千華想樹

音無

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邂逅編

2話 流浪の青年と腐臭の山へ

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 そよ風が漂い、村人達の声が遠くに感じた。振り返った青年とゆえの目が合う。遠目からでもその整っている顔立ちがわかるくらい凛々しく端麗な容姿に、凡そ肘くらいまでの長いどこまでも黒い髪を横結びで結っている。背もゆえと同じくらいだろうか。薄い黒色で統一された衣服は旅人のような衣服で、濃い黒色の外衣は金糸で作った腰紐で結び下衣を履き黒の革靴を履いている。
 ゆえはここに人が居る事よりも青年の様子が気になった。青年はゆえを幻を見てるかのような形で口を開けたまま目を見開いてただ見詰めている。初対面の筈だが、どうしてそのような表情をするのだろうと考えを巡らせる。しかしそれも直ぐに普通の表情になり、ゆえに向け微笑む。すると青年は自らゆえの元に歩み寄って来た。
「君は道師様?」
 間近で見上げる青年は、頭一つ分程ゆえより背が高く、銀製の両翼を広げた鳥の耳飾りが太陽に照らされるたび細い線が反射する。ゆえに話しかける青年の声色は穏やかな優しさを感じさせるがその中に慈しみも含まれているようにも感じ取られた。歳は今のゆえが17歳に戻ってる見た目と同じくらいだろうと思い普通通りに話す事にした。
「そうだね。天帝宮の道師だよ」
 道師というのは地上界での神使の別称である。各地、神の管轄ごとに神を祀る像が建てられた宮が存在し、その宮ごとに属している神使の事を地上界では道師と人々に頼られているのだ。ゆえは寺子屋の前に居た青年に何故此処に居るか尋ねる事にした。
「貴方はどうしてこの寺子屋の前に?関係者か何かとか?」
「いや、俺はただの事件やおかしな出来事を各地回って記録してる旅人。ここで子供達が次々と行方不明になっていると聞いてここに来たんだ」
「記録…危ない目に合うかもしれないのに」
「…心配してくれるなんて、道師様は優しいね」
 じっとこちらを口角を上げながら見てくる青年。嬉しさを感じさせる言い方の青年に、照れくさくなり眉を八の字にして小さく笑みを見せるゆえ。そのままゆえは寺子屋の中に入ろうとするが青年によって呼び止められる。
「道師様、中に入ろうとしてるの?」
「勿論。私は今ここで起きてる出来事を調べに来たのだから」
「入らなくてもいいよ。俺が先に中を見たから」
「いや、でも私も入ってくるよ」
 ゆえが「大丈夫」と言いながら寺子屋に入ろうとすると、青年に後ろから片手で肩を包まれるように掴まれ進行を阻まれた。驚いたゆえは上を見上げ終える前に、目の前の寺子屋がガラガラと音を立てて全て倒壊した。確かに今にも崩れそうな見た目ではあったが、こうもタイミング良く倒壊するのかと目を丸くする。
「…ね。危ないから、入らなくていいんだよ」
「どうして…」
「俺が入って出る時にかなり危ない音を立てて揺れていたから次に入る人がもし居たら危険だと思って、前でちょっと待機してた所に道師様がやって来たんだ」
「な、成程…」
 青年が記録を取るためにここに来て寺子屋に辿り着き、寺子屋の前で立っていた理由を知り納得した様子のゆえは青年に礼を伝えると青年はニコリと微笑んだ。中はどうだったか後で青年に聞く事にして崩れた寺子屋の周りを歩いて調べてみる事にした。その後ろを青年も付いてくる。
 子供が行方不明になるとしたら、大体は人売りに捕まったりや遊びで離れた所へ行って迷ってそのまま帰れなくなったか。しかしここは目の通しがよく広々とした場所なので目立つことはまず出来ない。この村の後ろには一つ大きな山があり、小山が続いてるのでそこで遊ぶ子供達もいるだろうし気づいたら奥地に行ってしまう事も。だがこの村ではどうやら子供の山への立ち入りが禁止されているらしい。そう山の入り口である森の前に『この山への子供の立ち入りを禁ずる』と書かれた木の看板が立てかけてあったのをご老人を背負って歩いている時に見かけた。なので子供が一人で山に行ってしまう事も無いだろう。となれば予想している通り妖魔が関係している事が十分にあり得るという思考が働く。
(……ん?)
