千華想樹

音無

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邂逅編

3話 子食いの鬼は憤炎に散る

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  花が導いた洞窟。
 その中で見付けたものは無数の白骨だった。頭蓋骨の大きさから子供のだと分かる。恐らく行方不明になった子供達の白骨死体だろうとゆえは瞬時に悟った。辺りには切り裂かれたであろう衣服や履物を持って帰る為に風呂敷で筒んで袖に仕舞った。
 そしてゆえは手を合わせ静かに亡くなった子供達へ祈る。安らかに天へ昇れるように。

「すまない…助けるのが遅れてしまった…」
「…悪いのはゆえじゃない。子供を攫った妖魔だ」

 朱羅雨はゆえの肩にそっと手を添える。

「それにしても、こんなに非道だとは。記録に残したくないな」
「意外だ。貴方はどんな事も書き残そうとしているのかと」
「心外だな。俺はこう見えても常識は兼ね備えているさ」

 そんな会話をしながらゆえが周囲に目を配せていると、あるものに気付いた。それは白骨の下に何か書かれている。しっかり見る為には白骨をどかさなければいけない。触っていけないとは思うが、なにかの手がかりの可能性もある。

「…ふう。失礼するね」

 一言そう言葉を発し、ゆえは白骨を丁寧に隅に移動する。朱羅雨も同じように手伝った。全て白骨をどかし終え、砂がかぶっている部分を手で払うと何かの模様のような物が現れた。よく見ると石板が土の中に埋め込まれ、それに彫られており、彼岸花の花弁が散っているような、そんな模様だ。それは見た事があるような、そんな気がした。が、しっかりとは思い出せない。

「何の為の模様だろうな」
「うん。妖気も特に感じない」

 そう言いながらゆえがその模様に触れた途端、地鳴りが響きだした。今にも崩れ落ちそうな事態にゆえと朱羅雨は急いで洞窟から出る。
 洞窟から無事出ると辺りは妖気で充満していた。地鳴りは収まったがそして二人の背後から鈍く汚らしい奇声が轟き直ぐ様振り返るとそこには、赤色の肌に頭は岩くらい大きいのに反し体はやや小さく、武骨な顔に不気味に光る黄色い目。白い髪は不潔を漂わせるほど土をかぶったりと大きい頭を覆うほど広がっていた。時折見える朽ちかけの歯には血が染み込んでいる。
 きっとこの妖魔が寛太の見た妖魔だろう。

「お前が子食いの鬼だな」
「成程。山姥というに相応しい風貌だ」
「朱羅雨。危険だから貴方は下がっていて」
「そう…だね。分かったよ、道師様」

 何故か明るい返事が返ってきたが、ゆえは腰に携えていた白杖を取り出すと小さかった白杖がゆえと同じ背丈まで伸びた。その白杖から清らかな気配を感じ、目の前の子食いの鬼はゆえをちゃんと敵と認識しているらしく威嚇しながら飛び掛かって来た。
 ゆえは軽やかな身のこなしで交わし白杖で強く叩きつける。それからゆえの追撃が止まる事は無く、普段の穏やかな様子とは真逆でここまで戦い慣れているとは正反対の印象を持つ事だろう。
 実際、朱羅雨はその洗練された戦術を見せるゆえから目が離せなかった。
 子食いの鬼が苦虫を嚙み潰したような顔をする。ゆえが圧倒的有利に見えたが、子食いの鬼が大きく広がっている髪の中から濁った青紫色の結晶を取り出した。結晶の大きさは手の平程。
 ーあれは何だ?
 子食いの鬼はそれを自分の口へ運び、なんと食べてしまった。
 その直後子食いの鬼がもがき出し咆哮を上げる。すると徐々に身体が倍に大きくなっていき巨大な鬼の姿に変化した。

「どういう事だ…?突然大きく…っ!」

 子食いの鬼が腕を大きく振りかぶるとゆえ目掛けて叩きつけた。素早くそれを避けたゆえは急いで朱羅雨の安全を確認する。木の後ろに隠れていた朱羅雨は何とも無さそうだ。念の為近くに寄り怪我が無いか伺った。

