最前線

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とある人物達が歩んできた道 ~ 予定は…狂っていく ④ ~

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「ぅ、うん?」
気が付くと眠ってしまっていたみたいで、隣では姫ちゃんがしっかりと寝巻に着替えて絡みつく様に寝ている。
顔をだけを持ち上げて時計を見ると、深夜って程ではないけれど夜も更けている…

そういえば、姫ちゃんに魔力を渡していなかったような気がしたので、何時もの習慣というか、癖で、寝ている姫ちゃんの首に触れる。
首に触れた瞬間、一瞬だけ姫ちゃんの体がびくっと跳ねたけれど、敵意が無いと直ぐに理解したのか、身を委ねてくれる。

嗚呼そうよね、寝ぼけていたとはいえ、配慮が足らなかったわね、安心して、もう、私が怨念・怨嗟・怨恨…負の猛襲に支配されることはないわ。
女としての私は、完全に終わりを迎えたのよ…
これからは、どういう風に変化していくのか私自身もわからないけれど、これだけはわかる。碌な死に方しないだろうし、幸福を得ることは出来ない、そんな予感しかしないわね。

魔力を渡す相手を見つめる、気持ちよさそうに寝ている、髪の毛もサラサラで、肌も透き通るように白くて、顔立ちも整っていて綺麗…色が見えない私でも色なんて不必要だって思えるほどの美しさ…まぁ、どうしてかわからないけれど、今でも姫ちゃんが傍にいると薄っすらと色が見えるのよね。

貴女の…私を守ろうとする心によって、貴女の知らないうちに私が死ぬしかない未来は覆ってしまった、結果的に命を救われてしまったのだろう。
本当に些細なきっかけで、未来は変わるのでしょうね。

未来と言えば、未来姫ちゃんがどうして、医療に関する技術を大量に送ってきたのか、それが何を意味するのかきっと、私では知ることは無いでしょうね。
私が知る限りの情報だと、医療の技術が必要な場面って、あったかしら?確かに、あの事件で多くの方が傷ついたと思うけれど、その時に…
わからないわね、もしかしたら時間の軸が違うとか?情報が交差しているとか?…単純に医療技術は向上させるべきだったとか?実は、私が気が付いていないだけで、医療技術が追い付いていなくて死者が出ていた…とか?

考えても答えは出るわけはない、可能性は無限大にあるのだから。

無限にある可能性、その可能性を動かす力、力の中心…何となくだけど予感めいたものかな?私は、外れたような気がする。
無限の可能性を動かす力が、もう、私を中心に物語が進むようなことは無いのだろう。

なんてね、今までもそうだったけどね、今まで私の中心には騎士様がいた、いいえ、私だけじゃないあの街にいる人達全員が、騎士様が中心にいることで生きてこれた。
その騎士様がいることによって、私たち全ての人達が騎士様を中心として世界を動かしていた、そんな気がする。

騎士様の傍にいることで私も世界の一部になれていたと思っていた、騎士様の近くだけ色がある、今もね、不思議な話よ。

姫ちゃん、そう、あの子だけは色が見えるの

ずっと、気にしてはいなかったけれど、姫ちゃんにだけは騎士様と同じように色が見えるの。

世界の中心となるのは、きっと、この子、もっと速くに気が付くべきだったのよね。まぁ、気が付いたところで何が変わるのか、愚かな私ではきっと、わからないでしょうね。でも、気が付いたからこそ、もっともっと、この子が輝けるように私は裏方で頑張ればいいのよ。そうすれば、きっと良い結果となって返ってくる。

今までは、一緒に第一線…最前線に居たと思っていたけれど、もう、私は世界を動かす最前線から外れたのでしょうね。
今後は、この子が最前線となるのだろう、この子が世界を動かしていく。

私は、一線から離れて、新しい世代の行く末を見守り支えていく、そんな立ち位置になれるといいわね。
うん、考えてみてもそれが一番な気がする。うんうん、良いのかもしれないわね、先輩が私を団長に勧めてくれたのもきっと、こんな気持ちだったのかな?