 周囲をゆっくり歩いて行くと微かに妖魔の気配を感じ取った。それは寺子屋の裏口の扉から村の後ろにある山への砂道が続き始めてる場所だった。ゆえはしゃがんで指で地面を軽くなぞる。それはそのまま道なりに気配を辿れそうだと、山の方を窺うように目を向ける。すると頭上から声がかかる。
「何か見つけた?」
「ああ、うん。妖魔の気配を少しね」
「へぇ、流石道師様。」
「そんなに褒めるところじゃないよ。」
「俺には何も分からないからさ。それで、犯人は妖魔?」
「…だと予想しているけれど、断定するのはまだ早いからもう少し調べてみるよ」
「そう。俺も一緒について行くよ。もう記録するにはまだ物足りないし」
「物足りないって…貴方ね。妖魔は危険なんだから」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと邪魔にならないようにするから」
 これはどれだけ忠告しても付いてくるだろうな…と思ったゆえはこれ以上言うのを諦めてまずある場所に向かった。村を見て回っていた時に見つけた蕎麦屋だ。それは千年前には無かった食事で、実はずっとゆえは気になっていたので一先ず腹ごしらえをする為やって来た。だが、青年は蕎麦屋に辿り着いて何がおかしいのか肩を震わせてクスクスを小さな笑い声が漏れてきた。何故笑っているのか分かったゆえは恥ずかしくなりジト目で青年を見上げる。
「道師様は、腹が好いていたのか?」
「違います。あまり見た事がない食事処だったので気になっただけ!さ、入るよ」
 中に入ればいい香りが充満していて、食欲を更に掻き立てられる。女給仕に案内され席に着く二人。ゆえはおすすめの蕎麦を頼むと青年も同じものを頼んだ。
「そういえばまだ貴方の名前を聞いていなかったね。私はゆえ。さっきも言った通り道師だよ」
「俺は朱羅羽。各地で起きてる変事を記録してる流浪の旅人。今はこの村で起きてる出来事について記録しようとしてやって来た」
「朱羅羽、いい名だね」
「…そうだね、凄い大事な人に付けてもらった名前だからそう言われると嬉しいな」
 目を合わせていた朱羅羽の目は伏せられ、明るく話してるが何だか哀愁も併せて感じた声色に名付けた人は亡くなってしまったんだろうかと思い詳しく聞く事はやめた。そこにお茶を運んできたよわい20位の女給仕がおり、気になっていた事もあったのでゆえはその女給仕に話しかけた。
「あの、つかぬ事をお聞きするんですが」
「はい、何でしょう」
「この村の寺子屋後ろにある山の入り口の森の前に、子供は立ち入り禁止という木の看板がいくつか見かけたんですが、あれは今回の出来事からあるものですか?」
「ああ、あれですか。あれは私が生まれた時には既にあったものなので…かなり前からだと思います。」
「そうですか…。野生の獣が多いからでしょうか?」
「いえ、村の言い伝えと言いますか…あの山には子喰いの山姥やまんばが出るという言い伝えがあるんです。遥か昔子供を好んで食べる山姥が住み着いていて、山へ入った子供を攫い喰ってしまう…という言い伝えがありまして、本当かどうか分からないのですが今でもあの木の看板が立てられてるんですよ」
「そんな言い伝えが…。教えてくれてありがとう」
「いいえ。では食事が出来上がるまで少々お待ちを」
 女給仕は一礼して厨房に戻って行った。朱羅羽は何故そんな事が気になったのか聞いた。
「注意書きの看板の事をどうして?」
「ああ…最初はあの看板今の出来事が起きてから置かれたものかと思ったのだけれど、かなり古びた感じだったから前にも同じことがあったのか気になってね」
「成程。山姥か…本当に居るのかどう思う?」
「子供を好んで喰う妖魔もいるから可能性は無くはない。後で山にも行ってみるけど、その前に行く所があるからまずそっちが先だね」
「行く所?」
 と、そこで丁度頼んだ蕎麦がやってきた。「お待たせしました」と出来立ての蕎麦を二人の前に静かに置く。二人は先に冷める前に食事をする事にした。
 香りのいいだし汁に山菜が程よく入った蕎麦。しかしここで問題があった。食べ方が分からないのだ。今この時代で食べ方を知らないと言えばかなり驚かれるだろう。どうして知らないのか聞かれたらどう答えたらいいものか、と悩んでいたら朱羅羽が食べ始めたので食べ方を学ぶことにした。箸を器用に使い蕎麦を掴んで口元まで運びズズ…と啜って食べているのを見て衝撃を受ける。
(その食べ方は何だ…!?)
