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2.フライデークイーン
しおりを挟むかくして強制連行されてきたストリップバー。男として心が浮き立つ響きであるはずなのに、脱ぐのが野郎だと思えばどんより沈んだ気分にしかならない。
何が悲しくて男のストリップを見なければならないのか。汚いおっさんのケツなんて見ていても楽しくない。楽しくもないのにどこがエンターテインメントだろう。
怪しいこの店の前に立つまでに、何度ため息が漏れたか分からない。中里さんは俺が俯く度にシャキッとしなさいと喝を入れてきた。
こんな場所に女性を一人で行かせる訳にはいかないという思いがカケラ程度はあったのも事実だ。でもこの人なら、たとえ一人で放り込んでいたとしても全く問題なかったのではないかと今さらながらに思えてくる。
夜の街の一角。目の前には重厚なドア。中里さんに背中を押され、俺は渋々ドアを開いた。
中に足を踏み入れればそこは思っていたよりピンクピンクした世界でもない。女性の客層は確かに多いし、中には男女のカップルらしき人達もいる。
仄暗い照明のもと、酔いの混じった客達で程よくざわついていた。目立つのはいやらしい雰囲気などではなく、その辺の一般的なナイトクラブやなんかと大差ない。
ただし中央奥に設けられたステージと、今は暗くしてある照明の下のダンスポールは妙に俺の目を捉えた。
ステージだ。あそこで男が脱いで躍るのか。憂鬱だ。
「ね、言ったでしょ。普通の所だって」
「そうですけど、でもやっぱストリップなんですよね……。大丈夫なんすか、俺らでこんなトコ来て。会社にバレたらマズくないですか」
「問題ないんじゃない? プライベートな時間まで会社に拘束されたくないでしょ」
強え。
「でも、脱ぐんですよ。男が」
「まあ、それがウリの店だからねえ」
「……いいんですか? 中里さんそういうの見ても平気な人なんですか?」
「別に今さら珍しくもなんともないし見たくなければそもそも来てないよ」
「…………」
淑女とは。いつの間にヤマトナデシコは絶滅したのか。
それ以上何も言えなくなり、堂々とした佇まいで進んでいく中里さんの後について人ごみに紛れた。
店内を見渡す限り、割合として最も多いのは女性客。二、三人の女性グループで訪れている人達が、全体の六割程度を占めるだろう。
ほんの一握りではあるが、男女のカップルもちらほらと目に入る。残る人口は単独の男か、もしくは二人以上で来ている男性客だ。
多分その辺はガチな人達ろう。男同士の距離がやたらと近い。
早くも帰りたかった。思ったよりも内装はまともだが、正直こういう場所は腰が引けてしてしまう。
誰がどんなシュミを持っていようとそれは個人の自由だ。しかし自分の全く知らない世界にホイホイ足を踏み入れられる程、俺はチャレンジ精神豊富な人間でもなかった。
出て来るのは溜息ばかり。俺の周りにいる女性客達はそんな俺の暗い顔になんか到底気づかない。
メンズストリップの何が面白いのか。これから始まるのであろうステージを待ち望み、興奮気味にきゃいきゃいと騒いでいる。
出所不明の中里さん情報によれば、今夜ステージに上がるストリッパーは最近になって急に出てきた男だそうだ。
イチゲンさんよりも馴染み客が多くなるこのストリップバー。そんな店に謎の踊り子が初めて姿を現したのは三カ月ほど前だった。男のパフォーマンスは一瞬で客の目を捕え、あれは誰だと言う所から話が広まり今では店の人気ナンバーワンを誇っている。
その男がステージに上がるのは週に一度、金曜の夜だけ。彼目当ての客は多く、男も女もこの一日を待ち望む。彼が出ればおひねりは弾むし売り上げは上がるし、店にとってはかき入れ時の曜日にもなっている。
……らしい。中里さん情報によれば。興奮気味にそこまで聞かされ、俺はとてもげんなりしている。
「あの……やっぱ帰りません……?」
「何を言ってんのここまで来てっ。待ちに待った今日と言う日だよッ。金曜は週に一度しかないの!!」
「そりゃそうでしょ……」
今の中里さんに何を言っても通じない。男が裸体を晒すのがそんなに嬉しいのか。
「きっと真鍋君はストリップって名前だけで卑猥なイメージしか想像してないから引き気味なんだよ。いい? これは芸術だよ? 肉体美と言う名の素晴らしきアート! 有名な彫刻家だって男性裸体を作るでしょ? それと一緒!」
「……はあ」
違えだろ。ミケランジェロとストリッパーを一緒にすんなよ。
怖くて到底口には出せない呟きを心の中でゴチて、今か今かと待ち侘びている中里さんを見遣った。
体力も精神力も、ひどく消耗させられる戦いになりそうだ。周りの女性達をちらちらと眺めてみれば、みんな一様に中里さんみたいな顔をしているから心臓に悪い。
「ほらっ。真鍋君シャキッとする! 始まるよッ!」
「…………」
パッと店内の照明が落とされた。その瞬間、隣の中里さんから思いっきり叩かれた背中。痛い。
痛みとやるせなさとでげっそりしつつ、ぼんやりとステージ上に浮かび上がった照明へと目線を向けた。
なんで俺がこんな目に。そう思いつつも渋々ながら、ざわめく客達の視線に合わせて前を向く。聞こえてくるのはいかにもアダルトな艶めかしい曲調、ではなくて。店の雰囲気にも程好くマッチした、激しすぎないロックテイストのBGMだった。