次の世代にバトンを託す…世界の命運を託す…こういう気持ちなのかもしれないわね。嗚呼、今ようやく私は、大人になれた様な気がします。

恋するうら若き乙女から、次世代を見守り、支え、導いていく…先を生きた人。

大人になるのね。

魔力を渡し終えた後、姫ちゃんを優しく抱きしめる。

私は生きるわ、生きて貴女を支える、貴女が私の幸せを願ったように私も貴女の幸せを願う。
第一線から退いてね、危険な場所ではなく後方から支える、それが私と貴女、二人が歩んでいく道として正しいのでしょう。
私が前で貴女を危険から守るではなく、貴女が窮地に追いやられないように後ろから視野を広く持って支える。

嗚呼、そうか、だから【子供が欲しい?結婚しないの?】…私が死なない未来を作るために、声を掛けてくれていたのね、落ち着いて考えてみるとそういう意味だったのね。
私は騎士様の様に誰かの前に立って守れるほど強くないから、姫ちゃんはそれに気が付いていたのね…ふふ、当然よね、私は弱いもの。

純粋に、私の未練を断ち切る為なのかと思っていたけれど、そういう意図があったのかな、いつか姫ちゃんが大きくなってお酒が飲めるような年齢になったら一緒に葡萄酒でも片手に話を聞いてみるのもいいかもしれないわね。王都から帰る時にでもこの日を記念して葡萄酒でも買って帰ろうかしら。

はぁ、それにしても姫ちゃんはどうして、的確なタイミングで、あの場所に現れたのかな?考えるまでもないでしょうね。
未来姫ちゃんからの情報によって、あの時がターニングポイントだと気が付いたのでしょうね、あそこで手を打たないと、未来で私が死ぬという可能性を消す為に。
それだけじゃない、どうやったのか知らないけれど、未来の私が情報を送り、それを受け取っているという事を、何処かで気が付いていそうね。

思い当たる節はある、確信を得たのは、あの時かしら?【私と一緒】と、言っていた時があった。
それはつまり、同じく未来を知った存在って意味よね?
という事は、私も未来を覆すことも出来るはずだったけれど、正直に言うと、私は、自分が死ぬ未来を覆す気は無かった、一度放てば戻ってこない弓矢になるつもりだった。
アレさえ殺せればどうなってもいいって思っていた部分が強い、出来る事なら、アレを殺した後に何かしらの方法で逃げ延びて、姫ちゃんと共に生きるという可能性も考えた。考えたというよりも妄想に近いわね、叶える方法が、望みが薄すぎる未来ね。

どうやって未来を変えるのか、策なんて練りようがなかった私では、未来を変えることは出来ないのだろう。
それが許される、いいえ、出来るのはきっと、姫ちゃんだからよ、類まれなる才能に、思いがけない発想、柔軟な思考、私では届かない世界。

だから、私は物語の中心にいることができない、凡人だから。いくら努力を重ねようと、いくら研鑽を重ねようと、いくら藻掻いても

私は騎士様を救う未来を勝ち取れない…穢された無念を晴らすことが出来ない…私は何て無力なのだろう…みみなりがきこえる

姫ちゃんに魔力を送った後、徐に起こさないようにベッドから降りて、部屋のドアを開け、ゆっくりとゆっくりと足音を立てずに玄関に向かっていく。
玄関には誰も居ない、そっと、玄関のドアを開ける、外は深夜なのだろう真っ暗だ。みみなりがする

玄関を出て、外に向かって歩き出す。

門番の人に挨拶をし外に出ようとすると
「ダメです」
門を開けてくれない、とおして、あけてよ、いかせてよ
「ダメです」
どうして、あの時はすんなり通してくれたじゃない…
「お願いします、今夜ばかりは、お願いします」
…確実に根回しされている気がする。姫ちゃんは私が起こす行動を全て見透かしているってことね。みみなりが、やむ、

