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Cadenza 花車 ㉒

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これ以上、私が何かをする必要も無い、魔力を温存するっという建前で意識を浸透水式の中から現実の視界へと戻し、目を開くと映し出される頼もしい背中

この街に来てからあの背中を視なかった日なんて無かったかもしれない。
誰も救えない、何時だって一手遅い、愚者である私を何度も何度も何時だってどんなトキだって私が背負っているモノ、それごとあの細い背中で全て背負って、全て抱きしめて、私の心が前へと向けさせてくれた…彼女の勇姿を刻み込もう。
きっとこれが最後になるだろうから…

涙を流し彼女の後姿を見つめ続ける。

ありがとう
私を…私達を支え続けてくれて

愛してる、お母さん。







何も起きることが無く…無事、全てが終わった。

気持ちよさそうに寝ている団長が水槽からだされ、綺麗に洗浄されたのち患者衣を着せられ直ぐ近くにある病室へ運ばれていく。
全てを終えてNo2は緊張の糸が切れたのか倒れそうになるのを必死に堪えているが、足取りがしっかりとしていないのを見かねた同僚が直ぐに駆け寄り支える、駆け寄ってくれた人物の肩をかりながらゆっくりと歩を進め仮眠室へと引きずられる様に入っていった。

この街を支えぬいてきた彼女の勇姿を見送った後、メイドちゃんが指示を求めて駆け寄ってくれるので団長の事をお願いし、自分は部屋で休憩するからっと伝えてから


自分の部屋へ…動かなくなってしまった私の代わりとなってくれる車輪を動かす


病棟を出るまでは近くにいた医療班の皆の手を借りて外へでる。
何か伝えることがあるのか手伝うことがあるのか聞かれる、きっと隣にメイドちゃんが居ないから心配してくれたのだろう、少し周囲を散歩がてらうろつくだけだから大丈夫だよっと彼らの親切心を断ると寂しそうな顔をされてしまい、私に何か言おうとした口が閉ざされてしまった。

彼らの寂しそうな顔を受け止め、向かう。
私の中に…全てを終わらせる切り札を埋め込む為に必要なパーツを取りに…

病棟から私の部屋までは左程遠く、筈なのに…
遠く感じてしまう、何時もなら何か考え事をして考え事が終わる間についてしまう、それくらい短い距離なのに…

皆が寝起きを共にする寮、その建物に入り奥へと進んでいく。
私の部屋へ向かう途中にある階段、何度も何度も登りエレベーター作りたいと噛み締めて登った階段。それを登る為に今度は体力を使わずに、魔力を使って足を動かす。
「みんなの魔力があれば」
車椅子から下りて一段一段、手すりを掴んで腕の力と魔力で階段を登っていく。


何度も何度も…
毎日、登ってきた階段を登っていく
もう…自らの足で登ることは無い階段を…


静かな廊下を歩いてく、私の時と変わらない、なんて思ったりもしたけれど、よく見てみると細部が違う、廊下も磨かれて綺麗、床だけじゃない壁だって綺麗だし調度品なのだろうか?壺とか誰が描いたのかわからない絵が飾られている。

ちょっとした美術館、そんな廊下を歩いて行きいつものようにドアを開ける。
鍵なんてかかっていない、私の部屋に迂闊に入る人なんていないもんね。

キィィっと小さな音を廊下に響かせながら開かれた扉の先は…当然誰も居ない。
得に散らかってる様子も無い、私の部屋は何時だってとっ散らかってて、メイドちゃんがその都度片付けてくれていたよね。

綺麗に整理整頓された部屋を一瞥しながら通り抜けて向かう先は決まっている。迷うことなく最短で真っすぐに目的の品物が保管されている場所の前に立ちクローゼットを開くと私の宝物が端っこに寄せられ肩身が狭そうになっている。
小部屋に通じるギミックは作動したまま通路が開かれている。

中に入ると、大きな剣が鎮座していた場所には何もなく、隣に置いてあった魔道具も無い。
この先必要になるだろうと判断して私が言う前についでに全部持って行ったのだろう。

近くにある棚を開くと、出てくる小さな箱。
中身があるのかと確認するために箱を開けてみると中身はそのまま、これを団長も知っているからもしかしたら団長が持って行ったかもしれない可能性はあったけれど、ここに保管されている。
これが、いざっていうときの予備だと思って持って行かなかったのかな?
下手にね、これがあるのだと他の人達が知ってしまうと許可なく使われてしまう恐れがあるから

…あの子も何気に強かだよね、聖女の様に誰にでも手を差し伸べるのではなく、誰が必要としているのか見極めて使うつもりだったの…かもね。

箱の中身を取り出し小さな箱は棚の中に置いたまま棚を閉める。
他にも必要な物が無いか考えてみるが、特に必要はない、かな?あれがメイドちゃんに取りに行ってもらえばいいや。

隠されていたクローゼットの奥に造られた小部屋を出て…最後に自分の部屋を見回してみて心から感じてしまった。

「うん、ここは私の部屋じゃない」

悲壮感?虚無感?どちらとも違う、哀愁?…なんだろう、わからないけれど、胸が苦しい。

この部屋にいると拒絶されている様な気がして仕方がない。
この部屋にいるとここはお前の部屋じゃないって言われている気がして仕方がない。

ここは、最後の最後まで過ごした部屋とは内装も飾っている物も違う。
思い出も…違う。

近くて非なる部屋、私は…この時代の人間じゃない
『そんなことはない、■■■は■■■だよ』
抱きしめられる様な優しい言葉
その言葉に寄り添うように持たれながらもう一度部屋を見回してみる…
されど私の知らない思い出ばかりが蘇ってくる。

