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さらさらさら。
「うーんんん」
パチッ、パチパチ。
「ん、んん……?」
白っぽい緑色。
……畳だ。
すぐそこに見えるのは炉かな。
向こうに掛け軸も見える。
い草ってこんないい匂いなんだなあ。
炉の音も穏やかで落ちつく。
意識がさえてきた。
すると思いだし、同時に気づく。
「はっ」
腕が動かない。
縄かなにかで手首を縛られている。
慌てて体を起こす。
茶室だった。
それも、多くの人が〝茶室〟と言われて想像するような、
四畳半のまん中に小さな炉があって、かがまなければ通れない出入口の。
そんな出入口の横にある格子窓から外を見ると、
ここに至るまでの道には平らな石が飛び飛びに埋めこまれていて、
その周りの、本来緑が見えるであろう場所には雪が薄白く積もっていた。
この風景にこの状況、間違いない。
ここは京の本拠地だ。
「おやぁ、目ぇ覚めましたなぁ?」
突然の声に振りかえると、
いつのまにか京とその一番弟子が正座していた。
「使用人さん――いえ、セバスはん、おはようさんどす。
ずいぶん長いこと気もちよさそうに眠ったはりますさかい、
うちまでねむねむなってまいましたぇ」
自然、目が出入口のほうへ泳ぐ。
二、三歩の距離だ。
どうにか隙をつくれれば……。
「ちなみに、そこのにじり口――ちいちゃい戸ぉなら、開かんようになってますぇ」
「……っ!」
「あらぁ? なんで焦ったはるんどす?
まさか逃げようとしゃはってたんどすかぁ??」
むだどすぇ。
小さな子供に言い聞かせるように京が言い、短く笑う。
「……なんて、冗談どす。
セバスはん、外、雪で寒うおす。そやしお茶ぅどうどす?
お紅茶はあらしませんけれど」
「なにが狙いなんだ、きさま」
「狙い? うち、そないにたいそうなもんもっとりませんぇ。
何日かあんさんのことおもてなししたいだけどす」
またあの演技がかった口調だ。
「まあ、気にいったんならずぅっとここにいゃはってもええどすぇ……
そんときはあんさん、うちのお手伝いさんなってもらいますさかい……」
「誰がっ――!」
カッとなって一歩踏みだすと、近距離で京と目が合った。
「いくらお客さんやいうても、そないにどすんどすん鳴らしたらあきませんぇ」
底が見えなかった。
まさしく闇そのものだった。
光が全部シャットアウトされた、ま四角の実験部屋に放りこまれたみたいで……
「セバスはん、もいちど言います。お茶ぅどうどす?」
知らずしらずのうちに、僕はその場に正座していた。
これはまさか……。
「きさま、僕になにをした??」
「なんの話どすか」
「とぼけるな。どうせ僕にも埋めこんだんだろ、チップ的なアレを」
「心外どすなぁ……
うち、お客さんにチップ的なアレ埋めこむえげつない人に見えます?」
「よく言えるな。アネさんに埋めこんでおいて」
僕の言葉に、京は肯定でも否定でもない笑いを漏らす。
「そないなことより、お茶ぅ飲みごろどすぇ」
「話をそらすな。やっぱりなにかしたのか。お嬢さまはどうなっ――」
「セバスはん。こんな歌ご存じどして?」
我が仏、隣の宝、婿舅、
天下の軍、人の善悪
「お茶室の中でぇそういういけずなお話したらあきませんぇ」
闇が、先ほど以上にまっすぐ僕の瞳をのぞきこんでいた。
さらり。
ワンテンポ遅れて長い黒髪がゆれた。
またしても、僕は京に捕らえられた。
身体の自由が利かない。
頭が割れそうに痛い。
「まあ西から来ゃはったお客さんやし、しゃあない部分もありますさかい……
あんさんには、特別にええもん見せたげますぇ」
京が右手を上げる。
すると、じっと正座していた一番弟子が立ちあがり、
灰色の紙束を僕に突きつけてきた。
一面にデカデカと書かれた文字が、遠慮なしに僕の目に飛びこんできた。
〝嬢 ゆくえをくらます〟
〝まさかのチート使用か〟
〝警察はチート使用の疑いで国際指名手配とし、包囲網を敷いて捜索中〟
「ぁ、ぁ……!」
いろいろ言いたいはずが、うまく声が出せない。
ヤツに捕らわれているからなのか。
それとも感情が渋滞しているせいなのか。
どちらにしても、事実、物事が最悪の方向へと進んでしまったのだ。
お嬢さまはもう……。
「それとセバスはん。うち、あんさんのこと気にいったんどす」
一番弟子が新聞をたたんで、今度は抹茶の入った茶碗を僕の口に近づけてくる。
「あんさん、うちのもんにしとうなってしもたんどす」
茶碗が目の前に迫る。
「ずぅっと、ここいてもええんどすぇ」
染められてしまうのか? コイツに?
