袋で覆われている。取り払おうと試みて、手足が4本まとめて一括りにされていることに気付いた。
肩の上に載せられているのだろうか。俺の背中からお腹にかけて、太い腕が回されている。
なぜ、こうなった? 記憶をたどる。確か、罠に引っかかってジタバタしてたら、スライムが助けてくれたんだ。
ヤツらが湖に帰るのを見送ったあと、少し休もうと腰をおろしたんだっけ。
なにしろ、長時間紐に括られ宙ずりにされたせいで、足は痺れ、頭痛と胸焼けがひどかった。
そして、今に至る。
折角助けてもらったのに、安全確保すらせずダウンするとは。スライムくん、ごめん…。
所詮、平和ボケ民族ですよ! なんていったって、ついこの間まで飲んだくれて路上で寝てしまう輩ですよ!いきなり野生動物になったって、根本はかわりませんって!! と、内心叫んだ。
体を捩ってみるが、威圧感ある太い腕っ節はビクともしない。あきらめて隙を伺うことにした。
手荒く麻袋から引っ張り出された。目に飛び込んできたのは、ケージに入れられ、怯えている家畜達である。壁には大小様々の包丁がかけられている。
隣の部屋は扉がついておらず、ずらりと並べられた肉が見えた。ショーケース越しに売りさばく店員の姿は、生き生きと楽しそうで、生気を失った商品とは対照的だった。
先程の声の主が俺に近づいてきた。他の店員からマスターと呼ばれているその男は、逞しい体つきの壮年男性である。全身を包んだ調理服には、生々しく血痕が残っていた。
頭をフル回転させる。出入口は閉まっており、店舗のショーケースは飛び越えられる高さではない。ここで逃げ回っても、肉塊にされるのは時間の問題だ。
俺に残された選択肢はひとつしかない。
この男に、生かしといた方が利用価値があると思わせるのだ。
手足の紐がほどかれると即、行動に移した。
まず、お座り。からの~~、お手。
マスターは俺の手を握ると、目を見開いた。
「お前賢いな。今から、採血するからこのまま、じっとしといてくれるか」
俺は、こくりと頷いた。マスターの目が点になる。
「ガハハハハ。お前、言葉がわかるのか。捕まえた時から上玉だとは思っていたが、上の上玉だな」
豪快に笑い、そして、訳の分からなこと宣った。
とりあえず、作戦は成功したようだ。これで、物言わぬ肉塊にされることはないだろう。ペットの躾文化は異世界共通であるらしい。やはり、神は俺を見放さなかった。
部屋の隅には俺用の座布団が用意され、至れり尽くせりのサービスをうけた。
数時間で弛れきった俺の態度をみて、マスターの豪快な笑い声が、また、響きわたった。
「頼もう」
凛と澄んだ声が、マスターの笑い声を抑えて店内に響き渡る。
さすが、商売人である。一瞬で真顔に戻り卒無く対応する。
「これはこれは、ピロロ姫様。ちょうど良いところへお越しくださいました」
「所用で近くまで来たのでな。寄ってみたら何やら楽しそうな笑い声がするではないか。私も混ぜてもらおと顔をだしたのだ」
そっと様子を伺うと、これぞクイーンという女性がたってた。
緩くウェーブがかかった燃えるように紅いセミロングの髪、凛とつり上がった目、すらっと通った鼻筋、シャープに洗練された顎、抜群のプロポーション。
あまりにも美しすぎて、アニメやライトノベルの世界から降臨してきたかのようだった。
動きやすくまとめられた、紅い軍服がその美をより一層際だたせる。
ぼーっと見とれている、いつの間にやら隣に現れたマスターに首根っこをつかまれ、姫の前に差し出された。
「珍しいピロロピロール種です。知性も高いので、姫様のお傍におけば必ずや、役に立つと思います」
ピロロピロール種? なんでこのおっさんは、マイナーな化学用語を知ってるんだ?
