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邂逅編
1話 千と廻り
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『妖魔界』それは異形のモノ、人間を好んで食らい地上界を脅かす存在達が棲まう世界。『地上界』それはなんの力も無い人間が暮らす世界。『獣霊界』それは獣の見た目をした獣霊族が暮らす世界でどの界にも干渉をしない中立の立場を貫いている。『天上界』それは神と神の使いが暮らす世界。この四世界で妖魔界は人間界を襲い、天上界は地上界を守り妖魔を退治する役目を負っていた。
久方ぶりに天上界で神名を授かった神使が現れた。生まれつき霊力の高くお人好しな少年、白は修行を積んで、15歳の成人を迎えたと同時に神使に迎えられた。天上界の天主、天帝武聖君に賜った神名は『花陵』。清廉で懇篤、優美で高潔な姿は花の君とも呼ばれた。
そしてそんな彼が罪人と呼ばれるのを誰も想像などしていなかった。
禍つ神の堕落魂に触れ魂が穢れた白は持っていた神殺しの神器『滅龍槍』の力を使って地上界を混乱に陥れたのだ。神罰の鎖に繋がれた白は千年の眠りにつくことになる。
**
霞む視界の中、焼け焦げ荒れ果てた大地と硝煙の匂い、数々の悲鳴でおかしくなりそうな感覚に見舞われる。この景色には見覚えがあった。胸が締め付けられる。途端に誰かに優しく抱きしめられ失いかけていた理性が微かに取り戻された。
そう、約束。誰かと大事な約束をしていた。それは何だったかー
『…白…』
自分をとても大事そうに呼ぶ声を終わりに白は自分の意識がどんどん浮上し瞳を開ける。
そこは石で出来た長方形の空間に天上が高く、上下左右で浄化の陣が施されている間。白は深成岩で出来た御帳で横になっていた。柱にはヒイラギの葉が巻かれ細い注連縄が連なっている。御帳の下にまだ高さが三寸程(約十センチ)の四方系の台が配置されており間から細長い石廊がこの間の出入り口に続く。石廊の両端には水が貯められていて緩やかに波を打っている。
扉もヒイラギの木で出来ていて、その扉が何者かによって開かれた。この間は薄暗く壁に等間隔で竹灯籠が埋められているだけなので顔ははっきり見えない。その人物は白を抱きかかえてこの間を出ていこうとする。白はその人物に確かな安心を感じ開けた目を再び閉じて自分を抱きかかえる人物に身を任せた。
次に目を開けた時には風通しの良い涼やかな部屋で、集めの布が敷かれた寝台で目を覚ました。そして傍らに誰かいる事に気付いて視線を向けると気高さを感じさせる美しい女性が座っていた。黒く長い髪を半分に結い団子に綺麗な装飾が付いている簪を一本刺し、桜色の衣を着用している。女性も単白が目を覚ましたことに気付き言葉をかける。
「気分はどうですか?」
「…随分寝過ごした気分です…」
「悪くないようでしたら良かったです」
女性は白を起こすのを手伝い「どうぞ」と、水を渡す。少しずつ頭が覚醒してきて渡された水を口に含む。周りを様子見るとこの部屋には見覚えがあった。本棚で埋め尽くされたこの部屋は、知識の神『伶識博慕天』の自室だ。机には巻物やら書き途中の紙やらが散りばめられていた。しかし白は不思議に思う事があった。
「ええと…博慕天様…?」
「私を覚えていて下さり嬉しいです。」
「ははは…その不躾かもしれないのですが、どうしてその…女性の格好を?」
そう、何を隠そう伶識博慕天は本来男神なので今の格好はおかしいのだがこれにはちゃんとした理由があり、人の間で最初に作られた伶識博慕天の像が秀麗な男性の像だったのだがいつからか美しい女性という認識が確立していき美しい女性の女神として深く信仰されていったのだ。
「人の信仰に合わせてこうなりました。」
それでいいのだろうか、と思うが当人が良いのなら何も言わないでおこうと苦笑いした。そして白は自分は今どうしてあの場所に居たのか、魂が穢れ暴走してしまって神罰の鎖を受けた後どうなったのか…しっかり思い出せず聞くのが少し怖かったが恐る恐る尋ねた。
「あの…私はあの後どうなったのでしょうか。」
ー確かにあの時魂が散っていくのを感じたのに
木枠の悟りの窓〔丸窓のこと〕から緩やかな風が白の長い亜麻色の髪を靡かせる。そして胸に手を当て自分の魂の鼓動をしっかりと感じた。
「神罰の鎖で散りかけていた貴方の魂の一部を繋ぎ止め、浄化の儀で眠りにつかせる事に成功しました。」
穢れに染められた魂が元に戻る事は無く、行きつく先は魂が散り尻になって暗闇の中を延々と彷徨うか消滅し二度と生まれ変わる事が無いかの二択。白は勿論自分の魂はこのまま散っていくのだろうと思っていた。しかし今こうして息をして五体満足で水も飲んで、現実では無いかのように感じられた。
「そして貴方の魂の浄化に、千年の年月がかかりました」
「千年っ…!?では…」
次に発しようとした言葉は紡がれることなく飲み込まれた。
(千年という時間が経っていたらあの場所は…)
それはとても衝撃な事実で、白が動揺するのも無理なかった。まさかそれ程の年月が経過しているとは思わなかったのだ。頭を打たれた感覚でもう言葉も出なかった。その様子を察した伶識博慕天は直ぐに別に話に移る。
