おまえの死体(ちゃば)でお紅茶を淹れてやりますわぁぁっっ!!

腎臓の猫

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 きょうの大会過程の半分が終わって、会場は昼の休憩時間に入った。

 ようやく、僕の作戦が実行できる。
 京はいま、ひとりで席を離れて配信カメラに囲まれている。
 ここが作戦を実行するのに最適なタイミングなのだ。

 席を立つと、男が一人、僕のもとへ駆けよってきた。
「おめェ! いッてェどういうこッだァ!?
 おめェは嬢ちャんの使用人だろォ?? 目ェ覚ませよォ!
 あンのアマ略奪られちまッたッてェのかよォ!?」
「……」
「ンとか言ッたらどうなんだァ! あァ!?」
 ヤンキーに襟元をつかまれる。

「まあまあ、落ちついて……」
 見かねて、店長が止めに入る。
「ッせェ!! オレッちは純愛以外認めねェぞォ!!
 マウスとマウスパッドのメーカーそろえねェヤツも純愛と認めねえからなァ~~!!」
「ひっ!?」

「うわ~~ん! 鑑定士と顔のない依頼人~~~!!」
 なにかトラウマがフラッシュバックしてしまったらしい。
 ヤンキーは捨てゼリフを吐いて逃げていった。

「やれやれ……」
 その背中を見おくりつつ、店長が僕の肩にポンと手を置く。
 それから、なにも言わずレジのほうへと戻っていった。
 さて、こんなトラブルに心乱されている暇はない。

 ゲーミングチェアに座ったまま動かない〝ソイツ〟の手を取る。
 そのまま早足で、それでいてなるべく目だたないよう歩いた。
 パソコンと人のあいだを抜けて、
 給湯室の横を過ぎ、
 多目的トイレのドアをスライドさせた。

 ドアが閉まるなり、僕は手を離して口を開いた。
「ゼロイチ君。聞こえる? 僕だよ。セバスチャンだよ」
「……」
 当然、ゼロイチはなにも言わない。

「ほら、これを」
 ボトルを取りだす。
 ゼロイチの口にデ○スを入れ、下あごを押さえて飲ませた。

 デ○スには、脳の興奮を落ちつかせる作用がある。
 不安や筋肉の緊張をやわらげることで、
 身体をフラットな、普通の状態へと導いてくれる。
 その作用から、幅広い症状に効果があるのだ。
 だから僕は考えた。もしかしたら、チップ的なアレを使った洗脳状態にも効果があるんじゃないか、と。

「……」
 どうだろう? ダメかな?
 見まもっていると、
「……ん……?」
「! やった!」
「ここは……」
 ほどなくして、ゼロイチの目に生気が戻った。

「あなたは……」
「セバスチャンだよ。君がいまでもいいヤツか確かめにきたんだ」
「セバ……」
 ゼロイチはボーっとしている様子で、
 しばし棒立ちのまま、目をしばたたかせながら天井を眺めていた。

「セバ…………セバ!?」
 と思っていたらいきなり目をむいて、
「ダメです、セバスチャンさん!」

「……え? なにが? というかその話し方――」
「そんなことより! ここはっ、ここは危険です!」
 ひどく青ざめながら声を震わせ、とり乱しはじめた。

「大丈夫だよ。ここにアイツはいない」
 混乱しているのだろう。
 そう思い、落ちつかせようとゼロイチの両肩に手を置き、目を見て言った。
 しかし、その目はけっして僕を見ようとはせず――
「上です。見はられています……!」
 視線をたどってふり向き、天井の角を見ると――
Get Out逃げて!」

 僕はすばやく一歩踏みだして、出入口のドアノブをつかんだ。
 遅かった。

「っ!!」
 僕がドアノブをつかんだのと、
 ドアのすりガラスに長い黒髪のシルエットが不気味に浮かびあがったのは、
 まさに同時だった。

「セバスはん、おしゃべりどすかぁ?
 おとなしゅうなったと思うたら、ずいぶん楽しそうに話したはりましたなぁ?
 そやけど、多目的トイレおしゃべりに使うたらあきませんぇ」
「違うんです京さま! べつにこの人はその――っ!」
「なにが違うんどすか、零一ゼロイチ番?
 うち、まだなんにも言っとりませんぇ」