俺の混乱を他所に、1人の若い衛兵が前へと進み出る。
剣を俺にむけ、吐き捨てるように言った。
「貴様、姫様が魔獣をお求めでないことは知っておろう。だいたい、そのような卑しい獣など姫様と不釣り合いだ、即刻引下げよ」
マスターは冷静に対応し、俺を引っ込めた。
「大変失礼しました。だだいま、最上級のお品をお持ちいたします」
非を認め一切の申し開きをしない。さすが、プロだ。
「まて」
場の空気が一瞬で凍りつく。ピロロ姫が、前に立つ衛兵をギロりと睨んだ。
「お主、仮にも私の衛兵であろう。
風貌で判断するとは、どういうことか。我が国一目が利くマスターが、私の為に見繕ったのだ。お前は魔獣のみならずこの男のことも、侮蔑したのだぞ」
若い衛兵は青ざめ、後ろに下がり跪いた。
「も、申し訳ございません」
どうも、マスターは唯の肉屋ではなかったようだ。そのことを知らなかったのは、俺と件の衛兵のみのようだが。
「部下の失態は私の失態。不快な思いをさせてすまなかった」
ピロロ姫がマスターに頭をさげる。
「姫様がそのように安々と頭をさげるものではございません。このヤザワ、マゼンタ王国第一皇女であらせられる姫様に、頭を下げさせたとあっては名が廃りまする。おやめください」
張り詰めた空気が緩やかにほぐれていく。
姫の名采配とマスターの適切な対応によりことなきをえた……はずだった。
ピロロ姫が俺の方を向いた。そして、あろうことか、頭を下げたのだ。
「お前にも謝ろう。すまなかった」
皆が慌て出す。
「色素魔獣に謝るなど、おやめください。なんと、噂されるか」
再び場が騒がしくなる。豪快な笑い声が混じっていた。
喧騒に紛れてピロロ姫は俺をだきしめた。
「お前かわいいな。今日からお前は私の守護魔獣だ。よろしくな」
姫は俺を抱えたまま、先程の衛兵に体をむけた。
「今回はヤザワとこのモンスターが許したため不問としよう。次はないと思え」
「ははーっ」
こうして俺がピロロ姫の守護魔獣となり、一件落着したのである。
このエピソードが「賢王の謝罪」として後の世まで語り継がれたのは、言うまでもない。
「内緒、内緒。あとで、店に来てくれよ」
「勿体ぶっちゃって。相変わらず商売上手だねぇ」
「飛びっきりの上玉だから、後悔はさせないぜ、ガハハハハ! 」
大きな揺れと野太い声に、叩き起された。視界は麻袋で覆われている。取り払おうと試みて、手足が4本まとめて一括りにされていることに気付いた。
肩の上に載せられているのだろうか。俺の背中からお腹にかけて、太い腕が回されている。
なぜ、こうなった? 記憶をたどる。確か、罠に引っかかってジタバタしてたら、スライムが助けてくれたんだ。
ヤツらが湖に帰るのを見送ったあと、少し休もうと腰をおろしたんだっけ。
なにしろ、長時間紐に括られ宙ずりにされたせいで、足は痺れ、頭痛と胸焼けがひどかった。
そして、今に至る。
折角助けてもらったのに、安全確保すらせずダウンするとは。スライムくん、ごめん…。
所詮、平和ボケ民族ですよ! なんていったって、ついこの間まで飲んだくれて路上で寝てしまう輩ですよ!いきなり野生動物になったって、根本はかわりませんって!! と、内心叫んだ。
体を捩ってみるが、威圧感ある太い腕っ節はビクともしない。あきらめて隙を伺うことにした。
手荒く麻袋から引っ張り出された。目に飛び込んできたのは、ケージに入れられ、怯えている家畜達である。壁には大小様々の包丁がかけられている。
隣の部屋は扉がついておらず、ずらりと並べられた肉が見えた。ショーケース越しに売りさばく店員の姿は、生き生きと楽しそうで、生気を失った商品とは対照的だった。
先程の声の主が俺に近づいてきた。他の店員からマスターと呼ばれているその男は、逞しい体つきの壮年男性である。全身を包んだ調理服には、生々しく血痕が残っていた。
頭をフル回転させる。出入口は閉まっており、店舗のショーケースは飛び越えられる高さではない。ここで逃げ回っても、肉塊にされるのは時間の問題だ。
俺に残された選択肢はひとつしかない。
この男に、生かしといた方が利用価値があると思わせるのだ。