「朱羅雨、君は大丈夫だった?」
「道師様が離れて戦ってくれてたからな。おっと」

 子食いの鬼が腕を振り回して暴れているせいで石つぶてがゆえの方へ飛んできたのを朱羅雨がゆえの腰を掴み自分の方へ引き寄せ軌道を外れる。飛んできた石つぶてはそのまま通り過ぎた先の木にめり込んだ。朱羅雨がこうして抱き寄せてくれなかったらゆえは怪我をしてしまっていただろう。

「ありがとう朱羅雨」
「いいさ。道師様、あれはどうやって退治するんだ?」

 あれ、と言って朱羅雨が子食いの鬼に目線を向ける。

「私の白杖は邪なる対象を滅する事が出来る。安心して、貴方の事は絶対守るから」

 ゆえの言葉に大きく目を開く朱羅雨。しかし穏やかな笑みを浮かべあるものを渡した。

「…これは?」

 手に取って渡されたのは小さな小瓶。それからは微かに神の霊力と似たような気配を感じた。

「それは旅してる途中で貰った神霊酒という物で、妖魔には効果覿面てきめんらしい」
「そんな凄い物を渡してしまって大丈夫なの?」
「道師様に使ってもらえるならこれ以上なく嬉しいさ」
「朱羅雨、ありがとう。大事に使う」

 ゆえは再び子食いの鬼の前に立つ。ゆえの存在に気付いた子食いの鬼は両腕を無茶苦茶に振り下ろし、幾度かの攻防を繰り返すとゆえは子食いの鬼の腕の隙間から子食いの鬼の頭より遥か高く飛び朱羅雨から貰った神霊酒をぶつける。
 神霊酒が入った小瓶は粉々に砕け中身が子食いの鬼を襲った。液体が触れた個所から急速に溶け出していき子食いの鬼は濁った悲鳴を上げ暴れる。
 ゆえは白杖を子食いの鬼の額を狙い放つ。

「白杖よ!」

 放たれた白杖は子食いの鬼の額中心にしっかり命中し、白杖から黄金の波が何個も広がり子食いの鬼を更に苦しめた。黒いもやが子食いの鬼の体から出始めると、そのまま地面に倒れ、笛のような息切れをしている。
 白杖を地に突き、祝詞のりとを上げようとした時、朱羅雨の叫びが響く。

ゆえ!」

 その声に急いで振り返る。何かがゆえに向かって飛んで来てるのに気付いた。ゆえはそれを白杖で叩き落す。地面に突き刺さったそれは、鉄で出来た矢だった。
 飛んできた方角を見ると、白い天狗が描かれた面をかぶった黒衣の何者かが木の上に停まっているのが見えた。

「何者だ!」

 勿論ゆえの問いに答える訳が無く、ただじっとこちらを見ている。沈黙が続いた後、再び攻撃してくるかと思いきや闇の中に消えて行った。
 何者かの気配が完全に消えたのを感じる。とにかく今は子食いの鬼の退治を優先しようとした時、空から爆炎が物凄い速さでゆえの目の前に落下してきた。
 そこは子食いの鬼が倒れていた場所でもあり、甲高いうめき声が山中に響き渡る。
 炎が舞い上がり咄嗟に腕で顔を覆い目を閉じて開くと、気付けば朱羅雨がゆえを庇う様に前に立っていた。
 
「朱羅雨!駄目だ、危ない!」
「大丈夫。俺は炎に強いから」

 だらかと言ってそれが大丈夫とはならないが、朱羅雨は思ったより力が強くゆえが引っ張っても動かすことが出来ない。
 まずい!
 だが、信じられない事に炎は朱羅雨を避けるように燃え上がる。
 舞い上がった炎が静まって来るとその中心に誰か居る事に気付く。人物の影がゆらり。煙が晴れていくごとに人物像がはっきりしていく。
 逆立つ黒髪に赤い額夷ひたいかねを付け、目つきは吊り上がり、身体つきは大きいがその己より大きな金槌を担いでいる。その金槌から熱でも出てるように白煙が立ち上がっている。
 子食いの鬼がどうなったかというと、その人物の足の下で灰になっていた。一瞬で燃え尽きてしまったようだ。
 にしてもゆえはその男に身に覚えがあった。