門番の方にお仕事ご苦労様ですと頭を下げて玄関に引き返す。

家の中に入っても…どうしようか?っていうか、何で、外に出ようとしたのだろう?まぁ、いいか、外の空気も気持ちよかったから、そんな気分だったのでしょう。
さて、起きたのは良いけれど、することもないわね、取り合えず、喉が渇いたのでキッチンに向かうと、食事の席に灯りが灯っている、こんな夜中に誰かがいるとは思えない、なら、答えは簡単ね、あの侍女が消し忘れたのだろう。
灯りが灯っていることですし、ついでに、飲み物をキッチンから拝借して灯りでも見つめながらゆったりと過ごしていれば、眠たくなるでしょう。
そんなことを考えながら、食卓に向かうと珍しくお母様が葡萄酒を片手に一人で遠い目をしていた。

一人の時間を邪魔するのはどうだろう?邪魔よね?どうしようかと部屋の入り口で悩んでいると見つかってしまい、手招きされるので、遠慮しながらも中に入り、隣に座るようにとトントンっと隣の椅子が置かれている席を指で叩いているので隣に座る。
「大きくなったわね」座って近くでお母様を見ると、目がトロンとしているのでそこそこ、お酒が入っていそうね。
何を想ったのか唐突に、ぽんぽんっと頭を撫でてきたと、思ったら普段絶対に見せないような表情で出迎えてくるので、どう反応を返せばいいのかわからなかった。
相当酔っているのでしょうね…隙だらけ、こんなお母様を見るのは初めてよ。

「私ね、貴女も何処かの側室になるのだと、ずっと、思っていたの」唐突に始まる自分語り。お酒の席でしか言えないことってあるわよね。特にすることもないですし、会話に付き合ってあげましょう。親孝行の一環よ。他意は無いわ。
そうでしょうね、お母様から教えられることすべてが、それに行きつきますもの。

「私も、そうやって、お母様から…今は亡きお婆様ね。幼い頃から教えてこられたの、私達は学が無い、学を生業として生きれるほど能は無い。私達が出来るのは男性を支えることしかできない、かといって血筋的にも一流に至れない、側室という道しかないと思っていたのよ」
お婆様からも、そうやって教育されていたのですね、私達は側室になる未来しか生きる術を得られない何もない血筋。

「そんな風に育って生きてきた、だから、貴女にもそれを強要してしまったのではないかと、今も後悔しているの、旦那様が貴女に見合いの話を持って来たのを止めるべきだった、貴女が望んでいないのを知っているのに…政治から遠のいた貴女を政治の道具に利用するために顔を出した、乙女の一大決心を嘲笑う、親として間違っていると一喝すればよかった、それが出来なかった弱い私を許しておくれ」
そんなことないって慰めてあげたいけれど、お母様の立場上、それが許されないのを知っている、どうしようもない力無き弱き存在である私達では抗えないもの。
今もこうやって好き放題出来ているのも、正直なところ、勘当同然で死の街に向かった影響なのよね、死の大地に向かった婚期を逃した女性に政治的価値なんて無い。
側室として誰も迎えてくれない、だから、手切れ金宜しく、色々と都合をしてくれたのだろう。

可愛くおねだりなんて表現しているけれど、そういう事だと私は知っている。

一部の貴族の間、恐らく、お父様的に繋がりが欲しい相手からの打診があって頭を悩ませていた、そんな時に値千金のタイミングが政治利用できる駒が帰ってくれば、使おうと歩み寄ってくるわよね…
お父様からすれば私達はそれくらいしか価値が無いのでしょう。

育ててもらった恩は感じております、恩を返せと言われればどうやって返せばいいのか見当もつきません。
愚かな娘だと、貴族の恥だと、この家の恥部であると、私は痛感しております。

だから、帰りたくなかった。何時までも騎士様と共に歩んでいたかった。

「だったら、世界を救った英雄になったらいいじゃない」唐突に部屋の入り口から声がするので視線を向ける、まぁ、声の感じからして貴女ってわかってはいたけど、眠そうね。寝てたらいいのに。

ふぁぁっと欠伸をしながら部屋に入ってきて手を出してくる、視線の先にあるのは私が用意していた飲み物
グラスに注いで渡すと美味しそうに飲み干してから口を拭い真っすぐな瞳で此方を、私を見つめてくる

「誇れるものが無かったら、誇れるものを得たらいい、お母さんは英雄を育てれる器だよ?」
何が言いたいのか少々、理解できない、どういう事だろう?