「それと、今の貴方は霊力がほとんど使えないので気を付けてください」
そう言われ確かに今まで溢れるほどあった霊力が微塵も感じられない事に気付く。そしてあることに気付いた。自分の両足首に鎖の枷のような模様で墨で描かれたような痕がある事に。それは霊力を封じ制限する術。もし無理に霊力を使おうとした場合、その鎖が全身に回り戒めるようになっている。身を裂かれるほどの痛みだとか。そして、その術は罪人に使われる。
「罪人には罰を…天上界の掟通り封縛の枷が使用されています。あと貴方の宝剣は没収されていますので」
しかし白にとっては、封縛の枷と宝剣の没収だけとは、かなり罰としては寛容だ、と思った。足首の術の模様を指でなぞる。霊力が使えなくて悲しいなどという気持ちは一切無く、逆に自分を守っているとさえ感じるのだ。
「あの…博慕天様」
「何ですか?」
「…その…」
どうにも歯切れの悪い白になんとなく察しがつく。きっと気になる事、聞きたい事は山ほどあるだろう。なにせ千年も眠っていたのだから。きっと死んだとも思っていた事だろうし。
「……天主は私の目覚めに反対しなかったのですか?」
「…貴方を浄化の正室に連れて行ったのは天主本人です。理由を問うとすれば天主にお聞きなさい」
地上界の天主。天帝武聖君は最上位の武神であり、白が神使見習いの時に師匠の役目も担っていた。正式に神使に昇格した後、天帝武聖君の神使として仕えていた。
だからこそ良く知っている。
天帝武聖君の名に恥じぬ通り、優しい聖君の面もあれば悪事を決して許しはしない武神の気高い面。敵とみなせば容赦がないあの主人の事を。
「分かりました。…天主が戻られましたら伺ってみます」
「そうしなさい。聞きたい事は以上ですか?」
「あ、あと…鳳明園は今どうなっているのでしょう…」
「…完全に消えました。町も民も。ただ厄介な事に今そこは大妖道魔が一人、黒災鬼の縄張りになっています」
「黒災鬼?」
「妖魔の中にも階級があるのはご存知ですね」
「ええ。七百年生きた妖魔を大妖魔。千年生きた妖魔を大妖道魔と…つまりその黒災鬼は千年生きている」
「しかも天主と互角に渡り合いました」
「そんな!」
それ程強いというのか、大妖道魔という階級の妖魔は。とても信じられないが伶識博慕天が嘘を付く必要もないので、素直に感嘆した。
「加えて、そこに自分の城も建てたんですよ。大胆にも程がある」
「城を…凄いですね」
一度見に行ってみようか。あの樹がまだ残っているのかどうか、どうしても気になる。
白のその考えが分かりやすく表情に出ていたのか、伶識博慕天は一つ溜息をつき肩をすくめる。
「貴方の故郷の場所だからと無暗に行っては駄目ですよ。今やあそこは妖魔の巣窟。まあ人間も暮らしているようですが妖魔を国主と崇める人間です。それに黒災鬼に見付かったらどんな目に遭うか分かりません。今までどれだけの神と神使が返り討ちにされたか」
その様子を思い出してか伶識博慕天の目が段々鋭いものに変わっていく。これ以上刺激してはいけないと思い白は黙る事にした。すると、何かを思い出したように伶識博慕天は白に尋ねる。
「ああ、そうだ。花陵殿、貴方は杖術が得意でしたね?」
「え?ええ、まあ…でも何故杖術なんて?」
「神使の役目を果たす為に決まっているじゃないですか。何もないより護身用の武器があった方がいいでしょう」
何を言っているんだ此奴は、と目で言っているのが見て取れ気圧される。伶識博慕天は自分の机の周りを物色し始めた。積み重なった書物や木箱など、その中を探しているので今にも崩れ落ちないか冷や冷やする。
この伶識博慕天という男。天主の補佐を務めているので様々な事を完璧にこなすのだが、こと整理整頓に関しては無頓着すぎて駄目なのである。しかも、その事に対して口を挟まれるのを嫌う性格なのを理解している為白はただ見守るしか出来なかった。
白は立ち上がり近くに寄る。すると何か違和感を感じた。それは自分の目線の高さだ。以前は普通の大人の男性位背丈がありそれなりに目線は高かった。しかし今は以前より低い気がするのだ。それを不思議に思い体のあちこちを触っていると、近くに立て鏡があることに気付きその中に映る自分を見て衝撃を受ける。
鏡の中の自分はどうみても青年の姿をしている。大体十七歳頃の姿だ。
「…えっ?若返ってる!?」
「やはりそうですか。何だか前より顔が幼いと思ったら」
「な、何ででしょうか…!?」
「詳しい事は分からないですが、恐らく堕落魂に飲まれた影響や浄化の儀で千年も眠っていたことが関係しているのかもしれませんね」
この事にあまり興味がないであろう彼は「あ、ありました」と目当ての物を見つけ机の上に掌くらいの大きさの木箱を置いた。蓋を開けると中には小さな白杖が入っており、上下に蔦の金の装飾が施されていた。穴が開いてる所からは赤い組紐が通り白い鈴に繋がり房が付けられている。しかし、この小さな白杖をどう使うのかと手に取るとそれは白の背丈と同じくらいの長さに伸びたではないか。
「それは伸縮自在の宝器で使い手の意思を汲む賢い子です」
「へえ、とても便利ですね」
「では、それを持って一度ご自分の宮にお帰りなさい」
「宮…ですか?まだあるんですか?」
「何もかもそのまま残してありますよ。天主のご命令ですから」