「ち…逃げられたな」

 そしてその声も。神使見習い時代、よく手合わせしていた男の声と似ている。そして目の前の男がゆえの存在に気付くと大きく目を見開き驚愕の表情を見せたと思ったらみるみるうちに険しくなりしまいには睨み付けている。その様子に苦笑いを見せるゆえ。ふと朱羅雨の方を見ると、何やら彼も険しい顔をしている。

「てめえ…ゆえ!」

 男は怒号を放つと、地を踏みながらずんずんとゆえの元へ向かっていく。ゆえが慌てふためき焦ってると、朱羅雨がそれを阻むように前に立ち塞がる。それがとても気に食わなかったようで更に目つきが悪くなる。

「お前は何だ。どけ」
「ふん…道師様、この態度の悪い人は知り合いか?」
「ああ!?」
「ま、まあ…その、やあ。久しぶりだね…加具土殿」
「まさか本当に目覚めるとはな。どんな気持ちだ?大罪人が」

 男のその言葉に心臓を鷲掴みされたように息苦しさを感じる。そう言われてしまうのは覚悟していたがいざ真正面から言われてしまうとどうしたらいいか分からない。そして男の怒りの矛先は別の者にも向いた。

「というか博慕天の奴黙っていやがったな」
「加具土殿、様をつけないと」
「はっ。俺は今その博慕天様と同じ神なんでな。火之加具土天ほのかぐつちてんの名を賜った」
「凄いじゃないか!君は神に昇ったんだね」
「俺からするとこんな悪党みたいな神よりゆえの方がより神らしいけどな」

 朱羅雨のその言葉に、火之加具土天の怒りの沸点が沸き上がっているのを肌で感じるゆえ。そしてある事に気付く。こうして神である火之加具土天と人の朱羅雨が普通に会話しているが、本来神はこう簡単に地上界に降りて人と対話する事は禁じられている。故に神使が居るのだ。だというのに目の前の光景に顔が青ざめる。

「朱羅雨!」
「うん、何だ」
「私の方を見て!」

 ゆえは朱羅雨の両腕を掴み火之加具土天が背になるように自分の方へ向ける。突然の事に驚いた様子を見せる朱羅雨だったが、直ぐに秀麗な笑みを見せた。

「貴方は何も見てないし私以外誰も居ない」
「そうだな。俺は悪党なんて見ていない」
「これを預けるから先に村に戻っていてくれるかな」

 そう言ってゆえが朱羅雨に渡したのは子供達の衣服が入った風呂敷と一輪の花。

「その花が村への道と貴方を守ってくれる。私はまだちょっと調べたい事があるから、貴方を待たせてしまうのも悪いしね」

 少し考える朱羅雨だが、「分かったよ」と快く承諾してくれた。火之加具土天の方を見る事もなく朱羅雨はそのまま山を下りて行った。その姿を見届けたゆえは火之加具土天の方へ向き直り注意を促す。

「君が神に昇格したのなら無暗に人の前に出てきては駄目じゃないか」
「煩い。罪人のお前に言われなくても分かってる。俺はある気配を辿ってきたらお前達が居たんだ!」
「あんな派手な登場をしたのに…?」
「ああ煩い煩い!それより、お前は何でここに居るんだ!」
「博慕天様に頼まれて調査に…そんな貴方はここに何の気配を辿って来たんだい?」
「ち…お前、白天狗の面を被った奴見なかったか?」