「食べないの?」
「あ、いや、食べるよ!」
 先ほどの朱羅羽の食べ方を見よう見真似で初めての蕎麦を食べる。口内に広がるのは穏やかな味と爽やかな舌触り。だし汁をよく吸い込んだ山菜は噛む度山菜本来の味も引き立たせとても美味なもので、今まで食べた事のある食事の中で一番美味しくて感動した。
「美味しい…!」
「そんなに?」
「大げさじゃないよ!初めて食べたがこんなに美味しいなんて…あ」
「あっはは…!そっかそっか。そんな美味しそうに食べるのも見れて嬉しいよ」
 初めて食べたことをつい口を滑らせてしまったが、朱羅羽は声を上げて笑い暖かい眼差しで「良かったな」と追加で言葉を繋げ再び蕎麦を食べ始めた。顔が整っているのもあるがその時の表情に見とれてしまったゆえは、はっと我に返り蕎麦を再び食べ始めた。二人が食べ終わりお茶を飲んで腹を休めてると、朱羅羽が先に口を開いた。
「そう言えば、さっき言っていた行く所って?」
「それは奉行所だよ」
「奉行所?」
「そこに寺子屋で先生をしていた者が捕らえられているらしいんだ。」
「態々道師様が行くのか?」
「一応話を聞きたくて。何か知っているかもしれないし、関係してるかもしれないだろう?全く関係ない人だとしたら疑われたままにしてしまうのも可哀そうじゃないか」
「ふうん…」
 余り良しと思っていないのか反応が薄かった。しかしゆえは寺子屋で学を教えていた者が捕らえられたと聞いてから話を聞いてみたかったのでお茶を全て飲み終わると「ご馳走様」と近くに居た女給仕に一言告げ食事処を出た。

**

 食事処を出てから村の中央にある奉行所に向かったゆえと朱羅羽は奉行所の前で門番に立ち入りを止められていた。面会したい者の事を伝えるととても嫌な顔をされ直ぐ断られてしまったのだ。こうも固く断られると思っていなかったためゆえは予想を遥に超えた場面に、どうしたものかと考える。
「あの、私は天帝宮の道師でして…この村で起きてることを調べる為に此処にやって来ました。なので当事者でもあるその者にもお話を聞きたいのですが」
「…はあ…道師様と言いますが、かなりお若く見えますが…」
 ゆえを上から下までまじまじ探るように見る門番の男二人は道師と名乗る彼を大分怪しく思っているのだった。ゆえも実年齢より若返ってしまったのでこんな齢17に見える青年が道師と名乗るのを怪しまれるのは以前も稀にあったので気にはしないが、ここで弊害になってしまうとは思いもしなかった。すると朱羅羽がゆえの前に立ち門番達にあるものを見せた。それを見た門番達は血相を変え急に慌てた様子で門を開ける。ゆえが状況を読み込めずにいると朱羅羽に「行こう」と言われ足を進めた。
「な、何を見せたんだい…?」
「ん?これだよ」
 ゆえに聞かれ素直にそれを見せる。朱羅羽の手に持っているのは黄金の印板で緑色の三重編みの紐が通っている。初めて見る物に不思議そうにそれを眺めるゆえ。それに気付いた朱羅羽が優しく説明をする。
「これは通行証みたいな物だよ。旅人だからどこにも行けるように人から譲ってもらった物だ」
「へえ、便利な物なんだね。」
ゆえは……箱入りとか?」
「え?何故だい?」
「いや…何でもないよ。さ、行こう」
 朱羅羽の箱入りの言葉がどういうことか分からないが目的を果たす為、まず門を超えると中に奉行所の中へ入る入り口に役人がおりそこに名前を記述する者がいる。二人は名前を伝え、役人が名簿に記述すると中へ案内する役人が現れ牢まで連れて行ってくれるそうだ。案内されるまま牢がある部屋の道を歩いていくと、横に人が二人分くらいの通り道に左右でそれぞれ罪人が収容されてる部屋の扉が等間隔である。そこからは怒鳴り声が聞こえたり、何かをぶつける音など物騒で騒がしい。
