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第五章 ニガレオス帝国~暗黒帝と決戦編~

学術会談①

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「学術院長ご就任おめでとうございます」

「遠路遥々、お祝いに駆けつけてくれてありがとう」

 やっと、ラヴォア博士を捕まえることができた。事後処理などに追われているのだろう。少し窶れていた。

「まったく、大変な時に大役を仰せつかったものだよ。同時多発的事案だから、我々もてんてこ舞いだ」

 博士が力なく笑った。そして、各国の状況を聞かせてくれた。
 チタニア教帝領は教帝聖下に憧れた修道女に、マゼンタ王国はカフカと炎に魅せられた男に、
 シアニン帝国は龍戦士に嫉妬した竜騎士に、
 エロー学術都市は欲望をみたせなくなった魔獣調教師に、襲撃されたらしい。

「チタニア教帝領では、シロリーやテトロパスも大活躍だったそうだ」

 テトロパスとは、あの巨大蛸の名前だ。俺が名付けたのだ。

「シロリーやテトロパスが?  どうやってですか?  」

「私達が教帝領から帰還した後、噴水広場は一種のパワースポットになったらしいんだ。
 あそこでシロリーに『顔ペチャ』されたら、願いが叶うんだと、ね。毎日のように領民たちが集い、シロリーを愛でた。
 そのうち、彼らはお気に入りの子を家に連れて帰るようになったんだ。水瓶まで設置してさ。
 漆黒兵が溢れ出して領民に襲いかかった時、一斉にシロリー達が飛び出し応戦したらしい。色素ピグメントを吸い出して土に還したと言うから大したものだよ」

「スライムって臆病なんですよね?  」

「うん。その恐怖を跳ね除けるほど、領民たちに愛されて、シロリー達も彼らのことを愛していたということだね」

 博士が目が輝きだした。その嬉しそうな表情からは、疲れが消えている。

「テトロパスは?  」

「女性や子供たちは、安全を確保するためチタニア海岸に集められたらしい。しかし、余りの漆黒兵の多さに、取り囲まれてしまったようだ。そのピンチをテトロパスが救ってくれたのだとさ。蛸澄弾で枢機卿団を援護したそうだよ」

「蛸墨弾?  」

「あっ、ごめんごめん。
 蛸澄の『澄』は、水が澄む方の『澄』ね。体液にチタニア種の色素ピグメントを混ぜて吐き出したようだ。それで、漆黒兵を浄化させたらしい。お陰で被害は、最小限に抑えられたようだよ。
 まぁ、どちらもピロルくんのお手柄だね。
 なんにせよ、最初に噴水広場で顔ペちゃされたのも、テトロパスにチタニア種を獲得させたのも、君なのだから、さ」

 博士が悪戯っ子のように笑う。
 俺は、もう、笑うことしかできなかった。

「シアニン帝国で暴れたのは、ヴァイオレッタ皇妃陛下ですか?  」

 話題をかえる。

「よく知ってるね?」

「ボン・ブラックが色素ピグメントを操り見せてくれたんです」

「相変わらず、無茶苦茶だなぁ。なんとか、その技術を応用できないものかなぁ」

 博士が遠い目をしながら呆れたよう呟いた。

「シアニン帝国の皇帝陛下は竜戦士になれるんですか?  」

「あの国は特殊でね。代々、守護魔獣を引き継ぐんだ。というか、龍種が特殊だというべきかな。
 龍種は寿命を迎えると、色素核を引き継ぐため卵を産み落とす。そして、また元の主につかえるのだよ。
 そうして、何世代にも渡り色素核を共有していく内に、特殊な絆が産まれたのではないかな。
 詳細は私も知らないんだ。これまでシアニン帝国が秘匿にしてきたことだからね。
 この機会に、カッパー皇帝陛下から聞き出そうと画策中なんだ」

 博士がニヤリと笑った。

「まさか、あの皇妃陛下まで蛇戦姫化してしまうとはね。【色眼】に目覚められたと聞かされた時は、言葉を失ったよ。
 そのお怒りは、凄まじかったらしい。以前ドン様が作成した黒竜石像は、易々と封印を解かれた挙句騎乗され、旦那さん方までボコボコにヤられちゃったのだから、無理もないことだけどね」

 博士が視線を遠くに向けていた。
 可憐な皇妃陛下が貴婦人方と談笑されている。
 そんな風には見えない。
 やはり、血は争えないということか。

「エローも大変だったのでしょう?  」

 エローを襲った魔獣調教師というのは、前学術院長時代に黄虎を苦しめていた超本人らしい。色素核弾頭の製造にも関与していたのだそうだ。
 ヨーメン前学術院長と同様に、自分の手は汚さないという、汚い奴だったという。

 学術院長が代替わりして、欲求の捌け口を失ったことを相当恨んでいたみたいだ。

「総主教や学術予備隊、そして、アミちゃんが頑張ってくれたから、そうでも無かったよ」

「黄さんの仇がとれて、あたしもスッキリしたわ!
 きいてよー!  ブルッカイトの奴、全然使えないのっ!
『髪型が崩れるから戦えないーっ!』なんて、叫びながら早々に逃げて行ったわ。
 あったまきたから、黄さんのガスで自慢の茶髪を脱色してやったわ!  」

 アミちゃんが会話に加わってくる。

「でもでもー、ルエル様はダンディーで、ちょーカッコよかったなぁ」

「ルエル様?  」

 恋多き乙女は、相変わらずのようだ。
 一応きいてみる。

「学術予備隊副総司令のことだ。この度、総司令に昇格された」

 まだ、夢見心地のアミちゃんの代わりに、博士が答えてくれる。

「そして、アミちゃんも副総司令に任命された」

「「えーーーーっ!!   」」

 俺とアミちゃんの絶叫が重なる。
 なんで、本人がこんなに驚いているんだ。

「ルエル総司令の推薦と予備隊員達からの断っての願いに、断れなくてね。
 おかしいな?  話がいっているはずだけど」

「その話しやったら、オモロそうやったから、ワイが受けといてやったでー」

 アミちゃんの肩にのったぬいぐるみが答えた。

「……黄さん?  体育館の裏に行きましょーか?  」

「ちょっと、待ってや。まだ、ご馳走を食べなあかんねん。いやや、いややーーっ!!」

 ゴゴゴゴゴーッ!
 と、音が聞こえてきそうなアミちゃんに、首根っこを掴まれたぬいぐるみが連れ去られていく。

「あれ、黄虎おうこなんですってね」

「クラテスが頑張ってくれたんだ。
 最初は武器に色素核を移植する予定だったのだけど、上手くいって良かったよ。
 そうだ、そうだ。ピロルくんに何かあったら、アミちゃんのコレクションに移植するように頼まれているから、気をつけた方がいいよ」

 悪い顔をしながら、忠告してくれた。
 もう一度ぬいぐるみへの移植を試してみたい、とか考えているのだろう。

『そやで、ワイが『てのひらぐらし』のピロルや』

 ポケットから顔を出す虹色のぬいぐるみ。

 ふと過ぎった不気味な想像を振り払いながら、俺は博士を睨みつけるのだった。
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