 天井のアレは、この店の監視カメラだ。
 入口とか給湯室とか、いろいろなところに同型のものがついていた。

「せめて鍵はかけとくべきどしたなぁ?
 そうしゃはったら、某パニックルームくらいには膠着してましたのに」
 ここにきて、治外法権がアダになってしまったのだ。
 トイレの中にまで監視カメラが設置されているとは。
 しかも、そのカメラが……

「きさま、店の監視カメラになにを……!
 許されると思ってるのか、こんなおこない」
「なに言うたはりますやらわかりませんなぁ。
 それに、もしもうちがなにかしてましたとして、ここ治外法権どすぇ」

「まだとぼけるか。
 お嬢さまのお屋敷にカメラを仕込むくらいやってたくせに」
 ふところから小型カメラを取りだす。
「セバスチャンさん、それ……」
「お屋敷に仕込まれてたカメラだよ」

 間髪いれずに、
「それだけじゃないぞ。
 ツギハギしたデマ映像を流して、
 試合の直前で僕からデ○スを奪って、
 お嬢さまの家族と僕を洗脳して、お屋敷を燃やして……」
「はて? 燃やして……?」
「とにかく! きさまはどれだけ汚い手を使えば気が済むんだ」

「あれま、これまたつよつよな言葉ぁ使わはって……
 ますますなに言うたはりますやらわかりませんなぁ」
 それでもとぼけつづける京を見て、僕は声を荒げた。

「ふざけるなよきさま……!!
 誰も見てないのにいつまで猫かぶってやがる!」
「うち、猫かぶってなんかあらへんと思いますが……」
「それだ、その口調!
 聞いたぞ。きさまは京都出身じゃないそうだな。
 視聴者にこびるためだけのその口調が証拠だろ!」

 すると京は、ほんの少しだけ眉をつり上げて口を開いた。
「よう調べはりましたなぁ、誰にも話したことあらしませんのに」

 一瞬、僕の隣でこわばっているゼロイチを見てから続ける。
「たしかにうち、京都出身やぁおへんぇ。
 そやしこの口調も――いまでこそくせになってますが――
 初めぇキャラづけのためでした。
 ええどす。だぁれも見てませんし認めたげます。
 お屋敷にカメラ仕込みましたし、あの映像、それつぎはぎしたものどす。
 それ以外にもうち、洗脳とかいろいろやってきました。
 そやけど、それがなんやというんどすか」

 その言葉を聞いて、たたみかける。
「きさま、恥ずかしくないのか?
 そんな場外乱闘まがいの卑劣な手で勝って。
 それこそお嬢さまなら、貴族として正々堂々戦うぞ。
 どうだ、いまならまだ――」
「あんさん……
 なに言わはるんや思うたら、感情に訴えようってぇことどすか」
 が、僕の言葉をさえぎって、京はうんざりした様子で口を開く。

「なにがあかんのどすか。
 罠しかけて戦うくらい、植物ですらやってます。自然の摂理どすぇ」
「きさまっ、きさまには人間としての矜持はないのか……!」
 もう、京はダダをこねる子どもの相手でもするように、なにも答えなかった。

「セバスはん、ゼロイチ、戻りますぇ」
 京が一歩詰めてきて、僕は一歩あとずさる。
「誰がきさまなんかと……!」

「いちどうちのチーム入ったわけやし、抜けれへんと思いますが。
 ああちなみに、戦わへんなんて選択肢ありませんぇ。
 チーミングになってまいますからなぁ」
 やってしまった。
 甘かった。
 ゼロイチの洗脳さえどうにかできれば、
 京の戦力を大きくそぐことができると思っていたのに。

 詰みだ。
 今度こそ本当の終わりだ。

「さぁ、二人とも。行きますぇ」
「クソッ……もはやここまでか」

 …………。
「なんてね」

 少し口角が上がる。
 その瞬間、京もゼロイチも、ついいままで抱きしめていた弟がなんの前触れもなく消失する急展開を見たときみたいな表情を僕に向けた。
「……セバスチャンさん?」

 愉快な気もちがこみあげて、少し笑いが漏れる。
「なにがおかしいんどすかぁ」
「配信見てみろよ」

 京はスマホを取りだした。
 それから完全に意表をつかれたとばかりに、ヘレディタリー/継承ばりに驚き顔がサッと広がってスッと収めるさまを見せると、
「おうち、えらいことしてくれましたなぁ?」
 僕が手に持っている小型カメラを見ながら言った。