「お母さんは何者でもない、何かを成せる人じゃない、そんな事ないよ。誰かの傍にいて、誰かの支えになって、誰かを導ける、その誰かを、特定の人じゃなくて全ての人にできる人の事をなんていうか知ってるでしょ?先を生きた人、先生…指導者、先導者、それらを総じて導く人、お母さんは導き手なんだよ?」
誰かの傍にいて、誰かの支えになってっ、、、か、誰かを導いたことなんて無いわよ、私は私のままで生きてきただけよ。そんな大層なことなんてした記憶なんてないわね。

「きっと、今までそんな事をした記憶なんて無いって思っていそうだけど、周りはそう思っていないよ?私だって、お母さんが居るからこそ、変わったんだなって、思えるし、人って支えあう事が大事なんだなって学べることが出来たんだよ。その結果、今もこうやって、本当は絶対にしてはいけない巫女の規約を破ってでも王族に関わることにしたんだからね?」
思い当たる節がある、教会で末席と遭遇した時も、真っ先に隠れる様にしていた、確かにね、王族の紋章が入った服を着ていたら迫ってくる人が王家に連なる何かだって見て隠れたのね。いや、そもそも姫ちゃんからしたら末席の事は知っている節があるから、接近してきた人物を見て直ぐに隠れたってのが正解?

そうよね、末席のと関わるのを極力避けようとしていたように感じ取れるし、やっぱり理由があったからってことか、そして、タイミングばっちりに部屋に入ってくる辺り、聞き耳を立てて様子を伺っていたってことよね。

「だから、自暴自棄にならないで、貴女は世界に必要な人なの、貴女は平和になった後にもっともっと輝く人なの、貴女が持つ善性を失わないで」

両手を握って、真っすぐに言われちゃったら、母親として、いいえ、一人の人間として頑張らないといけないわね。

隣で私達のやり取りを見ていたお母様が、
「姫様はとても聡明であらせられますね、至らぬ娘ですが、どうか、導いてあげてください。」
いつの間にかお母様が椅子から立ち上がって貴族として目上の人に願いを伝える姿勢で頭を下げている。

「お婆様、おやめください、私は貴女の娘の娘です、私からすればあなたはお婆様なのですから」
私の手を離してお母様の元へゆっくりと歩み寄り、そのままの勢いでお母様のお腹目掛けて突撃しポスっという音と共に抱き着くと
「そんな、姫様、目上の方がそんな、お戯れを」困惑しているお母様に問答無用で
「いいの!お母さんのお母さんは家族だよ、だから、そんなに他人行儀に畏まらないで…悲しくなるじゃない」
「ひめ、さま…」そっと姫様を包み込むように抱きしめている、お母様のあのような表情、見たことが無かった、あの人も、人間のような表情が出来るのですね。
滅多に皺を作ってしまう程の表情を変化させない、美意識の高いお母様が大きな皺を作るなんてね…私よりも姫ちゃんの方が導き手として最良じゃないかしら?

その後は、家族三人並んで、お抱えのシェフから怒られてしまうけれど、来賓用の焼き菓子を勝手に持ち出して、昔話に花を咲かせる。

姫ちゃんが舟をこぎ始めたので、夜会はお終いを告げる。
姫ちゃんを抱っこして部屋に向かおうとすると
「不思議な人ね、私ね、初めてよ、色を感じたわ…生まれて初めて輝く色をみたの…何を言っているか」
「わかりますよ、お母様、僭越ながら私も同じです、ある人に出会ったときに私も初めて色を知りました」
その一言で表情を滅多に崩さない無表情のお母様は、無表情のまま、ゆっくりと涙が頬を伝っていく、お母様も色が見えないタイプの人だったのね、

おやすみなさいと一言だけ、それ以上はお母様の長い長い人生を考えれば、声を掛けようがない。

後ろで地面と何かが擦れる音がする、私の目は後ろについていない前についている、だから、確認しようがないけれど、お母様の顔はきっと、皺を作らないように生きてきたことを忘れているのでしょうね。


さぁ、翌日は街の皆へのお土産を買った後は王都を出て、私の街へと帰りましょう。
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