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幕間 私達の歩んできた道 4

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自然と、最近ずっと歌っていた子守唄が溢れ出てきて、つい歌ってしまう。

この子守唄って、何処から来たのか、誰が歌い始めたのか知らないなぁ、歌詞もさ、どこか儚げで悲しいような雰囲気があるのに、子供の未来を考えて、明日への希望を唄ってるんだよね。

もしかしたら、ベテランさんがここぞという時に謡って出陣するときの神にささげる唄と一緒の時代なのかもしれないね。

歌も歌い終わり、椅子から立ち上がると肩を叩かれたような、背中を押されたような気がした。
うん、いってくるね、お父さん、私は大丈夫だよ。

病棟に帰り、夜勤のスタッフとすれ違ったときに姫様の病室を教えてもらう
傍にいないと

病室を教えてもらい、進んでいく、予想通り、集中治療室にいる。
そばにいてあげないと

姫様がねてあんち・・・そばにいないと、ノックもしないでドアを開ける

「いらっしゃい、大丈夫よ、姫ちゃんは生きてるわよ」
ここにいるはずのない、人が椅子に座って本を読んでいた、お腹が大きくなっているから、一人じゃない、二人だ、なんて呆けていると
「立ってないで椅子に座ったら?」
No2に言われるがままに椅子に座る。

どうして、No2がここにいるのか不思議でしかたがなかった、何となくだけど、二度と会えないものだと思っていたから。

「嗚呼、貴女も髪の毛が真っ白になっちゃって、お父様といっしょね、大変だったでしょ」
パタンと本を閉じてこちらを見てくる、薄っすらと涙を浮かべながらこちらを見ている、一瞬立ち上がろうとしたけれど、体が重いのか立ち上がるのをやめて手招きをするので、誘われる様に近くに行くと、頭を撫でられる、こっちに戻ってきてから皆に、頭を撫でられてばっかり。

「嗚呼、やっぱり辛いわね、愛する子供たちが、命がけで、闘い死にかけて戻ってくるのを見るのは」
首に手を廻されぎゅっと抱きしめられる。
「お願いだから、無茶をしないで、無理をしないで、って言いたいけれど、貴女達の中に流れる血はそうはさせないでしょうね、高貴なる騎士様の血筋である貴女はなおさらよね」
…うん、たぶん、私は、止まれないと思う、お父さんと一緒で、人類の為、愛する人の為なら、自分の命よりも相手を大事に想ってしまう。

No2の気のすむまでお互いを抱きしめあう、離れていた時間を取り戻そうとするかのように、長い時間、抱きしめあう、今になって気が付く、この人から、私に向けられている感情や視線は、同僚や後輩を見守り育てるのではなく、厳しい母親としての視線や感情だったのだと。

本人の口から聞いたことはないけれど、周りの人からの話で察してはいた、だから、薄々と気が付いていた、きっと、この人とお父さんは恋仲よりも、もっと深い関係だったのだと。
だとすると、この人からすれば私は、愛する人の息子であり娘、そう、愛する人の子供。だとすれば、この人が抱く感情は母親としての想いや感情になるのは必然だよね。

私のもう一人のお母さん…厳しくても愛があって、傍で見守り続けてくれた人

自然と声が漏れてしまう

「ごめんなさい、心配ばかりかけちゃって…お母さんも大変なのにね」
声が漏れた瞬間に抱きしめられる力がより強くなり、私の頬に涙が流れ落ちてくる、滅多に涙を見せない人が大粒の涙を流して、声を殺しながらも泣き続ける。

泣き止んだお母さんがゆっくりと手を放して解放されるので、どうせ座るのならお母さんの隣がいいと思い、椅子をお母さんの隣に持ってきて座ると肩を抱き寄せられてしまう。
知ってたけど、この人の本質は甘えん坊さんだよね。あったかい…

暫くの間、お互い目を瞑りながらお互いの体温を確かめ合っていると、ふと、視界に入ってしまう。
先ほどまでお母さんが読んでいた本の表紙が

どうして、姫様のお母さんの日記を読んでいるのだろうか?

すっと、手を伸ばして本に触れると
「…貴女はこれを読んだの?」表情を見ていなくてもわかる、緊張した声だった
「ううん、読もうにも時間がなかった」ただの日記だと思っていた、けれど、声から察するのただの本では無いと伝わってくる
「…これを読んでもいいと許可は下りてるって、考えてもよさそうね、この本はね、日記なのは間違いないわ、でもね、この日記は、日記でもあり日誌でもあるの。寵愛の巫女、その一族が代々描いてきてた日誌なのよ」
日誌?つまるところは、姫様達が長年繋いできた何かがあるってことかな?
「…いつか、時間がある時にでも読みなさい、貴女は読むべきよ」
抱き寄せられた方の手で頭を撫でられてしまう、きっと、長い歴史の中で知るべきことが書かれているのだろう。