普通神使は仕えている神の宮殿に部屋を設けるのだが、白の場合、天帝武聖君が別で白だけの宮を与えたのだ。当時は複雑だったが今自分の状況を見ると、残してくれていたのはとても有難い。
「貴方は目覚めたばかりです。まずゆっくりお休みなさい」
「博慕天様…ありがとうございます」
白は伶識博慕天の自室を出ようとすると「花陵殿」と呼び止められる。神名で呼ばれる事は別におかしい事ではない。今までだってその名を沢山呼ばれる事はあった。しかし、今となってはどうしてもその名を受け入れ難く感じる白は神妙な面持ちで振り返り言葉を返す。
「その“花陵殿”はやめてもらえませんか。もう私には相応しくありませんから」
白の性格は把握している。度がつく程お人好しで全てに優しい心を持つ彼は、例え騙されたとしても笑って許してしまうのだ。『花の君』に相応しく人に光を届け穏やかにする。そんな彼が罪人になり罰を受け、自責に駆られないわけがない。しかもその責の思いの大きさは計り知れない。それを十分理解している伶識博慕天は真っ直ぐ思っていることを伝える。
「…何を気にしているか予想付きますが、負い目を感じた所で貴方の過去が消える事は無いのです。今の貴方がすべき事は過去も今も受け入れ前を向き馬車馬のように働く事」
「はは…馬車馬…」
「貴方の神名は、過去も受け入れるという意味でも大事になさい。彼の天主から授かったのですから」
常に冷静で厳しく、しかしその中には変わらず優しさが含まれている。ありきたりな言葉でも、励ますような言葉でもなく、ただ受け入れろと。それは白の心にすんなりと浸透した。きっと直ぐには無理だろう。しかし、伶識博慕天の言葉は今の自分への回答だと思えたのだった。
「……そうですね」
それにしても、頼み事をしたはずが説教を受けるような形になった事に過去、伶識博慕天から叱られたことを思い出した白は懐かしさを感じ軽い笑みが零れた。
「博慕天様が変わらずで嬉しいです」
「皮肉を言えるのならかなり元気ですね」
「皮肉では無いですが…はは」
「それともう一つ。よく目覚めてくれました。…おかえりなさい」
昔から滅多に笑う事の無かった伶識博慕天の微笑みを見て目尻が熱くなるのを感じる。
「ありがとうございます…」
白は深くお辞儀をし、伶識博慕天の自室を出て伶識の宮の外へ続く渡り廊下を通り宮を出る。
千年振りの天上界の空を見上げた。天上界は夜になる事が無く、日々暖かい太陽の光で明るく照らされている。すると見上げた空に数弁の花弁が白の周りを踊るように風に吹かれてやって来た。まるで彼を待っていたかのように。それを感じ取ったのか白は微笑んである場所へと足を向けた。
そこは他の神達や神使達が暮らす宮とは遠い位置にあり、二つの明媚な木々、岩山を横断する橋を越えると流れる川に沿って橋はまだ続き歩いて行くと川に浸かりながらも逞しい木や花木達の周辺を蛍のような淡く緑色に光る何かが飛んでいる。そして一つの城門だけが現れそこをくぐると橋は途中までしか続いておらず傍らに船があった。道のようになっている木々の間を船を漕いで着いた先は、花鳥風月を表すような、花が天を埋め尽くす程咲き乱れた秘境。陸から突き出ている端に船を固定し、船から降り石畳の道を歩く。道になっている所以外は全て花や花木で埋め尽くされていて、寝殿の建物が一つ建てられているだけの場所。
「お前達、随分久しぶりみたいだね」
道の傍ら撫でるように花を触ると爽やかな風が吹き、まるで花が白の手に擦り寄るように揺れた。寝殿に入ると中はかなり綺麗に保たれており、きっと誰か自分が居ない間掃除をしてくれていたのだろうと思った。寝台のすぐ隣にある角机に生けられたばかりの葉牡丹が置かれていたから。
ここは白が天上界に戻った時使っていた場所で、名は『花福殿』。変わりない部屋の風景に安心感を覚える。
ふと寝台に目をやるとそこには真新しい衣服が置かれていた。杏色の衣に真っ白な外衣を衣と同色の腰紐で縛る。外衣の両袖は肘より少し上から二手に分かれた変わった作りになっており、二手の所には花が彫られた逆三角形の金具が固定されていて深紅の房が装飾されていた。真っ直ぐ長方形の白い長袴は柔らかい肌触りをしていて、履物は固い素材で出来ていて脱げないようにしっかり固定する紐までついている。以前より丈夫そうな履き心地に感動したのだった。
「おお。これは歩きやすそう」
白は亜麻色の長い髪を後ろで三つ編みに結う。耳には琥珀の被水晶と深紅の大麻で出来た耳飾りを付け、再び外に出る。まだ千年眠っていたという実感は無いが己が目覚める事が出来たのは、何か意味があるのではないか、そんな風にも思えた。
色々考える事はあるが、一旦伶識博慕天の言う通りゆっくり休むことにしよう。
それから数日、紙でできた鳥が一羽白の元に飛んできた。それは伶識博慕天からの式で、今から伶識博慕天の宮へ来るようにとの事。
到着するや否や伶識博慕天の疲れ果てた顔が目に入った。
「ああ、花陵殿」
「なにやら凄い疲れ果てていませんか…?」
「最近忙しくて…。こちらをお読みください」
伶識博慕天はある一つの木簡を出し広げ、それを白に見せた。そこには南西にある泊里村という村で子供の行方不明が相次いでいるという報せがびっしり書かれていた。