「ところでお役人。その土生殿…が犯人の証拠というか、そういうのがあって捕まえたのかい?」
「そんなのは無いが明らかにおかしいだろ。奴が寺子屋の先生になってからこの事件が起きたんだ」
「…そうですか」
 ゆえはその事に納得はしなかったが本人に聞けば分かる事と思いそれ以上聞く事も無く取り敢えず返事だけ返した。
 そして目的の人物はどうやら奥にいるらしい。名は『土生はぶみ』というとの事。今通ってきた道を進み、着いたのは恐らく需要罪人が入れられる牢だろう。石畳が敷かれたこの空間は薄暗く、五畳程の広さを石の圧壁で区切られている。そして中には衣服が揉み合った形跡を語るように所々生地が千切れていたり綻んだりしていたり、身体のあちこちで殴られたような跡がある男が石畳の上で倒れ込んでいた。
「おい、お前に面会だ」
 役人の一言で男は顔をゆっくりゆえと朱羅羽の方へ向ける。役人は木で造られた柵格子の扉の鍵を開け二人を中へ入れた。牢の中へはゆえと朱羅羽が入り、役人は外で見張るそう。ゆえが石畳に膝をついて屈むと男は起き上がってゆえを見上げた。悲壮の表情を浮かべる男は最初は怯えていたが、ゆえの清廉な様子を見て怯える心が減った。が、ゆえの後ろで腕を組み男を見下ろす朱羅羽には若干の恐怖心を感じている。そこでふとゆえは疑問に思った事を役人に問いかける。
「土生殿…でよかったですか?寺子屋の先生をしていたと」
「…はい。そうです」
「私、今回の子供達の行方不明について調べに来ていて貴方の話を聞きに来ました」
「ぼっ…僕は全く関係ないです!」
 ゆえにしがみ付き声を上げる男は必死の形相だ。後ろの朱羅羽の顔が怖く冷めた様になるが土生が気にする余裕はなかった。ゆえは驚いて態勢を崩しそうになるが土生の両手首を優しく持ち落ち着くよう宥める。
「ゆっくりで構いませんので、知っている事を話してくれませんか?」
「…僕は都でそれなりに大きい商人の家の次男です。教養もそれなりに幼いころから蓄え今回二月ふたつきの間だけこの村の村長にお願いされ教師としてやって来ました。始まりはそれから一か月後…いつも通り酉の刻とりのこく前に終わり帰る子供達を見送ったんです。その夜、一人の子供が帰ってこないという知らせを聞き村の男達で探し回りました。…けれど、どれだけ探しても見つからないのです。次の日からは役人の方たちに任せ僕は寺子屋で学を教えていました。しかし子供達の行方不明は続き、僕は直ぐに寺子屋を一時閉じる事にしました。その後直ぐです…僕が捕らえられたのは」
(酉の刻…まだ季節は皐月。酉の刻では直ぐ暗くなったりしないだろう)
「道師様…!僕は子供達の行方不明に関しては全く知らないのです…!どうか…!」
 目の前の必死の形相の男にゆえは確信的に信じた。この男は無関係なのだと。ゆえは男の頬にある殴られた痕を掌で優しく撫でるとその痕は消え去り土生は痛みも感じなくなっていた。それどころか体中が痛かったはずなのそれすらも消えたのだ。何が起きたのか分からず驚いてゆえを見上げると、男というのに清廉で美しく、初めて見る綺麗な琥珀の瞳は慈愛に溢れ安心させるように土生に微笑んでおり、土生の心の中にあった猛烈な不安と恐怖は薄れていった。
「貴方を信じます。私に任せてください。…お役人」
「ん、何だ?」
「この方を開放してください」