「ゃ……めろっ」
唇に触れた。
やめろぉぉっ!
―――――――
―――――
――…
パチ……パチ……。
「……」
火が消えかかっている。
あたりは暗いうえ、誰もいない。
どれだけ時間が経ったんだろう? 途中の記憶がない。
起きあがって周囲を確認する気力も残っていない。
「ゲホッ、ゴファッ」
抹茶の緑色が、口の端からツーッと流れた。
紅茶の味が思いだせない。
それどころかお嬢さまの顔すらも薄ぼんやりとして、
保存をくり返したjpegのようにもやがかかっていく。
塗りかえられていく。
「セバスチャン」
「セバスチャン!」
「セバスチャン?」
僕を呼ぶお嬢さまの顔は溶けて溶けて、
「セバス――はん」
髪の黄色(ブロンド)も瞳の青色も全部グチャグチャに混ざって、
「ふふふふふ」
黒色へ変わっていく。
ダメだ、僕は……
僕は染められてしまった。
…………
……
さらさらさら。
「うーんんん」
パチッ、パチパチ。
「ん、んん……?」
白っぽい緑色。
……畳だ。
すぐそこに見えるのは炉かな。
向こうに掛け軸も見える。
い草ってこんないい匂いなんだなあ。
炉の音も穏やかで落ちつく。
意識がさえてきた。
すると思いだし、同時に気づく。
「はっ」
腕が動かない。
縄かなにかで手首を縛られている。
慌てて体を起こす。
茶室だった。
それも、多くの人が〝茶室〟と言われて想像するような、
四畳半のまん中に小さな炉があって、かがまなければ通れない出入口の。
そんな出入口の横にある格子窓から外を見ると、
ここに至るまでの道には平らな石が飛び飛びに埋めこまれていて、
その周りの、本来緑が見えるであろう場所には雪が薄白く積もっていた。
この風景にこの状況、間違いない。
ここは京の本拠地だ。
「おやぁ、目ぇ覚めましたなぁ?」
突然の声に振りかえると、
いつのまにか京とその一番弟子が正座していた。
「使用人さん――いえ、セバスはん、おはようさんどす。
ずいぶん長いこと気もちよさそうに眠ったはりますさかい、
うちまでねむねむなってまいましたぇ」
自然、目が出入口のほうへ泳ぐ。
二、三歩の距離だ。
どうにか隙をつくれれば……。
「ちなみに、そこのにじり口――ちいちゃい戸ぉなら、開かんようになってますぇ」
「……っ!」
「あらぁ? なんで焦ったはるんどす?
まさか逃げようとしゃはってたんどすかぁ??」
むだどすぇ。
小さな子供に言い聞かせるように京が言い、短く笑う。
「……なんて、冗談どす。
セバスはん、外、雪で寒うおす。そやしお茶ぅどうどす?