それは、追々にでも読むけど、今の流れなら聞いてもいいよね?
「ねぇ、お母さんは、身重なのにどうして、危険を冒してまで帰ってきたの?」
不躾な質問をした後、撫でられていた頭を平手で軽くぽんっと叩かれてしまう
「お母さんだって、離れたくなかったわよ、姫ちゃんがね、この先の事を考えると街から離れたほうがいいって言うし、私もね、限界が近かったの、心の限界に体の限界に」
体の限界?医療班で働くのが肉体的に辛かったってことかな?でもさ、お母さんってまだ、38歳とかじゃなかった?まぁ、王都基準で見れば、お祖母ちゃんって年齢だものね、でも、大先輩は…化け物と比べたらいけないか…

「心の限界は、貴女の無残な姿を見たときよ、もう、心が耐え切れなかった、愛する人が私の知らない場所で傷つき、死にそうになるなんて、もう、嫌だったの、愛する人を目の前で看取るのも、アイツら獣に奪われるのも…」
ああ、きっと、あの時だ、私が馬鹿なことしちゃって、みんなに迷惑をかけちゃった敵の爆裂魔術を…爆発をその身で受け止めてしまったことによって死にかけた時だ…

「姫ちゃんが貴女の為に特別に用意した戦闘服が無かったら原型を留めていなかったのよ?姫ちゃんだって泣いてたわ、私が用意した高機能な戦闘服のせいで団長が命をかけるような無謀なことをしちゃったって、命を守るために用意したのが仇になったって」
怒られたのも納得だよね、用意された意図を履き違えて無謀なことをしたのだから。

「私だって涙が止まらなかったのよ?どんなに憎かったか、愛する人を傷つける獣共が、私に闘う力があれば、直ぐにでも駆け出したかった、傍にいたあの馬鹿が私の想いを汲み取ってくれて、闘うのが怖いはずなのに、過去の武具を持ち出して戦いに出るし…きっと、あの馬鹿も同じ気持ちだったのよ、あいつだって、騎士様の事を愛していたはずだもの、愛した人の子供が見るも無残な姿になれば母として憤るわよね…」
ぎゅっと抱き寄せられながらも涙を流しながらも言葉を続けていく

私の愚かな行動で、どれだけの人が悩み、過去とのトラウマに葛藤し、嘆き、苦しみ、怒り狂わせ、湧き上がる衝動を、感情のままに暴走させてしまった、もっともっと、私自身に向けられている感情を知るべきだったと反省しないとね。

「はぁ、ほんっと嫌、考えれば考えるほど、あの獣共が憎い、私の愛する人をみんな、奪おうとしてくる、ほんとうに、いやよ、もう、うばわれたくないの」

お母さんの涙が止まるまで、言葉が紡がれることは無かった、この涙は私のせいでもある、私が行った愚かな行為によって悲しませてしまったのだから。

…でも、本音の所はお母さんには申し訳ないけれど、してよかったと思ってる、あの時、私が行動を起こさなければ、三つ編みちゃんだけじゃなく、現場に残存していた人達は肉片すら残さずに死んでいたはずだから。

お母さん、女将、姫様、ううん、この街にいる数多くの人がもしも、私の命かあの時、現場に残された人達、どちらかを天秤にかけろと言われたら、私を取るのだろう…

だけど、私はそれを良しとしない、私はどう頑張っても、皆と同じ1だ、現場に残されている人達は30は絶対にいた、1と30だったら、私は30を選ぶ。

泣き止むと同時に照れ隠しなのか私の頭をわしゃわしゃと撫でられて髪型がぐちゃぐちゃにされたあと、綺麗に手櫛で整えられていくなか、謎の質問をされる
「ねぇ、耳鳴りはしない?」
みみなりは…しない、みみなりは…ね?

「言葉は聞こえる?」
だれの?   ひと の ことば じゃない のも きこえる けど

「覚えがあるって反応があるわね、そう、魔の手はとうとう貴女を見つけてしまったのね、姫ちゃんがこうなってしまったから加護が消えたのね」
かご?

「絶対に、聞こえてくる声に耳を傾けないでね、アレは獣の声よ、死を願う、始祖様の血を絶やす為の声よ」
何となくだけど、それは理解している敵意しか感じ取れない不可思議な声
そうか、アレはやっぱり、敵の声だったのね、私の中に流れる始祖様の血を途絶えさせるために、心が弱くなった時を見定めて死へと破滅へと誘おうとしていたんだね。

「…姫ちゃんからね、本当だったら説明してくれる予定だったけれど、この状況だものね…私が説明しないといけないのよね~、苦手なのよねぇ~、順序を踏んで簡潔に説明するのって」
お母さんは、随所に感情が入ってしまうことがあるから、ね?説明するのって昔から苦手だものね

「そうね、具体的に何から話をすればいいのやら、色々とありすぎてね、そもそも、貴女が何処まで過去の出来事を知っているのなのよね、まず、何も聞かされていなさそうな気がするわね」
お恥ずかしながら、姫様とは遊んでばっかりだったような気がします。
「まず、どうして私が、この街に戻ってきたのかっていうのも先に説明しておくわね、私が、今こうやって生きているのは、何か理由があるのだと運命を知ったのよ、ある人物に出会い、ある存在に。そう…」