 ー白天狗の面。
 直近で身に覚えがある。

「ついさっきその面を被った何者かに襲撃された」
「何!?どこ行った!?」
「それは分からない。暗闇に消えて行ったから」
「はあ?使えねえな」

 酷い言われようだ。好きで見失ったわけではないというのに。
 この火之加具土天は神使見習いの時からこんな性格で、火の神らしく荒々しくはあるのだが何分口調も強いのでゆえはいつも会話をするのに手を焼いていた。
 千年経ったとしてもそれは変わっていないようでゆえは心の中で溜息を吐く。
 火之加具土天はもうここに用は無くなりゆえとは反対方向に踵を翻す。だが足を止め横顔だけゆえの方へ向けると話し出した。

「…大体片付いたら天上界に一度戻れ。多分博慕天からその面野郎について話があるだろうよ。…それと、千年前お前がした事は許していない。今度きっちり話は聞かせてもらうぜ、罪人」

 それだけ言うと火之加具土天は炎を纏うと一瞬で姿を消した。きっと天上界へ帰還したのだろう。
 ー罪人か。
 ゆえは神妙な面持ちでただ先程まで火之加具土天が居た場所を見詰める。千年前、ゆえが神殺しの大罪を犯したという大雑把な記憶はあるが、大部分のその時の記憶が抜け落ちてしまっているのだ。
 どうして記憶が抜け落ちてしまっているのか分からない。ただ漠然と神を殺した事だけ覚えている。きっと天主なら何か知っているかもしれないが素直に話してくれるとも思えない。
 悩みの種が増えて行くが、火之加具土天も去った事なので待たせてしまっている朱羅雨の元へ急ぐ事とした。

 又、同じ山の別の場所にて何かが這いずる小さな音がした。
 赤い肌に頭と上半身しかない何か。それはゆえと対峙していた子食いの鬼と酷似していたが大きさが大分変っている。大人の男の履物程度しかないその何かは一生懸命何かから逃げるように必死に腕を使い這っていた。
 空から何やら鳥の鳴き声がする。その鳴き声は獲物を見付けたかのように瞬時に近付いてきて上半身だけの妖魔の目の前に降り立った。
 大鷲のように見えるが、瞳が赤く体は艶やかな黒だが首周りは黄金色で淡く輝き綺麗な模様が入っているその鳥は普通とは違うという事が一目瞭然だ。
 上半身だけの妖魔はその大鷲を見上げ絶望する。そして同時に足音が近付いてきた。革靴が土を踏んで歩いて来る音。その音が近付いてくる度恐怖する。恐る恐る振り返ると、暗闇の中から赤い双眸が上半身だけの妖魔を冷たく見下ろしていた。

「…やはりまだ生きていたか。お前達のような妖魔はしぶとい。右腕だけ灰の跡が無かったから一応探させたら的中だ」
〈な…なぜここに…〉

 しゃがれた声で問うが返事が返ってくる訳もなく赤い双眸からは何も読み取れない。ただ目障りと思っている事は確かだろう。

「まあ…いつもなら面倒だから放っておくが…お前如きのせいであんな顔をさせた」
〈ま、まってくれ…ころさないで〉
「……それが非常に不愉快だ」

 とても低い声と共に赤い双眸が輝くと、問答無用で上半身だけの妖魔は粒子の細かさで砕け散った。今度こそ、その命は途絶えただろう。大鷲は満足したようにまた空へ飛び立つ。その時にはもう既に、そこには誰も居なかった。


****


 ゆえは急いで山を下りる。足早に下っていると道脇にある岩の上に人影が見えた。そこに居た人物につい「えっ」と声が出る。
 そこには先に下山するよう伝えたはずの朱羅雨が岩の上に腰かけていたのだ。

「朱羅雨、どうしてそこに…?」
「道師様を待ってたんだ。やっぱり、一般人の俺は道師様が居ないと不安で不安で」
「はは、妖魔の前に居ても動揺も何もなかった人がよく言うね。お守りはどうしたの?」
「勿論、今も大事に持っているよ。ただ途中で花の輝きが消えてしまったから」
「あ…それはすまない。多分私の霊力が少ないからだ」
「謝る事なんてないさ。さ、一緒に行こう」

