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恋に悩んでみる
しおりを挟む初恋は確か、小三だったと思う。隣の席の……何ちゃんだったかは忘れたけど、とにかくカワイイ女の子。
初めて告白をしたのは小六の卒業式。学区の関係で別々の中学校になっちゃう……何ちゃんだったかはやっぱ忘れたけど、とにかく可愛かった。
初めて付き合ったコも、初めてキスしたコも、童貞を卒業した時の相手も、引っぱたかれてフラれた相手も。
これまで俺が好きになってきた女の子は、恋が見せる幻想を抜きにしてもみんなコトゴトク可愛かった気がする。この際正直に言えば、可愛い女の子なら誰でも好きだ。
選ぶ基準は唯一、顔。もうちょっと欲を出せば胸?
C寄りのBが好みです。
まあ、それは置いといて。
こんなしょーもない位に女の子にだらしがないのは、俺が男だからって理由一つで全て片が付く。
俺には特殊な趣味もフェチっぽい傾向もない。だから好きになる女の子は、一般的に言われるカワイイコだ。
華奢で柔らかくて雰囲気的にフワフワしてて。女の子らしい可愛さを目の前にすれば、デート何回目からだったらえっちオッケーかなあとか、そんな下心しか芽生えてこない。
そんなんだ。そんなもんだ、男なんて。いつでも俺はそんな感じ。
ところが俺が今待っている相手は、小柄でもなければフワフワもしていない。
柔らかくない。キャルキャルしてない。目線の位置は俺より上。筋肉の付き方超キレイ。低い声が妙に色っぽい。こっちから押し倒すどころか強姦される。
こんな女がいたら絶対に泣いちゃうけど、俺がさっきからそわそわして待っている相手は田岡だ。言うまでもなく男。
カナコちゃんの素の顔を知ってから数時間が経った。学校が終わっても落ち着かなくて、自分の部屋でウロウロし続け、とうとう居ても立ってもいられなくなって田岡のバイト先に来てしまった。
そして出待ち。本気でストーカーみたいな気分。店の中に入ろうとしては引き返し、結局裏口のドアを前にして突っ立っていることを選んだ。
田岡はもうすぐ上がりのはず。瀬戸のバカヤロウのせいで色々ややこしくなっていた事情も解消した今、俺に残された使命は田岡との仲直りだった。
なんて言おう。第一声どうしよう。カナコちゃんが投下した爆弾がかなり効いているのか、必要以上にドキドキしてる。
またもや変な失敗はしないように、ここは落ち着いて田岡直撃シミュレーションでもしておくか。
たぶん田岡は、ドアを開けた先に俺がいることに驚くだろうから、
「お疲れたおかー! なんだよ、ビックリ? ビックリした? だーよなー。よし、じゃあビックリついでに飯食い行こー!」
ダメだ。ふざけ過ぎてる。しかもまた飯の話かよ。
ならちょっとしおらしく、
「田岡ごめん。俺が全部悪かった。お前の気持ち考えないですげえサイテーな事ばっかしてたよな……。ほんと、ごめん。いっぱい傷つけてきたこと後悔してる。でも俺……田岡が一緒にいてくんないとやっぱイヤだ」
さっむ。誰だよ。マジ誰だ。田岡、固まっちゃうって。
だったらいっそ路線を変えて、
「田岡大好き! もう友達やめよう! だって愛してるから!!」
……ナイな。
あ、じゃあ試しにコレのしっとりバージョンで、
「俺……やっと気づいた。友達でいたいって言ってたのに今さら虫がよすぎるけど……でもそれじゃ……足りない。ちゃんと話せないのツラくて、田岡が女の子と仲良すんの見てんのもイヤだし……。なんか、好き……なのかも。田岡のこと……。田岡はもう、俺のこと嫌い……?」
だからさ、サムイって。こんなこと俺が言い出したら逆に笑えるよ。
つーか何。俺はこう思ってんの?
ちょっと病院行ってこようかな。
ほんの予行練習のつもりが、自分を痛めつけることになった。危ない感じになっちゃったシミュレーションにがっくりきて、ドアの前で撃沈させられる。
女の子が相手ならこうはならないのに。デレデレするのに忙しくて、緊張なんてしている暇がない。
それがどうして田岡だと、想像の中でさえここまで残念なことが起こるんだ。ダチで男ってだけで。
逆か。ダチで男だからだな。男友達にデレデレし始めたらそれこそ危険だ。
あーもう、どうしよう。状況が悪すぎて腹減ってきた。
俺は田岡と気まずいままってのが一番嫌なんだし。どの道恥をかくんなら、ザ・直球!みたいな感じでいいか。
ここは一発、男らしくシンプルに、
「好きだ田岡。付き合って」
とか。
微妙だけど、この位が一番無難だろう。この後沈黙にでもならなければ。
ん?てか、あれ?
