たとえクソガキと罵られても

わこ

文字の大きさ
46 / 88

46.戻ってきた黒傘Ⅲ

しおりを挟む
「それで断っちゃったわけ?」
「うーん……」

 日直は学校の面倒くさい当番のトップスリーに入る。号令も面倒くさいし黒板消しも面倒くさいし日誌の記帳も面倒くさい。
 本日の出来事について俺が感想を捻り出すのを、すでに無人となった隣の席に腰かけながら晃が待っている。

「なんでまた」
「……なんかあの子ちょっと苦手で」
「はあぁ? 堀口楓を無理とか言うなら大抵の女子は無理ってなるからな。なんなのお前。そんな面食いなの?」
「違う」

 晃によると堀口さんは男子人気の高い子らしい。ほぼ接点のないところは俺と変わらない晃だって下の名前まで知っている。
 学年別人気順の上から三番目くらいらしい。そんな順位があったことすら俺は気づいていなかった。

「つーかそういうのはまず俺に相談してから結論出せよ。告られたら言うって決まりじゃん」
「そんな決まりはない」
「なんか最近仲良く一緒に帰ってるなあとは思ってたけど」
「仲良くないよ。ひたすらに気まずかったよ」
「せっかく人が気を使って放課後消えてたってのに」
「だからお前最近見つかんなかったのか」
「おかげで俺の明日からの昼飯はやきそばパンになったじゃんか」
「は?」
「もし堀口に告られたときに陽向がオッケーするかしないか、先週くらいからクラスの男子全員で賭けてたんだよ。勝った奴は負けた奴らからやきそばパン貰える事になってる」
「人の知らないとこで何やってんだ」
「あ、全員じゃねえや。真田だけは唯一乗ってこなかった」
「だろうな」

 真田くんは今時珍しい程の武士道精神の持ち主だ。見た目は俺よりヒョロそうなのに空手部の最終兵器で負け知らずの努力家でもある。

 鍛錬に鍛錬を重ねる性格は曲がったことを決して許さない。かと言ってそれは自分自身に課す精神であって周りに押しつける真似は一切しないうえ、老若男女に隔たりなく優しくて平等なので誰からも好かれる。
 体育館裏に時々やって来る三毛猫にストーカーされている様子も結構な頻度で目撃するから、たぶんノラ猫にも優しいのだろう。

 武士道とは縁もゆかりもない晃は真田くんとは正反対。人で勝手に賭け事やるような奴だ。やきそばパンは購買の総菜パンの中で断トツ人気の商品でもある。

「ほぼ半々ずつの勝負になっててさ、俺は断る方に賭けてたんだけど正解だったよ。よかったあ。これから九日間はやきそばパンには困らない」
「その半分は俺の取り分だからな」
「は? ヤだよ。俺が全部食うよ。つーかなんで俺。真田以外みんな賭けてたのに」
「その賭け誰が言い始めた」
「俺」
「半分は晃からもらう」
「なんだよ陽向は弁当あるのに。ケチ。強欲」
「うるさい」
「次いつウチ来んの。ハンバーグ作ってよ」
「うるさいな」

 ご両親がご不在だったちょっと前には晃の家でクッキー作らされた。
 白黒の市松模様のヤツ作れとかやたらと要望が細かかった。俺にはウサギをくり抜く程度しかできない。

「でも冗談抜きにさ、とりあえず付き合っちゃえば良かったのに」

 長谷川さんみたいな人がここにも。こういう陽キャがああいう大人になるのか。

「あんな可愛いのにもったいない。お前は学年中の男子を敵に回したぞ」
「なんで」
「男の嫉妬は女の嫉妬よりも三倍は怖いんだよ。俺はやきそばパン食えるから許すけど」

 やきそばパンなくても怒られる謂れはない。

「……今はそれどころじゃないし彼女なんて考えたこともない」
「それどころじゃなくはないだろ。借金もうないんでしょ?」
「そうだけど……バイトあるし、家事してると一日終わるから」
「高校生の男が生活のメインに持って来るのがその二つってのもどうかと思うよ」

