狐の嫁入り

アリス

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面倒な相手

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それから十分ほど待たされた。

足の感覚がなくなりはじめた頃、大勢の気配がした。

(ようやくお出ましか)

私は姿勢を正して、花婿がはいってくるのを待った。

障子の前に人影が移る。

その影を見ただけで、体格がよく、背も高いことがわかった。

障子が開き、男の顔を見る。

私と違って、男は狐のお面をしていないので見ることができた。

どんな顔か嫁ぐ前に知りたかったが、それは言ってからのお楽しみだ、とウィンクしながら当主に言われ知ることができなかった。

(私の方が美人ね)

当主には相手は物凄い美人だ、とだけ教えられていたので期待したが、どう見ても私の顔の方が整っている。

当主の言葉を信じてしまった自分に呆れながら、気づかれないようため息を吐く。

「下がっていろ」

桔梗がそう言うと傍にいた者たちは下がっていった。

今ここには私とこの男しかいない。

だけど、少し離れたところで待機しているのがわかる。

どれだけ気配や妖力を隠そうと、私には妖力を感じることができる。

妖は産まれたときから妖力を備えているため、消したとしても魂にまで混じっている妖力は消すことはできない。

この男もそうだ。

他の妖狐よりは上手く妖力を消しているが、魂に混ざったものまでは消せない。

「初めまして、というべきか」

桔梗は目の前に座るなり、冷たい目を向けられる。

(あー。これは怒ってるわね)

当然と言えば当然だが、私だって被害者なのだ。

怒りたいのはこっちも一緒だった。

それでも我慢するしかない。

全ては契約のせいだ。

そう思いながら、耐えることを決意すると、桔梗がまたも冷たい声でこう言った。

「お前はいったい誰だ?」

仮面を取っていないのに、花嫁が変わったことに気づかれた。

気づかれるにしても早すぎる。

当主が事前に言ったのなら、こんな聞き方はしないはずだ。

そもそも、当主が事前に詫びることなど、あの性格ではありえない。

誰かが情報を流したのだろう。

流したところでいずれは気づかれる。

いったい誰がこんな面倒なことをしたのだと腹がたつ。

せめて、婚姻が終わってからにしろよ、と。

それだけでなく、流された情報は一部で、全部ではない。

茜の不祥事はたぶん言われていない。

誰かは知らないが、そのせいで理不尽に待たされたことに私は気づいた。

間違いなく、一番の被害者は私だ。

(むかつく!くそが!誰か知らないけど絶対に許さない!)

私はありとあらゆる罵声を心の中で叫び、妖狐に情報を流したものを絶対に許さないと誓った。

「私の正体が重要ですか?」

私は苛立ちを隠すことなく声に乗せて言う。

「……何が言いたい」

男は目を細めた。それと同時に目が変わった。

色は黒から黄色に、目の中の丸が縦に。

「大事なのは西園寺家の娘と結婚するという契約を守ることですよね。相手が誰であろうと、契約さえ守れば問題はないはずです。違いますか?」

元々、仲良くするつもりなどなかったが、桔梗の態度がどうしてもむかついて喧嘩腰になってしまった。

「……違わない。その通りだ」

桔梗はゆっくりとわざとらしく息を吐いた後にそう言ったが、顔を見れば納得していないのは一目瞭然だった。

「では、契約を守るためにも、さっさと婚姻を済ませましょう」

今頃、式場には西園寺家のお偉い方々が到着しているはずだ。

もちろん、両親も。

「一つだけ先に言っておく」

(はい、はい。どうぞ)

「これは契約結婚だ。俺がお前を愛することは一生ない。期待はするな」

桔梗は私を睨みつけながら言うが、それにたいして私は吹き出しそうになった。

「それはこちらのセリフですよ」

嫌味たらしく笑い返して言ってやった。

桔梗の顔が歪んだが、先に喧嘩を売ったのは向こうで買っただけのことだ。

「では、行きましょうか。未来の旦那様」

私は立ち上がり歩こうとしたが、一歩足を出した瞬間、体がよろけてしまった。

足の感覚がなくなったせいで気づかなかった。

倒れる。

喧嘩したばかりの相手の前で無様にこけることなど恥ずかしくて仕方なかったが、どうすることもできず受け入れるしかなかった。

(さらば。私の威厳よ)

床と近くなり、目を瞑って痛みがくるのを待つが、なかなか訪れてこなかった。

その代わり、お腹が締め付けられた。

嫌な予感がして目を開けると、その予感が的中した。

「大丈夫か」

後ろから桔梗に声をかけられる。

「はい。助かりました。ありがとうございます」

仮面のおかげで表情は気づかれずに済んだが、自分でもわかるくらい無表情だったと思う。

ここから式場まで歩けるか、と心配になるも歩くしかないと腹をくくり、足を踏み出そうと力を入れようとしたとき、目の前に手が差し出された。

「ん」

桔梗は何を思ってそうしているのかわからず、私はその手を見つめた後、彼を見た。

なかなか手をのせない私にしびれを切らしたのか、手を掴んで自分の手の上に乗せた。

これにいったい何の意味があるのか、と思っていると桔梗は歩き出した。

不思議に思いながら歩き出すと、さっきとは違って普通に歩けた。

どうして、と思ったがすぐにその理由がわかった。

桔梗の妖力が触れあっている手から私を支えるように纏っていた。

「感謝するわ」

私は静かに伝えた。

桔梗は何も言わなかったが、さっきより雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がした。

(突然、態度が変わるなんて子供ね。面倒くさい中身が子供の外見が大人と結婚すると思って我慢しよう。どうせ、これが終わったら関わることはないし)

私たちは誰もいない廊下を二人で歩いた。

紅葉の葉が廊下に落ちていて、まるでレッドカーペットみたいだな、とひそかに思った。
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