「早速ですが、泊里村という村にある寺子屋に通う子供が行方不明になるという知らせが届いてます。子供を好む妖魔の仕業かもしれません。行って調査してみてください」
「私一人でですか?」
「罪人呼ばわりされると思いますが誰か付けましょうか?」
「いっ、いえ!一人で行きます!あはは…」
「…嘘ですよ。誰か手が空き次第そちらに送ります。ただの妖魔の仕業かもしれませんが、もしもの為に」
「分かりました」
「道中気を付けて、寄り道してはいけませんよ」
そう釘を指され白は苦笑いをする。昔からどんな小さな事でも何か困り事があれば助けに寄ってしまうため中々目的地に辿り着かない事を懸念して伶識博慕天は念押ししてきたのだろう。
「…なるべく頑張ります」
いたたまれなくなった白はそそくさと伶識博慕天の部屋から退室し、地上階へと向かう。
**
教えられた道を歩く道中、目的地の方から一人の籠を背負った年配の男が歩いて来て泊里村への道を尋ねようと声をかける。
「失礼。泊里村への道はこの道で合っているでしょうか」
「泊里村?」
泊里村の名前を出した男は途端怪訝な顔をして見せた。上から下まで白をじっくり見て、少し間を開けて再び話始める。
「合ってるっちゃ合っているが、お前さん何用で行くんだ?」
「少し調べ物がありまして」
「ほおん。…ま、長く滞在するのは進められねえよ」
「何故です?」
「今あの村では子供がよく行方不明になるんだ。まあお前さんは子供って年齢じゃないが、確実に危ない奴が居る村さ。長居しないに越したこたねえ」
「そうですか。ご忠告感謝します。」
今の男は泊里村の村人じゃないのか、それ以上何か言う事もなく白とは反対方面をまた歩いて行く。村人ならもう少し必死に止めるだろう。又は他人事だからと思っているのか、余り情報は聞き出せないなと感じた白は歩みを進める。
半時程歩くと遠目で家屋があるのを確認できた。恐らくあそこが泊里村だろう。一つ大きい山が背にあり、小山が囲んでいる中規模の村。しかし徐々に近づくにつれ白は驚いた。千年前とは違いこういった村でも多くの家屋が並んでいることは無かった。それに商い屋もそこそこある事にも驚きだった。これは村というより一つの町と言ってもいいのでは、と。
「千年は中々に驚きばかり。家屋も縦に伸びている…ような」
顎に手を添え、家を見ながら感心している様は他人からみたらさぞ怪しく見えるだろう。通りかかる人が皆不審な目で見ていることに気付き慌てて笑って見せる。その場から離れようと思い白は取り敢えず村を見て回る事にした。そしてある事に気付く。何事も無いように普通通り暮らしてるように見えるが、子供の姿は一切見えないのだ。普段子供が走り回り楽しそうな声が聞こえてきそうなものだが全く見受けられない。それだけ今この村で起きている悪事を警戒しているのだろう。という事は一体何人の子供が行方不明になっているのだろうか。
一通り回り終わろうという時、一軒の人の手によって壊された様子の平小屋を見つけた。平小屋を囲っていたであろう木の柵は全て地面に寝転がされている。門は片側だけ残っているだけ。中に入ろうとした時何者かに声を掛けられた。
「ここに何か用かい?」
声の主は腰の曲がった男性のご老人。両手を腰で構え、白を見上げていた。白は咄嗟にご老人の目線に合わせ屈んだ。こちらを不思議そうな面持ちで見ているご老人は白が寺子屋に向かうのを見て態々この村から少し離れた場所にある寺子屋に来たようだ。
「いえ、少し気になって入って見ようかと。もしかして入ってはいけない場所ですか?」
「入ってはいけない事はないが、そこはもうじき取り壊されるから崩れやすくなっているんだよ。」
「成程。心配して声をかけてくださったのですね。ご親切にどうも。でも、何故取り壊しに?」
「あんたこの村で何が起こってるか知らんのか?」
「ああ、道中人に聞きました。子供が行方不明になっていると」
「そうだ。それも寺子屋に学びに来ていた子供達がだ…。その寺子屋がここだよ」
(ここがその寺子屋だったのか)
荒れた様子の寺子屋を横目に白はご老人を背負い家まで送り届けた。その間色々な話を聞いた。事の始まりは約一か月位前からで、時辰帯関係なく居なくなるという。そこでふとある事が気になった。
「あの寺子屋が取り壊されてしまうなら、学を教えてた者はどうされたんですか?」
「ああ、そいつは今奉行所に連れて行かれて尋問でも受けてるだろうなあ」
「そうですか…有難うございますお爺さん」
その後、ご老人を家まで送り届けた白は再び壊れかけの寺子屋に戻る事に。今はあまりこの辺りを寄り付く人が居ないようで閑散としている。寺子屋自体、この村の田んぼに挟まれるような位置にあるので賑わっている場所からは距離が離れているのもあるのだろうが、敬遠しているのが感じ取れる。
しかし奉行所に連れて行かれたとなると、会うのは厳しいだろうか。
恐らく一番怪しい人物という事で連れて行かれたのだろう。何か知っている事があるかもしれないから一度話を聞いてみたいと思っていたのだ。ただ時辰関係なく子供を攫うのは人間に出来る芸当とは思えないので、妖魔が関わっているだろうと予想するが、その学を教えていた者が妖魔と関りがあるのかどうかが気になっていた。
あとで行くだけ行ってみるとして、寺子屋の方へ戻ると歩んでいた足が止まる。
(あれ…)