俺ってここに田岡と仲直りするために来たんじゃなかったっけ。
いつから告白シミュレーションに移行しちゃったんだ。
少し冷静になってみろ。
田岡がドアを開け、ドアの前に佇む俺を発見して驚き、一歩足を踏み出した俺は一言、「好きだ田岡。付き合って」と。
どうよ、これ。微妙とかその辺のレベルじゃないだろ。
昭和のドラマだってここまで強引な急展開にはならない。
どーすっかなー。
色んな事がグチャグチャしてて面倒になってきた。そろそろ田岡も出てくる頃なのに。
でもとりあえず、人違いには注意しよう。最初に出てきた人に向かって叫んでみたら違う奴だった、なんてマヌケなミスは古典的なギャグ漫画だ。
ドアが開いたらまずは人物確認をして、田岡だと分かったら、……分かったら………。
なんか今、ガチャってドアノブが回ったから……
「…………」
「…………」
本人ヒット……!
注意点まとめてたらドア開いちゃった!
しかも出てきたの田岡!
こういう時に限って一発目で登場!!
人生って無情だ。思うようにはなかなかいかない。
あれだけ変なシミュレーションを浮かべては落ち込んでいたのに、田岡を目の前にした俺は一言も発せなかった。
だけど正解していた妄想の場面が一つだけあったみたい。田岡はドアを開けた先に俺がいたことに驚いている。
てな訳で生じた結果は、二人してフリーズ。
ダメじゃん!!
「あ……お疲れ……」
ようやく絞り出した俺の第一声はこれ。なんて情けない。
田岡が驚いていたのは最初の数秒間だけで、俺とは違ってすぐに自分を落ち着けたようだった。ああ、と静かに返しながら外に出て、黙ったまま動けない俺を見て困った顔をしている。
思い出さなきゃ。なんて言おうとしてたっけ。
ごめんって言って今までの事を謝って、冗談なんかじゃないってちゃんと伝えて。
「田岡……あのさ……」
それから、好きだって。一緒にいたいって。
「あのな……っ」
顔を上げて、真っすぐ田岡の目を捉えた。俺には珍しい必死な様子は伝わったようで、田岡も逸らさずにいてくれる。
ここまで緊張したのはいつ以来だろう。今度こそ、失敗なんてできない。
言わないと。全力で。握りしめた手には、思わず力が籠った。
「す……好きなトコどっか飯食い行くの付き合って!!」
「え?」
間違えたぁあ……!!
馬鹿じゃないの俺!?全力で間違えてどうすんだよ、結局メシかよ!!
こんなミラクルな誤発信があるだろうか。言いたい事のニュアンスが百八十度変わってしまった。
「好き」と「付き合って」の間がとんでもなくジャマ。
「じゃなくて、違くてっ……なんつーか……えっと……」
あたふたし過ぎて変な動きになっちゃう。一人ロボットダンス祭りは、俺の滑稽な姿を晒すに晒した。
もう終わりだ。バイト先でストーカー被害に遭わせてまで、俺はまたもや田岡を呆れさせた。
さぞかし失望されているに違いない。そう思って、目を向ける事もままならなくなっていたところ……
フッ、て。笑った気がした。
「全く……お前はホントに」
次いで投げかけられた穏やかな声。俺の田岡センサーはピクリと反応して、すぐさまその表情に食らいついた。
破顔。してる。呆れているのはその通りだけど、田岡は俺を目の前にしてクスクスと笑っていた。
「また金欠? こんなトコで待ってるくらいなら入ってくれば良かったのに。ああでも、ここの軽食メニューじゃ山本には足んねえか」
そう取られましたか、田岡さん。
一気に力が抜ける。俺の普段の行いはここに来ても災いしたようだ。いつものタカリだと思われた。
これは困った。この雰囲気でいきなり告白しても、またふざけていると思われる。
息が詰まるような気まずさに陥るよりはいい。俺に負い目ばっか感じて、田岡に辛そうな顔をされるよりもずっとマシ。
でもこの展開、俺は一体どうすれば。
「田岡……」
「どこ行きたい? 腹減ってんだろ?」
減ってるけどさ。誤解なんだってば。
「肉食いたいんだっけ?」
「え、いいのっ?」
違うだろー!食欲に負けてんじゃねーよー!