手足の紐がほどかれると即、行動に移した。
まず、お座り。からの~~、お手。
マスターは俺の手を握ると、目を見開いた。
「お前賢いな。今から、採血するからこのまま、じっとしといてくれるか」
俺は、こくりと頷いた。マスターの目が点になる。
「ガハハハハ。お前、言葉がわかるのか。捕まえた時から上玉だとは思っていたが、上の上玉だな」
豪快に笑い、そして、訳の分からなこと宣った。
とりあえず、作戦は成功したようだ。これで、物言わぬ肉塊にされることはないだろう。ペットの躾文化は異世界共通であるらしい。やはり、神は俺を見放さなかった。
部屋の隅には俺用の座布団が用意され、至れり尽くせりのサービスをうけた。
数時間で弛れきった俺の態度をみて、マスターの豪快な笑い声が、また、響きわたった。
「頼もう」
凛と澄んだ声が、マスターの笑い声を抑えて店内に響き渡る。
さすが、商売人である。一瞬で真顔に戻り卒無く対応する。
「これはこれは、ピロロ姫様。ちょうど良いところへお越しくださいました」
「所用で近くまで来たのでな。寄ってみたら何やら楽しそうな笑い声がするではないか。私も混ぜてもらおと顔をだしたのだ」
そっと様子を伺うと、これぞクイーンという女性がたってた。
緩くウェーブがかかった燃えるように紅いセミロングの髪、凛とつり上がった目、すらっと通った鼻筋、シャープに洗練された顎、抜群のプロポーション。
あまりにも美しすぎて、アニメやライトノベルの世界から降臨してきたかのようだった。
動きやすくまとめられた、紅い軍服がその美をより一層際だたせる。
ぼーっと見とれている、いつの間にやら隣に現れたマスターに首根っこをつかまれ、姫の前に差し出された。
「珍しいピロロピロール種です。知性も高いので、姫様のお傍におけば必ずや、役に立つと思います」
ピロロピロール種? なんでこのおっさんは、マイナーな化学用語を知ってるんだ?
俺の混乱を他所に、1人の若い衛兵が前へと進み出る。
剣を俺にむけ、吐き捨てるように言った。
「貴様、姫様が魔獣をお求めでないことは知っておろう。だいたい、そのような卑しい獣など姫様と不釣り合いだ、即刻引下げよ」
マスターは冷静に対応し、俺を引っ込めた。
「大変失礼しました。だだいま、最上級のお品をお持ちいたします」
非を認め一切の申し開きをしない。さすが、プロだ。
「まて」
場の空気が一瞬で凍りつく。ピロロ姫が、前に立つ衛兵をギロりと睨んだ。
「お主、仮にも私の衛兵であろう。
風貌で判断するとは、どういうことか。我が国一目が利くマスターが、私の為に見繕ったのだ。お前は魔獣のみならずこの男のことも、侮蔑したのだぞ」
若い衛兵は青ざめ、後ろに下がり跪いた。
「も、申し訳ございません」
どうも、マスターは唯の肉屋ではなかったようだ。そのことを知らなかったのは、俺と件の衛兵のみのようだが。
「部下の失態は私の失態。不快な思いをさせてすまなかった」
ピロロ姫がマスターに頭をさげる。
「姫様がそのように安々と頭をさげるものではございません。このヤザワ、マゼンタ王国第一皇女であらせられる姫様に、頭を下げさせたとあっては名が廃りまする。おやめください」
張り詰めた空気が緩やかにほぐれていく。
姫の名采配とマスターの適切な対応によりことなきをえた……はずだった。
ピロロ姫が俺の方を向いた。そして、あろうことか、頭を下げたのだ。
「お前にも謝ろう。すまなかった」
皆が慌て出す。
「色素魔獣に謝るなど、おやめください。なんと、噂されるか」
再び場が騒がしくなる。豪快な笑い声が混じっていた。
喧騒に紛れてピロロ姫は俺をだきしめた。
「お前かわいいな。今日からお前は私の守護魔獣だ。よろしくな」
姫は俺を抱えたまま、先程の衛兵に体をむけた。
「今回はヤザワとこのモンスターが許したため不問としよう。次はないと思え」
「ははーっ」
こうして俺がピロロ姫の守護魔獣となり、一件落着したのである。
このエピソードが「賢王の謝罪」として後の世まで語り継がれたのは、言うまでもない。
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