カツカツと、音楽を背景にして響いてきたヒールの音が耳に入る。雰囲気に圧倒されてついつい息を呑んだ。
そんな俺の目線の先。舞台袖から颯爽と現れたのは、黒い衣装に身を包んだ一人の男だった。
舞台の中央に立ち、悠然と客席の面々を見下ろすその人。ストリッパーの涼しげな目元が全ての客の視界に収まったその瞬間、女も男も一斉に歓声を上げた。
「……え」
大爆発した黄色い声に掻き消されながら、思わず。本当にそう、思わず。
気づけばぽかんと開いていたこの口からは、男の顔を目にした俺の、呆気に取られた声が微かに漏れ出ていた。
見張ったこの目。止まる呼吸。全ては目の前の光景に囚われていた。
初めて生で見るボンテージ衣装は上から下まで全て黒一色で覆われている。艶めくエナメルのロングコートをなびかせ、ニーハイブーツのピンヒールをカツカツと鳴らして最前列を陣取る客達を挑発する彼。
その顔には一切の笑みが浮かばない。威嚇でもするかのように、観客を睨み付ける眼光は冷徹で鋭い。
今にも射ぬかれそう。男に対して迷いもなくそう感じた。その事実に気付き、自分の正気を疑った。
「どうだ真鍋君、この熱狂的な声ッ! これでもストリップを馬鹿にできる?!」
「……あの人」
隣からは熱狂した中里さんがバシバシと背中を叩いてくる。しかし俺にはそれに反応している余裕がない。
ストリップなんて言うからには、どんなあられもない格好の男が出て来るのかと思っていたが。いやらしくないとはさすがに言えない。見せるためのステージなのだからそれは当然だ。
ロングコートのダブルジッパーは躊躇いもなく開かれている。上のジッパーは胸元から腹までザックリと下げ、白い肌がありありとライトに照らしだされていた。下はコートの裾から股の辺りまで開き、潔いくらいの勢いで躊躇いなく素肌を晒している。
あれは男だ。知っている。しかしどうにもこうにも艶めかしいと思えてしまう。色気を感じるその内腿が、コートの隙間からちらちらと覗いていた。
間違っても女性だと見紛う事はない。明らかに男の、綺麗に筋肉の付いた足だ。
歩く度にコートが揺れる。衣装は隠すための役割を果たさない。惜しみなく開かれたジッパーの付け根の位置まで、彼の太腿は客席の目にことごとく触れていた。
ありえない。なんだあれ。なんだあれ。色っぽい。
ごくりと喉が鳴ったのを意識の外で感じる。衣装の色を黒で統一しているのだから、下着もやはり黒いのだろうか。そんな事を思い至ったその時、彼の股間を凝視している自分に気づいて慌てて目線をサッと逸らした。
「素敵でしょっ?! フライデークイーン!!」
「フラ……?」
「彼の通称よッ。金曜だけ現れる魅惑の女王様! 男にも女にもとにかく人気が高いの!!」
「…………」
ダッセぇ。
口をついて出そうになったが、ステージを我が物顔で歩く彼を見ていれば閉口せざるを得ない。
胸元も太腿も惜しげもなく晒すクセに、肩から指先にかけては未だ一切空気に触れていない。ロングスリーブから覗くその手はレザーの黒手袋でかっちりと覆われていた。最前列で身を乗り出している客に指先を伸ばしては、触れるか触れないかのところで焦らすみたいに去っていく。
ドエスの女王だ。まさにクイーン。
そんな彼の右手には当然のように黒い鞭が握られている。歩きながら時々ピシャリと床を鳴した。そしてその都度、客席からは悲鳴にも似た歓喜の声が飛んでいく。
「…………」
なんて、悪趣味。そう思う。本当にそう思うのに、どう頑張っても目が離せない。
だって綺麗だ。人間の目を奪う姿。あっさりと捕えられて、堂々と客達を見下ろす彼に惹かれずにはいられない。
涼しげな目元も。射抜くような眼差しも。スーツに身を包んだ朝の彼とは、同じ人なのに全く違くて。
「…………中里さん」
「なあにッ? もっと近く行く?!」
「……あの人……見覚えないですか」
俺は今朝も見た。平日の朝にはいつも駅前のカフェに来る。きっちりしたスーツで、大人っぽい雰囲気の落ち着いた人で。
「……よく……ウチに来てますよね……?」
常連客だ。あの人だ。
間違いない。今朝だって見た。いつものコーヒーをテイクアウトで購入していき、一瞬目が合ったような気がしてそれだけでもう今日は一日幸せに過ごせるような気がして。
浮かれてた。浮かれていたんだ、俺は。なのに俺の目の前には今、街中にいたら確実に通報される格好をしたあの人が。
「……中、里さん。やっぱ帰りましょう。あの人ウチに良く来る客ですよ。バレたらヤバイ、ってかすげえ気まずい……」
「は? 何言ってんのッ。まだ始まって五分と経ってないのに帰る訳ないじゃん!!」
「いや、でも……」
「いーからほら前行こ! これからパフォーマンス始まるんだから!!」
「え……」
どうやらこの様子だと中里さんはあの客がウチの常連だなんて気づいてもいない。
それでいいのか店長と思いつつも、聞き捨てならないその一言に俺の注意は向けられる。
「……これからって、今のは?」
「前戯みたいなもん!!」
「ぜ、……」
淑女とは。
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