竜に命を助けてもらったことがあるの

あの極限ともいえるような状況化で見たことも聞いたこともない世界が見えて、その視界の先にいる竜が私を導いてくれたの、苦手な術式を扱えれる様に術を脳裏に刻み込んでくれたの、あれからよ、私が術式への理解度が急上昇したのは。

授けられたのよ竜に、術に対する知識を、経験を、扱う術を…向き合う術を

(その言葉に私も覚えがある【竜すなわち、ドラゴン】、姫様が言っていたドラゴンと、もしかしなくても同一の存在だろう)

まず、私は王都で、宰相の保護下に居たのよ、子供を産むために匿ってもらっていたの、お腹の中にいる子供の血筋を考えると極秘裏に産むのが一番だから、色々と目をつけられると危険だからよ。だから、宰相という隠れ蓑が必要だったの。
だから、私はずっと昔からの古巣っていうのかな?王都で宰相が管理してる教会があるの、そこで、宰相や教会の人達全員から、大切に保護され見守られながら、修道服を着て、何処にでもいる教会の人として日々を過ごしていたの。

安定期になったときに、北の、私達の街から、南の砦に向かって大きな光の道が出来たのを見て、宰相の元へ駆け出したの
宰相に先の事変を問いただすと、言葉が返って来たわ、これまた返答に悩まされる答えがね
「これから先に王都史上最大の危機が待っている可能性が高い、絶対に王都から出ないでください」って、念を押した後は、宰相が動かせる全ての部隊を総動員して、南の砦へと駆け出して行ったわ。

未曽有の危機が迫っているのだと、経験でも理解しているし、本能でも察している。

王都で何もせずに、居るべきじゃないって、世界を救うための思考としては、そうそうに動くべきだと声を掛けてくるけれど、本能が恐れる、子を産む母性が安全な場所から動きたくないと、私の足を縛るの
頭では理解している、王都を出たら身の安全は保障されない、大切な、たいせつな、我が身に宿った命も危険に晒してしまうと。

それと同時に、私を見守り育て、守ってくれた場所が危険に晒されているのに、私は何もしなくてもいいのかと、恩を感じていないのかと責め立ててくる部分もあった。

完全に板挟みだった…

お世話になった過去の自分は、街に帰って少しでもみんなの支えになるのだと声を上げる
女として、母親として、念願の、ずっとずっと、抱きたかった望みの子供を守りたいのなら、王都から出るなと声を上げる

私にはどちらも正しい声だと、選ぶことが出来なかったわ。

だから、何事もなく無事であるのを祈り続けた、祈ることで、私の魔力があの街に向かい糧になるのを知っているから、少しでも罪悪感から逃れるように祈りを捧げていたわ。

そんなある日、誘われる様に南の空を見ていると

あの時に見た竜が空に現れ、光の道が走った瞬間に空が輝き、何かが起きたのだとわかった。
あの竜が現れるほどの事態なのだと、危険な状況なのだとわかったらもう、止められなかった
気が付けば身支度を済ませていて、この街に向かおうとしていた、流石に、教会の人に止められてたけれど教皇様が一言だけ
「聖女様でしか知りえない何かがあったのですね」っと、一言だけ周りに言った後は、誰も何も言わずに見送ってくれたの。その後は、教皇様、自らが車を出してくれて、送ってくれたのよ、この街にある医療病棟まで。

帰ってきたら先輩に産んでから戻ってこい!心配かけるじゃねぇかよって滅多に涙を見せない先輩に怒られるわ
奥様には、孫の顔が早く見たいなぁってぽわわっとした感じで出迎えてくれるわ
No3はなぜか怪我して入院しているわ
隠蔽部隊の元室長も同じく入院しているわ
女将は外に出ているわ
何故か、お義父様もいるわ
メイドちゃんが何故か塔の上を陣取っているわ

非常事態ってのは、直ぐにわかると同時に、私が居ないとダメだなって心の底から感じてしまったわ。
私の居場所はここだってね、子供には悪いけれど、私は母でもあるけれど、それ以前に、女でもあるの、愛する人達が居る場所を選ぶのよ、女としてね。

それにね、お父さんの魂が一番近い場所の方がいいでしょ?

それにね?よく考えてごらん?この世界で一番、信頼できる医者が居て、そのほかにも王都にいる王宮医よりも、医療技術を持っている人が数多くいて、王都以上の、王室ですら舌を巻くほどの設備が完璧な場所なんて全世界探してもここしかないのよ?

王都も危険になってきたのなら、産むとして安全な場所ってここしかないわよね?

なら、戻ってくるのが正解でしょ!竜にも恩義があるし!姫ちゃんと私の可愛い娘も見守れるし!!一挙両得ってやつ?

「合理的な判断なのよ、どうよ?お母さんは賢いでしょ?」
したり顔で言ってくる辺り、照れ隠しなのだろう、本当に不器用な人、周りの評価が残念な美女っていうのも、本当に頷けてしまう。


ん?あれ?何だろう?ニュアンスかな?一つ、気になる言葉があったような?まぁいいか、現にこの人がいるからこそ、助かった命も数多くあるでしょうし。
私も姫様も、傍にいてくれた方が嬉しいもの。



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