おまえの死体(ちゃば)でお紅茶を淹れてやりますわぁぁっっ!!

腎臓の猫

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 不気味さは、その後もしばらく続いた。
 けれどもその原因は、京ではなく。

「……? おかしいですわね、なぜ誰も……」
 静けさとは、ときに混沌よりも不気味だ。

 巨大な採掘施設〝ハーベスター〟の横を通って安地の中へ入り、
 二基の黄色いクレーンが印象的な〝中継地点〟にたどり着いた僕ら。
 距離にして、すでに千メートル以上は進んだはずだ。

 それなのに、僕らはほかの部隊とまったく出くわさなかった。
 それどころか、銃声すらもしばらく聞いていなかった。
 なにが起きているのか。わからないまま歩みを進めた僕らだったが、
 少しして理解させられた。

「……お嬢さま、あちらを」
「なるほど、ですわ」

 死体箱デスボックス
 死人がその場に残す、物資の入った箱。
 それも、一つや二つではない。
 よく見ればぽつぽつと点在していて、その数は一〇を超えている。

「京ぴっぴのしわざだねー、コレ☆」
「わかるんですの?」
「うん☆ これでもー、ボクと京ぴっぴて一年近いつき合いになぅっからねーぅ☆
 キルログ見てぇばわかっちゃんぅだー☆」

 なにはともあれ、次の安地はさらに北西だ。
 静寂のなか、僕らはデスボックスを横目に中継地点を抜けた。

 そこから次のロケーション〝溶岩溝〟までの道のりも、やはり敵の姿はなかった。
 僕らは戦いをせずに、溶岩溝でもっとも南の小屋を占領できてしまったのだった。

「気味が悪いですわね……こうもなにも起こらないと……」
「べっつにいんじゃなーぃ?☆
 ここ取ってぇば最終っ安地も有利だしーぇ☆」
 すると。

 ドドドドドドドドドドッッ!

 突如、メタルのスラミングがごとく、地の底から響きわたる低音がこだました。
 銃声だった。

 ドドドドドドドドドドッッ!

 数秒ののち、銃声がまたこだました。
 そして銃声の発生源、五十メートルほど離れた円筒状のタービンの近くに見えた光景が、僕を困惑させた。

「お嬢さま、アレは……」
ヤツですわ」
「ヤツ……? なぜそれが……」
「ありゅゃー?☆ セバぴっぴ知らんいのーぅ?☆
 アレは京ぴっぴの十八番おはこで無形文化財のぅ――」

 銃声は、なにかゲームシステム的な理由で放たれたものでも、
 ましてや、生きている人間に向けて放たれたものでもなかった。

OMOTENASHIしたいうち☆」
 デスボックスに馬乗りになって弾を撃ちつづける人間が、そこにいたのだ。

「ヤツは、あのパフォーマンスで会場もお茶も沸かしてきたのですわ」
 仏教、キリスト教、イスラム教、神道……
 古来より、あらゆる文化で、死体を傷つけるおこないは禁忌とされてきた。
 一部宗派を除くキリスト教やイスラム教では、火葬すら厳禁なほどに。

「お抹茶たててぇおもてなしの時間どすぇ」
 死人に口なし。
 相手が静かになってはじめて、
 禁忌を犯し、銃弾を消費してまで自身の気もちを表現する。

 そのさまは、例えるなら静かな茶室の中で抹茶をたてる手元。
 思うに死体撃ちとは、慎ましやかな日本人の精神性を表現した行為なのだろう。

 僕がそう理解すると同時に、お嬢さまがさらに口を開く。
「二人とも、ヤツはいま隙だらけですの」
 僕とマホに目配せをして、
「わかりますわよね?」

 続く言葉はもちろん〝やっちまいますわよ〟だ。
 口に出さずともわかる。
「やー、でもぅ……☆ んーーまー、ぃけるかぁっー☆」
 少し不安げな様子を見せたが、マホは首を縦に振った。

 けっきょくのところ、どんな不安要素も考慮するに足りないのだ。
 なぜなら――
「とっちめてくれますわぁ!」
 こちらにはノリにノッたお嬢さまがいるから。

 その背に続いて、僕も正面へ走りだした。
「ボクはうしろっからサポートッちゃんぅよー☆」

 タービンを目指し、溶岩の上に渡された細い一本道を走る。
 距離が十メートル縮まる。

 ヤツがこちらに気づく様子はない。
 さらに十メートル縮まる。

 確実にしとめるなら、あと少し距離を詰めたい。
 縮まっていく。もう引くことはできない。

 やれる。
「――ふふふ」
 あとはお嬢さまに合わせて引き金を引くだけ。

 …………。

 ?
「……お嬢さま?」

「。。ですの」
「はい?」
「ゎたくしゎもぅ限界。。。ですのぉ。。。。」
 ガタッと音が鳴る。

「え?」
 左隣を見ると、なんと、お嬢さまは充電がきれたようにつっぷしていた。
「お嬢さま!」
「嬢ぴっぴぅー!?☆」

 寝息。
 時計を見る。
 時刻はそろそろ一〇時。
「そんな……!? いくらなんでも早すぎる……」
一日摂取上限いつもの量だと二時間しかもたねえんですのぉぉ……』

 最後にデ○スを飲んだのは出発の直前。
 つまりは九時だ。
 ありえない、どうして。

 はたと気づく。
 どれだけお嬢さまに無理をさせてきた?
 眠って夢を見ることは、体と頭が欲する休養である。

 おとといは三学期に備えてしっかり寝た。
 寝充足なくらいだ。
 一転、きょうは夜どおし魔法少女と戦ったばかりか、
 ここまで一人で戦いつづけてきた。
 いま、お嬢さまは消耗しているうえに睡眠リズムまで崩れているのだ。
 こんなの、自律神経がメチャクチャになる。