 手を伸ばす朱羅雨に困ったように笑みを見せるゆえは、差し出された手を取り二人で山を下りて行った。
 山の入り口、そこに松明を持った村人がたくさん待ち構えているのが見える。
 ただ、ゆえと朱羅雨の他に子供が居ないのを見るに、その事を察し泣き出す女性が多数居た。朱羅雨は風呂敷を取り出し、何も言わず村人の前に広げる。それは、あの洞窟で見付けた引き裂かれた衣服や履物。 

「あぁ…あああぁ…!!」
「そんな、坊や…!!」

 きっと、直ぐに自分の子供の物だと分かった親が手に取り我が子のように衣服を抱きしめ泣き崩れる。
 その光景に痛いほど胸が締め付けられる。

「申し訳ない…私がもっと早く来れていれば…」

 村人全員の前で深く頭を下げるゆえ。そんなゆえの元に一人のご老人がゆっくり歩み寄ってくる。そしてゆえの背中を優しくさすった。

「儂等は皆感謝している。道師様、ありがとう。この子達を見付けてくれて」

 あの腰の曲がったご老人だ。ゆえが返事をしようとした途端、身体に何かがぶつかってきた。驚いて下を見ると一人の子供が抱き着いていた。子供が顔を上げゆえと目線がかち合う。涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔になっている寛太だった。

「あ…ありがどう…!道師様…!あいつ、俺の友達…がえってぎたよおおおお」

 とても悲しくて、辛いはずなのにそんな事を言える優しい男の子をゆえは優しく抱きしめた。
 すると村人が皆泣きながら頭を下げ始めた。きっと今回のこの恐ろしい事態がこの先も忘れられる事は無いだろうが、必死に受け入れようとしているのが深々と感じられた。
 それから子食いの鬼を退治した事、洞窟に白骨が残っている事を伝えゆえと朱羅雨はある場所へ向かった。それは奉行所だ。約束通り土生はぶみを開放しに向かう。辿り着くと、丁度、土生は牢から外に出て来た所で、ゆえの姿を見ると涙目で駆け足で寄って来た。

「道師様!ありがとうございます…!本当に…ありがとうございます…」
「そんな、泣かないでください。貴方を助ける事ができて良かったです」
「なんとお礼をしたらいいか…!道師様の名が神に上がった暁には、僕は道師様を一生信奉いたします…!」
「あはは…それは恐れ多いというか…」

 両手を握られ熱心にそう告白され、戸惑ってしまう。大げさのような、と思うがその心を無下にも出来ないので取り敢えず苦笑いを零した。
 後ろに居た朱羅雨が面白くないという顔をしていたが、それは土生の後ろに居る奉行人しか気付いていないだろう。
 腑に落ちない点はいくつかあるが、一旦本命の子食いの鬼は退治できたのでゆえは村人を洞窟まで案内して、白骨を埋葬し、少し休んでから、順番に村人に挨拶をしこの泊里村とまりむらを朱羅雨と共に出た。
 村を出て半刻。ゆえと朱羅雨は道中にある甘味処へ立ち寄った。二人とも三色団子を頼み他愛もない話をする。

「道師様は天上界に戻るのか?」
「うん。一度報告しないといけない事があるから」
「…例えば青紫色の水晶の事とか?」
「何か知ってるの?」
「まあ少し。旅をしてると色んな情報が入って来るからな。あの水晶は最近妖魔が力を増幅させる薬として妖魔界のあちこちで出回っているらしい」
「力を増幅?だからあの子食いの鬼が巨大化したのか…」
「誰が売り捌いているかは分からない。しかもその水晶の養分はどうやら人間の魂って噂だ」

 そこでゆえはふとあの石板に彫られていた陣を思い出す。彼岸花の花が散っているような模様の陣。もしかしたらそれが水晶を作る元になっているのかもしれない。

「ふむ…ありがとう教えてくれて」
「道師様が気になる事は何でも答えてあげるさ」
「あはは、本当かな。何でも知っているの?」
「本当だ。俺以上の物知りは中々居ないはずだ」
「じゃあ…黒災鬼について知っている事はある?」
「大妖道魔の一人の?」
「そう」
「まあ知っているが…どうして知りたいんだ?」