というのに、寺子屋に戻ると門の前に一人、人が立っているのが視界に入った。体格的に青年のようで背はそれなりに高いように見える。寺子屋の方を見て白の方に背を向けている状態だ。
白が近付くと青年はそれに気付いたようで、ゆっくりと振り向いた。
1話 終
久方ぶりに天上界で神名を授かった神使が現れた。生まれつき霊力の高くお人好しな少年、白は修行を積んで、15歳の成人を迎えたと同時に神使に迎えられた。天上界の天主、天帝武聖君に賜った神名は『花陵』。清廉で懇篤、優美で高潔な姿は花の君とも呼ばれた。
そしてそんな彼が罪人と呼ばれるのを誰も想像などしていなかった。
禍つ神の堕落魂に触れ魂が穢れた白は持っていた神殺しの神器『滅龍槍』の力を使って地上界を混乱に陥れたのだ。神罰の鎖に繋がれた白は千年の眠りにつくことになる。
**
霞む視界の中、焼け焦げ荒れ果てた大地と硝煙の匂い、数々の悲鳴でおかしくなりそうな感覚に見舞われる。この景色には見覚えがあった。胸が締め付けられる。途端に誰かに優しく抱きしめられ失いかけていた理性が微かに取り戻された。
そう、約束。誰かと大事な約束をしていた。それは何だったかー
『…白…』
自分をとても大事そうに呼ぶ声を終わりに白は自分の意識がどんどん浮上し瞳を開ける。
そこは石で出来た長方形の空間に天上が高く、上下左右で浄化の陣が施されている間。白は深成岩で出来た御帳で横になっていた。柱にはヒイラギの葉が巻かれ細い注連縄が連なっている。御帳の下にまだ高さが三寸程(約十センチ)の四方系の台が配置されており間から細長い石廊がこの間の出入り口に続く。石廊の両端には水が貯められていて緩やかに波を打っている。
扉もヒイラギの木で出来ていて、その扉が何者かによって開かれた。この間は薄暗く壁に等間隔で竹灯籠が埋められているだけなので顔ははっきり見えない。その人物は白を抱きかかえてこの間を出ていこうとする。白はその人物に確かな安心を感じ開けた目を再び閉じて自分を抱きかかえる人物に身を任せた。
次に目を開けた時には風通しの良い涼やかな部屋で、集めの布が敷かれた寝台で目を覚ました。そして傍らに誰かいる事に気付いて視線を向けると気高さを感じさせる美しい女性が座っていた。黒く長い髪を半分に結い団子に綺麗な装飾が付いている簪を一本刺し、桜色の衣を着用している。女性も単白が目を覚ましたことに気付き言葉をかける。
「気分はどうですか?」
「…随分寝過ごした気分です…」
「悪くないようでしたら良かったです」
女性は白を起こすのを手伝い「どうぞ」と、水を渡す。少しずつ頭が覚醒してきて渡された水を口に含む。周りを様子見るとこの部屋には見覚えがあった。本棚で埋め尽くされたこの部屋は、知識の神『伶識博慕天』の自室だ。机には巻物やら書き途中の紙やらが散りばめられていた。しかし白は不思議に思う事があった。
「ええと…博慕天様…?」
「私を覚えていて下さり嬉しいです。」
「ははは…その不躾かもしれないのですが、どうしてその…女性の格好を?」
そう、何を隠そう伶識博慕天は本来男神なので今の格好はおかしいのだがこれにはちゃんとした理由があり、人の間で最初に作られた伶識博慕天の像が秀麗な男性の像だったのだがいつからか美しい女性という認識が確立していき美しい女性の女神として深く信仰されていったのだ。
「人の信仰に合わせてこうなりました。」
それでいいのだろうか、と思うが当人が良いのなら何も言わないでおこうと苦笑いした。そして白は自分は今どうしてあの場所に居たのか、魂が穢れ暴走してしまって神罰の鎖を受けた後どうなったのか…しっかり思い出せず聞くのが少し怖かったが恐る恐る尋ねた。
「あの…私はあの後どうなったのでしょうか。」
ー確かにあの時魂が散っていくのを感じたのに
木枠の悟りの窓〔丸窓のこと〕から緩やかな風が白の長い亜麻色の髪を靡かせる。そして胸に手を当て自分の魂の鼓動をしっかりと感じた。
「神罰の鎖で散りかけていた貴方の魂の一部を繋ぎ止め、浄化の儀で眠りにつかせる事に成功しました。」
穢れに染められた魂が元に戻る事は無く、行きつく先は魂が散り尻になって暗闇の中を延々と彷徨うか消滅し二度と生まれ変わる事が無いかの二択。白は勿論自分の魂はこのまま散っていくのだろうと思っていた。しかし今こうして息をして五体満足で水も飲んで、現実では無いかのように感じられた。
「そして貴方の魂の浄化に、千年の年月がかかりました」
「千年っ…!?では…」
次に発しようとした言葉は紡がれることなく飲み込まれた。
(千年という時間が経っていたらあの場所は…)
それはとても衝撃な事実で、白が動揺するのも無理なかった。まさかそれ程の年月が経過しているとは思わなかったのだ。頭を打たれた感覚でもう言葉も出なかった。その様子を察した伶識博慕天は直ぐに別に話に移る。
「それと、今の貴方は霊力がほとんど使えないので気を付けてください」
そう言われ確かに今まで溢れるほどあった霊力が微塵も感じられない事に気付く。そしてあることに気付いた。自分の両足首に鎖の枷のような模様で墨で描かれたような痕がある事に。それは霊力を封じ制限する術。もし無理に霊力を使おうとした場合、その鎖が全身に回り戒めるようになっている。身を裂かれるほどの痛みだとか。そして、その術は罪人に使われる。