奢ってくれる雰囲気で肉を食わせてくれそうな発言を受け、ピョコッと顔を上げた俺。しまった、なんて後付けみたいに思った時には笑われている。
その上タイミング良く腹が鳴ったものだから、田岡は余計に笑みを深め、俺は反対に縮こまった。
カッコわる……。
そして結局奢ってもらった。カフェの近くにある牛丼屋で。
遠慮を知らない俺は店に入るや、大盛りつゆだくしかも玉子付きの注文。ハッとしてまたもや犯したミスに気付いたのは、店員に元気よくオーダーした後だった。
そこは謙虚に行くべきだったのに。小、少なくとも並盛くらいにしておかなければならない場面だった。奢って貰う気満々な時点で、すでに問題外なんだけど。
ところが田岡は文句を言うわけでもなく、慌てて注文を取り消そうとした俺を横から遮った。
「じゃあ、それと並で」なんて普通に付け足して、おずおずと窺いを立てる俺を見て困ったように笑った。
ミジンコみたいにごくごく小さな罪悪感を、心のほんの片隅の方でっそりと持っている割には、たらふく食って(最低)。
帰り道、なんとなく仲直りできたのかなあと楽観視しながらぷらぷら歩いていると、静かだった田岡がふと口を開いた。
ごめんな。
そう言われて、それまでのポワンポワンした心地から一気に現実に引き戻された。街灯に照らされた夜の道で隣の田岡を見てみれば、小さく笑ってはいるけどどこか辛そう。
言葉なく、田岡から目を離せずにいると、「当たり前だけど、こんな事で許してもらおうとは思ってねえから」と。
違うよ。許してもらいたかったのは俺の方だよ。
精神的にキツい脳内予行までしていたのに、俺は未だに一言も謝っていない。
田岡は真面目すぎた。今がもし刀を振り回している時代だったら、間違いなく自分の腹を切っていた。
そんな男と一緒に歩いて、じゃあなって別れる道にまで辿り着いた。
ここでこのまま家に帰って、明日田岡と顔を合わせた時にはどうなっているだろう。田岡の性格から考えると、今までのことを全部なかったことのようにしているような気がする。
何もなかったことにして、俺が言っていた望み通り、ほんとにただのトモダチに戻しているような気がする。
「……田岡っ」
そんなの、
「お前の部屋、行きたい」
寂し過ぎる。
***
で。田岡の部屋。
お前の部屋行きたい、の後、見るからに難色を示した田岡。またそんなこと言い出すのかよって感じに困っていた。
だから。
「ちょっと……パソコン? あー……そう! 調子悪くて!! 課題終わってねえからさあ、貸してくんない?」
と、我ながら呆れを通り越す苦しい誤魔化し方で、なんとか田岡の部屋に上がり込んだ。
しかしそこは無計画。現在俺は、難題に直面中。
「課題ってこの前言ってたレポートだろ? 資料あんの? 手ぶらみたいだけど」
「…………」
田岡の部屋でノートパソコンを貸し出されて、それの前に座ってからはもう言い訳の仕様がない。
俺が常に持っている物と言えば、財布とかスマホとかその程度。大きな荷物をどこにでも抱えて持っていく女の子とは違って、必要最低限の物しか持ち合わせない。
ましてレポート用の資料なんて。ていうか教科書類、全部大学のロッカーにぶち込んでくるからね。
おそらく田岡は、最初から分かっていたと思う。折角目を見て話せるようになったのに、また拗らせる事がないようにという配慮で俺のウソに付き合った。
多少さっきの言い方には棘があったものの、それは全面的に俺が悪い。
「好きに使ってて」
俺に茶を出すだけ出して、田岡はそれ以上何も言わずに背を向けた。学生が一時的に住まう狭い部屋の中、田岡が足を向けた先はまさかの玄関。
えーッて思って、思った時にはそのまま声に出ていた。
「なに。どした」
奇声に近かった俺の叫び。
田岡は吃驚したように振り返ったけど、今朝みたいに置いて行かれるんじゃないかと思った俺は慌てて田岡に駆け寄った。
「どこ行くんだよ! 俺にそんなムカツイた?! 嘘ついたから怒ってるッ?」
「は? いや……コンビニに。ウチ今なんもねえから。途中で腹減ったとか言い出すだろ、お前」
「え……」
やあだー。ハズカシー。
またやったっぽい、カッコ悪い。
そうならそうと一言言ってよ。俺すごく必死だった。
逆に俺が言わなくてもいい事言っちゃったし。嘘って自分で白状しちゃった。