 秀麗な容姿の持ち主の朱羅雨が試すような笑みを浮かべる。ゆえは「ええと」と少し考えてから言葉を続けた。

「大事なものがあるのだけれど、それがある所が今黒災鬼の縄張りになっているらしくて…一体どんな妖魔なのかと思って」
「へえ。道師様はどこまで知っているんだ?」
「とても強いというのと…天帝武聖君と互角に渡り合ったなども聞いた事が」
「ああ…それか。それは黒災鬼が天上界に雷を五日間も落とし続けた時、数々の神使や神が黒災鬼の縄張りに乗り込んだが全て返り討ちにされた。逆に今度は黒災鬼が天上界に乗り込んで天帝武聖君を襲撃した」

 ーなんてことだ!
 ゆえの目が点になる。
 天帝武聖君は天上界の最上位の神。大妖道魔といえど天帝武聖君とは闘い合いたいはずがない。だというのに真っ先に天主に攻撃をするとは、その黒災鬼は余程腕に自信があるのだろう。

「結局はお互い霊力を枯らしてお終い。それから天上界は不用意に黒災鬼に干渉しなくなった」
「…どうして五日間も雷を落とし続けたんだろう」
「さあ。気まぐれか、むしゃくしゃしていたか、神々を怒らしたかったのか…或いは大事なものを奪われたから…なんて事もあるかもな。ゆえはどう思う?」
「ん…憶測では語れないけれど、きっとその人なりの理由があったとのではないかな。それに気まぐれで天上界に攻撃するとも思えない」
「それはどうかな。黒災鬼はかなり気まぐれで有名だ。それに敵とみなせば容赦がない。それは神も例外じゃないさ。あとは大鷲を従えてるとか」
「大鷲?」
「そう。黒災鬼の眷属だ。黒災鬼の命令のみ聞く凶悪な大鷲。肉を裂き魂を喰らうその大鷲はどこまでも獲物を追いかけるそうだ」
「それは恐ろしいね」
「だから、大鷲が居る場所には黒災鬼が居ると言われているから誰も近寄りたがらない」

 朱羅雨からのこの話だけでも黒災鬼という存在はどの界隈でも大きそうだ。そんな人物が縄張りの場所に行って何も無くで終われるのか、とゆえは悩んだ。

「ところで、その黒災鬼の縄張りにある大事なものって何か聞いても?」
「…樹が…」
「樹……?」
千華想樹せんかそうじゅという樹があるんだ…といってもまだあるかは分からないけれど…朱羅雨?」

 まさかの樹と思わなかったのか、頬杖をついた状態で朱羅雨は少し口を開けたまま固まっている。
 その表情は驚きなのか、言葉を失っているのか、複雑そうな表情をしていた。
 ゆえが顔を覗き込むと朱羅雨は気を取り戻したようにまた話始める。

「すまない…もしかしたら見た事があるかもしれないと思い出してたんだ」
「それは本当!?」

 ゆえは嬉しさで勢いよく立ち上がる。その勢いでゆえが座っていた木椅子が後ろに倒れるた。朱羅雨は大きく目を見開き戸惑いを見せる。これ程大喜びするとは。それだけゆえにとって大事なものなのかと認識させられる。

「実を言うと、俺は黒災鬼の城に度々出入りする事があったんだ。その時に大きくて立派な樹があったのを見た」
「良かった…残っていたんだ」
「違うかもしれないからな。かもしれないという話だ」
「分かっているよ、ありがとう。かもしれないというだけでも私は嬉しい」