「罪人には罰を…天上界の掟通り封縛の枷が使用されています。あと貴方の宝剣は没収されていますので」
しかし白にとっては、封縛の枷と宝剣の没収だけとは、かなり罰としては寛容だ、と思った。足首の術の模様を指でなぞる。霊力が使えなくて悲しいなどという気持ちは一切無く、逆に自分を守っているとさえ感じるのだ。
「あの…博慕天様」
「何ですか?」
「…その…」
どうにも歯切れの悪い白になんとなく察しがつく。きっと気になる事、聞きたい事は山ほどあるだろう。なにせ千年も眠っていたのだから。きっと死んだとも思っていた事だろうし。
「……天主は私の目覚めに反対しなかったのですか?」
「…貴方を浄化の正室に連れて行ったのは天主本人です。理由を問うとすれば天主にお聞きなさい」
地上界の天主。天帝武聖君は最上位の武神であり、白が神使見習いの時に師匠の役目も担っていた。正式に神使に昇格した後、天帝武聖君の神使として仕えていた。
だからこそ良く知っている。
天帝武聖君の名に恥じぬ通り、優しい聖君の面もあれば悪事を決して許しはしない武神の気高い面。敵とみなせば容赦がないあの主人の事を。
「分かりました。…天主が戻られましたら伺ってみます」
「そうしなさい。聞きたい事は以上ですか?」
「あ、あと…鳳明園は今どうなっているのでしょう…」
「…完全に消えました。町も民も。ただ厄介な事に今そこは大妖道魔が一人、黒災鬼の縄張りになっています」
「黒災鬼?」
「妖魔の中にも階級があるのはご存知ですね」
「ええ。七百年生きた妖魔を大妖魔。千年生きた妖魔を大妖道魔と…つまりその黒災鬼は千年生きている」
「しかも天主と互角に渡り合いました」
「そんな!」
それ程強いというのか、大妖道魔という階級の妖魔は。とても信じられないが伶識博慕天が嘘を付く必要もないので、素直に感嘆した。
「加えて、そこに自分の城も建てたんですよ。大胆にも程がある」
「城を…凄いですね」
一度見に行ってみようか。あの樹がまだ残っているのかどうか、どうしても気になる。
白のその考えが分かりやすく表情に出ていたのか、伶識博慕天は一つ溜息をつき肩をすくめる。
「貴方の故郷の場所だからと無暗に行っては駄目ですよ。今やあそこは妖魔の巣窟。まあ人間も暮らしているようですが妖魔を国主と崇める人間です。それに黒災鬼に見付かったらどんな目に遭うか分かりません。今までどれだけの神と神使が返り討ちにされたか」
その様子を思い出してか伶識博慕天の目が段々鋭いものに変わっていく。これ以上刺激してはいけないと思い白は黙る事にした。すると、何かを思い出したように伶識博慕天は白に尋ねる。
「ああ、そうだ。花陵殿、貴方は杖術が得意でしたね?」
「え?ええ、まあ…でも何故杖術なんて?」
「神使の役目を果たす為に決まっているじゃないですか。何もないより護身用の武器があった方がいいでしょう」
何を言っているんだ此奴は、と目で言っているのが見て取れ気圧される。伶識博慕天は自分の机の周りを物色し始めた。積み重なった書物や木箱など、その中を探しているので今にも崩れ落ちないか冷や冷やする。
この伶識博慕天という男。天主の補佐を務めているので様々な事を完璧にこなすのだが、こと整理整頓に関しては無頓着すぎて駄目なのである。しかも、その事に対して口を挟まれるのを嫌う性格なのを理解している為白はただ見守るしか出来なかった。
白は立ち上がり近くに寄る。すると何か違和感を感じた。それは自分の目線の高さだ。以前は普通の大人の男性位背丈がありそれなりに目線は高かった。しかし今は以前より低い気がするのだ。それを不思議に思い体のあちこちを触っていると、近くに立て鏡があることに気付きその中に映る自分を見て衝撃を受ける。
鏡の中の自分はどうみても青年の姿をしている。大体十七歳頃の姿だ。
「…えっ?若返ってる!?」
「やはりそうですか。何だか前より顔が幼いと思ったら」
「な、何ででしょうか…!?」
「詳しい事は分からないですが、恐らく堕落魂に飲まれた影響や浄化の儀で千年も眠っていたことが関係しているのかもしれませんね」
この事にあまり興味がないであろう彼は「あ、ありました」と目当ての物を見つけ机の上に掌くらいの大きさの木箱を置いた。蓋を開けると中には小さな白杖が入っており、上下に蔦の金の装飾が施されていた。穴が開いてる所からは赤い組紐が通り白い鈴に繋がり房が付けられている。しかし、この小さな白杖をどう使うのかと手に取るとそれは白の背丈と同じくらいの長さに伸びたではないか。
「それは伸縮自在の宝器で使い手の意思を汲む賢い子です」
「へえ、とても便利ですね」
「では、それを持って一度ご自分の宮にお帰りなさい」
「宮…ですか?まだあるんですか?」
「何もかもそのまま残してありますよ。天主のご命令ですから」
普通神使は仕えている神の宮殿に部屋を設けるのだが、白の場合、天帝武聖君が別で白だけの宮を与えたのだ。当時は複雑だったが今自分の状況を見ると、残してくれていたのはとても有難い。
「貴方は目覚めたばかりです。まずゆっくりお休みなさい」
「博慕天様…ありがとうございます」