 それしかない訳じゃない。高校生の本分は学業だと比内さんからも厳しく言われている。

「ちょっとくらいは比内さんのこと忘れて高校生らしく生きな」
「比内さんがいたから高校生らしく生きられるようになったんだってば。メシ係やらせてもらえるおかげで俺はあの家にいられるんだし」
「比内さんってそんな亭主関白な人なの?」
「まさか」

 お人好し過ぎて見ていて心配になるくらいだ。

「なんか陽向の生活って比内さん中心に回ってるよな」
「え?」

 話しながらも適当に日誌を書きつけていた手がピタリと止まった。思わず顔を上げ、はっきり目が合う。

「……そんなことないよ」
「あるよ。比内さんに朝飯作って比内さんに弁当渡して比内さんに晩飯作るんだろ?」
「……俺も食ってるし」
「じゃあ比内さんと朝飯食って比内さんに弁当渡して比内さんと晩飯食ってる」
「…………」
「ついでに俺にも弁当持ってきて」
「なんでだよ」
「切れ端の玉子焼きとかでもいいから」
「やだよ」
「ケチ。けーち」
「うるさい」

 玉子焼きの切れ端は俺がいつもこっそりつまみ食いしている。

「後見人の弁護士なんて聞いた時は何かと思ったけど、よっぽど存在感強い人なんだな。とりあえず楽しいなら良かった」
「別にそんな、楽しいとか……」
「好きでもない事にそこまで熱心になれるかよ」
「それは……」
「陽向の最優先は比内さんなんだろ?」
「…………」
「そういうのを中心って言うんだ」
「……そう……?」
「うん」

 誘導されたような気もしなくはないが、迷いも躊躇もない断言をされると人の気持ちは大体揺らぐ。そうなのかもって思えてくる。

「……そう、かな……」
「うん」
「…………」

 俺の生活。言われてみれば、そうかもしれない。
 朝起きた時にまず挨拶を交わすのは比内さん。学校が終わったあとも比内さんと会う。バイトが終わった後に家に帰っておかえりなさいと言う相手も比内さん。夕食を一緒に食べる相手もこれまたやっぱり比内さんだ。

 朝飯を作る。昼の弁当を渡す。晩飯ができたら書斎に呼びに行く。休日も俺が家にいれば顔を合わせて過ごすことになる。

「…………」

 俺の生活は思っていたより、比内さん中心で回っている。





***





 晃から思わぬ指摘を受けたその足で比内法律事務所に向かった。

 比内さんから用を言いつけられている最中、窺うようにその顔をチラリと。パッとすぐに視線は外したが思いっきり不審だっただろう。
 比内さんの用事を終えたら今度は七瀬さんの指示に従う。言われた通りにまとめた資料一式は比内さんにお渡しするもの。

 再び部屋をノックして、手渡す間際にチラリと盗み見る。その無表情を。整った全部のパーツを。
 ニコリともしない代わりに相変わらず息を飲むほど綺麗な顔をした弁護士は、何も盗めていなかったこの視線を捉えるかのように、スッと目を向けてきた。

「さっきから何ジロジロ見てやがるクソガキ」
「あ……すみません」
「ボサッとしてねえで働けグズ」
「はい……」

 俺の生活の中心にいるらしいこの人は、今日も安定して口が悪かった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜

なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」 男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。 ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。 冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。 しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。 「俺、後悔しないようにしてんだ」 その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。 笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。 一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。 青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。 本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

【完結】番になれなくても

加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。 新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。 和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。 和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた── 新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年 天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年 ・オメガバースの独自設定があります ・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません ・最終話まで執筆済みです(全12話) ・19時更新 ※なろう、カクヨムにも掲載しています。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

処理中です...