 穏やかで端麗なゆえが優しく微笑む。朱羅雨はその一瞬をしっかり記憶するために目を話す事は無かった。そして惜しむように。ただそれを表情に出すことは無かった。

「…よかったら案内しようか?」
「いいのかい?でも旅の邪魔になってしまうのでは…」
「道師様と一緒に居るのは楽しいから問題ない。それに丁度そちらの方面に用事があったからついでさ」
「ならお言葉に甘えさせてもらおうかな」
「決まりだ。ここから二里行った所に流頭園りゅうとうえんというみやこがある。そこに三日後落ち合おう」
「目印を決めておかなくて大丈夫かい?」
「大丈夫。…どこに居ても見付けて見せるから」

 絶対に、と言っているような眼差しにゆえは何だかいたたまれなくなり残っている三食団子を急いで口に運んだ。朱羅雨も三食団子を平らげ二人で甘味処を出た。そこからまた二人で会話をしながら歩いていると分かれ道に出た。

「では私はここで。色々親切にしてくれてありがとう」
「道師様も俺を守ってくれたじゃないか。そのお礼と思ってくれ。それじゃあ三日後に」
「うん、また」

 そこで二人は別れ、朱羅雨はゆえの姿が見えなくなるまでそこに居た。ゆえは天帝宮に着きまず天帝武聖君の銅像に一礼する。そして両手を握り人差し指と中指を上に立たせ印を結ぶ。すると白い光が下から上へ昇っていく。天上界への道が開き一瞬にして天帝宮からゆえの姿が消えた。
 天上界へ戻ったゆえはまず伶織博慕天の宮へ向かった。部屋に入ると変わらず疲れた様子の伶織博慕天が机に伏していた。

「博慕天様…?大丈夫ですか?」
「ああ…花陵かりょう殿。調査はもう終えたんですか」
「はい、まあ…」
「早いですね。よろしい」

 そしてゆえは泊里村での出来事を細かく説明する。
 子供を攫っていたのは子食いの鬼であり、無事退治した事。そして怪しい陣と青紫色の水晶に白天狗の面を被った何者かの存在。加えて火之加具土天がやって来た事も。

「はあ……あの猪は。無闇に地上界へ降りてはならないときつく言っておいたというのに…」

 ーああ。博慕天様の手に強く握られた拳が。
 まだ見ぬ火之加具土天のやつれた顔を想像しながらゆえは心の中で『南無』と唱えた。

「その白天狗の面の者含め諸々博慕天様から説明がある、と加具土天…様より伺ってますが」
「それは明日、天空堂にて皆を招集し話しの場を設けるつもりです。貴方も出席なさい」
「良いのですか?私は後程個人で伺おうかと」
「二度も説明するのは面倒です」

 ーそれもそうか。
 伶織博慕天が言う『皆』というのはつまるところ神々の事を指しているのである。なので、神使であるゆえが単独で参加しても大丈夫か不安になったのだ。
 一般的には神が一人付き人として神使を連れてくる事はあるが、ゆえの場合、主の天帝武聖君が不在の為参加は出来ない。
 が、今回は伶織博慕天に命じられての事なので特に気に留める必要は無さそうだ。
 今日は博慕天宮の一室を借りて過ごす事に。明日の為にゆっくり休むこととした。

 『天空堂』
 そこは神々の議論の場。
 天上界の中央に位置し、言葉通り天空に浮いている大きな石堂。隙間からは木漏れ日が差し神秘的な雰囲気を醸し出す。天空堂は輪の形をしておりそれぞれ神ごとに席が用意されており、上座の一段上には天主の席がある。席の後ろには大きな柱があり、柱に掛かっている御旗には神の特徴を模した文様が描かれていた。
 ゆえは伶識博慕天と共に天空堂へと向かう。伶識博慕天を先頭にその後ろにゆえ。その後ろには伶識博慕天に仕えている神使や見習いが列をなして天空堂へ赴く主人に着いていくの決まりだ。
 明朝からどこの宮も慌ただしいのは、自分の主人が他所に侮られないために神使見習いたちが主人を着飾るのだ。

 さて、ではこれから豪華絢爛、神達が二年ぶりに会同する。


3話 終
 
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かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

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