白は伶識博慕天の自室を出ようとすると「花陵殿」と呼び止められる。神名で呼ばれる事は別におかしい事ではない。今までだってその名を沢山呼ばれる事はあった。しかし、今となってはどうしてもその名を受け入れ難く感じる白は神妙な面持ちで振り返り言葉を返す。
「その“花陵殿”はやめてもらえませんか。もう私には相応しくありませんから」
白の性格は把握している。度がつく程お人好しで全てに優しい心を持つ彼は、例え騙されたとしても笑って許してしまうのだ。『花の君』に相応しく人に光を届け穏やかにする。そんな彼が罪人になり罰を受け、自責に駆られないわけがない。しかもその責の思いの大きさは計り知れない。それを十分理解している伶識博慕天は真っ直ぐ思っていることを伝える。
「…何を気にしているか予想付きますが、負い目を感じた所で貴方の過去が消える事は無いのです。今の貴方がすべき事は過去も今も受け入れ前を向き馬車馬のように働く事」
「はは…馬車馬…」
「貴方の神名は、過去も受け入れるという意味でも大事になさい。彼の天主から授かったのですから」
常に冷静で厳しく、しかしその中には変わらず優しさが含まれている。ありきたりな言葉でも、励ますような言葉でもなく、ただ受け入れろと。それは白の心にすんなりと浸透した。きっと直ぐには無理だろう。しかし、伶識博慕天の言葉は今の自分への回答だと思えたのだった。
「……そうですね」
それにしても、頼み事をしたはずが説教を受けるような形になった事に過去、伶識博慕天から叱られたことを思い出した白は懐かしさを感じ軽い笑みが零れた。
「博慕天様が変わらずで嬉しいです」
「皮肉を言えるのならかなり元気ですね」
「皮肉では無いですが…はは」
「それともう一つ。よく目覚めてくれました。…おかえりなさい」
昔から滅多に笑う事の無かった伶識博慕天の微笑みを見て目尻が熱くなるのを感じる。
「ありがとうございます…」
白は深くお辞儀をし、伶識博慕天の自室を出て伶識の宮の外へ続く渡り廊下を通り宮を出る。
千年振りの天上界の空を見上げた。天上界は夜になる事が無く、日々暖かい太陽の光で明るく照らされている。すると見上げた空に数弁の花弁が白の周りを踊るように風に吹かれてやって来た。まるで彼を待っていたかのように。それを感じ取ったのか白は微笑んである場所へと足を向けた。
そこは他の神達や神使達が暮らす宮とは遠い位置にあり、二つの明媚な木々、岩山を横断する橋を越えると流れる川に沿って橋はまだ続き歩いて行くと川に浸かりながらも逞しい木や花木達の周辺を蛍のような淡く緑色に光る何かが飛んでいる。そして一つの城門だけが現れそこをくぐると橋は途中までしか続いておらず傍らに船があった。道のようになっている木々の間を船を漕いで着いた先は、花鳥風月を表すような、花が天を埋め尽くす程咲き乱れた秘境。陸から突き出ている端に船を固定し、船から降り石畳の道を歩く。道になっている所以外は全て花や花木で埋め尽くされていて、寝殿の建物が一つ建てられているだけの場所。
「お前達、随分久しぶりみたいだね」
道の傍ら撫でるように花を触ると爽やかな風が吹き、まるで花が白の手に擦り寄るように揺れた。寝殿に入ると中はかなり綺麗に保たれており、きっと誰か自分が居ない間掃除をしてくれていたのだろうと思った。寝台のすぐ隣にある角机に生けられたばかりの葉牡丹が置かれていたから。
ここは白が天上界に戻った時使っていた場所で、名は『花福殿』。変わりない部屋の風景に安心感を覚える。
ふと寝台に目をやるとそこには真新しい衣服が置かれていた。杏色の衣に真っ白な外衣を衣と同色の腰紐で縛る。外衣の両袖は肘より少し上から二手に分かれた変わった作りになっており、二手の所には花が彫られた逆三角形の金具が固定されていて深紅の房が装飾されていた。真っ直ぐ長方形の白い長袴は柔らかい肌触りをしていて、履物は固い素材で出来ていて脱げないようにしっかり固定する紐までついている。以前より丈夫そうな履き心地に感動したのだった。
「おお。これは歩きやすそう」
白は亜麻色の長い髪を後ろで三つ編みに結う。耳には琥珀の被水晶と深紅の大麻で出来た耳飾りを付け、再び外に出る。まだ千年眠っていたという実感は無いが己が目覚める事が出来たのは、何か意味があるのではないか、そんな風にも思えた。
色々考える事はあるが、一旦伶識博慕天の言う通りゆっくり休むことにしよう。
それから数日、紙でできた鳥が一羽白の元に飛んできた。それは伶識博慕天からの式で、今から伶識博慕天の宮へ来るようにとの事。
到着するや否や伶識博慕天の疲れ果てた顔が目に入った。
「ああ、花陵殿」
「なにやら凄い疲れ果てていませんか…?」
「最近忙しくて…。こちらをお読みください」
伶識博慕天はある一つの木簡を出し広げ、それを白に見せた。そこには南西にある泊里村という村で子供の行方不明が相次いでいるという報せがびっしり書かれていた。
「早速ですが、泊里村という村にある寺子屋に通う子供が行方不明になるという知らせが届いてます。子供を好む妖魔の仕業かもしれません。行って調査してみてください」
「私一人でですか?」
「罪人呼ばわりされると思いますが誰か付けましょうか?」
「いっ、いえ!一人で行きます!あはは…」
「…嘘ですよ。誰か手が空き次第そちらに送ります。ただの妖魔の仕業かもしれませんが、もしもの為に」
「分かりました」