 いや、いま重要なのはそこじゃない。
 反省はあとからいくらでもできる。
 申し訳ないが、お嬢さまに戦ってもらわねば。
 そのためにはやはりデ○スだ。コートのポケットに――

『お荷物と上着をお預かり致します』
 あ……。
 あの、京の手下の無表情がフラッシュバックした。

「ふふふふふ」
「アイツ、まさかわかって……??」
 こうなってしまったからには、僕ら二人で戦うほかない。

「マホさん、ひとまずここは――」
「ぅおおぉぉっっ☆ やめっ、やめぅろぅぉぉっっ☆」
「!?」

 やられた。
 一歩遅かった。すべてが。
 マホは二人の敵に囲まれ、小屋の中へと追いつめられていた。
 おそらく、孤立することすら読まれていたのだろう。

 ふいに、先ほどまで続いていた死体撃ちの音がやむ。
「あらぁ? またずいぶん焦ってぇからに……あんさんもおぅどうどす?」
 正面、京がゆっくりとその距離を縮めてくる。

「くっ、僕らをなめやがって……!」
 もういい。
 どうにかして目の前のコイツだけでもやってやる。
 僕はセバスチャンだ。
 高潔なるお嬢さまの執事なんだ。
 なにもせず引いたら、お嬢さまに合わせる顔がなくなってしまう。

 その距離、およそ十メートル。
 じっくり狙うまでもない。デカい的だ。
 僕にだって当てられる。

「きさまだけでも――!」
 照準器をのぞきこむ右クリック
 左クリック引き金に指をかける。

 しかし。

「……っ!」
 ズウウゥゥゥンンン……
 鈍い。指先が、頭のなかが。
 あの感覚だ。
 深い夢の中か、あるいは服を着たまま入った水の中か。
 重さが身体にまとわりついてフワフワする、
 このあいだ味わったあの感覚に包まれていく。

「どうしてっ、こんなっ、ときに……っっ」
 頭のなか、周囲の音がハウリングする。
 近づいてくる京の輪郭が、ゆらゆらゆれて溶けて。

「お嬢さま……お嬢さま……どうか目を……」
 ついに、京が目の前に立った。
「涙ぐましいことで。そろそろ諦めはったほうが楽になるんとちゃいます?」
「黙れ! 僕らはまだ負けてない!」

「あれま……それなら」
 現実世界、京がマウスから右手を放して軽く上げる。

 それに呼応して、周囲がバッと暗くなる。
 照明が消され、カーテンが閉められた。
 舞台上、備えつけのスクリーンが下ろされる。
 なにごとか、と会場がざわめき、全員そちらに注目した。

「セバスチャン、わたくしは」

 聞こえてきた声に、いろんな感情や考えがいっぺんに沸きあがる。
 一方で、映像は僕のことなどお構いなしに流れつづけていく。

「窓から入ってくる風で手が凍えているんですの」
 ザザッとノイズが奔り、映像がきり替わる。

「だから、脳死、で、チート、オンライン、ですわ~~!」
 ザザッ。

「このボタンを押して……」
 荒い画質。
 隠し撮りのように見づらい画角。
 まるでドット・ジ・アイだ。

「ホンモノ、の、マスかき升女、見参、ですわっっ!!」
 それでもわかる。
 映像の中で話しているのは、まぎれもなくお嬢さまだ。
 だがもちろん、お嬢さまがあんな下劣なチート使用宣言をしたことなどあるわけがない。

 つまり、あれはツギハギされた映像であり、
「ディープフェイク!」

 ひとつ、はっきりとわかった。
 屋敷にあった、あの謎のビデオカメラ。
 部屋の隅からこちらを見ていた、あのビデオカメラ。
 あれは、お嬢さまの配信用ではなく、
仕組やられた……」

 フェードイン。
 光が刺さり、視線が刺さる。
 ヒソヒソと話す音が刺さる。

『――チートツールの使用が発覚し、現行犯逮捕――
 市中引き回しダーツ旅ののちに、国賊としてシベリアへの遠流――』
 おとといのニュースが頭をよぎる。

 まずい。
 そう理解していても、とっくに手遅れだった。

♪BGM
 Absolute of Malignity
  ――Absolute of Malignity

「卑劣な……! 始めからこうするつもりだったのか、きさま……!!」
「なに言うたはりますやら」
 京が、今度は現実(リアル)で距離を詰めてくる。

「そうだマホさん――!」
 最後の頼みの綱とばかりに右隣を見てみたが、
「アイツ、いつのまに」
 その席はすでに、もぬけの殻と化していた。

 そして一歩、
 また一歩と距離を詰めながら、
 京はトドメとばかりにこう口にした。

「お小娘じょうさん
    ケツ穴増やして
         薄茶うすちゃちゅ

 京都人、心の一句。
 聞いたことがある。
 京の人は殺意が最高潮に達したとき、それを俳句にしたためて送る文化があると。
 これはそう、京からお嬢さまへの返句にほかならないのだ。


「死ねどす」


 そのキメ台詞で、会場はこれまでで一番の熱気に包まれた。
「******************!!!!!!」
「******************!!!!!!」

「きさまァッッ!!」もはやどんな言葉も思いつかず、僕はただ吠えるしかできない。
「ふふふふふふっっ、しゃべる死体とは珍しおす」

 背後から腕をつかまれる。
 いつのまにか京の手下に忍びよられていた。
「ゲームオーバー、どすぇ」

 目の前に立つ京をにらみつけたところで、
 うしろから湿った布を口に押しあてられ、意識がフェードアウトしていった。

 ――。
 気を失う寸前、
「……必ずお助け致します」
 耳元でそう聞こえたのは、僕の気のせいだったのだろうか。
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