お紅茶はあらしませんけれど」
「なにが狙いなんだ、きさま」
「狙い? うち、そないにたいそうなもんもっとりませんぇ。
何日かあんさんのことおもてなししたいだけどす」
またあの演技がかった口調だ。
「まあ、気にいったんならずぅっとここにいゃはってもええどすぇ……
そんときはあんさん、うちのお手伝いさんなってもらいますさかい……」
「誰がっ――!」
カッとなって一歩踏みだすと、近距離で京と目が合った。
「いくらお客さんやいうても、そないにどすんどすん鳴らしたらあきませんぇ」
底が見えなかった。
まさしく闇そのものだった。
光が全部シャットアウトされた、ま四角の実験部屋に放りこまれたみたいで……
「セバスはん、もいちど言います。お茶ぅどうどす?」
知らずしらずのうちに、僕はその場に正座していた。
これはまさか……。
「きさま、僕になにをした??」
「なんの話どすか」
「とぼけるな。どうせ僕にも埋めこんだんだろ、チップ的なアレを」
「心外どすなぁ……
うち、お客さんにチップ的なアレ埋めこむえげつない人に見えます?」
「よく言えるな。アネさんに埋めこんでおいて」
僕の言葉に、京は肯定でも否定でもない笑いを漏らす。
「そないなことより、お茶ぅ飲みごろどすぇ」
「話をそらすな。やっぱりなにかしたのか。お嬢さまはどうなっ――」
「セバスはん。こんな歌ご存じどして?」
我が仏、隣の宝、婿舅、
天下の軍、人の善悪
「お茶室の中でぇそういういけずなお話したらあきませんぇ」
闇が、先ほど以上にまっすぐ僕の瞳をのぞきこんでいた。
さらり。
ワンテンポ遅れて長い黒髪がゆれた。
またしても、僕は京に捕らえられた。
身体の自由が利かない。
頭が割れそうに痛い。
「まあ西から来ゃはったお客さんやし、しゃあない部分もありますさかい……
あんさんには、特別にええもん見せたげますぇ」
京が右手を上げる。
すると、じっと正座していた一番弟子が立ちあがり、
灰色の紙束を僕に突きつけてきた。
一面にデカデカと書かれた文字が、遠慮なしに僕の目に飛びこんできた。
〝嬢 ゆくえをくらます〟
〝まさかのチート使用か〟
〝警察はチート使用の疑いで国際指名手配とし、包囲網を敷いて捜索中〟
「ぁ、ぁ……!」
いろいろ言いたいはずが、うまく声が出せない。
ヤツに捕らわれているからなのか。
それとも感情が渋滞しているせいなのか。
どちらにしても、事実、物事が最悪の方向へと進んでしまったのだ。
お嬢さまはもう……。
「それとセバスはん。うち、あんさんのこと気にいったんどす」
一番弟子が新聞をたたんで、今度は抹茶の入った茶碗を僕の口に近づけてくる。
「あんさん、うちのもんにしとうなってしもたんどす」
茶碗が目の前に迫る。
「ずぅっと、ここいてもええんどすぇ」
染められてしまうのか? コイツに?
「ゃ……めろっ」
唇に触れた。
やめろぉぉっ!
―――――――
―――――
――…
パチ……パチ……。
「……」
火が消えかかっている。
あたりは暗いうえ、誰もいない。
どれだけ時間が経ったんだろう? 途中の記憶がない。
起きあがって周囲を確認する気力も残っていない。
「ゲホッ、ゴファッ」
抹茶の緑色が、口の端からツーッと流れた。
紅茶の味が思いだせない。
それどころかお嬢さまの顔すらも薄ぼんやりとして、
保存をくり返したjpegのようにもやがかかっていく。
塗りかえられていく。
「セバスチャン」
「セバスチャン!」
「セバスチャン?」
僕を呼ぶお嬢さまの顔は溶けて溶けて、
「セバス――はん」
髪の黄色(ブロンド)も瞳の青色も全部グチャグチャに混ざって、
「ふふふふふ」
黒色へ変わっていく。
ダメだ、僕は……
僕は染められてしまった。
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