「何言ってんだ!そいつは犯人の可能性が高い!いや、犯人に違いねえ!」
「この方は犯人ではありません。私が真犯人を捕まえます。開放してください」
「おめえ、何勝手に言ってんだ!おめえも牢に…ひっ!」
 役人の目線の先には鋭い目で役人を睨みつける朱羅羽が居た。ゆえはそんな事に気付いていないが正面から役人に向き直り再び言葉を繋ぐ。
「私は天帝宮の道師。我が主は天帝武聖君。その名にかけてこの方が犯人ではないと断言します。」
 真っ直ぐに、真摯の言葉を投げかけるゆえに役人は不思議とゆえを信じたいという気持ちにさせる。今まで道師と名乗る者達を見てきたが、これ程までに神に近いと思える道師を見た事があっただろうか。役人は少し黙った後渋々という感じでこう言った。
「…開放は俺の一存じゃできねえ。だが、体罰を与える事は止めよう。」
「お役人、貴方に天からの感謝を。では土生殿、まだ出してあげる事は出来そうにありませんがもう少し待っていて下さい」
「っ…!ありがとうございます…!」
 頭を石畳にこすり付け感謝を述べる土生にゆえは「ではまた」と言葉を残し牢から出て奉行所の入り口まで戻って来てそのまま門を出た。
「…何故彼は犯人じゃないと言い切れるんだ?」
「見れば分かるよ。あの人は嘘をついていない。妖魔に操られていたりしないかと思ったけれどそういった痕跡も無かったからただ巻き込まれた人なんだろう。やっぱり妖魔の仕業の線が濃厚だから一度山に…」
 その瞬間、村の中央でなにやら大勢の大声が聞こえてきた。何やら怒られているような声だ。二人もその大声の方へ向かって行く。そこでは両手で腰を掴み仁王立ちして怒鳴り声を上げる女性と、地面に座り込んでいる一人の少年。そしてその二人を囲むように村人たちがおり、女性と一緒に少年を叱る者もいれば宥める者もいる。少年は左頬を手で押さえており今にも泣きそうな顔をしていた。
「あんた、あれ程外に出るなって言ったでしょ!しかも山に入っただって…?村の決まりを破るなんて!」
「だって、母ちゃんあいつが…!」
 二人は親子のようだ。しかも子供の方は山に入って何か知っているようだった。母親は反省していない様子の子供に腹が立ち手を振り上げた。それを止めようとゆえは女性と少年の間に割って入って母親の振り上げた方の手を掴んだ。
「落ち着いてください!」
「あなた誰よ!放して!」
「できません。先ずはお子さんの話を聞いてください!直ぐ叩こうとしてはいけません!」
「この子は家から出ないという約束を破って山に入ったのよ!」
「でしたら何故約束を破ってまで山に行った理由を聞きましょう。お叱りはその後でもいいはずです。」
「余所者のくせに何を…!」
「道師様の言う通り。一方的に怒ってしまっては子供はどんどん言いづらくなってしまうだろう。怒られると分かってても行動したその子の話を聞いてみるべきじゃないか?それが良き母というものだ」
 母親は横から朱羅羽に諭されると、子供の方に向き直り子供の真剣な眼差しに少し気持ちを落ち着かせる。ゆえは掴んだ母親の手を放し子供の手を引いて起こす。すると子供がゆえの服を掴んで懇願する顔で見上げている。
「…さっきそこの男があんたの事を道師様って呼んでたけど…本当?」
「本当だよ。私は子供達の行方不明の事を調べに来た道師だ。」
「じゃあっ、俺の友達を助けて!お願い!」
「えっと…私もこの子の話を伺っていいですか?」