「……なんも、いらない。つーか気づいてんだろうけどレポート書きに来たんじゃないし……」
ついでにもっと白状してみる。言い訳したって無意味だろう。
分の悪さから目線を斜め下に落として呟いた俺を一瞥し、田岡は玄関に向けていた足を部屋の中に戻した。
そしてそのまま、パソコンが開いたまま置いてあるテーブルにつく。
こっちに来て座れ。そう受け取ってもいいのかな。
重い足取りで元いた場所に戻って、おずおずと田岡の向かい側に腰を下ろした。
「……悪い。気い遣わせてるんだよな」
「え……」
俺が言葉を探し出すよりも先に、田岡から言われたのは思いがけない事。
どういう意味かも分からずに田岡を見れば、難しい表情の中には辛い雰囲気しか感じ取れなかった。
「無理して俺になんか構うことない。山本が悪く思う必要なんてねえんだし。お前にはほんと……悪いことしたと思ってる」
「……なんで」
「好きだなんて俺が言ったから困らせてんだろ? いいよ、もう。俺のことは気にしなくて。今までごめんな」
俺が言いたかったごめんを、田岡はどんどん奪っていく。極力感情を表わさないようにしているのが分かる。
思った通りこいつは誤解していて、俺が冗談で田岡にちょっかいを掛けていたと思っていた。
いや、それ以上か。同情とかその類で、仕方なく付き合っていたとでも思っているようだ。
付け足された最後の言葉は、それを確信するにはまさしく決め手。
「山本のそういう優しいトコにずっとつけ込んでた。だからこれ以上はやめる。こうやって……もう一緒にいてくれなくていいよ」
一緒にいてくれなくていい。自嘲気味な言い方に打ちのめされて、頼りない心地の中で心臓がヒヤッとした。
何言ってんだこいつ。完全な誤解だ。むしろ田岡は被害者と言っていいはず。
田岡の惚れた弱みというものにつけ込んで、毎日毎日、あれ食いたい課題助けてと利用しまくっていた俺のどこが優しいんだ。
優しいのはお前だろう。お人好しのレベルで。
「……パソコン、ほんとに調子悪いんなら持ってっていいぞ」
遠回しに、帰れという意味。田岡は再び足を立たせた。
「待ってて。ケース探してくる」
多分、このノートパソコン用のキャリングケースだ。そんな所で優しさを発揮される。
違うから。全部違う。悪いの俺だけど、お前だってニブすぎんだよ。見当違いもいいとこだ。
その後ろ姿を見ていると、一気に自分でも訳の分からないものが込み上げてきた。勢い良く立ち上がって、田岡の正面に回り込む。
ここまでして冗談だなんて思われたら、逆恨みだろうと殴ってやろう。そう思いながら、俺に目を向けた田岡の両腕にガシッと掴みかかり、渾身の力を込めた。
突然のことに面食らっている田岡の様子は気にも留めず。思うまま、力任せにその体を押し倒した。
ダガンッ、と結構な物音が立つ。田岡を下敷きに、二人揃って床に倒れこんだ直後、真下に向かって俺は叫んだ。
「ッ好きだ……!」
「ぃ……ッつ……は……?」
「すげえ好き、田岡が……。お前に惚れてる……っ」
空気が揺れる。俺のせいで床に打ちつけた背中の痛みに、田岡は顔を歪めていた。
だけどそれに被せて続けざま叫んだ俺の言葉によって、同時に目を見開いたまま固まることに。
思い切った大告白。その割には色気がない。告白の仕方は喧嘩腰な上に、軽傷まで負わせる始末。
ここまでくると勢いだけだった。田岡の上に跨ったまま床についた手を握りしめ、唖然としている相手に向かってさらに叫ぶ。
「好きなんだよっ、好きだから一緒にいんだよ! 冗談じゃないし無理もしてない!! お前に愛想尽かされたら俺、どうしていいか分かんねえよっ!!」
「…………」
加減を弁えない強行は、余りにも唐突過ぎたのだろう。
田岡の目は点になっていて動かない。必然的に凝視されることになった俺は、恥ずかしさも生半可なものじゃなかった。
勢い余って押し倒しちゃったもんだから、状況を変えるには俺が退くしかない。だけど今更、ここまでしておいて、引っ込みがつかなくなっているというのが本音。
「……山本」
「ふざけてないからなっ。俺は本気で……」
本気で、の後は続かなかった。退けよって言われるのが怖くて、ぐいっと顔を近づけて詰め寄ったはいいけど。
言えない。そう何回も、好きだ好きだと連呼はできない。
田岡だから。こいつが相手だと、いつも女の子にするような軽い告白は無理だった。