何とも言えない表現の仕方が言葉分からない、そんな、初めて抱く焦燥感を胸に抱きながら部屋を出る。

こんな心の弱い私に対して、今代の私が何か言うのかと思ったら何も言わないし、当然の如く泥の奥に眠っている瞳達も何も言わない…寧ろ…日に日に、瞳達の気配を感じなくなってきている。残された時間が僅かなのだろう。

ドアを閉め振り返ることなく静かな廊下を一歩一歩、歩いていく
その一歩が思い出す必要が無くても思い出させてくる。
まだまだ子供だったあの頃…人なんてどうでもいい、自分の夢の為なのか目標の為なのか好奇心の為なのかごちゃごちゃになっていたあの頃の私
ただただ、魔術の事ばかり考えてきたあの頃、誰が見ても私自身も感じるほどに無責任で無邪気だったあの頃。

死を知るまでは、ね。

それでも、私は、魔術が示す未来を第一優先にした。
だけど、それではダメだとわかった、わかってしまった…悲しい結末を知ったから。

一つの未来を超えた時、私は一つ大人になった気がした。
あの絶望的な未来を否定する…超えるために名乗りたくない名を背負った。
その時、私を突き動かしたのは…ただただ、助けたかった、大切な人を守りたかった。
そう思っていたけれど、今思い返してみると…誰かに背中を押された気がする。

あの日から私の中で何かが明確に変わった。

魔術だけでは、ダメなのだと。
私は残り僅かな人生を夢に捧げていればいい、そんなわけにはいかないのだと悟ってしまった。

全てを捧げるには特大な邪魔者が居る事を魂に刻まされてしまった。

その後も、私は幾千の日々を過ごし、幾万のトキを歩いた。
1秒、1分、1時間、1日…他の誰よりも多くのトキを歩いたことになる。
何重にも、何層にも、幾重にも重なり続けた夢を追いかけれることを諦めさせられた残滓達が歩み消えていった道。

一つ越えれば突如舞い降りてくる、滅びの世界から舞い降りてきた残滓
その感情に心狂わされた、否定するべき悲惨な物語…されど、私はその願いを背負い、その怒りを受け止め、その全ての願いを叶えるために私はあった、私はそれの為だけに生きた。
それでも、願いは届かなかった。

その残滓達も「   」僅かな命のせいなのか、目を開くことが無くなってきている。
残された最後の時間、最後の瞬間、本来、生きていてはいけないこの体を

世界の礎とする

それが、私の最後。
幾重にも降り積もった残滓、その全てが詰まった建物を歩いていく。
楽しかった日々、辛かった日々、愛を知った日々、生きたいと願った日々…
その全てが私の中で叫んでいた。



車椅子に座り、車輪をこぐ向かう先は変わらない、この予定は覆させない、誰であろうと。
最後の浸透水式は団長じゃない、私。
最後の最後、切り札を体に埋め込みに行く


このことは誰も知らない
気が付いていそうな人はいるけどね。


病棟に入っていく
誰も彼もが疲労困憊、廊下から誰の気配も感じない。

予定ではこれを埋め込むのを団長にお願いするつもりだったけれど、最後のひと時。
お邪魔してはいけない。

私の最後のひと時はもう、終わってるもん。ね?
優しく頭を撫でられたような気がした…

浸透水式を行う部屋に入るとまだ僅かに残っている。
片付ける余力も無かったのだろう。
「これだけで十分」
僅かに残った液体を使って…

最後の切り札を体に埋め込んだ




全ての仕度が終わり認識阻害の術式を刻み込んだ布を患部っというか胸骨に張り付け、部屋を出て車椅子をこいで廊下を移動していると曲がり角を曲がった瞬間、出会い頭に「お?なんだトイレか?」配慮の欠片も無い声を掛けられてしまい、少しムっとしてしまう。
「違いますー」
医療の父こと■■■さんとかち合ってしまった。
「そうか、それだったらいい、俺だったら、そういうの、ほら?な?」
女性に対してトイレ介助をするのはって言いたいんだろうね
仕事として聞いてくれたのなら許してあげる!ったく、デリカシーないんだから。
なんてねっと、心の中で一呼吸笑ってから。
「言伝いいですか?」
静かな落ち着いた声でお願いする
「お?おう、戦士のとこにいくんだろ?わぁってるよ、皆までいうな、馬鹿と団長が起きたら伝えとくよ」
皺だらけの顔で口角を上げて快く引き受けてくれる

この人の事、はじめは苦手だったけれど、今となってはそういう蟠りもない。
私の家族の一人…
「うん、お願いします」
頭を下げて車椅子を押す
「誰か後ろにつけるか?」
彼の横を通り過ぎる際に掛けられた優しい声に
「ううん、大丈夫、ひとりで行けるからありがとう」
大好きだよおじいちゃんっと聞こえないくらいの小さな声で締めくくり
彼から離れて行く

「ぉ?…おう、そうか、気をつけてな」
愛する孫よっとか細い声が聞こえてしまった。

ここに来るのもきっと、これが最後、彼と会うのもきっと、これが最後。
お父さんのような凄みがあってちょっと苦手だったけれど、何時だって親身に私の体の事を気にしてくれていた。
誰よりも死を嫌い、誰よりも死を受け入れていた不思議な人。

願わくば、最後の最後まで月の裏側へと招待されることなく長く生きてください。

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