 流石に先ずは二人だけで話した方がいいと思い付いて行こうとは思っていなかったゆえだったが、子供にそう言われてしまい母親に尋ねてみると、母親は一つ溜め息をついて「こっちよ」と家へ案内してくれる事となった。村人達は何か言いたげの人も居たがゆえが道師という事を聞いて何か言及してくる者はいなかった。

**

 親子に案内され二人の家に着いた。台所と居間だけの質素な家で、二人だけの家のようだ。居間に座っているよう促され二人は畳に腰掛ける。暫くすると二人の前にお茶が出される。ゆえが湯飲みに手を付ける前に子供が口早に話し出す。
「道師の兄ちゃん!俺の友達を助けてくれ!」
「静かにしなさい寛太!私はまだ怒ってるんだからね!」
 母親に頭を叩かれる子供を見てゆえは苦笑いをする。かなりの剣幕の母親に怖がる顔をする子供はゆえの後ろに隠れる。ゆえは母親に「まあまあ…」と落ち着かせると子供の方に顔を向ける。
「君の名前を教えてくれるかい?」
「…俺は寛太かんた
「私はゆえ。こちらは朱羅羽。それで、友達を助けてほしいっていうのは、君がお母さんとの約束を破ってまでも山に入った事と関係しているのかな?」
「うん…!俺、土生先生の寺子屋に通っていたんだけど、そこに俺の友達も居たんだけど…寺子屋がお休みになる前の日に行方不明になったんだ!その時俺、あいつが誰かと一緒に山に入っていくのを見て後ろを付いてったんだ。子供は山に入るなって言われてるから…真面目なあいつが村の掟を破るはずないって。そしたらどんどん奥に行ってしまうから隠れてたけど声を掛けようとしたら一緒に居た奴が急に伝承の山姥みたいな化け物になって友達を抱えてどっか飛んで行っちゃったんだ!」
「その一緒に居たという人に見覚えは?」
「無い…けど、俺達と同じくらいの子供みたいな感じだったけど年寄りみたいな頭をしてたのは遠くから見えた。それからあいつを探して山に入ったりしてて…」
「寛太、あんたそんな危険な真似を…!」
「だって母ちゃん!あいつは友達だ!俺がもっと、もっと早く声かけていたら居なくなったりなんかしなかったかもしれないんだ…!」
 そこまで話すと子供、もとい寛太はその時の事を悔やんでいた気持ちが溢れ大粒の涙を次から次へと流し始めた。大きな泣き声を上げ母親に抱き着く。母親はそんな様子の子供を見て怒りの表情は消え優しく抱きしめた。強い友達想いな性格からの行動だという事に母親ももう怒る気は無いだろう。ゆえは顎に指を添え何か考え込む仕草を取ると寛太にある事を聞く。
「寛太君、寺子屋に通っていた行方不明の子供達とはどれくらい関りがあるかな?」
「え…?皆友達だけど…」
「じゃあその子達の所持品とかを借りれないか協力してもらってもいいかな?」
 ゆえにそう言われ最初は意味がよく分からず呆けた様子の寛太だったが、直ぐに了承の返事をしゆえと朱羅羽と共に行方不明となった子供達の家を回る事になった。
 各家に周回していく三人は、行方不明の子供がよく使っていた道具や服などを借りれないか聞いて回る。子供達を探す手段として拝借したいと訳を話すとどの親も快く差し出してくれた。ゆえは丁寧に感謝を述べ山の方に向かって行く。そして寛太の母親に頼んでいた花を何本か受け取った。
「道師様、その花は何に使うんだ?」
「…坊や、君は子供なのに道師様に敬語を使わないのは何故だ?」
 口角を上げ意地の悪い顔で寛太を見下ろす朱羅羽。そんな朱羅羽に怯えた様子を見せる寛太は唯一の安全圏であるゆえの後ろに隠れた。きっとゆえの方が年上なのに子供の寛太の言動が少し馴れ馴れしく感じた故の指摘なんだろう。しかしゆえは普通に接してくれる寛太に嬉しい気持ちはあるが嫌な気は一切持っていなかったので朱羅羽に気にしないよう諭す。