好みだったらとりあえず告ってみるのが常だったけど、適当にやって失敗して、結果田岡に嫌われたなんて事態は耐えられない。
段々弱腰になっていった。言えないなら、他の切り口を探すしかない。
「……瀬戸に……」
「え?」
「……田岡とカナコちゃんが付き合ってるって話された」
逸る気持ちを死ぬ気で抑えて、聞いたことをそのまま口に出す。
瀬戸とかカナコちゃんとか、突然無関係な人間が出てきたことに田岡は戸惑っていた。身に覚えのない恋愛事情が浮上すれば、困惑の色も一段と増す。
「西野と……? なんでそんな話……」
西野というのはカナコちゃんの事。自分で言ってから、田岡は気付いたようだった。
「……瀬戸…あいつか。それは多分、勝手に誤解してるだけで……」
瀬戸に問い詰められて、カナコちゃんから告白されたと田岡は白状している。でもそれだけだ。
怪訝な顔をする田岡を押し倒したまま、俺はその先を遮って首を振った。
「分かってる、違うって。全部カナコちゃんから聞いた」
「…………全部?」
「うん」
「……何を」
途端に青くなる。田岡にとってカナコちゃんの発言は、よっぽど気掛かりなものらしい。
けど俺は今それどころじゃない。田岡の心配事を無視して、自分の言い分を最優先させた。
「瀬戸から二人のこと聞かされた時、嫌だって思った」
「ちょっと待って。西野、何言ったんだ」
「ゼミですげえ仲イイし……それもヤだった」
「仲いいわけがあるか。なあ、ほんと何言われた」
「イチャイチャイチャイチャしやがって、何だこいつらって……」
「してねえよ。何聞かされたか知らないけど西野の言うことは信じるな」
「カナコちゃん、あんな可愛いのに……。嫉妬する相手がお前じゃなくてカナコちゃんなんてさ……」
「あれはお前が思ってるような女じゃ……え?」
どうにも噛み合わない。噛み合わないけど、最後の所は田岡の耳を素通りしていかなかった。
虚を突かれたように俺を見上げ、俺はそれを見下ろした。
「……取られたみたいでイヤだった。田岡の隣に俺以外がいんのも見たくない。俺のことだけ構ってて欲しいとか思っちゃって…やっぱそうなんだって気づいた。田岡がムカツいてんなら飯タカるのやめるし、課題も一人で頑張るようにするから」
「…………」
「……まだ……俺のこと好きでいろよ」
似合いもしないのに頬を赤くさせて、徐々に徐々に小さくなっていく。
こんな恥ずかしい思いをするのは、百年に一度あるかないかだ。告白なんて数え切れない程してきたけど、男に告ったのが初めてなら、ここまでドキドキするのも初めて。
出てくる言葉は小学生の読書感想文並み。ダダっ子みたいに田岡に縋った。
ただ、何も返答がないことは単純に心細い。それがきっと顔にまで表れている俺を、田岡はやんわりと押し返した。
「田岡……」
それは何。やめろって?
いつまでも押し倒しされたままではいてくれないらしい。床に肘をついて上体を起こすと、田岡は俺と顔を見合わせた。
それでも足の上に乗っていることに変わりはないから、目線の位置は近い。募る不安を背負って何かを言ってくれるのを待っていると、田岡の腕がスッと肩に伸びてきて俺を引き寄せた。
「たおか……?」
よく分かんないけど抱きしめられている。ここ、そういう場面?
「ごめん……ちょっと……」
「え……?」
「……このまま」
結構いきなり。このままと言いながら、田岡は困惑する俺を抱きしめ続けた。
寸前まで捨てられそうになっていただけあって、これはなかなかの予想外。キョヒられたらどうしようと、そんな事ばかり案じていたのに一気に覆ったみたいだ。
そんなことないはずだけど、なんでか懐かしく感じる。ギューっと、少し痛いくらいに抱きしめてくるこの腕。
田岡はそれ以上何も言わない。自分の方に寄り掛からせるようにしっかりと抱き込まれれば、返事とかそんなもんはどうでも良くなっていた。
というより、どんなバカでもさすがに分かる。
自他共に認める長所には成り得ない俺の欠点は、単純な脳細胞の持ち主であるということ。嬉しいなんかじゃ収まりきらないようなものが少しずつ込み上げてきて、後はもう、心置きなく甘えるだけ。
男二人の絵ヅラがどうなんて気にする余地もなく、俺は迷わず田岡に腕を回した。
応援ありがとうございます!
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