誘い受け

わこ

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押し倒して瞼にキスする

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「ごめんね。寝てるトコ邪魔しちゃって」

深夜、と言うより明け方の四時過ぎ。柚希から今から会えるかと連絡が来た。

一般的な会社勤めをしている俺はその時間帯には寝ているのが当然だ。急な電話に多少顔を顰めはしたが、しかし俺には柚紀を拒む理由が全くもってない。
とりあえずは部屋に来るようにだけ返して、玄関先で出迎えた俺に柚紀が言った第一声がそれだった。






「寝てた? って、当然か」
「いや、平気。明日仕事休みだし」

きっと店からの帰りだ。割と常識的な思考を持ち、基本的に俺に対して何も求めてこない。そんな柚紀が時間帯も選ばずに訪ねてくるのは珍しい。
勝手な憶測でしかないけれど、もしかすると店に嫌な客でもいたのだろうか。仮にそれで俺を頼ってきたと言うなら、追い返すなんて真似はそれこそ頭がおかしいだろう。

柚紀を部屋に上げ、一先ずはリビングに通した。シャワーなら店で使ってきただろうから聞く必要はないし、そんなあからさまな質問なんて俺がしたくない。
適当にソファーに座らせて、自分はキッチンへ行きココアの袋を手にした。鍋に掛けて牛乳と一緒に粉を溶かしながら、ソファーに腰を落ち着ける後姿を眺めた。

「飲める?」
「うん。ありがと」

柚紀の好みは知らない。
自分がどちらかと言うと甘いものが好きで買い置きしてあるココアがあったのと、冷蔵庫を開けても水か缶チューハイしかないから選ぶとしたらこっちの方がマシだろうと思った。

マグカップを手に持ち、甘い香りが立つそれに口をつける柚紀の隣に俺も腰を下ろした。小さな溜息が横から聞こえてきたが、それは一息ついた時に出るものなのかなんなのか、ここぞとばかりに妙な色気を感じ取る俺は気が触れている。
しばらく柚紀の手を温めたカップは目の前のテーブルの上に下ろされ、隣からはコテンと身を預けられた。何を言うでもなくただ柚紀の肩を抱き、そっと引き寄せると喉を鳴らせて柚紀が笑った。

「……なんだよ」
「なんでもない。やっぱいいね。明菜くんの傍は」

交わす言葉は甘く親しみがある。まだ半分眠気の残る中、柚紀の額に髪の上から口づけた。
とは言え何かを期待している訳でもない。さすがに仕事後の柚紀にそこまで求めるほど、俺もゲス野郎には成り下がっていなかった。

だからこのささやかな行動に応えようとして、俺の太腿を撫でてくる柚紀の手は後ろ髪引かれつつも止めた。
本人は見せないようにはしていても疲れているのが俺にも分かる。セックスしに来たと言うなら話は別だが、客への奉仕を終えた後に俺の相手までしたくはないだろう。
足の上から手を退かせた俺を横から見上げ、からかうように柚紀が囁いてきた。

「気分じゃない?」
「……今日はいい。また寝なおす」

プロ根性に火でも点けたら柚紀の負担が増すだけだから、極力素っ気なく言い返した。ところが返ってきたのはクスクスという可笑しげな笑い声。
俺の考えなどお見通しだとでも言うように、制止をかけていたこの手を反対に取られた。引っ張られるような形でソファーから腰を上げる。

「じゃあ俺も一緒に寝ようかな」
「…………」

柚紀の手に引かれ、少し前まで寝ていた部屋に戻ってきた。出迎える時、ベッドサイドの小さなライトだけを点けていったから部屋は仄暗い。
さっさとベッドに上がり込む柚紀の隣で俺も布団に入り、その小さな明かりを消そうと手を伸ばした。ところが俺の手がライトに届くよりも、柚紀が俺の腕を掴む方が幾分か早かった。
はっとして横に顔を向けると覆い被さるように体を跨がれる。そのままバフッとベッドの上に押し倒された。

いつもだいたい誘ってくるのは柚紀だが、こうして力任せに押し倒されることは早々ない。薄暗さの中で見る微笑みは淫魔の類を思わせ、心拍数が上がるのを感じながら異様に整った顔を見上げた。

「襲っちゃおうかな」
「え……」
「なんてね」

口元に綺麗な弧が描かれるのを見て、思わずごくりと喉が鳴ると小さく笑われた。
柚紀の顔が傾き目元に唇を落とされる。反射で目を閉じると瞼へとキスされて、俺の鎖骨に触れた指先は次第に体の上へと下りて行った。

服の上から胸部に触れて、スルスルと腹まで下りていく。下腹部を過ぎ、中心に行き着いた手は躊躇いもなくそこに触れてこようとした。
柚紀にされればすぐに熱を持つのは実証済みで、そうなる前に咄嗟に掴んだ細い手首。ここまであからさまに誘われても尚頑なな俺を、物珍しそうな顔をして柚紀が見下ろしてくる。

「もしかして俺に気とか遣ってる?」
「……今日はしなくていい。寝とけよ」
「そっか。そうだよね。仕事してきたばっかりの俺なんて嫌か」
「ちが、」

チュッと。また瞼にキスされる。慌てて否定しようとした言葉は止まり、半ば呆けて見上げる柚紀の顔は満足そうな笑みを浮かべていた。

「ごめん、嘘。ジョーダン」
「…………」
「優しいね。明菜くんは」

からかわれている。それだけは分かった。

俺の体の上に座り込むような形で上体を起こし、柚紀は自分のシャツのボタンを上から外していった。
ゆっくりとした手つきは俺を焦らし煽り立てるものでしかなくて、安いストリップを見るより余程価値のある光景を緊張感と共に眺めた。

「………柚紀」
「うん?」
「……今日、なんでここに来た」

問いかけるとその手が止まった。読めない表情が俺を見下ろし、そのすぐ後にはフッと妖しく笑みを落とされる。

「さあ? なんでだろうね。でもなんとなく……」

ギシッと、俺の顔の近くに手を付いて伏せられた身体。耳元で誘うような声が響く。

「明菜くんとキスしたくなっちゃって」
「…………」

ゲス野郎に成り下がるのも嫌だが、これに耐え切れるほど俺はできた人間ではなかった。


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