「朱羅羽、子供相手に敬語なんて気にしなくていい」
ゆえがそう言うなら気にしないさ」
「寛太君も怯えなくていいよ。この花達はね、道標になってくれるから」
「道標…?」
(この程度の術なら霊力もそんなに要らないだろうから大丈夫)
 山の入り口まで到着すると借りた子供達の所持品を地面に置き、それぞれ所持品の上に花を並べた。掌を合わせるように握り霊力を集中させる。すると、ゆえの周りで風が低く舞うと花達が淡く白い輝きを帯び宙に浮かぶ。そして花弁は分裂しゆえの周囲をふわりふわりと囲んだ。道師の術自体見るのが初めてな寛太だが、こんなに美しい術があるのかと目を輝かせ呆然と眺める寛太。朱羅羽は後ろで腕を組みただじっと懐かしむような瞳で見詰めていたが、それを見ていたのは誰も居ない。
「さ、花達。道を作っておくれ」
 ゆえの声を始まりに分裂した花弁達はどこかを目指して動き出し、導く道となった。地面に置いた子供達の所持品を拾い上げ土を払う。すると寛太から驚喜とした声が上がる。
「道師様、凄いよ!まるで花の天女みたいだ!」
「ん、そうかな?褒めてくれるのは嬉しいけど私は男だから天女というのは…」
「その子供が言っているのも間違っていないと思うが?今の美しい光景と君にはそう思う人の方が多いはずだ」
「そんな大した術ではないし、喜んでいいのか分からないな…とりあえず有難う」
 気付いたら隣に立っていた朱羅羽の得意げに全てを肯定する発言に、羞恥と半ば戸惑いを感じ半笑いで返答した。その様子を楽しんでいるような朱羅羽。時はもう戌の刻いぬのこくを超え辺りが薄暗くなってきており、ゆえは子供達の所持品を寛太に預け、危ないから山に近づかないように伝え村の方へちゃんと戻るのを見届けた後山に入る。
「…本当に貴方も来るの?」
「勿論。自衛はちゃんと出来るから足手まといにはならないさ」
「いざと言う時は直ぐ山を降りるから、私の側から離れないように」
「はい、道師様」
 その嬉しそうな笑顔は何なのか。これから怖い目に合うかもしれないというのに、朱羅羽は特に緊張感も無く恐怖すら感じてないように見える。旅人と言っていたから、これまで各地旅してきたのもありよっぽど肝が据わっているのだろうと思ったゆえは特に何も言う事は無かった。花が導く道標に沿って山道を歩いて行く。山道と言っても、人が通れる道では無く獣道と言った方が正しいかもしれない。山に入って暫くしたら木に赤い紐が何重にも巻かれている事に気付いた。それはまるで境界線を指してるかのように横に並ぶ木全部に巻かれているようだ。ゆえ達がその先へ足を踏み入れた瞬間ー
「っ………!!!」
 鼻の奥を越えて脳にまで刺激する程の腐敗臭に直ぐに裾で鼻を覆い思わず顔を歪める。ゆえは朱羅羽を心配し後ろを振り返ると、掌でしっかり口と鼻を塞いでおり大丈夫と手を振っている。ゆえは再び足を進めた。
(きっとこの臭いの先に何かあるはず)
 腐敗臭が酷くなる方へ進んで行くとそこには大きいとはいかなくともゆえと同じくらいの高さの洞窟が現れた。明らかにおかしな雰囲気の洞窟だが入る事に。ゆえは術で小さな丸い灯りを出す。すれば暗かった洞窟が一間先位まで視界が明るくなる。
 それから三丈程歩いた所だろうか。二人の足が止まった。二人の視線は自分達より下の地面。白い『何か』が転がっていた。


2話 終

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