「うかつだったな。
 まさか自分のやっていたことが返ってくるなんてな?」
 してやったり。
 ガラにもなく、つい興にノって余計な演技をしてしまった。
 京は、カメラの前で自分のおこないを認めたのだ。

 そう、これはお屋敷に設置されていたカメラではない。
 本物は屋敷と一緒に燃えてしまった。
 いまここにあるのは、それと同型ではあるが別の物だ。

「あぁ……そうこなくちゃどすなぁ」
 そんな真相はつゆ知らず、小さくつぶやき、再びカメラを見すえる京。

「あんさんら、これ、うそどすぇ。全部演技どす」
「そんなどっかのフェイクドキュメンタリーみたいな言い訳が通用すると思うなよ」
「いけずどすなぁ」

 その表情にはすでに、いつもの不気味な薄笑いが戻っていた。
「まぁええどす。ばれてもうたからには仕方ありません」
 早くも、京はどうすればいいか思いついたらしい。

「セバスはん、またおもてなししたげます」
 要は見せしめだ。
 開きなおって、カメラがあることを利用する作戦に出たのだ。
 僕を公開処刑して、恐怖政治じみた支配をしようとしているのだろう。

 今度は容赦なく距離を詰めてくる京。
 直後、その目の前にゼロイチが立ちはだかった。
「……通しません」
 京はなにも言わず、ゼロイチに手を伸ばす。

「セバスチャンさん、いまのうちに!」
 僕は動かない。
「早く……っ!」
 あと数センチまで迫る京の手に、ゼロイチはグッと目をつぶる。
「大丈夫だよ」
「大丈夫ってなにが――」

 そのとき、気もち勢いよくドアがスライドした。
「うちのシマん中でリアルファイトはやめてもらおうか」

 京の動きが止まり、ほんの少し静寂が流れた。
 そしてすぐに、ヤツはドアの向こうから見えたその顔に――
 いや、その光景に、すべて理解したとでもいうように大きく笑いながら言った。
「あぁあぁ、してやられましたなぁ!
 まさか中立保ってはるあんさんが一枚かんではったとはなぁ!
 こりゃ傑作どす!」

「俺は誰にも肩入れした覚えはねえよ。
 客からのアドバイスで監視カメラ増やして、
 あと配信用の貸しだしカメラのラインナップ増やしただけだ。
 で、そのカメラに見すごせねえ光景が映ってたんでな。
 コイツらのことは知らん」
 そこにいたのは、店長だけではなかった。

「やっと目ェ覚めたかァ、セバスのあんちャん! ナイスだゼェ!」
 ヤンキーも、

「いままで面倒ごとはさけてきたッスけど、それももう終わりッス!」
 後輩ちゃんも、

「クスクスクスッ、これぞまさしく一致団けt――」
 ダウナーさんも、
「uっ!」
 ウッちゃんも、
 それどころか、店にいるほぼ全員が押しかけてきていた。

「みんなで京先輩の手下どもを追いだッス~!」
「Oh Man! Oh God!
 Oh Man! Oh God!
 Oh Man! Oh God!
 Oh Man! Oh God!
 Oh Man! Oh God!」
「あら男性! きゃっ偶像!
 あら男性! きゃっ偶像!
 あら男性! きゃっ偶像!」
(回転する京の手下)

 恐怖での支配が成りたつはずがないのだ。
 みんな、心の底では京に対していい印象をいだいていなかったのだから。

「ああそうだ、そこのイギリスの使用人はもといたチームに返してもらうぞ。少なくとも、ソイツを不当に洗脳してたのは確実だからな」
「あっはっはっはっは!
 正々堂々やなんてぇよう言えたもんどすなぁっ、セバスはん!
 ええどすなぁええどすなぁっ!」

 いまにも手が出てしまいそうな周囲の圧など気にも留めず、
 京は笑いつづけていた。
 そのそばで、ゼロイチはあっけにとられながらも、
 どこか安心したらしい表情を見せていた。

「せめて鍵はかけておくべきだったな?」
 僕はトイレをあとにした。
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