解けない。

相沢。

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#8 神室

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「それが全部、
おかしくならへんようになる、
一つの事実、教えよか。」

__________

子供センター受付前。
やはりクーラーが効き過ぎている。
もう秋だというのに。
10月に入りやっと暑さが薄らいできた。
長年愛用している
ニットのカーディガンを羽織り、
白石は再びこの地へと降り立つ。

六花を探している。

あれから、六花はどうなったのだろう。
里親となった人とは、
上手くやれているだろうか。

幼く、小さく、
達観した、鋭い観察眼を持つあの子は、
そして、妹である由花は、

いま、幸せなのだろうか。


絵を描く少女が白石の目に映る。

「六花さん…か?」

__________


声を掛けようとしたその時だった。

「じゃあ~六花ちゃんは偉いから~
飴ちゃん!あげよ~な~」

少女に飴を握らせる大人。
白石は動揺した。

知らない"大人"が子供センターの子供に
とても馴れ馴れしく接している。
この人は一体、どういう人なのだろうか。
ここのスタッフもしくは…誰だこの人は。

__________


…しかしやはり少女は六花のようだ。
元気そうな姿に、
白石は安心のため息を溢した。

声を掛けているのは、
黒髪はパーマを
少し掛けたようにセットされていて、
ところどころ金髪の
眼鏡を掛けた男性だった。

「え~?いいの~?」
「ええよ~?
六花ちゃんはこの前、俺にプレゼント~
言うて折り紙のなんか
すっごいのくれたやろ~?
お礼お礼。」

「あれは足と羽が倍に生えた鶴だよ」
「そっかぁ~にぃちゃん忘れやす~てな?
ありがとうな~、ちゃんと飾ってんで。」

白石は、ただそこにちんまり佇んでいた。

__________

観察。

六花への危険性は無さそうだ。
とはいえ、安全性もまだ未確定である。
男性の話など、
六花からは一度も聞いたことがなかった。
そして、やはりどうしても気になるのが、
どこのどの会話を切り取っても、
二人がかなり親密らしいことだ。


「誰だ…?」

白石の独り言に、
ゆっくりと男性は振り向いた。

__________

「うっわ。あったかそ~」

白石を見て開口一番、
彼はそう言って微笑んだ。

白石はぺこりと会釈した。
「あの、あなたは」

「あ、白石くんだ!」
六花は嬉しそうな笑顔を浮かべ、
こちらにやって来た。

__________

刹那、刻が止まったようだった。
とても心が温かくなるのが分かった。
男性の事が一瞬、頭から消える程に。

ああ、この子はいま、
笑顔だった。
良かった。

白石は本当に思いが溢れ出そうだった。

__________

「六花ちゃん、このあったかそーな人、
知り合い?」
「うん!この人が白石くんだよ!!」

現実に引き戻されるような感覚になる。
どうやら男性は、
白石を知っているようだった。

「キミが白石くんかぁ~

ど~も。神室です!」

かむろ、と名乗った男性は、
白石よりも少しだけ目線が低かった。
2cmほど小さいだろうか、という程だ。

眼鏡を外し、にこりと白石に会釈する。

「いやぁ~いつもは
コンタクトやねんけど、
忘れちゃったんよな~
あ、白石くんは裸眼?」

「はい、裸眼です。
時々眼鏡を掛けますが…」

「仲間やん~

仲良うしよな。」

白石に被さる、少し大きな神室の声。
白石としては、時々
神室の声のトーンが下がるのが
かなり気になった。が、
ひとまず気にしないことにした。

色々気になることはたくさんあるのに、
まだ彼が、
目が悪く、いつもはコンタクト
だという事しか分からない。

それと…
「関西の方ですか?」
白石は神室へ聞いた。

「そやで。
ちょっと仕事でこっちにね。」

「仕事…」
「出版社のアルバイト~
縁があってね~」

出版社のアルバイトだという事しか。


「白石くん、長い事な、

キミと話がしたいと思っててん。」
神室は、白石へ言う。

「え、僕とですか?」

「キミ以外白石くんおらんやろ~?
な~?六花ちゃん?」

「うふふ」と六花は、はにかんだ。

「今から話できる?」

白石はたじろぐ。
「え、あ、出来ないことはないけど、
僕六花さんに会いに来て、」

「六花ちゃん、白石くん借りていーい?」
「いいよ!」

こちらに選択権はないようだ。
六花はこちらへと手を振った。
元気そうで何よりだが…。

__________

「あの…」

「白石くん、会いたかったで。」

近くのカフェにて。
白石はスティックシュガーを2つ入れた
カフェラテを、
神室は微糖のコーヒーを飲んでいた。

「それ甘ないん。」

「甘いですおいしいです。…あちゃ。」

白石は猫舌で頑張って飲んでいたが、
やはりそれどころではないのだ。

「神室さん。
どうして僕に会いたかったんですか?」

神室はゆっくりコーヒーを飲んだ。
「あちゃちゃ。

ん?えっとな~
俺、出版社で働いてる言うたやろ?
で、上のやり方が結構荒いのよ、
白石くんになんとかして欲しいねん。」

…?

白石はきょとんとした。

「はい…?
え、僕関係ないじゃないですか。」

神室はカップを揺らした。
「せやな~でもお願いしたいねん。」

「僕、探偵業やってますよ、一応。
そちらに話通してもらうのは…」

「べつに捜査することなんてないんやもん。

それに俺は
友達としてお願いしてんねんで?」
「友達じゃないです。…あちち。」

白石と神室は、沈黙の間、
ずっと各々のカップの熱さに格闘していた。

白石が口を開く。
「僕は六花さんに会いに来たのに、
それを邪魔して、カフェに連れて来ては
金銭も発生しないのに
友達だからなんやかんやって
僕に関係のない仕事の難しい話を
押し付けて来て
おかしいじゃないですか。」

「…せやなぁ。」
神室は、妙にすんなり引き下がった。
白石は神室を見つめる。

「それが全部、
おかしくならへんようになる、
一つの事実、教えよか。」


「…はい…?」

「俺らが、
ほんまにずっと"友達やった"言うたら?」

「…え?」
__________

神室さんの言っていることは、
自らの記憶の真髄の話だ。
神室さんの言っていることが嘘ならば、
神室の己が利益の為との理屈が通る。

…でも、もし本当ならば?

白石は幾秒間かの間、思考を巡らせていた。

「ま~た忘れてくれたな、白石くん。」
「……僕があなたを忘れるのは
何度目ですか。」

「二度目、やで。」
二度目。
となると、住川の話と筋が通る。

「あなたは…」
白石が聞くと、嬉しそうに彼は応えた。

「白石くんのトモダチ、
 神室くんやで。」
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