貢がせて、ハニー!

わこ

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115.破壊者Ⅶ

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 管理会社に事情を話したらポスト前も映るようにカメラの設置をしてくれることになった。
 けれどもあれから届く手紙には全て切手が貼ってある。つけられているような気配もピタリと感じなくなっていた。

 なぜ。これはどういうつもりか。それをまた三人に話すと、小宮山は現時点で有り得る二つのパターンを考えた。
 夕べのアレを犯人が見ていたとして、それによって激昂する恐れが一つ。その一方で警戒を強め、直接の手出しはしてこなくなる可能性がもう一つ。
 どちらだろう。判断がつかない。あるいはそのどちらとも違うのか。いずれにせよ気の抜けない状況であることに変わりなく、三人からは気をつけろと釘を刺された。

 とは言え現時点でこれまで以上のおかしなことは起こっていない。となると本当に諦めたのか。警戒して付きまといをやめたか。
 そう思うのは単なる願望に近くて時期尚早なうえに楽観的過ぎるが、実際に手紙以外は何もしてこなくなった。しかし手紙だけは来る。
 昨日までの時点では怒りを示すメッセージは来ていない。会いたいよ。いつも見てる。変わらずそんな一行だった。


 今日もまたポストに入っていた。この封筒を目にしたとき、まずは左上に視線が行くようになった。
 昨日まではあったはずの消印。それが今日は、どこにもない。

「…………」

 直接投函されたのは数日ぶりだ。一瞬だけ息を呑むも、その封を切り、二つ折りの紙をカサッと表に取り出した。
 文字を目で追う。それで首を傾げた。いつもとはなんだか違う。
 よく見て。そう書いてある。しかしそこでようやく気付いた。封筒にはまだ微かな厚みが。

 手紙だけではなかったようだ。中にはもう一枚があった。以前の記憶が頭に浮かぶ。前にもこうやって俺の写真が入っていた。ということはまたどこかで知らないうちに撮られていたのか。
 胃のあたりが急激に重苦しくなり、恐る恐るその写真に指先を引っかけた。封筒から出そうとするも、その時、ガチャリと、室内に響く。

 びくりと大げさに跳ねたこの肩。玄関の方に顔を向けた。
 ここの部屋のドアを開けられるのは俺と、借主である瀬名さんのみ。頭では分かっていても両足はいくらか覚束ない。体というのは正直だ。その時一番強い感情をお節介にも外に出そうとする。
 手にした封筒と手紙はそのままに重くなった足をぎしりと動かし、ダイニングのドアをカチャッと開けた。そして目にする。瀬名さんの姿。

「…………」
「ただいま」
「……おかえりなさい」

 最近はこんな事ばっかりだ。この人の顔を見るたびに泣きたくなる。心の底から安堵が湧き出る。
 けれど今は同時に罪悪感も抱いた。時刻はまだ、十九時過ぎ。

「仕事は……」
「問題ない」
「…………」

 ドアの前で突っ立っていると瀬名さんがこっちまでやって来た。
 ポンと、頭の上に手のひらが乗っかる。大きくていつも優しい。

「本当だ。心配しなくていい」

 この人は俺を否定しない。出会った時からずっと変わらない。瀬名さんの手に促されながら部屋の中に戻ったが、その視線が俺の手元に向けられたことにも気付いた。

 左手には封筒を、右手には手紙を持ったままだ。手紙の方を手渡すと瀬名さんもその一文に目を通した。
 いくらか眉間が寄ったように思う。このままじゃこの人も安心できない。

「なんかまた写真送って来たみたいで……」
「お前の写真か」
「いえ、分かんな…」

 言いながら今度こそ写真を引っぱりだし、見た。視覚は即座にそれを認識し、そこで手と顔、全部が止まった。ドクリと心臓が跳ね上がり、閉じたくても目を閉じられない。
 違う。違った。俺の写真ではなかった。よく見て。こいつが俺にそう示した写真は、俺じゃなかった、こいつだ。自分で自分を撮った。

 どこかの部屋の壁だと分かる。白っぽい背景。その前に立っている。顔は分からない。分かるはずがない。なぜなら写っているのは腰から下だけ。
 誇張するかのように。ありありと。服をまとわず見せつけていた。赤黒く勃起した、男性器。

「見るな」

 スッと、この手から取り上げられた。逸らすことも閉ざすこともできなかった視界からグロテスクな光景が消え失せている。
 一瞬だった。本当に一瞬。固まった俺の代わりに瀬名さんがすぐさま取り上げた。それでも目の前にこびりついている。おぞましくいきり立った、充血したそれ。

「見なくていい。大丈夫だ」

 瀬名さんは封筒も俺の手から引き抜き、写真もろともこの目から隠した。
 落ち着けるように抱き寄せられる。打ち付けられたかのように頭が動かない。まぶたを伏せるというただそれだけの働きさえままならず、宥めるような手に促されるままこの人の肩に顔を埋めた。
 なんでこんな。なんで俺が。もう嫌だ。これ以上は耐えられない。喋れず、口を開くのも躊躇する。同じ男であっても吐き気がする。

 気色悪い。だって、見てって。よく見てと書いてあった。こいつは俺にこれを見せた。見せたかったんだ。自分がこうなっているところを。見せたくて写真に撮った。
 この前の手紙を思い出す。きもちいいよ。その一文にゾッとした。あの感覚は間違いじゃなかったと今はっきり自覚する。

 いっそ泣けたら楽だったかもしれない。けれど涙なんて出てこない。
 あの手紙を書いた時、こいつはそこで、何をしていた。








***








「これからは一人で封筒開けるな。中は俺が確認する」
「……すみません」
「…………」

 落ち着くまで瀬名さんは何も言わずに俺を抱きしめた。しばらくして重く息をつくと、今度はそっと肩を抱かれた。俺の手から取った写真と手紙は、瀬名さんが封筒ごと引き出しの奥にしまった。
 もしもさっき一人で見ていたら写真を破り裂いただろう。感情的なだけで、ひどく衝動的に、意味をなさないような言葉をわけも分からず叫び散らしただろう。
 そのくらいは取り乱したはずだ。瀬名さんが俺のそばにいなくて、写真を取り上げられることもなければ。

 グロテスクな物が視界から遠ざけられれば思考はまともになる。冷静にもなれる。
 間違いなく男だ。犯人は男。それだけは分かった。それがなんだと言うのか。こんな写真を送り付けてきてこいつは俺に何がしたい。
 見えない敵はこんなにも厄介だった。下半身の露出写真でその人物を特定できるはずもなく、どこの誰かも分からなくてはなんの対処もしようがないのは警察もやられている本人も同じ。こいつは俺になんだってできるが、俺はこいつに何もできない。
 こんな写真を見せたがるような男が、次には何をしてくるだろう。
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