私達、婚約破棄しましょう

アリス

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きっかけ

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「なら、消せばいい。俺はこの瞬間からイフェイオン・ルーデンドルフではなく、ただのイフェイオンになる」

イフェイオンは公爵の目を睨みつけ、きっぱりと言い放った。

「イフェイオン!」

公爵は目を釣り上げて怒鳴るが、イフェイオンはそれを気にすることなく話しを続けた。

「あんたの命令で俺はこれまで戦場にずっといた。何度死にかけても、戦い続けた。それがルーデンドルフ家に生まれた男の宿命だと思って受け入れてきた。同世代の男たちが社交界で遊んでいるときも、好きな女と幸せな時間を過ごしている時でさえ、俺はこの国のために戦った」

イフェイオンは戦場にいたときのことを思い出した。

初めて戦場に立ったとき、多くの仲間が魔物に殺された。

知らない者もいたが、知っている者もいた。

その者たちには愛する家族がいた。

ある者は結婚したばかりだといい、ある者はもうすぐ子供が生まれるといった。

またある者は来月子供が結婚するといい、当日泣かないか心配していた。

この戦争が終わったら彼女にプロポーズすると決めていた者もいた。

だが、ほとんどの者がその願いを叶えることなく死んだ。

イフェイオンは今でこそ「戦神」として恐れられているが、最初の頃は違った。

いつ死ぬかわからない日々を繰り返し、なんとか生き抜いていただけだった。

できることなら逃げ出したいと何度思ったか。

イフェイオンが経験した戦場は歴代ルーデンドルフ家の男たちが経験したものとは比べ物にならないほど残酷だった。

理由はわからないが魔物の量も増えたせいか、彼らの活動する期間が長かった。

戦は長引き、大勢の騎士たちの命が奪われ、そのせいで士気は下がるのに魔物の数は増える。

ちょっとしたミスが命取りになる。

魔物に食われている仲間を助けようとした瞬間、自分が別の魔物に食べられるということが多々おこった。

イフェイオンはそんな残酷な日々の中で生きてきた。

自分の手がどれだけ血で染まったのか知っている。

どれだけ多くの命を見捨てたのか、積み上げられた死体を見て自分の弱さを知った。

そんな中、精神が壊れることなく生き残れたのは、ただエニシダの笑顔を守りたいと思ったからだ。

彼女はきっと出会った日のことを覚えていないだろう。

あの日のことを覚えているのは自分だけ。

そう思うと辛かったが、それでも良かった。

あの日、彼女の言葉に救われたから戦場で生き残ることができた。

もし、願いが叶うなら彼女と生涯を共にしたいと思っていた。

そんなときに魔物との戦が落ち着き一度国に帰還することになった。

国王からなんでも一つ褒美やると言われて、真っ先に願ったことはエニシダとの婚約だった。

だが、自分のような人間が彼女と婚約してもいいのか悩んだ。

彼女の隣には自分のような全身血だらけの男ではなく、優しく全てを包み込んでくれるような温かい男の方が相応しいのではないか。

そう思うと苦しかったが、その方がいいと思うしかなかった。

戦場に行ってからは社交界には一度も出ていない。

エニシダの現在は知らないが、きっと美しい女性となってみんなから好かれているはずだと思った。

そんな彼女が自分を選ぶはずがない。

国王に頼めばエニシダと婚約することはできるが、どうしても言い出すことはできなかった。

欲しいものはエニシダの婚約者という肩書きだけで、他は何もいらなかった。

だから、何も言えずに黙り込んでいると、国王が何を思ったのか、柔らかい笑みを浮かべてこう言った。

「何もないのなら、ワシが決めよう。其方はこの国の英雄だ。そんな男の隣に相応しいのは、今社交界で最も注目されている女性、エニシダ・オルテルが相応しいじゃろ」

イフェイオンは国王が何を言っているのか理解できなかった。

ただ、エニシダの名前が出てきたことだけは聞き取れていた。

「なんじゃ?不満か?其方の婚約者にエニシダ・オルテル以外、相応しい者がいるか?」

婚約者。

その言葉が聞こえた瞬間、ようやくイフェイオンは国王の意図を理解できた。

それと同時に国王に自分がエニシダのことが好きなことを知られているのだと恥ずかしくなった。

いつ、どこで、知ったのか?

この気持ちは誰にも言っていない。

戦場に出てから一度も社交界には出ていない。

エニシダにも、国王にも会っていない。

気づかれずはずがないのに。

どれだけ考えても答えはでなかった。

でも、そんなことはどうでも良かった。

恥ずかしいけど、それよりも感謝の気持ちの方が大きかったから。

「有り難く頂戴いたします」

イフェイオンは深く頭を下げる。

「陛下のお心遣いに感謝いたします」

「ワシが作れるのはきっかけまでじゃ。後のことはお主が頑張るしかない。其方がこれまで国のためにその身を捧げてくれたお陰で、今の平和がある。これからは幸せな日々をおくれることを願っておる」
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