「道中気を付けて、寄り道してはいけませんよ」
そう釘を指され白は苦笑いをする。昔からどんな小さな事でも何か困り事があれば助けに寄ってしまうため中々目的地に辿り着かない事を懸念して伶識博慕天は念押ししてきたのだろう。
「…なるべく頑張ります」
いたたまれなくなった白はそそくさと伶識博慕天の部屋から退室し、地上階へと向かう。
**
教えられた道を歩く道中、目的地の方から一人の籠を背負った年配の男が歩いて来て泊里村への道を尋ねようと声をかける。
「失礼。泊里村への道はこの道で合っているでしょうか」
「泊里村?」
泊里村の名前を出した男は途端怪訝な顔をして見せた。上から下まで白をじっくり見て、少し間を開けて再び話始める。
「合ってるっちゃ合っているが、お前さん何用で行くんだ?」
「少し調べ物がありまして」
「ほおん。…ま、長く滞在するのは進められねえよ」
「何故です?」
「今あの村では子供がよく行方不明になるんだ。まあお前さんは子供って年齢じゃないが、確実に危ない奴が居る村さ。長居しないに越したこたねえ」
「そうですか。ご忠告感謝します。」
今の男は泊里村の村人じゃないのか、それ以上何か言う事もなく白とは反対方面をまた歩いて行く。村人ならもう少し必死に止めるだろう。又は他人事だからと思っているのか、余り情報は聞き出せないなと感じた白は歩みを進める。
半時程歩くと遠目で家屋があるのを確認できた。恐らくあそこが泊里村だろう。一つ大きい山が背にあり、小山が囲んでいる中規模の村。しかし徐々に近づくにつれ白は驚いた。千年前とは違いこういった村でも多くの家屋が並んでいることは無かった。それに商い屋もそこそこある事にも驚きだった。これは村というより一つの町と言ってもいいのでは、と。
「千年は中々に驚きばかり。家屋も縦に伸びている…ような」
顎に手を添え、家を見ながら感心している様は他人からみたらさぞ怪しく見えるだろう。通りかかる人が皆不審な目で見ていることに気付き慌てて笑って見せる。その場から離れようと思い白は取り敢えず村を見て回る事にした。そしてある事に気付く。何事も無いように普通通り暮らしてるように見えるが、子供の姿は一切見えないのだ。普段子供が走り回り楽しそうな声が聞こえてきそうなものだが全く見受けられない。それだけ今この村で起きている悪事を警戒しているのだろう。という事は一体何人の子供が行方不明になっているのだろうか。
一通り回り終わろうという時、一軒の人の手によって壊された様子の平小屋を見つけた。平小屋を囲っていたであろう木の柵は全て地面に寝転がされている。門は片側だけ残っているだけ。中に入ろうとした時何者かに声を掛けられた。
「ここに何か用かい?」
声の主は腰の曲がった男性のご老人。両手を腰で構え、白を見上げていた。白は咄嗟にご老人の目線に合わせ屈んだ。こちらを不思議そうな面持ちで見ているご老人は白が寺子屋に向かうのを見て態々この村から少し離れた場所にある寺子屋に来たようだ。
「いえ、少し気になって入って見ようかと。もしかして入ってはいけない場所ですか?」
「入ってはいけない事はないが、そこはもうじき取り壊されるから崩れやすくなっているんだよ。」
「成程。心配して声をかけてくださったのですね。ご親切にどうも。でも、何故取り壊しに?」
「あんたこの村で何が起こってるか知らんのか?」
「ああ、道中人に聞きました。子供が行方不明になっていると」
「そうだ。それも寺子屋に学びに来ていた子供達がだ…。その寺子屋がここだよ」
(ここがその寺子屋だったのか)
荒れた様子の寺子屋を横目に白はご老人を背負い家まで送り届けた。その間色々な話を聞いた。事の始まりは約一か月位前からで、時辰帯関係なく居なくなるという。そこでふとある事が気になった。
「あの寺子屋が取り壊されてしまうなら、学を教えてた者はどうされたんですか?」
「ああ、そいつは今奉行所に連れて行かれて尋問でも受けてるだろうなあ」
「そうですか…有難うございますお爺さん」
その後、ご老人を家まで送り届けた白は再び壊れかけの寺子屋に戻る事に。今はあまりこの辺りを寄り付く人が居ないようで閑散としている。寺子屋自体、この村の田んぼに挟まれるような位置にあるので賑わっている場所からは距離が離れているのもあるのだろうが、敬遠しているのが感じ取れる。
しかし奉行所に連れて行かれたとなると、会うのは厳しいだろうか。
恐らく一番怪しい人物という事で連れて行かれたのだろう。何か知っている事があるかもしれないから一度話を聞いてみたいと思っていたのだ。ただ時辰関係なく子供を攫うのは人間に出来る芸当とは思えないので、妖魔が関わっているだろうと予想するが、その学を教えていた者が妖魔と関りがあるのかどうかが気になっていた。
あとで行くだけ行ってみるとして、寺子屋の方へ戻ると歩んでいた足が止まる。
(あれ…)
というのに、寺子屋に戻ると門の前に一人、人が立っているのが視界に入った。体格的に青年のようで背はそれなりに高いように見える。寺子屋の方を見て白の方に背を向けている状態だ。
白が近付くと青年はそれに気付いたようで、ゆっくりと振り向いた。
1話 終
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